21-7
「来たわよー」
「来たっすよー」
「いらっしゃい。お二人とも工房にどうぞ」
タイミングよく二人そろって来てくれた。
あるいは待ち合わせしていたのかもしれないけれど。
「どんな鞭になったかワクワクっすね!」
「ふふっ、わたくしよりも楽しみにしているじゃない」
「ワクワクっす!」
なるほど、バルガンさんの素顔はとても人懐っこい人物なのか。
「はい、これが今回作ったマギサさん専用の鞭です」
「わお……」
「なん……えぇ??」
声を失う両名に、俺ニッコニコ。
「この鞭ですけど、ちょっとやり過ぎてしまって肩書が魔剣じゃないんですよ。
なのであまり人には言わないようにお願いしますね」
「魔剣じゃない? それは、どういうことかしら?」
「見てもらえば分かります」
鑑定画面を出し、まずはマギサさんに見せる。
「【竜鞭】……ですって?」
「なんすか? それ?」
「魔剣の亜種というか、特化型だと思ってもらえれば」
そう、今回のこの鞭だが、ドラゴン由来の素材を多く使い過ぎたせいか、肩書が変わってしまったのだ。
その名も【竜鞭】ハイドラ。
名前のわりに首(髭)が3つだが、そこはご勘弁を。
攻撃力1000、防御力500、魔法攻撃力1000、魔法防御力1000。
そして素早さ100、運100。
うん、まさにドラゴン並み!
しかも付与したエンチャントの他に、火・水・風・土属性無効とドラゴン特攻も。
どうしてここまで強烈な性能になってしまったのかは、察しがついている。
軟化剤にひとつまみだけ混ぜたドラゴン骨粉を覚えているかな?
どうやらあれが引き金になって覚醒してしまった様子なのだ。
「すさまじい性能ね……しかもこの装飾に、巨大なダイヤモンド。
これで1億ミレスは破格よ?」
「ウチの会計曰く、100億でも足りないそうです。アハハ……」
「さ、さすがにわたくしでもその額は……」
「なので売値は1億ミレス、それ以上は成果でお支払いください」
「ふふっ、成果で、ね。承知したわ」
これでマギサさんの武器は完成。
ちなみに防具は、武器の性能がこれなので不要だろう。
「それじゃあバルガンさん行きますか」
「これで1億ミレスっすよね?
6000万ミレス……本当に世界の危機ってなら、惜しくはない額っすね。
うっし、オレも男! 全額ぶっ込むっす!」
「あ、大丈夫です。半額も行きませんから」
「あらっ!?」
しっかりずっこけてくれるバルガンさん。やっぱり人懐っこいタイプだ。
「わたくしのは貴方から買ったレッサードラゴンの髭の代金と、装飾に使われた宝石たちがあるからこその値段なのよ」
「そういやそうっすね。オレにはこんなド派手な宝石はいらないっすから」
バルガンさんは波動拳を撃ったりしそうな見た目なので、正直なところ鉤爪のような武器は装備してほしくない。
もちろんこれは俺のエゴであり、バルガンさんの望むようにするのが鍛冶師としての仕事だ。
「んで、どういう感じにしますか?」
「オレあんまり爪のあるのは好きじゃないんすよ。なんでナックルかグローブでお願いしたいっす」
「分かりました。けど……外で軽く動きを見せてもらっていいですか?」
「いいっすよ。マギサ様、相手お願いしまっす」
「分かったわ」
おっと、マギサさんの動きも確認できるのか。
これは美味しいぞ。
店の表で両者構え、先に動いたのはバルガンさん。
スッと近づきいきなり右ストレート! だがこれはあっさり避けられる。
お返しにマギサさんも鞭を振るうが、複雑な軌道を描くにもかかわらず、バルガンさんはそれらをしっかりと見て避けている。
しかもバルガンさんは拳だけではなく足も使うので、避けたと思ったら足が飛んでくるのだ。
「やってるねぇ」
「ミカ、休憩?」
「うん。……バルガンさん、随分動きが良くなってる」
俺は昔のバルガンさんを知らないが、この見て避けるテクニックはすごいと思う。
なにせそれだけ動体視力も反応速度も高いということだから。
そして小さな隙を見つけては、ジリジリとマギサさんを追い詰めていく。
「技は空を切っているけど、あれは必要な空振りなんだよ」
間合いを詰めるための空振りということだろうか。
っと、バルガンさんが引いた。
これで終わり……というわけではなさそうだ。
「そんじゃ一発、拳術行くっすよ! 【パワーウェイブ】!」
それはあんたの技じゃないっ! と叫びたくなったがこらえる。
地面に振り下ろした拳から地を走る衝撃波が飛び、マギサさんに直撃!
