26-2
ニーナ・レミントンに怒られた翌日。
それでも止まるわけにはいかないので、工房に入り準備を進める。
「……んー?」
準備をしようとした途端、視線が厳重に保管してある女神の指輪に吸われた。
うーんと……休憩だと思ったら帰ってこないから、倒れたのかと思って心配してたみたい。
大丈夫、もっと休憩しろって怒られただけだから。
……周りからも刺すような視線が。みんな心配してたのね。
でもせっかく心配するなら、俺が倒れないようにっていう方面での心配をしてもらいたいんだけどな。
そんなことは置いといて、窯の準備が整ったのでアダマンタイトを放り込む。
アダマンタイトの板は上下2枚必要で、昨日は1枚終わったタイミングで食事休憩、のつもりがああなった。
なので残りもう1枚を打ち終われば、ようやくオリハルコンを打てる。
女神の指輪を装備し、アダマンタイトを打つ。
うん、やっぱり女神の指輪に魔力を通すと、アダマンタイトも鉄のように簡単に打ててしまう。
……ところで、女神の指輪のレプリカをオリハルコンで作ったら、同じ効果が出たりしないかな?
もしも可能ならばものすごくありがたいんだけど。
というか、リタにあげた誕生日の指輪、もしかして同じ効果が宿ってたりしない?
この剣にも同じ効果が宿ったりしない?
無心でアダマンタイトを打ち続けてしばし。
いい感じの板になったので、休憩がてら外の空気を吸おうと裏口から外へ。
「……夜だ」
「夜ですね。あ、こんばんは。父と姉がお世話になってます」
「あー……ントンさん」
「あはは! はい、アントンです」
裏口から外に出たら、アッサムさんの息子にしてアレンカさんの弟、アントンさんがいた。
しっかり戦闘用の装備を着込んでいるあたり、店の警備を買って出たのだろう。
アントンさんは髭が無いので、10歳くらいの男子にも見える。
んでこれが結構なイケメンなものだから、女の子たちにモテるらしい。
そう、女の子。10歳くらいの。アントンさん19歳なのに。
「今何時くらいですか?」
「陽が落ちてまだそんなに経ってませんよ。それと工房から出てきたらカフェに来いって言付かってます」
「……そう言われるとお腹が空いてきた。アントンさんは?」
「もう食べ終わってますのでお気になさらず」
お店に顔を出すとトムとアレンカさんに呆れられ、無言でカフェに行けと指示が。
ということでカフェに行ってみると、また呆れ顔のニーナ・レミントンがいて、開口一番「5日目」と。
「もしかして毎日見に来てるのか?」
「いいえ。今は往診の帰り道に寄っただけ」
そこへコックさんが料理を運んできた。
俺と、ニーナ・レミントンの分も。
ちなみにトムとコックさんの独断で、協力をしてくれている冒険者たちには無料で食事を出している。
「片づけ始める前の丁度いいタイミングだったんですよ。はい、トマトリゾット」
「コックさんも夜まで付き合わせちゃってすみません」
「僕は好きでやってることですから」
パサパサなタイプのお米だけど、リゾットには合うんだこれが。
そして食事をしつつ診察を受ける。
「言われたこと守って水分は取ってたぞ」
「水分だけじゃだめ、と言いたいところだけど、今回ばかりはわたくしも諦めてあげるわ。まったく、なんで異常が無いのよ……」
昔から頑丈だったんだよ。
頑丈じゃないとここにはいなかったんだよ。俺もミカも。
「ご馳走様。さてっと……」
「今日は休みなさい。ドクターストップよ」
「言われると思った」
休憩に出る時、素材たちには今日は終わりと言ってある。
端から見ればただの独り言。
なのに空気が変わるというか……。
「実は最近、幻聴が」
「ばっちり精神的に病んでるじゃないのよ! だからもっと休憩を取れと……」
