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17-5

 私の名前はトシュテン・ネイビア。

 ネイビア子爵家の長男で、仕事に追われ続け、気づけば行き遅れと言われる年齢になってしまいました。

 そんな私は武具屋連合協会の事務長という肩書なのですが、これは一般の企業に照らし合わせると部長クラス。

 とにかく上からも下からも無理難題を押し付けられる中間管理職なのです。

 そんな私の元に、またもや無理難題が……。


「ネイビア事務長、今回の防具コンテスト、出店者数がたったの数店とは、どうなっているのだね?」

「それが、魔王と戦争になるという噂話を真に受けた店が多く……」

「我々は君の言い訳を聞くために貴重な時間を割いたわけではないのだよ!」

「君にはもうお父上という後ろ盾は無いのだよ。まったく、これだから三流貴族というものは……」


 父が失脚して以来、この手の話を何度聞かされたことか。

 本当に、いてもいなくても私の邪魔ばかりする……。


 それからは部下を総動員して国中の武具店に声を掛け、急きょの参加を打診。

 私も王都中の武具店を二度三度と回り、コンテストの前日まで粘り続けた。

 そんな地獄のような追い込みの日々において、リコッタさんのウエイター姿を見られたのは幸せだった。

 あれのおかげでこの日を迎えられたまである。間違いなく。


「事務長、全ての搬入終わりました!」

「ディスプレイ班は?!」

「8割、いえ9割!」

「飛び込み用のスペースは?!」

「確保してあります!」


 会場5分前でまだ準備が終わっていない!

 過去一番のギリギリの状況!


「事務長は入り口に!」

「くっ、ここまでか……。後は任せたぞ!」


 『会場内は走らないでください』という看板を横目に走る私!

 そうして入り口に着いたその時、見知った顔が走ってくるのが見えた!


「ハルト様! こちらに!」

「お邪魔しまーす!」

「ファンショー君!」

「はいっ! こちらにどうぞ!」


 私の右腕ファンショー君にハルトさんを任せ、息を整えた私は何事もなかったかのようにご来場いただいたお客様方の前に立つ。

 そして遠く聞こえる大聖堂の鐘の音を合図に、扉に手をかける。


「皆様ようこそお出でなさいました!

 武具屋連合協会主催、アンダール王国防具コンテスト、開場です!」


 扉を開けると待ちわびたお客様方が会場へと吸い込まれていく。

 まずはこの扉を開けたことを喜ぼう。

 だが……今回のコンテストは最後まで不安が拭えない。

 防具コンテストはいつもは50店ほどの参加だが、今回は我々が声を掛けて回ったからだろうか、70店以上の参加となった。

 しかしその大半が店売りの安いものだったり装飾のない地味なもの。

 冒険者が相手ならばそれでもいいのだが、防具を美術品としてしか見ない層には、おそらく受けが悪いだろう。

 そのクレームが廻り廻って私の所に……うっ、考えただけで胃が……。


 っと、こんなところで油を売っている場合ではない。

 審査員たちを審査会場にご案内をしなければ。

 特に今回は鞭聖べんせいマギサ・シルベリー様が審査員にいらっしゃる。

 私も男、しっかりといいところを見せたい!