ガードはしたが、間髪入れず飛び込んできたバルガンさんの一撃は防げず顔面直撃……はさすがになく、寸でのところで止まった。
いや~しかし、ああいうのもアリなのか……。
……ん? バルガンさんが、止まった姿勢のまま元に戻らない?
「……相変わらずっすね、さすがは夜の女王」
「お誉めに与り光栄よ」
えぇ、何ぃ? 分かんないんですけど……。
「ミカ、ヘルプ!」
「だから言ったじゃん、必要な空振りだって。マギサさんの空振りがね」
「そっちかよ!」
「そ。空振りすることで相手に麻痺の魔法を仕込んでたんだよ。
あとは良きタイミングで発動させれば、この通り」
と、魔法を解いたのかバルガンさんが手を下ろした。
「やっぱり人を騙して金を稼いでる人は違うっすね」
「あら人聞きの悪い。わたくしたちは楽しみを提供しているに過ぎないのよ」
「オレを剣聖に仕立て上げたのも楽しみっすか?」
「睨まないでよ。実力を買ったからこそよ。これは本当」
まさかの遺恨ありなの?
「ミカ、ヘルプ!」
「オレから説明するっすよ。と言っても簡単な話で、オレが剣聖に挑戦した時の相手がマギサ様なんすよ。
そんでオレは勝った。勝たせてもらった。勝たされた。
んま、そんな感じの関係っす」
「この子は剣聖になる以前から雷光のバルガンという二つ名持ちでね、実力は本物だから負けて悔いなしなのよ?
だけど何度言ってもバルガン自身は納得してくれないのよね~」
「いくら本気じゃないってもこの結果っすよ? そんな相手に褒められたって嬉しくないっすよ!」
二つ名を持っている実力者なのに手加減をされているとなれば、プライドが傷付くのも納得だな。
と、ミカが俺に耳打ち。
「マギサさん、本気を顔に出さない人なんだ。
んでバルガンさんは対人特化型だから、こういうのにはめっぽう強い」
おっと。
つまりバルガンさんは軽い手合わせだと思って戦っているが、マギサさんはガチで戦っていたと。
しかしそれを顔に出さないというのも、マギサさんなりの接待なのかも。
マギサさんとはこれでお別れ。
俺とバルガンさんはカフェで装備を考える。
「動きを見た感じだと、グローブの甲に刃を仕込むのがいいかなと」
「それが妥当な線っすね。あ、スパイクでもいいかも」
「どっちでも行けますよ。バルガンさんの好みでどうぞ」
「じゃあスパイクで。
刃って方向が決まってるじゃないっすか。だけど戦闘時はあらゆる方向から打ちたいんすよね」
「分かりました。考慮します」
全方位ならば四角錐のスパイクがいいかな。
「あとグローブは革で、結構硬めがいいんすよ」
「だったら金属製で全力で殴れるほうがいいのでは?」
「オレ、金属はかぶれるんす……」
まさかの金属アレルギー持ち。
なるほど、だから金属製の防具は一切つけてないのか。
……防具か。今後を考えれば、今のままではまずいだろう。
なにせ『E:ぬののふく』状態なので、これで荒事に対処はさすがに不安なのだ。
「よし、どうせだから全身やっちゃいますか」
「えっ、全身っすか?」
「正直に言って、鍛冶師としてバルガンさんの装備の貧弱さは見てられない。
それに6000万ミレス全額ぶち込むんでしょ?」
「そう……っすね。それじゃあ防具もお願いするっす」
「はい、承りました」
ふと視線に気付いてそちらを見ると、ミカが親指を立てて満足そうに笑っている。
つまりミカも同じことを考えていたのだろう。
さーて、それでは仕事に取り掛かりますか!




