19-1
仕分けが終わり、お裾分けに出発。
しかし今回は8割以上を在庫の補充に回したので、お裾分けの量は少な目。
まずはクレイブさんのお店、ジェムラビリンス。
いつものように食べ物はマッスルコンビに渡して、お店の中へ。
「来たザマスね。今回も期待してよろしくて?」
「いや~、今回は大半をウチの在庫に回したので、あんまりですね」
「あら。まあそんな時もあるザマスよね」
それでも65万ミレスで売れたので、一人10万ミレスにはなった。
なお改めてだが、ここにナティアさんの分は含まれていない。
次はアッサムさんのお店。
到着してドアを開けようとした、その時。
「それじゃ行ってきまーす! っておわっ!? ご、ごめんなさい!」
「いえいえ」
こっちを見ていなかった女の子が俺にぶつかってきて、謝罪しペコリと俺に頭を下げて走っていった。
「おう、ハルトさん。今日は何の用だ?」
「先日まで3級ダンジョンに潜っていたので、そのお裾分けです。といっても今回は大半を在庫に回したので期待しないでください」
「もらえるだけありがたいから気にしなさんな」
逆の立場ならば俺も同じことを言うだろう。
受け渡しを終えて、ダンジョン攻略中にあった疑問ををアッサムさんに聞く。
「アッサムさん、魔法弓って分かりますよね?」
「ああ。ウチでは扱っていないけどな」
「どういうものですか?」
「どうって、魔力伝導率の高い特殊素材を使った専用の矢に魔法を纏わせて射出する武器だな。
狩人スキルと魔術スキルの両方がないと扱えないからどうしてもオーダー品になってな、おかげで割高になるから使ってる奴は少ない。ウチで扱ってないのもそういった理由からだ」
「ウインドアローの魔法を矢として射出する弓は?」
「はぁ? それだったら普通に魔法撃ったほうが早いだろ。
……と言いたいところだが、ハルトさんがそういう質問をオレにしてくるってことは、何かあったんだろ?」
「よくご存じで」
伊達に付き合いが長いわけじゃないな。
「弓本体に術式を刻んで、ウインドアローの魔法を矢として使用できる弓を、弓聖のナティアさんに作ったんですよ」
「んん? 弓本体に術式を……んまあ、出来ない話ではないが……そうすると魔力さえあれば矢が不要になるのか?
しかし威力はどうなんだ?」
「普通に唱えるよりも速度も威力も上でしたよ」
「ん~……特殊な術式は刻んでないんだよな?」
「ウインドアローと、オマケに魔法強化術式は入れてあります。けどどっちも一般的なものです」
「……表には出さないと約束するから、オレもひとつ作ってみていいか?」
「構いませんよ。知らないだけで誰かが作っててもおかしくないですし」
「まあ、その可能性は否定できないけどな」
前もこんな話をしたような気がする。
確か……爪に衝撃吸収機構を取り付けた時か。もう1年も前の話だな。
「それともうひとつ、アッサムさんはこの店をどうやって回しているんですか?
繁盛具合から考えて、在庫を作る時間的余裕なんてないように思えるんですけど」
「ん? 言ってなかったか?
ここ以外にもうひとつ工房があって、そっちで弟子たちが店に並べる商品を打ってるんだよ。オレはレジ係兼オーダー専用ってわけだ」
「さすがアッサムさん。弟子もいるんですね」
「あの時ミカちゃんがオレの店を選んでくれたおかげでな。
っと、丁度帰ってきたな。おいアレンカ」
見ると先ほど俺にぶつかった女の子だ。
「紹介しておく。オレの娘のアレンカだ」
「先ほどは失礼しました。【アレンカ】です」
「初めまして。ハルトと言います」
「あー! 父がお世話になっています」
「いえいえこちらこそ」
正直に言おう。まったく似てない!
「アッサムさん、娘さんいたんですね」
「一男一女で両方冒険者だったんだが、アレンカは半年くらい前に冒険者をやめてオレに弟子入りしたんだ」
「重戦士で斧を振り回してたんですけど、自分に限界を感じちゃって。
だから怪我をしないうちに辞めて、父の下で鍛冶師になることにしたんです」
「なるほど、そういういきさつが」
アレンカさんは明るい緑髪を短いちょんまげ型ポニーテールにしている。そして動くたびにそのポニーテールがぴょんぴょん跳ねている。
顔は丸顔で、背はドワーフ標準サイズ。
頬の傷とガタイの良さに元重戦士の名残が見て取れるが、それ以外は小学生高学年にしか見えない。
……だがドワーフなのとアッサムさんの年齢、そして前日談の内容も考慮すると、あるいは俺よりも年上かもしれない。
「アレンカ、この前打った剣もってこい」
「はーい」
軽い返事でバックヤードに消えるアレンカさん。
「鉄を打ち始めて3か月でな、まだまだ素人に毛が生えた程度だけど、まあ将来性はあると思うんだ。親バカかもしれないけど」
「それを俺が見定めろと?」
「そこまで言うつもりはないさ。けど最近ちょっと煮詰まってるっぽいんだよ。
あきらめ癖が付いても困るだろう? だからアドバイスの一つでもしてやってもらえないかと思ってな」
「分かりました。他ならぬアッサムさんのお願いですからね」
戻ってきたアレンカさんの手には、刃渡り60センチほどの片刃の剣。
見た目は合格だが、果たして?
