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16-2

「こんにちはー」

「来たザマスね。こちらの用意は出来ているザマスよ」


 本日からしばらく、クレイブさんのお店ジェムラビリンスにお邪魔して、ルビーのナイフを制作する。

 魔石の加工はお手の物だが、宝石の加工は初めて。

 さてどうなることやら……。


「と、その前にこちらをどうぞ」

「これが例の修復剤ザマスね。先にテストしてもいいザマスか?」

「ええ、どうぞ」


 事前に準備をしていたようで、様々な色の宝石たちが出てきた。

 中には無色透明の宝石もあり、どう見てもダイヤモンドにしか見えない。


「随分と用意しましたね」

「もしも色が変わったりしたら価値が変わってしまうザマス。なのでなるべく多くの宝石でチェックしなければいけないザマス」


 なるほど、納得。

 さてテストをしてみると、1種類以外の宝石で修復を確認できた。

 その唯一の例外はピンク色の宝石で珊瑚石と言い、文字通りサンゴなのだそう。

 だからなのだろうか、ピンク色から淡い緑色に変わってしまったのだ。


「ふむ。価値は変わってしまうザマスが、これはこれで面白いザマスね。

 さて修復剤の効果は確認出来たザマスから、ハルト様に加工をお願いしたいルビーをご紹介するザマス」


 バックヤードに案内され、他の職人さんたちに軽く挨拶。

 意外と言っては何だが、女性が多い職場だ。


「ハルト様はこちらに。そして加工をお願いしたいルビーはこちらザマス」

「……でっか!」


 現れたのは研磨のされていないルビーの原石で、そのサイズは最も長い場所で15センチくらいはある。


「もしかしてオーダーのルビーのナイフって、ルビーがあしらわれたナイフじゃなくて、ルビーを丸ごと刃に使ったナイフってことですか?」

「そういうことザマス」

「……一応聞いておきますけど、このルビーのお値段は?」

「3億ミレスザマス」


 カフェでの話から考えると、取り分7:3でそのうち3がクレイブさん、そしてルビーが3億ミレス。

 ってことは、これに成功したら俺に7億円くれるっていう……。

 それを理解してから周囲の職人さんたちに目をやると、みんな視線を外す。


「そりゃー誰も触りたくないわな……」

「ご指名頂いたのは名誉ザマスが、なにせご注文が特大のルビーを丸ごと使ったナイフザマスからね。

 正直、わたくしも扱いに困っていたザマス」

「それじゃあまるで俺が厄介払いの道具みたいに聞こえるんですけど?」

「7億ミレス」

「……そういう意味ですか」


 ウインクして工房から出ていくクレイブさん。

 つまり俺に来る予定の7億ミレスは、慰謝料ということだ。

 大きすぎる額だから、しばらくは誰にも言わないでおこう。


 宝石の加工法について。

 俺は前世の知識から、ヤスリで延々削っていく方法しか知らなかった。

 しかしここはファンタジーな世界なので、まったく違った。

 極細の針に魔力を通し、ピンポイントで溶かすように削っていくのだ。

 おかげで机の端には溶けた宝石が混ざり合って異なる姿を形成しており、中々に面白い光景が出来上がっている。

 なお直接は関係のない話だが、前世でも似たような工程で作られる人工の鉱石としてフォーダイト(デトロイトメノウ)というものがあった。

 アメリカはデトロイトにある自動車工場の廃墟跡から採れるもので、自動車の塗料が何重にも積み重なった結果、奇妙で綺麗な姿になったものだ。


「これはこれで価値が出そうだけど……クレイブさんは邪道だって言いそうだな」


 さてそんなことは置いといて、この3億ミレスのデザインを確認する。

 今回デザインは完全に決まっており、この世界において魔を払うおまじない武器として有名な片刃のナイフがモチーフになっている。

 剣身は背のほうが長い台形で、剣先は緩いカーブを描く。

 そして剣の腹には右側にだけオーバール状の凹みを持たせる。

 刃は付けないので、せいぜいペーパーナイフ程度にしか使えないだろう。

 あとつかなどの装飾については、俺の作業範囲ではない。


 さっそく元気良く加工をしていくのだが、この感覚は……あれだ。発泡スチロールを溶かして成型する感覚だ。

 俺はジオラマ製作もやっていたのだが、ジオラマで地形を作る時には発泡スチロールを使うのが一般的だ。

