26-3
お姫様の嘆願書のことは置いといて、今はこの剣に集中する。
なにせ今日から対オリハルコン戦だ。
事前に確認をしていたため、準備は滞りなく進む。
窯には女神の瞳と呼ばれる青い炎が見え、アイスリング(リバース)も問題なく仕事をこなす。
道具たちもやる気満々、女神の指輪もいつでも来いと言わんばかり。
そしてそのオリハルコンも、俺を試すような態度で待っている。
「準備、よし。始めるぞ」
大きく深呼吸。
窯からオリハルコンを取り出し金床に固定、ゾーリンのハンマーで叩く。
集中し、時間も忘れてただ一心にハンマーを振り下ろす。
「……自信満々だな」
打てば打つほど、オリハルコンに自信が満ちて行くのが分かる。
オリハルコンは、認めたものには何があろうと忠義を尽くすタイプのようだ。
しかしオリハルコンの認める相手は女神と同等の力を持つ者。
とんだ無理難題だ。
俺でも女神の指輪が無かったら不可能なんだからな。
そうしてしばらく打ち続け、まずは刃になる部分の片側が完成。
んで、また何日も経っているんだろうと思い、ハンマーを置いてお店に顔を出す。
「トムー」
「おや、今回は早いですね。2日目です。待った! 工房に戻ろうとしない!」
「え~? だって2日だよ?」
「それでも食事と休憩は大事だって散々言われているでしょうが!」
「……はい」
シャー! って感じで怒られた。正直ちょっと怖かったです。はい。
時刻はお昼過ぎの、いわゆるおやつの時間。
中途半端なタイミングではあるが、意識すればお腹が空くのでカフェへ。
「結構混んでるなぁ」
「あ、ハルトさんだ。注文先に聞いちゃうよ~」
「それじゃ……ミートボールパスタ」
「はーい。ミートボールパスタ大盛り~♪」
アレンカさんが注文を取り、勝手に大盛りになった。
いやまあ、お腹が空いてるのは間違いないけどさ。
しかしランチは終わっているというのに、ほぼ満席状態だ。
客層は半数が冒険者で、もう半数が一般のお客さんという感じ。
「これだけ忙しけりゃ体力も付くだろうなぁ」
そんな感じで店内を眺めていると、見慣れた赤い人物が見慣れない格好でウエイターをしているのを発見。
っと、俺の注文の品をアレンカさんからひったくってこっちに来た。
アレンカさんの仕方ないなぁという姉の顔が眩しい。
「ミートボールパスタお待ちぃ~! なあ、びっくりした?」
「それなりに。バイトしてくれてるのか?」
「ああ。武器屋には猫っ娘がいるほうがいいからってことで、お店の警備のついでに一人はこっちで手伝うことになったんだよ。
昨日はユノで、明日はゼロって人が入る予定だ」
「はっはっはっ。あの人めっちゃ強いのに」
「……ここだけの話、魔剣持ってんだって?」
「ああ。俺が打った魔剣をな」
「ハァ~羨ましい。ま、あたしには過ぎた武器だってのは理解してるけどね」
それだけ言って再びウエイターの仕事に戻るグレンさん。
なるほど、誰かが言い出したのかは分からないが、みんなでお店を守ってくれているのか。
……やる気出た。
食後に軽く一眠りして、再び工房へ。
ん? カンカンと打音がする。
「誰だ!」
「アタシだ!」
「お前か! ってなんでいるんだ?」
「腕が鈍って魔剣が打てなくなったら困っちゃうなーって思ってね。
……父さんから、やるぞって連絡と設計図が来たんだ。机の上に置いてある」
ついにアッサムさんとアレンカさんの親子で魔剣に挑むのか。
しかし今は俺に集中させてほしい……のが分かっているから、俺のいない間に少しでも打ちたかったんだろうな。
机の上にある設計図を見る。
見た目は両刃のウォーアックスで、刃の弧を延長すると綺麗な円になるようだ。
これならばアントンさんも問題なく振り回せるだろう。
「本番は実家で打つつもりだから、その時はお休みをもらうね」
「ああ、分かったよ」
ウチで打たないのは、あくまでもアの一族が作った魔剣として世に出したいからだろう。
しかしアレンカさんがいると俺が打てない。
うーん……これは遠回しにしっかり寝ろと言ってるのかな?
製作途中の剣からもそう言われた気がするので、今日のところはゆっくりしよう。
――夢を見た。
まだ元気だったころの母親がいて、背広なんて似合わない姿をした父親もいる。
そして3人の子供。
頭の良さそうな女の子に、誠実そうな男の子に、元気いっぱいの女の子。
随分と幸せそうな家庭だ。
そう他人事のように思っていると、母親にこう言われた。
「春人はお兄ちゃんなんだから、みんなのこと見ててあげないとだよ」
……それが呪いの言葉だとは露ほども思っていない表情だ。
次の瞬間、頭の良さそうな女の子が消え、誠実そうな男の子が消え、母親が消え、父親が消えた。
そうして残った女の子は泣きじゃくりながら、こう言うんだ。
「わたしを独りにしないで」
だけどその女の子も消えてしまう。
最後に独りになるのは俺なんだ。
そんな、暗闇に残された俺に対して、誰のものでもない声が呟いた。
「今回は間に合わなかった」
全身に嫌な汗をかいて、目が覚めた――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アレンカですよー。
ハルトさんがお昼寝してる間に少しでも鉄を打とうと思って、カフェの営業が終わってすぐに工房へ。
「ほっほぅ~、これが……」
まだ部材の状態なのに、異様なオーラと人間離れした精度に目を奪われる。
でも時間さえあれば、あと素材次第では、アタシでも精度は出せるんだ。
ハルトさんがおかしいのは、この精度をあの早さで出せることと、その作業を休まず何日もやれること。
アタシだったら何年かかるかな……人生2周くらいしないと無理かも。2周しても無理かも!
とにかく、パパっと手早く準備を済ませて、父さんから来た設計図通りに鉄で試作してみる。
鉄だから目標……攻撃力70を超えたら上出来かな。
そう思いながら鉄を打ってしばらく。
「誰だ!」
「アタシだ!」
びっ……くりした!
打音で起こしちゃったのかな。
にしてもいきなり大声を出さなくても……。
父さんからの設計図を見せつつ、アタシは手を止めない。
今ハルトさんにハンマーを持たせるのは良くない。事故が起きる。
ハルトさんの表情から、今までにない大きな焦りを感じるから。
だからハルトさんが諦めるまで、アタシは邪魔をしなくちゃ。
「あのー、アレンカさんがいると俺が打てないんだけど?」
「一度振り下ろしたハンマーは止めるわけにはいかないのさー、なんて。
どちらにせよ、もう少しちゃんと休んだほうがいいように見えるよ」
「俺は大丈夫だから。それにミカたちを待たせるわけにもいかない。間に合わなくなる前に作り上げないと」
「だったらなおさらだね。はいっ、自分の顔見てみな?」
鏡のように綺麗なオリハルコンの板に、ハルトさんの顔を映す。
「それが大丈夫な顔に見えるんだったら休んだほうがいい。大丈夫じゃなく見えるなら素直に休んだほうがいい。
じゃないとミカちゃんたちを、もっと待たせることになるよ?」
「……分かった。今日はゆっくりするよ」
ハルトさんもなんだかんだでシスコンだから、こういう言い回しには弱い。
ため息を漏らしつつ工房を出るハルトさんを見送って、アタシは再びハンマーを振り下ろす。
……あれ? なんか妙に打ちやすいんだけど……気のせい、かな?




