24-4
60個の宝玉を圧縮する作業に入る。
……クラウスさんと。
「僕の野望のための杖ですから、製作に携わるのは当然ですよ」
この杖は5日間で仕上げる予定だったが、途中で変更が入ったため現在7日目。
この変更のため、クラウスさんにお願いしていた魔法陣の改良に先を越されてしまったのだ。
なのでクラウスさんに事情を説明すると、この返し。
とはいえこのままでは家族全員の魔力を使っても足りるか微妙だったので、魔力の潤沢なクラウスさんが参加してくれたのはとても助かる。
「クラウス様、一度兄様を叱ってください」
「今回ばかりはわたしも賛成」
「ボクの魔力まで使うんですからね、まったく……」
「まあまあ、今回は僕のオーダーなので大目にね?」
「「「甘いッ!」」」
「ハハハ……」
そしてこの大仕事には家族全員、つまりミカにリタ、トムにアレンカさんも参加。
その全員にお小言を賜る家長とは私です。はい、ごめんなさい。
「それにしても、魔石を圧縮して魔力を液状化させるとは……」
「偶然ですよ。おかげで魔力の液状化がナニモノなのか分かってませんから」
「ハハハ。まあ学者がやる話ですからね」
そう言うと、クラウスさんは背筋を伸ばして教師の表情へ。
綺麗に並んだ60個の宝玉を前に、臨時授業が始まった。
「まず第一に、魔力というものは、液状こそが本来の姿なのです。
そして魔法陣で制御されていない魔力は、とても不安定な存在なのです。
不安定ゆえに大気に触れればすぐに霧散してしまい、液状の姿を保てません。
つまり魔力の液状化とは、魔力を本来の姿に戻すことなのです。
……が、これが厄介なものでしてね、魔力には不可逆性もあるのですよ」
「え、ってことは矛盾しちゃうじゃないですか」
「そう、液状化した魔力というものは、矛盾した存在なのです。
本来の姿であるにもかかわらず、本来の姿には戻れない。ゆえに液状化した魔力というものは存在しないはず。なのにこのように存在しているという矛盾。
ではなぜこの矛盾した存在が許されるのでしょうか。分かりますか?」
学者がやる話を一介の鍛冶師に投げないでもらいたい。
ちなみに家族全員、既にやられている。
「うーん、鍵としては……存在繋がりで、魔力はとても不安定って部分か?
んで、何故不安定なのかと言えば……属性か?
本来の魔力は属性がごちゃ混ぜになってるから不安定だと考えれば、液状化はつまり属性を整理して安定させることだと考えられそうだ」
「お兄ってフレーバーテキスト好きだっけ?」
「結構好き。特にダジャレとかお茶目なのがあると、開発者楽しんで作ってるなーってなる」
「わかるマン」
……マン?
俺が死んだ後にそういう何かがあったのだろうか?
しかしフレーバーテキストとは、ミカも中々いいところに目を付ける。
「ふふ……やはりハルトさんは”こちら側”ですね……」
「兄様をこれ以上変な道に引きずり込まないでください」
「あはは、これは失礼。こちら側というのは学者肌という意味ですよ。
ハルトさんの予想はおおよそ正解です。
魔力が不安定なのは様々な属性が混ざり合った状態、専門的に言えば【混沌】だからなのです。
そしてその混沌を解消することで、液状化した魔力という矛盾も解消されるのです」
「つまりここにある液状化した魔力は、純粋な火属性の魔力ということですか」
「ええ、そうです」
リタとクラウスさんとの会話。
見た目はドロッとした輝く溶岩だが、これが純粋な火の魔力なのか。
……ということは他の属性でも同じようなことが出来るわけで、そして相反する属性の瓶を敵に投げつければ、反作用ボムが作れそう。
とんでもない高級品になりそうだけど。
「お兄が企んでる顔してる……」
「悪い考えは浮かんだけどさすがにやらないよ。絶対危険だし。
よしっ、それじゃあ授業を切り上げて作業始めますよー」
各々返事をして、作業に取り掛かる。
とはいえ皆は魔力の供給だけ。
錬金鍛冶の画面に表示したレッドクリスタルの多面体に、60個の宝玉をぶち込んでいく。
ただいきなり60個全部を放り込むと何が起こるか分からないので、5個ずつ入れては様子を見る。
まずは第一弾。
「入れたぞー」
