19-5
アレンカさんはこのまましばらくウチで預かることになった。
いつまで?
さあ? 年単位かも?
なので在庫補充で休業中の今のうちに、窯をもう1基増やすことにした。
施工をお願いしたのはいつものメンテ業者さん。
新しい窯は上級グレードで、主にアレンカさんが使う予定。
上級グレードは大抵の素材に対応しているので、アレンカさんが一人前になっても使い続けられる。
工事は今日から3日間で、その間は工房自体が動かせない。
「アタシのために予想外の出費をさせちゃってごめんね」
「いいのいいの。それにこの工房って元は窯が3基並んでたらしくて、その分工費が抑えられたから」
「……そういえば壁に跡がうっすらと」
クレアおばさんから聞いた話では、この工房は昔はさらに大きく、最大7人もの職人がいたという。
しかし職人たちが自分の窯を持つにつれて規模を縮小していき、当時の店主が亡くなったのをきっかけに火を落とすことになった。
それから10年余り、ほこりをかぶっていた店を盗品バイヤーが不正な方法で奪い、あとは俺たちも知っての通りだ。
「そのおばちゃん、なんで店を取り戻そうとしなかったの?」
「取り戻す前に教会がガサ入れに入って、教会の紹介で俺の手に渡った」
「憲兵じゃなくて教会……?」
「そこから先は秘密」
「だったら聞かない」
神器の指輪を見つけたから、なんて口が裂けても言えない。
「んで、実質的なウチの従業員になった以上は、知っておかなければいけない話がある。もちろん口外厳禁」
「口は固いから任せて。……待って、嫌な予感がする。心の準備する」
トムは最初から冷静だったけど、アレンカさんはいい感じに驚いてくれそうだ。
「……よし、心の準備完了!」
「俺は魔剣が打てる」
「さらっと言い過ぎ! って待って! 魔剣!?」
飛び跳ねそうなほど驚いてくれた。
「そう、魔剣。妹二人の剣もだし、他の剣聖の武器も、拳と斧と鞭以外は俺が打った魔剣だよ。
ほかにも、ミカの許可制で何人かに魔剣を打った」
「もしかして前に騒動になった魔剣グラシオンって……」
「俺が打った」
「ひやぁ~!!」
ひっくり返りそうなほどのオーバーリアクションを見せてくれるアレンカさん。
「あ~……だから家を出る時父さんの表情が羨ましそうだったんだ」
「俺は魔剣を技術とスキルの暴力で作ってるから、羨ましがられてもそうそう真似できるものじゃない。
だから俺が教えたからって、アレンカさんも魔剣が打てるようになるとは限らない。可能性で言ったらゼロだと思ったほうがいい」
「そこは仕方ないね」
アレンカさんの現在の目標は、父親であるアッサムさんに並ぶこと。
アッサムさんがまだ魔剣を打つに至っていない以上、アレンカさんもそこまでは望まないということだ。
さて工事で窯が使えないので、その間にアレンカさん用の商品棚を設ける。
とりあえず鎧の位置を窓側に移動させてスペースを確保。
棚のデザインは今までのと同じでいいな。
それから棚の上に『製作者アレンカ』の看板を置く。錬金鍛冶で一瞬だ。
最後に、57万ミレスの斧を展示すれば完成だ。
「こんなもんかな」
「うん、いい感じ。けど……改めて自分専用の棚が出来ると、プレッシャーがすごいね。あはは……」
言葉が物になって現れたことで、現実を見つめざるを得なくなった。
そこで奮起する人もいれば、大きなプレッシャーを感じる人もいる。
アレンカさんの場合は、アッサムさんのやり方が悪かったせいで自信が持てず、後者になってしまうわけだ。
なので俺は、実績で不安を上塗りしてみる。
「3か月で販売できるレベルの斧を打てるんだから、もっと自信持っていいよ」
「……そう言われると、確かに。
ちなみにハルトさんはどれくらいかかったの?」
