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早速女神の指輪の捜索を開始したいが、土地勘のない町を闇雲に探すのは効率が悪すぎる。
「兄様、どこから探しましょうか?」
「まず考えなきゃならないのは、盗んだ奴の目的だ。
美花、女神の指輪って特別な能力はあるのか?」
「大司教様も言ってたけど、指輪は王都全体を神聖な魔力で覆ってる。これが強力な魔物除けになってるの」
となると、盗んだ目的は王都に魔物を放つためか?
いや、それだったら未だに魔力が王都を覆ってるのはおかしい。
「最近指輪を外に出したことは? 10年に一度だけ特別に公開される仏像みたいな感じでさ」
「アンダール王国の王様って任期が30年って決まってるんだけど、この戴冠式が先月あって、そこで指輪を使ったよ。
あと戴冠式がその年の女神祭の開会式も兼ねてるから、指輪も30年に一度一般公開されるって仕組み」
つまりその時に犯人は指輪の存在を知ったのだろう。
もしも事前に知っていたのならば、祭りや戴冠式が終わって1か月後なんて中途半端なタイミングで盗もうとはしないはずだからだ。
となると犯人の狙いは王国陥落などという大業なものではなく、コレクションや換金のような小さな目的だろう。
そう考えていると、同じく指輪を探しているであろう神官を発見。
美花に話を付けてもらい、彼には王都内にいる有名な収集家を当たってもらう。
「一旦大聖堂に戻って人数を揃えてから収集家を当たるって」
「そっちの方がいいだろうね。さて俺たちだが……」
女神の指輪を換金しようとする場合、その換金先はかなり限られる。
それが女神の指輪だと気づかれれば、買取拒否は当然として通報される可能性も高いからだ。
となると盗品も扱う店で、店主が女神の指輪だと気づかない必要がある。
「店主が女神の指輪だと気づかないって、どんな場合にそうなる?」
「少なくとも王都の人間は気づくと思うよ。神器が大聖堂にあるってのは有名な話だから」
「そうですね。私のいた時代でも有名でしたので、まず間違いなく気付きます。
となると、店主は最近王国にやってきた人物でしょうか」
「俺のイメージだと、盗品を買い取るような店の店主は、その町の裏の裏まで知ってるような人物なんだけど」
「盗品と気付かずに買い取った可能性もあるかと」
どちらにせよ老舗ではないだろう。
「よし、探すのは盗品の買取をしている店と、ここ1か月以内に開業した繁盛してない店だ」
「だったら……ついてきて」
狙いは定まったので、後は美花に案内してもらう。
最初は路地裏にある工房を持たない買い取り専門店。
美花の顔を見た途端大急ぎでカウンターの商品を布で隠したので、以前もガサ入れされているのだろう。
「こ、これはこれは、剣聖様ではありませんか。このような小汚い店にどのようなご用件でしょうか?」
「ねえおじさん、最近指輪を買い取らなかった?」
「指輪ですか……いえ、記憶にございませんが」
「じゃあその布取って見せるか、お店を潰されるか、選んでね」
「……はい……」
俺でもこんなかわいい子に笑顔で迫られたら言うことを聞いちゃうよ。
恐ろしくて!
結局この店は空振り。
布の下にあった盗品はどうするのかと聞いたら、あれは盗品ではなくて禁輸品だから部署が違うのだと。
とはいえ報告は上げるとのことで、しっかり罰は受けるだろう。
次も路地裏の店で、背後に工房を構える武器屋だ。
こちらの店主も美花の顔を見た途端に店の裏へと引っ込み、その後は揉み手で戻ってきた。
「剣聖様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「最近指輪、買い取らなかった?」
「わたくしどもの店は武器専門ですので、指輪の買取は行っておりませんが」
「ふ~ん。じゃあ地下倉庫を見せてもらってもいいよね?」
「それは……し、しかし指輪の買取はしておりません! 本当です。信じてください!」
「本当に?」
「本当ですってば!」
しばらく店主を睨んだ後、美花は何も言わず踵を返して店を出た。
「今のは?」
「ここの店、地下倉庫が闇市に使われてるの。
で、それを目こぼしする代わりに地下に潜った犯罪者の情報を吐かせてる。
当然わたしが闇市に踏み込めば、店主の命が方々から狙われちゃう」
「闇市って……」
「実は出入り業者や扱う商品も含めて、国がしっかり把握しちゃってるんだけどね。
これ、オフレコで」
つまり国から見た必要悪ということか。なんともな話だ。
それから数軒回り、いずれも空振り。
別の意味での収穫はあったが、俺たちには不要なものだ。
次の店は路地の先の路地の奥、王城を中心にX状に伸びる水道橋の真下にあるお店。
美花曰く、怪しくはあるけど手が回っていない店なんだそうだ。
店内は結構広く、入り口から見て右手には小上がりと商談スペースまで備えている。
背後には工房もあるのだが、煙突が綺麗なので火は入っていないようだ。
しかし店に飾られている商品たちに一貫性がない。
作り手がバラバラだし、いい剣の横になまくらが置いてあったりする。しかもどれもこれも攻撃力が100を超えない。
さてはこの店主、目利きスキルを持ってないな?
