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6日目の早朝、ようやくふもとの町にたどり着いた俺たちは、その足でポータルへと向かい、一気に王都へと飛んだ。
「ほぇ~、見事にファンタジーだな~」
「でしょー。
ということで【王都アーベントロート】にようこそ~!」
アンダール王国、王都アーベントロート。
いわゆる中世ヨーロッパ風のハーフティンバーな建物がぎっしりと立ち並び、通りは全て石畳で、行き交う人も馬車も多い。
「まずは大聖堂に行くよ。ついてきて」
「そこの大司教様が俺たちのスキルを鑑定してくれるんだっけ」
「そう。わたしも興味あるから楽しみ」
結果的に俺だけお上りさんなわけだが、美花に任せておけば大丈夫だろう。
そんな王都の中でも目立つのは、中央にそびえる白亜の王城と王城から延びる四本の水道橋、そしてまるでゲームのキャラクターそのものな格好をしている冒険者たち。
白赤青のトリコロールカラーの若い剣士や、実用性に疑問のある薄着の女戦士、特大魔女帽子の魔法使いに、胸の谷間に目が行く女性僧侶。
「村にもたまに冒険者が迷い込んできたけど、王都の冒険者は自由というかなんというか……ここってゲームの世界かな?」
「あはは、気持ちは分かる。けどこの世界って結構こういうところあるから、気にしたら負けだよ」
「私が生きていた頃もこんな感じでした」
「だからリタの鎧もそういうデザインなのか」
「お気に入りです」
だったらもしも鎧をアップデートする時は、格好いい路線でデザインしてやるか。
王都を歩いていて思うのは、意外なほど治安がいい。
見える範囲だけかもしれないが、今のところ犯罪の匂いが全くしないのだ。
「美花、王都の治安ってどうなんだ?」
「日本を100点とすると、70点くらい。
リタみたいないかにも強そうな人がいれば安全だし、それこそお財布を見せびらかして歩くような真似をしない限りは大丈夫だよ」
「兄様は私が守ります」
「頼りにしてる」
逆に言えば、俺が一人で出歩く時は帯剣したほうがいいということ。
武器を商売にする以上は武器の扱いを覚えるべきだな。
大聖堂まで観光しつつ歩いていると、息を切らしながらこちらへと走ってくる男性が。
見た目はゲームの神官のような感じで、帽子と前垂れには青い十字のマーク。
その男性は美花の前で止まった。
「け、剣聖様……お疲れのところ、申し訳ないのですが、至急大聖堂に来いと、大司教様から……」
「分かりました。お兄、悪いんだけど観光はまた後で」
「どっちにしろ俺も大司教様に用事があるし、一緒に行くよ」
ということで小走りで大聖堂へと向かう。
近づけばすぐに分かる、まさに大聖堂。
白い壁に青い屋根。ステンドグラスは控えめだが、それぞれに青い十字のマークが入っているので、これが女神信教のシンボルマークなのだろう。
大聖堂の敷地内には信徒のための宿泊施設などもあるようで、この施設群だけで小さな町と言える規模のようだ。
その大聖堂の中を、一直線に歩いて行く美花。
周囲の神官からは「お帰りなさいませ剣聖様」と声をかけられ、そのたびに軽く返事をしている。
「美花、やっぱり元気に剣を振り回してたんだな」
「まーね。詳しいことは後で話すから、今はわたしの話に合わせてね」
「分かったよ」
大聖堂の奥には、高位の神官と思われる人たちにせわしなく指示を出している、明らかに他よりもいい服装のおじいちゃん神官。
「大司教様、剣聖ミカイア・ウェラインただいま帰還いたしました」
「おおミカ! 良き所に! ……後ろの者は?」
「以前お話した、わたしの大切な人たちです」
「おお! まさか本当に出会えたとは驚いた! これも女神様のお導きですね。
失礼、わたくしは【ロシル・エル・ムルジカ】。このアーベントロート大聖堂にて大司教を務めさせていただいております。
お二方のことは、タカハシミカより聞き及んでおります」
「そうでしたか。私はハルト、こちらは妹のリコッタです」
美花も転生者であることを大司教様に打ち明けてあるのか。
ならば話も早い。
と思ったが、そうはいかない様子。
「しかし今現在、少々難儀な問題が発生しておりまして……申し訳ないのですが、お話は後程ということにしていただきたいのです」
「分かりました。美花、俺たちは入り口で待ってるよ」
「うん、ごめんね」
周囲の空気が明らかに張りつめていたので、早々に退散を選択。
入り口付近の長イスに座って一息入れる。
「大司教様と言ったらもっと偉そうな奴かと思ったのに、腰の低い可愛いタイプのおじいちゃんだったな」
「そうですね。私が現役の頃の司教とは大違いです」
「ステレオタイプな嫌な奴だったのか?」
「それはもう。命とお金だったら、迷わずお金を選ぶような人たちでしたから」
「そりゃまたひどいな」
そんな世間話をしていると、大司教様との話が終わった美花が来た。
しかしその表情は笑顔ではなく余裕のないもの。
「お兄、協力してくれる?」
「可愛い妹が可愛くお願いしてくれるのならば」
「おにぃちゃん♪ 美花のお願い、聞いてほしいな~?」
「……無いな。よし行こう!」
「んもうっ!!」
頬を膨らませる美花と、ツボに入ったようで顔を伏せて笑うリタ。
なおこれは前世からやっていたネタである。
そもそも美花は基本的に欲しがらない子であり、それなのにお願いをしてくるという時点でよほどのことなので、兄としては選択肢などないのだ。
「大司教様、お連れしました」
「ご苦労様です。突然で申し訳ないのですが、お二方にも協力を頼みたいのです。
しかし事が事である故、他言無用でお願いしたいのです」
「はい。承知しました」
「うむ。それでは。
この大聖堂には女神の指輪という神器が保管されていたのですが、昨晩から今朝にかけて、それが何者かに盗まれてしまったのです。
即座に王都中に規制を敷き盗まれた女神の指輪を捜索したものの、未だ行方知れず。
そこでお二方にはミカと共に、盗まれた女神の指輪を発見し回収していただきたいのです」
「指輪が王都を出た可能性は?」
「女神の指輪は特有の魔力を放っておりまして、それが王都内に留まっているのは確認が取れております。
しかしその魔力が届く範囲は王都全域に及ぶので、どこにあるのかまでは分からないのです」
つまり猫の手も借りたいということか。
いや、借りたいのは俺の目利きスキルかな。
しかし可愛い妹がお世話になっている人の頼みとあらば、協力を惜しまないのが兄というものだ。
「分かりました。それでは早速捜索に加わります」
「ありがとうございます。このご恩は必ずお返しいたしますので、よろしくお願いいたします」
突然厄介なことに巻き込まれたが、これも後のためと思って捜索に励もう。