「いや、そうじゃなくて……そうなのかもしれないけど、ちょっと事情があって」
素材たちの声を聞くというのは、あくまで俺の中に浮かぶイメージでの話だった。
しかし最近、特に永遠との会話イベント後から、実際に声が聞こえている感覚があるのだ。
なので余計に、白鯨の声を聞いてやれなかったことが心残りなのだ。
「武器や素材の声が聞こえる、ねぇ……」
「あれだけの業物を打てるんですから、ハルトさんの感性はそれだけ鋭いということじゃないですか?」
「確かに一理あるわね。わたくしの銃も普通ではないもの。
わたくしは精神科医じゃないから専門的なことは言えないけれど、あなたの感性から連なる才能が開花したと考えていいと思うわ。
それでも不安ならば、いつでも紹介状を書いてあげる」
「才能か。この世界って結構こういうところあるよな……」
「あるわね」
「ありますね」
俺のぼそっと言った独り言に、2人そろって深く頷く。
純この世界の人すらもそう思うのだから、これは才能として考えてしまってもいいのかも。
ミカやリタがいれば女神様に直接話を伺うところなのだが。
「そうだ、ミカたちはどうなってますか?」
「ダズさんからの報告では、アンダール王国の剣聖は全員無事だそうです」
全員無事とは含みのある言い方だ。
おそらくドラゴンたちの侵攻が始まっているのだろう。
……だとしても俺はブレない。それが俺に求められている仕事だからだ。
「それとハルトさん宛てに手紙を預かっています。えーっと……はい、どうぞ」
「審問会への召集令状じゃないだろうな……」
警戒しつつ読んでみると、まったく関係なかった。
東大陸のとある剣聖が俺に剣を打ってほしいという、嘆願書のようなものだ。
「……却下だな」
「ハルトさんの目の届かない場所だからですか?」
「まさにそれ。剣聖とは言え素性を知らない人ですからね」
そのせいでこうなったんだから、これ以上痛い目見たくないもん。
しかし東大陸からわざわざ手紙が届くとなると、今後も同様のことがありそうだ。
「わたくし東大陸出身だから、分かるかもしれないわよ」
「そういえばそんな話を聞いたような聞いてないような」
「ジュフド公国のレミントン家と言えば、結構名の通った貴族なのよ」
悪名で? なんて聞いたらマジ切れされそうだからやめておく。
そして手紙をニーナ・レミントンに見せてみると、一瞬で顔色が変わった。
「こ、これっ! 【アルヒッタ王国のリュース姫】じゃない!!」
「どこのどちらさま?」
「アルヒッタ王国はジュフド公国を含む三大国に囲まれた小さな国でね、代々の第一王女、つまりお姫様が剣聖を務める慣わしなの。
国としてはその地理的関係から他国への不干渉を貫いていて、おかげで三大国の首脳会議は必ずこのアルヒッタ王国で開かれているわ」
なにその地雷原のど真ん中。
「ねえ、わたくしからもお願いできないかしら?」
「その心は?」
「ちょっとだけ、わたくしも話の出来る方なのよ。だからリュース姫の素性はわたくしが保証するわ」
「貴族の保証付きってことか。うーん……」
しかし相手がお姫様となると、無碍にも出来ない。
無碍には出来ないが……なんで俺の脳裏に白鯨が浮かぶんだよ。
たしかにあの剣を姫騎士が持ったら絶対に格好いいだろうけど。
でもあいつはスティーリア王国の白鯨イシュメルだし、話を聞けばアルヒッタ王国は内陸で、鯨なんて無縁だろうし。
でも……こういう時の直感って、嫌になるほど当たるんだよなぁ……。
「ちなみにそのアルヒッタ王国って、スティーリア王国と友好国だったりとか、鯨とか氷と関係する国だったりしない?」
「……なんであなたがそれを知っているのよ?」
「マジかぁ……」
ニーナ・レミントンに訝しがられながら、頭を抱える俺だった。