 とにかく削りやすいので、大きな地形の土台作りに丁度いいのだ。

 そして発泡スチロールの土台に紙粘土を貼って細かい凹凸を作り、絵具を流したりジオラマ用の砂やコケを使い山肌を再現していく。

 なのでこの感覚も懐かしくも見知ったものなので、いつものように楽しく集中出来ている。


「遠慮せず大雑把に切り落とすのが上手く行く秘訣なんだよなぁ」


 さすがに3億ミレス相手には慎重にならざるを得ないが、それでも我ながら大胆に切り落としているつもりだ。

 しかし自分の工房でないのもあって、無理は出来ない。


 そうして大雑把にデザインを出すのに3日。


「……よし、ここからは研磨に入ろう」

「ハルト様、進捗早くないザマスか?」

「そうですかね。それで研磨の道具はどこに?」

「研磨作業用の部屋があるザマス」


 さすがは有名宝石商。

 別室には俺のほかに4人の職人がいて、しかも全員がドワーフの女性だった。

 うーん、ハーレム。

 みんなおばちゃんだけどね。


 さて研磨用の作業台だが、これがまた面白い。

 作業台の中央に縦に円盤状のヤスリが鎮座しており、足元にあるペダルを踏むとヤスリが回転する。

 勢いを維持するために何度もペダルを踏む必要があるが、しかしそれでも手作業よりもはるかに便利な機械だ。


「……これウチにも欲しいな」

「仕掛けをこしらえたのは、ハルト様も知る人物ザマス」

「アッサムさんか。

 えーっと、歯車でペダルを踏んだ勢いを増幅させて、旋盤にはベアリングと一方向にだけ回るデフを搭載かな。うん、作れる」

「さらっと言ってのけるザマスね……」

「鍛冶師ですから」


 電気のない世界だからと思って機械を作ることは自重していたのだが、これだけのものがあるのならば、電気式ではない加工用の機械を作ってもいいだろう。

 足踏み式のミシン、旋盤、ドリル。夢が広がる!


 という今後の欲が出てきたところで作業開始。

 刃は付けないので、あくまでも整える程度で済ませる。

 それにもしも綺麗に作ったとしても所詮はルビーなので、実用すればすぐに折れてしまうはず。

 ただ……ちょっと憧れはするけど。


 研磨作業を始めて2日。

 出来に納得ができたのでクレイブさんに最終確認をお願いする。


「……刃が鋭すぎる気もするザマスが、そこはまあいいザマス。

 しかし……何がどうなったらこんなに複雑なファセットが入るザマスか?」

「どうせ装飾用ならばと入れてみたんですけど、ダメでしたか?」

「ダメではないザマスが……まったく恐ろしい方ザマス」


 研磨が終わった後に俺の中から出てきた感想が、「ただの赤いナイフじゃん」だった。持てば重いが、端から見ればオモチャのプラスチックナイフと変わらない。

 んで、気づいたらナイフ全体にファセット(輝きを増すためのカット)を大量に仕込んでいた。

 入れちゃったものは仕方がないよね。

 ちなみに元々肉厚な剣身なので、ファセットを入れても強度は落ちていない。


「あとはつかですけど、デザインはどうしますか?」

つかのデザインもこちらで用意してあるザマス」


 ということでスケッチが出てきた。

 金をメインに使い、ガードも大きなものを奢った、中々に派手なデザインだ。


「錬金鍛冶で作っちゃっていいのならば、すぐ作れちゃいますけど」

「ならばお願いするザマス。装飾の宝石もそろそろ仕上がるはずザマスし」


 ということで錬金鍛冶でサクッと出力し、ルビーの剣身と合体。


「俺の担当はここまでですね。一応性能見てみますか?」

「あくまでも装飾用ザマスけど、ちょっと興味もあるザマス」

「それでは完成前にチラ見っと」


 攻撃力は10しかなく、他の性能もゼロが続く。なのに運だけは250も上昇。

 ナイフとしては尖っていないが、性能はとんでもなく尖った。


「まあ、王様が持つのならば運も必要ですよね」

「そうザマスね。……あ」

「それじゃあ俺はここ数日の記憶を失いますので。7億ミレスはしばらくクレイブさん預かりでお願いします」

「承知したザマス」


 こうしてルビーのナイフを作り終えた俺は、100個の虹イガと共に帰宅したのだった。

 なお全く関係ない話だが、この10日ほど後、モナーク王が婚姻を発表した。

 おきさきさま、めっちゃ綺麗な人でした。


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