「見させてもらいますね。
……厚みは均一、歪みは無し。背も一直線で綺麗だ。
だけど、重心がわずかに狂ってる。原因は……柄だな。剣身は綺麗だけど柄の出来が甘い。
おかげで剣全体のバランスが崩れて、振ったとしても芯を外してしまう」
「一発で分かるものなんですね……」
「ハルトさんは特にな。どうだ、お前よりも若い鍛冶師に説き伏せられた感想は?」
「…………」
すっかり意気消沈という様子のアレンカさん。
ふむふむ……なるほど。
いつもお世話になっているアッサムさんだ、ここは一肌脱ぎましょ。
「アッサムさん、ちょっとアレンカさんを借りますね」
「えっ、あの……」
奢るからと言いくるめて、困惑するアレンカさんを連れてすぐそこの食堂へ。
「アッサムさんって、いつもあんな調子なんですか?」
「うーん……半々かな。アタシに期待してるのは分かるんですけど……」
「だったらもっと言い方ってもんがありますよね」
「あはは、ほんとそう」
察するに、アッサムさんはアレンカさんに期待するあまり、逆に言葉がきつくなってしまっているのだろう。
「……アタシの打った剣、やっぱりおかしかったですか?」
「評価はさっきも言った通りです。
剣身はもう商品として通用する出来でしたけど、柄が悪かった。
スキルレベル、確認させてもらっていいですか?」
「弟子入りした時のですけど、確か鍛冶と細工が13で、目利きが11、付与が10です。あと重戦士が24でバーサーカーが22だったかな」
「レベル的には足りていますね。
アッサムさんからはどういう指示が出ているんですか?」
「指示って言う指示はないです。作って見せてやり直しの繰り返しですよ」
あ~、典型的クソ上司~。
思わず天を仰いでしまった。
ろくに指示もせず自分で考えろと言っておいて、自分で考えたら勝手に進めるなと怒鳴る。
アッサムさんは怒鳴るタイプではないが、しかし見事にこの典型だ。
おそらく、知識も技量もあるせいで自分が基準になっちゃっているのだろう。
「……父さんには秘密にしてもらいたいんですけど、いいですか?」
「あ、はい。なんですか?」
「アタシが冒険者を辞めた理由って、限界を感じたのもあるんですけど、父さんに憧れたってのもあるんですよ。
今でも自分に甘えずに腕を磨き続けるその姿を、格好いいなって思って。
だから早く父さんに追いつきたいと思って頑張っているんですけど……最近はなかなかうまくいかないんですよね……」
憧れる対象が近くにいすぎるがために、自分と対象とを比べてしまい挫折気味ということか。
……となれば、解決方法は一つ。
「分かりました。任せてください。あとアレンカさんは俺が呼ぶまでこちらで待機でお願いします」
「え、ええ。分かりました」
そうしてお店に戻り、話をつける。
「アッサムさん、しばらく娘さんをお借りします」
「ん? しばらく……?」
「はい。環境を変える必要があると判断したので、一時的にウチで預かります。いいですね?」
「えっ、いや~……アレンカは納得したのか?」
「知見を広げるのもいいかな、と言っていました」
もちろん嘘だ。
「んで、アッサムさんの本音は?」
「うーん……跡継ぎになってくれれば嬉しいけど、強制はしたくないんだ。
オレがそういう中途半端な気持ちだからなんだろうけど、どうにも強く当たり過ぎてしまってな。自覚はしているんだが……」
「じゃあアッサムさんが頭を冷やすという意味でも、アレンカさんとは一度距離を置くべきでしょうね」
「否定できんなぁ。ハァ……」
「それから、部下への指示は明確にかつ簡潔にするように!
報告・連絡・相談を自然と出来る職場にするのが上司の務め!」
「うっ……反省します……」
ということで嘘で言いくるめた部分はあるが、アッサムさんの了承を取り付けた。
次にアレンカさん。
「父さんが、そのほうがいいと?」
「はい。環境を変えて知見を広げることで新しいステップに進めるだろうと言っていました。
なのでアレンカさんはしばらく我がハルトワークスで修行です」
「……うん、確かに環境を変えるのはいい刺激になりそう。
それじゃあしばらくの間、お願いします」
これまた嘘で言いくるめた形だが、結果よければすべて良し。
あとは妹二人とトムをどう説得するか……。




