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泣きじゃくる美花をどうにかなだめ、倒木のイスに座り話を弾ませる。
「いまだに信じられないよ。ただの偶然だって思うわたしがいるもん」
「じゃあこれでどうだ?」
地面に前世の住所を書いて読み上げる。
「……そこまでやられたら信じないわけにはいかないよ」
「そりゃよかった。これでも信じなかったらお前の恥ずかしい話を暴露するところだったよ」
「あ~も~! そういうところは変わってないんだ!
……ふふっ。変わってないんだね。本当にお兄だ」
「ご納得いただけたようで何より」
ようやく落ち着いた美花は、俺ではなくリタを気にかけた。
「ねえお兄、今更だけどさ、リタさんには教えちゃっていいの?」
「兄様が転生者だというのは、旅立ちの前夜に両親と共に聞きました。
両親は女神様から啓示を頂いていたようで、兄様が生まれる前から知っていたとのことです」
「そうなんだ」
リタ本人が説明してくれたので、より深く納得しただろう。
俺はと言えば、焚火のパチパチという音を聞きながら、前世での出来事を思い出している。
その後の話を聞いてもいいものだろうか。
「お兄、あの後のこと、知りたい?」
「知りたくはあるけど……お前が嫌なら聞かない」
「あはは、気を使わなくていいよ。ねえ、わたし何歳で死んだと思う?」
「いきなりそれかよ。
正直に言えば、天寿を全うしてほしかった。だけど俺たちと変わらない年齢なのを見るに……責められないよ」
「そっか。でもそこまで悲観的になる必要はないよ。
答え合わせ。わたしはお兄の年齢を超えて、25歳まで生きました。
最後は無謀運転の車に轢かれそうになった子供を庇って跳ねられた。
わたしの運動神経なら行けると思ったんだけど、学生時代みたいにはいかなかったよ」
口調から分かる、長生きできなかったことへの贖罪の気持ち。
だがそうじゃないんだ。
「……美花、ちょっとこっちに」
「ん?」
手招きして横に座らせ、「よくやった」と褒めて頭を撫でる。
途端に鼻水を垂らし始めるのだから、やはり美花はそれを悔いて生きてしまっていたのだ。
しかしそんな贖罪のための人生はもう終わりだ。
「立派に人生を全うしてくれて、兄として鼻が高いよ」
「うん……うん……」
それからまた、美花が冷静になるまで少し待った。
何度か深呼吸をしているが、その声がまだ少し震えている。
「大丈夫か?」
「……ふぅ~。うん、もう大丈夫」
強がり半分で俺に笑顔を見せてくれた。
ならば話を進めるのが一番だ。
「じゃあ次は俺が安心するために、俺が刺された後の話を聞かせてくれ」
「うん。
あいつに刺されたお兄は、救急車が来る頃にはもう息が無くなってた。
十か所以上刺されたら当然だよね。
それで……犯人はわたしと決勝で対戦した子のストーカーで、精神鑑定もされたけど結局判決は終身刑。ざまあだったよ」
「俺の妹に手を出そうとしたんだ、死んで贖わせてやるのが道理ってもんだ。
んで、その後は?」
「お兄の会社の同期で鈴木伸一って人いたでしょ?」
「あ~、丸っこくて見るからに優しい奴な。そうか、鈴木に拾われたのか」
「うん。それに『りったい堂』のみんなもわたしを気遣ってくれて、お兄の葬式費用に高校の学費に、やめるって言ったのに剣道のお金まで出してくれたんだ。おかげでサボれなくなっちゃったけどね!」
「おいおいサボるなよ」
「冗談だって!」
会社のみんなが協力してくれたのならば、憂いは何もない。
「となると、聞きたくなるのは男女関係だ」
「あ~、残念ながら今も昔も空振りで~す……」
「なんだ、こんなに可愛い女の子、放っておく男なんていなかっただろうに」
「白状します。モテました。中学時代からモテまくってました」
「だったら」
「だけど変に有名になっちゃってね、誰も近寄らなくなったんだ」
「なんだよ、変に有名って?」
「テレビのオモチャにされたの。天涯孤独の天才剣道少女って。
も~、思い出すだけでも鳥肌が立つよ」
「苦労しちゃったんだな」
「苦労しちゃいました。
だけどそれ以外は至って順調な人生だったよ。お兄がいなかったこと以外はね」
