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大聖堂に戻り、ミカから大司教様に時間を作ってもらう。
「内見、いかがでしたかな?」
「はい。お店も広いですし工房も今のまま使えると分かったので、決めてしまおうと思います」
「……本当によろしいのですかな?」
「大司教様」
「むぅ……」
含んだ物言いの大司教様と、それをたしなめるようなミカ。
「実はわたし、教会騎士をやめることにしたんだ」
「なるほど、それを止めたくて」
「左様。ミカほど才能に恵まれた者はおりませんし、象徴としての剣聖という意味でも、我が教会から手放すのは惜しいのです」
剣聖とは女神様の守護者的な意味合いだったはず。
そんな人物を失うというのは、教会としては大打撃だろう。
しかし兄としてはミカの気持ちを第一に考えてやりたい。
と同時に、今までミカを見てきてくれた大司教様に落胆もさせたくない。
「教会騎士に籍を置いたまま冒険者になるという手は?」
俺は大司教様に確認したのだが、大司教様はミカに視線を送る。つまりミカが決めればそれを尊重するという意思表示だ。
「本当に籍だけ置く状態だったらいいけど、それだと他の教会騎士たちから反感が出ますよね。
だったら素直に教会騎士をやめるのが一番だと思うんです」
「しかし剣聖が教会騎士をやめたとなると……むぅ……」
ちっちゃくなってしまう大司教様。
「ならば新たな役職を作ってしまえばいいのでは? 例えば名誉騎士のような」
突然に湧いた、リタからの提案。
「それいいかも!
教会騎士は神官や信者に対する騎士だけど、そういう枠組みにとらわれない文字通り名誉の騎士!
大司教様、国と教会が剣聖の称号を与えるのに、みんな国家騎士にも教会騎士にもなりたがらないって悩んでいたじゃないですか。
これなら教会騎士になりたくないほかの剣聖も納得しますよ」
「新たな役職……確かに解決の手段としてはもっともだと思います。
しかしわたくしの一存では決めかねるので、王との話し合いは必須でしょうな」
「あ、もしかしてわたしも出席しなきゃダメな奴ですか?」
「いいえ。しかし一筆したためていただきますよ」
「分かりました。それくらいならば構いません」
リタの提案でこの問題も解決かな。
「これでお店の譲渡契約は大丈夫ですよね?」
「ええ、後程契約書を部屋に運ばせますので確認をお願いいたします。
ということで次の件に参りましょうか。場所を変えます。こちらへ」
ミカが先に話してくれていたのでスムーズだ。
通された部屋は、おそらく大司教様のプライベートルーム。
品のいい調度品にほのかにアロマの香りがする、落ち着く雰囲気の部屋だ。
「この部屋で見たことは口外いたしませんのでご安心を。
まずはハルト様、そちらへお掛けください。
わたくしとしましても、異世界からの転生者がどのようなスキルを持っているのか、大変興味があります」
「ミカの時はどうだったんですか?」
「それはもう、我が目を疑いましたとも。
なにせスキルレベルが軒並み80を超えていたのですから」
「……無知で申し訳ないのですけど、スキルレベル80は凄いことなんですか?」
「そうですね、一般的にその職に就いて不足のないレベルが10程度、その道のプロと呼ばれる方で30程度、ミカ以外の剣聖はおおよそ50ほどです。
ちなみに確認された過去最高レベルが、かの英雄ミカイア・エルネストの剣士スキルレベル88なのです」
「そんな中でレベル80を超えるミカが出てきたら、目を疑うのも当然ですね」
全くですと言いながら深く二度三度頷く大司教様。
となると魔剣の打てる俺の鍛冶スキルは、レベル40前後だろうか。
「ではハルト様のスキルを見ていきます。【クリアリースキル】」
俺の使う【鑑定術】と同様の空中モニターが表示された。
だがそこに羅列されているスキルたちのレベルは、素人の俺でも異常な数値なのが分かるものだった。
鍛冶80・錬金79・細工75・付与71・合成61・目利き45・商人21。
商人スキルだけは普通だが、それ以外は軒並み高い。
そして戦闘系スキルは一切なし。もはや潔い。
「ハッハッハッ! まさかここまでのものだとは予想だにしておりませんでした」