「10歳で父親に習い始めて、12の頃には父親と並んで打ってた」
「ハルトさんで2年……アタシ道間違えたかな……」
「冒険者にしか分からない按配が分かるってのは大きな武器だと思うけど?」
「それは父さんにも言われた」
俺からすれば、よっぽど羨ましい経験であり能力だ。
そんな話をしていると、買い物に出ていたトムが、お客さんを連れて帰ってきた。
お客さんはいわゆる筋肉ダルマの男性客。
現在改装中でオーダーは受け付けていないという旨を説明し、後はトムに任せて俺たちは倉庫へ。
「さてと、今のうちに次の素材を選んでおくかな」
「何を打つか決まってるの?」
「想定はしてある。後はオーダーが来次第取り掛かる感じだな」
「あ~、斧聖さんのね」
ミカの話では、いつオーダーが来てもおかしくない。
ならば今のうちに準備を始めても問題はない。
「たしかマンドリューさんのは両手斧だったな」
「ドワーフ2人分くらいもある特大の両手斧だよ。噂では攻撃力300以上!」
「自主規制枠オーバーか。やるねぇ」
「有名無実の自主規制だね。父さんはもう少しで手が届きそうだけど、アタシには遠い道のりだぁ」
「案外そうでもないかもしれないよ。アッサムさんだって1年前は攻撃力100程度だったから」
「……もしかして、父さんがあの年で上を目指し始めたのって、ハルトさんと出会ったから?」
「今更気付いたの?」
そう返すとアレンカさんは大笑い。
自分が鍛冶師を目指すきっかけのさらに大本が実は目の前にいたのだ。
笑ってしまうのも仕方がない。
「……ん? お前行くか? そうか、よしよし」
「黒い金属……?」
「これは世界最重量の金属ヘヴィナイト。中々いい攻撃力が出るはずだよ」
「アタシの知らない素材だ。……うわっ! 本当に重い!」
「ミスリルよりも安いし鉄と同じように打てるから、工事が終わったら使ってみるといいよ。
色々な素材に触れれば、それだけ腕もスキルレベルも上がるからね」
「ハルトさんがいいのならば、そうさせてもらうよ」
アレンカさんの最終目標はアダマンタイト。
俺ですら苦戦した相手なので、父親越えを果たしたさらに先になるだろう。
さて、たどり着けるだろうか。
「ミスリル……アタシにはまだ早い、かな」
ミスリルインゴットを手に、そう呟くアレンカさん。
打てば素直な奴だが、なんとなくミスリル自身もまだ早いと言っている気がする。
「ハルトさんがまだ打ったことのない素材って、どういうのがあるの?」
「一度でいいから打ってみたいのはオリハルコンだな」
「神の金属、オリハルコン! アタシもいつかは打ってみたいなぁ……」
そんな感じで素材選びをしていると、トムが来た。
「売れましたよ、アレンカさんの斧」
「えっ本当!?」
「おお~。それじゃあ今日は赤飯……じゃなくてアレンカさんのリクエスト料理にしよう」
「いいの!? じゃあチーズの入ったハンバーグ!」
「はいよ」
こういうところは見た目通り子供っぽいな。
と、ついでにミカも来た。
「お兄、ちょっと手伝ってくれる?」
「何の料理だ?」
「料理じゃなくて、緊急依頼」
「剣聖に来た依頼を、リタじゃなくて俺が手伝うのか?」
「そ。リタも来るけどお兄のほうが適任。
たまに行ってる鉱山都市あるでしょ? あそこの鉱山が依頼の舞台。
細かいことは現地に行ってからなんだけど、内容的に鉱山の中で魔物の巣を掘り当てちゃった的なのだと思う」
内容は把握したが、しかしそれでもなぜ俺なのかという疑問が残る。
だが緊急依頼という名目である以上、待ったなしなのだろう。
「だったら店のことはトムに任せる。アレンカさんはトムに従って動いて」
「了解です」「分かったよ」
急な話に戸惑いもあるが、店は居残りの3人に任せておけば大丈夫。
準備を済ませ、すぐに向かおう。