 お昼を回れば忙しさも一段落。

 ここで私は会場を見て回り、お客様の反応を確かめる。


「今回のは結構ゴツいのが多いな。オレらにとっちゃ有り難いけど」

「だな。見た目ばっかりのコンテストには飽き飽きしてたところだ」


 冒険者たちからの反応は悪くない。

 むしろ歓迎されている。

 やはり我々武具屋連合協会は、彼ら本気で命を張っている人々のためにあるべきだ。

 ……とは心で思っていても、そうはいかないのが世の常というもの。


「なんだ、あれもこれも鉄の塊ではないか。このような稚拙な物、我が屋敷には相応しくないぞ」

「今回は大外れですわ。このような庶民の道具を見させられるだなんて、不愉快でなりません」


 短絡的。浅ましい。物の価値を金額でしか見られない愚者。

 表し方は様々あるだろうが、彼らは己こそが場違いな存在だと気づくべきなのだ。

 もちろんそんな愚者がいるからこそ経済が回るという側面もあるが、であれば彼らがすべきは投資であり、強要ではない。

 そういった者たちが上に立っている限り、この国には落ちぶれる未来しかない。

 そして笑えない話だが、周辺諸国と比較して、貴族の横暴は我が国が最も穏やかなのである。


「トシュテンさん。お疲れ様です」

「ああ、ハルト様。此度はご参加いただき心から御礼申し上げます」

「いえいえ。でも言ってたほど寒々しくはないですね」

「ええまあ、不幸中の幸いか、数だけは揃っちゃいまして。

 っとそうだ、ハルト様の作品を拝見しに行かなければ」

「東エリアの端っこにありましたよ」

「ッ……。失礼いたしました。

 部下にはもっといい場所を用意しろと言いつけておきますので」

「ハハハ。気にしてないので謝罪は不要ですよ」


 一瞬目眩がした。

 ファンショー君は能力だけならば私以上なのだが、空気の読めない部分があるのが玉に瑕。

 その性格のせいで、わずかな隙間を見つけてハルト様の作品を拝見しようと向かったのに、トラブル対応をせざるを得なくなる。

 トラブルは些細なものだったが、おかげで時間が無くなり、出品された防具たちを見る暇もなく審査会場へ。

 控室で挨拶を済ませた私に、鞭聖べんせいマギサ・シルベリー様が声を掛けてきた。


「ネイビア様、顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」

「これくらいどうということはありませんよ」

「そうですか? あまり無理をすると、事を仕損じますよ。

 そうだ、たまには息抜きにわたくしのお店にいらしてくださいな。癒して差し上げますわ」

「お誘いいただきありがとうございます。このコンテストが終わった後でお邪魔させていただきます」


 見事に心配されてしまった。

 しかし今は私の体よりも無事にこのコンテストを終わらせることのほうが重要だ。


 コンテストが始まれば、私は舞台袖で指示役に徹する。

 今回は地味な作品が多いのでどうなるかと危惧していたのだが、しかし蓋を開けてみるとこれはこれで好評。

 従来の美術品路線に飽きたお客様も多く、今回の大雑把に集めた実用的な作品群が逆に良い刺激になっているようだ。


「よし、次だ」

「はいっ!」

「……ん?」


 ワゴンに乗せられ、私の横を通り舞台へと上がる防具たち。

 その中にひとつ、妙に目を引く服があった。

 今回はあれが最優秀賞を取る予感がする。


「今のはどこのエリアだ?」

「東エリアの最終です」


 ということは、もしや……。


「続いては、セシルト地区のハルトワークスです。

 最近ではカフェも始めて、そのカフェをギルドハウスにする予定だそうです」

「良いところに目を付けましたね。セシルト地区にはギルドハウスがなくて、冒険者たちは毎回1時間近くの道のりを移動しなければいけませんから。

 してこの出品された防具たちですが……一見して女性向け、それも狩人や薬師などの軽装向けでしょう」

「これ、アネスシルクじゃないですか? 相当な高級品ですよ」

「上着とスカートの素材はミラージュクロスでしょう。これも高級品ですね。

 縫い目も均一で端の処理も綺麗で丁寧。うーん、いい仕事してますね」

「資料には……ほう! オーダーしたのは弓聖きゅうせいのナティア様だそうですよ」

「なるほど、ナティア様ならばミラージュクロスを使用していることに納得がいきますね。

 マギサ様はいかがですか?」

「胸当てとマフラーがあればバランスはもっと良くなるでしょうね。

 あるいは今回には間に合わなかっただけかもしれないけれども。

 ……ああ~、この触り心地、最高っ。ナティアにちょっと妬いちゃうかも」


 ふふっ、そうでしょうそうでしょう。

 っと、自分のことのように喜んでしまった。

 あるいは将来、ハルト様は私の義兄になるかもしれない方。今私が喜ぶのも道理が入っているのでは?


「うひ、うひひひ」

「事務長が変な笑いしてるよ……」

「ついに壊れたか……」

「仕方がない、事務長は放っておいて僕たちで頑張るぞ!」

「「「おー!」」」


 最近部下の成長が目覚ましい。


「なんてやってる場合じゃない。次の準備は出来てるか?」

「あ、直った」

「準備、とっくに出来ていますよ」

「よし、それじゃあ次だ!」


 全てを片付け、出品者の元に作品が全て戻るまでが私の仕事。

 コンテスト期間中は、私に壊れている暇など一秒たりともないのだ。


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