そんな店の主人は、小太りの40代くらいのおじさん。
美花を見ても無反応だ。
「いらっしゃいませ。何をお探しで?」
「指輪があったら見せてもらいたいんだけど」
「ええ、ございますよ」
早速指輪の陳列された箱を取り出す店主。
8個が3列、合計24個。
「これで全部?」
「ええ、何分開業して間もないものでして」
「そうなんだ。うーん、じゃあ何でもいいからとっておきってある? お金なら持ってるから」
「とっておきですか……少々お待ちを」
こちらを警戒もせず、バックヤードに消える店主。
「お兄、今のうちに鑑定お願い」
「小狡い方法を覚えたもんだ。どれどれ~?」
流し見で指輪を鑑定していく。
すると右下24個目の褪せた金の指輪の名前が【女神の指輪】と表示され、さらにエンチャントに女神の加護と女神の庇護がある。
「大当たり」
「じゃああとはわたしたちに任せて。店主さーん」
美花の呼びかけで戻ってきた店主の手には一本の剣。
しかし鑑定しなくても分かる。それはただのなまくらだ。
「はいはい、こちらが当店のとっておきの剣でして、かの英雄ミカイア・エルネストの子孫が打ったものとされております」
「それよりもこの指輪、どれくらい?」
「ふむ、そちらですと……300万ミレスでしょうか。いかがなさいますか?」
「300万ミレスねぇ~。どうしよっかな~?」
そう言いつつ剣に手を伸ばす美花の、その手を押さえる。ここでそれは悪手でしかない。
分かりやすく足元を見られた美花の代わりに俺が交渉に入る。
「そんなに色褪せてるのに300万ミレス? 店主さん吹っ掛けてるんじゃない?」
「いえいえ、こちらは由緒ある品ですので、これは正当な価格でございます」
「由緒あるって、どんな?」
「こちらはとある伯爵家ゆかりの品物でして、わたくしも入手に苦労をしたのです。
ですからこれ以上の値下げは出来かねます」
「なるほどね。それならば納得だ。
うーん、残念だけど持ち合わせがちょっと足りないから、一旦キープで。
伝手はあるんで、今日中に引き取らせてもらいますよ」
「左様ですか。では後程お待ちしております」
俺が話を付けて、笑顔でその場を去る。
「お兄、何で止めたのさ? 今確保しないと売られるかもしれないよ」
「いいや、それはない。
あの店にある商品は、たぶん全部盗品だ。工房に動かした跡がなかったからな。
となるとあの店の顧客は大半が窃盗犯。
しかも偽装もなにもしてないんだから、組織が裏にいる可能性もない。
さらに言えば、あの店主は目利きスキルを持っていない。
つまり売る側にも買う側にもろくな目利きがいないんだ。
そんな店であの飾りっ気のない褪せた指輪が売れると思うか?」
「ないね」
「そういうこと。あとお前、買い物下手過ぎ」
「えへへ、よく言われます」
よく言われてなおあの調子じゃあ、この先が思いやられる。
大聖堂に戻り、大司教様に事の経緯を報告。
即座に30人以上の教会騎士が招集され、あの店へと向かった。
「これでどうにか教会の面目が立ちます。
お二方には女神信教を代表して心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました」
「いえいえ、可愛い妹の頼みは断れませんよ」
「はっはっはっ。私も兄ですので、その気持ちよーく分かります。
して、この後お二方はどうなされるおつもりで?」
「しばらくの宿を取ってから、私は鍛冶師として就職して、妹は冒険者ですかね」
「ふむ。ならばそのしばらくの宿はこちらで用意させましょう。
なに、これくらい礼には及びませんよ。文字通りね」
「それは助かります。ではしばらくお世話になります」
王都1日目にしてとんでもない事件に巻き込まれはしたが、おかげでしばらくのベッドを確保できた。
あとは俺もリタも、無事に王都生活をスタートさせるだけだ。