「一応確認したいんですけど、スキルは後から付いたりレベルが上がることもあるんですよね?」
「もちろんです。そのため赤子には全くスキルが無いというのも珍しくありません。
しかし……これ以上何を望むのですか?」
「何も望みませんよ。本当に確認しただけです」
「そうですよね。でなければわたくしなどは早々に大司教なんて辞めて、湖畔の小さな別荘で毎日釣り糸を垂らしますよ」
大司教様の目が本気に思えるので、愛想笑いをしてリタにパス。
「次に私ですね。私も転生者ではありますが、この世界の転生者であり兄様のような異常な数値ではないはずなので、ご安心ください」
「そうですか。しかし転生者は以前のスキルとレベルをそのまま引き継ぐと聞きますので、リコッタ様も油断なりませんな」
リタが目線を逸らした。心当たりアリか。
「では拝見いたします。【クリアリースキル】」
ふむふむ。スキルは戦闘系一辺倒だが、やはり普通ではない数字が並んでいる。
騎士が一番高く82、次いでドラゴニュート80と来て、戦士78・剣士76・バーサーカー70は武器の違いだろうか。
最後に魔術師27だ。
「前言撤回します」
「それがよろしいでしょうな」
尻尾が申し訳なさそうだ。
「大司教様、わたしのも再確認していただいてよろしいですか?」
「ええ、そうしましょう」
最後にミカ。
「ではいきますよ。【クリアリースキル】」
剣聖92・シーフ91・忍者91・狩人90・踊り子90・侍89・モンク89・魔法剣88。
80どころか90台もあるとは。
これはもしやレベル99でカンストか?
それよりも。
「侍と忍者って、この世界にもいるのか?」
「ううん、いないよ。このふたつはわたしが日本出身だからだと思う」
「実はサムライとニンジャというこの世界には存在しない職業のスキルから、わたくしはミカが特別な存在だと気づいたのです」
「だから大司教様にだけはわたしが異世界出身だって話したんだ」
「そういうことだったのか」
確かにこれは誤魔化せないので打ち明けるしかない。
「それにしても随分と数字が上がりましたね。以前は90を超えたものはなかったと記憶していますが」
「そうですね。リパリス山脈で修業をした甲斐があったと思います。
あ、っていうことは、お兄のお母さんもレベル80超えてるかもね」
「私の知る限り、お母さんは私よりも強いですから、もしかしたらレベル90を超えている可能性もあります」
「もしもその話が真ならば、我々人間にはまだまだ余地があるということですな。
ふむ……バルガンを修行の旅に出すのも一興か」
「バルガンさんは拳の人ね」
拳聖という言葉のイメージから、某対戦格闘ゲームの赤いハチマキの男が浮かんだ。
しかしどうやら才能はあるが怠け癖のある人物という話で、それゆえに剣聖たちの中でも最もレベルが低いそうだ。
そのせいで目を付けられてしまうのだから、やはり努力は惜しむべきではない。
「してハルト様、お店の方はいつごろから営業なされるおつもりで?」
「引っ越しにリサーチに素材の購入もあるので、まだしばらくかかると思います。
先に言っておきますけど、開店祝いは遠慮します。指輪を見つけただけなのにお店までもらっちゃったんですから、これ以上は多すぎます」
「左様ですか。しかし女神の指輪の価値と比べればこの程度お安い御用なのですよ」
それはそうだろうが、だからと言ってもらい過ぎも良くないと思うのだ。
「そうそう、開店後に一本作って頂きたい剣があります」
「聖剣とか言わないでくださいよ」
「いえ、これはわたくしの個人的なものです。実は孫が教会騎士になりまして……」
耳打ちで、つまりは縁故採用なのだと俺にだけ打ち明ける大司教様。
それでも馬子にも衣裳ということで、ちょっとだけいい剣を持たせたいという話だった。
何故それを俺に依頼したのかといえば、ミカの身内だからだろう。
「それではわたくしは仕事に戻ります。
なおも何かございましたら、近くの者にお申し付けくださいませ」
「色々とありがとうございました」
「いえいえ」
その後は部屋に戻り契約書にサイン。
これであの店は、そしてあの家は俺たち兄妹のものになった。
さーて、忙しくなるぞ!