「リザーバーの横のこれが残りゲージだっけ?」
「そう。んでどんな感じだ?」
「目に見えて減ってく。
……止まったけど、たぶん次で尽きるっぽい」
「想定よりも消費がデカいな……」
宝玉20個分は持つと想定していたのだが、その半分か。
「ふむ、この消費量ならば全てを入れても僕一人で事足りますね」
「えっ!? クラウスさんそんなに魔力持ってるんですか!?」
「種族特性と100年以上の特訓の成果です。
そうだ、ワイズロッドも持ちましょう。これで魔力使いたい放題ですよ」
「……ってことだから、家族一同解散っ!」
みんなで苦笑いしてから解散、そのままお昼にするそうだ。
でもこれ、クラウスさんがいなかったら3~4日かかってたな……。
「一応様子を見ながら進めていくので、何かあったら言ってください」
「承知しました」
第二弾、これで合計10個。魔石にして100個分の圧縮だ。
「ふむ。やはり問題ありません。
今度は一気に10個行っちゃいましょう」
「クラウスさんが大丈夫ならば」
ということで第三弾は10個で、これで合計20個。
「ふふふ……いいですね、野望の成就が近づいてくる感覚がしますよ」
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ、何なら残り一気に行ってもいいですよ」
「一気には……」
さすがに俺が怖いので、第四弾は20個で。
「おほぉ~! 魔力が一気に吸われるこの感覚、久しぶりだ~!」
「クラウスさんが壊れた」
「ささっ、残りも一気に行っちゃいましょう!」
どうせ後戻りはできないので、第五弾は残りの20個すべて。
「あぁ~……この脱力感こそが達成感……そして、カイカン……」
えーっと、ノーコメントでお願いしまーす。
「って、なんか始まった!」
「おっとこれはまずいっ! 【エレメンタルウォール】!」
強烈な光に包まれる工房!
これは死んだなと本気で思ってしまう。
……が、光は徐々に収まり、クラウスさんと一緒に一安心。
「びっくりした……マジで死んだかと思った……」
「今のは【臨界反応】と呼ばれる現象ですね。まさか生きてるうちにこの目に出来るとは思いませんでした」
「放射線がやばそうな名前ですけど、大丈夫なんですか?」
「ええまあ、多分。僕がいなかったらここいら一帯が吹き飛んでたかもしれませんけどね。ハハハ……」
「笑ってる場合じゃないと思いますけど……」
「いやまったく。
ちなみにこの臨界反応ですが、魔法界では卓上の空論とされていまして、つまり今まさに魔法界の常識が根底から覆されたということになります」
「手柄は差し上げます」
「ハハハ、そう言うと思っていました。
うーん、属性クリスタルの器に大量の魔石を入れて液状化……。
どちらにせよ卓上から動かすわけにはいきませんね、これ」
クラウスさんと一緒に苦笑い。
「話を戻しますが……」
そう一言、完成したソレを両手で慎重に持ち上げるクラウスさん。
「安定して……る?」
「ええ、とても。
……普通、魔力というのは多かれ少なかれ揺らぎがあるのです。
混沌はそう易々と晴れはしないということですね。
しかしこの……仮称【純宝玉】にはその揺らぎがありません。
おそらくは臨界反応によって僅かに存在した他属性が消滅したためでしょう」
仮称【純宝玉】、見た目はわずかに赤く光っているだけなのだが、不思議と吸い込まれそうな感覚があり鳥肌が立つ。
それだけではなく、魔法素人の俺でも分かるほど、その内からとてつもなく大きな力を感じるのだ。
我ながら恐ろしいものを作ってしまったよ。
そしてそんなものを使って放つ魔法が、ファイアボール。
……最弱攻撃魔法が、最強のロマン砲になるまで、あと一歩。
「それじゃあ最後まで一気に突っ走りますか。
クラウスさんはどうしますか? たぶん夜には完成しますけど」
「一度帰り、明日また顔を出させていただきます。ハルトさんもご無理はなさらないでください」
「はい、分かりました」
純宝玉を俺に渡し、深々と頭を下げてから工房を後にするクラウスさん。
その間際に見えた表情は、到底200歳以上とは思えないほどにいたずらな子供だった。