「それは申し訳ない。残りは今生で満足してくれ」
「うん、これからそうする」
美花の前世の話はこれでおしまい。
これで無くしていた時間を取り戻せた。
「よし、それじゃあ晩飯の準備をするか。
二人は燃えそうな枝を拾ってきてくれ」
「はい」「おっけー」
今晩の料理は、フライパンで作れる簡単野菜スープ。
適当な野菜を切って軽く塩をまぶし、火の通りにくいものから焼き、次に少し水を入れてからコンソメ代わりの干し肉を入れアクを取り、葉物野菜を入れたら蓋をして蒸す。
薄味だからコショウを加えたくなるのだが、残念ながらそんなものはここにはない。
料理中、リタと美花の会話がうっすらと聞こえた。
その会話内容は、食後に問うことにする。
問わなければいけない。
「ごちそうさま~。お兄、腕落ちてないね~」
「これくらいお前でも作れるよ。っていうか少しは料理しようって気概を見せろ」
「え~だって、わたしが作るよりもお兄のほうが絶対美味しいもん」
「それは同意しますね。ここ数日、兄様の料理に外れはありませんでしたから」
「だよねー!」
二人とも、当分嫁には行けそうにないな。
「あ、そうだ! お兄、とある人……人? から伝言があるんだ」
「俺に伝言って、前世の人しか考えられないんだけど。もしかして社長か?」
「ある意味社長かも。伝言の主は、この世界の女神様だから」
女神様とは少なくとも知り合いではないはずだが、果たして何だろう?
「まずはごめんなさいって。お兄を転生させる時、早く会いた過ぎて失敗したって言ってた。
確か……連打してたらチュートリアルをスキップしてしまったって」
「あはは! 随分と俗っぽい例えをしてくる女神様だな!」
「だねー。最初わたしもびっくりしたもん。
それで、一度転生させた以上は設定を変えられないから会えなくなっちゃったけど、いつでも見守っていますって。
あ~それと! お兄、女神様におにいちゃんって呼ばれてたよ」
「ほっほ~ぅ」
女神様が俺をおにいちゃんと、ねぇ。
「他には?」
「妹たちと楽しく過ごせることを祈っていますって。
わたしのことも妹ちゃんって呼んでて、お姉ちゃんが出来たみたいでちょっと嬉しかったな~」
「お姉ちゃんか……」
もしもそれが美花の記憶違いでなければ、そして次の質問の答え次第では、俺の中の点と点が線で繋がる。
「美花、話は変わるんだけど、お前から見た父さんの印象ってどうだった?」
「うーん、仕事に真面目で家族思いの人、かな」
「……俺は違う。俺にとってあの父さんは、真面目を装ったクズ人間だ」
「えっ? いやいや、だって男手一つでお兄とわたしを立派に育ててくれたじゃん!」
「じゃあもうひとつ質問しよう。
俺と美花とは7歳も離れてた。その理由を知ってるか?」
「知らないけど……」
やっぱり父さんは、自分の口からは言えなかったのか。
こんな忘れ形見を俺が拾ってやるのは非常に癪に障るのだが、しかし点と点を繋げるためには、必要なことだ。
「俺が生まれて2年後、母さんは俺の妹を身ごもったんだ。
だけどその頃の父さんは毎晩女遊びに明け暮れるクズ野郎で、おかげで母さんとは毎日のように喧嘩してた。
そのせいで俺の初めての妹は、精神面から来る体調不良による流産という形で死んでしまった」
「……待って、わたしの美花って名前、もしかして」
「流産から2年後、また母さんは妊娠した。弟だった。
だけど一度流産した影響なのか、弟は未熟児で産まれてしまい、たった3日の短い生涯を閉じた。
それでも幸い、俺も挨拶だけは出来たんだ。君のお兄様だぞーってな。
小さな小さな手が、それでも懸命に俺の指を握ってくれたことを、今でも鮮明に思い出せるよ」
そう。俺は確かに弟に対して、お兄様だぞと胸を張った。
「それから2年して、母さんはまた妊娠した。今度は妹。
当時の両親は夫婦仲なんてあって無いようなもので、今考えてもなんで離婚してないのか理解できないほどの状態だ。
そんな中での出産だなんて、ましてや二人も失敗しているのだからと医者も周囲も、もちろん俺も大反対だった。なのに母さんはそれでも出産する道を選んだ。
結果、母さんは無事に元気な女の子を出産した。
三度目の正直。美しい花になるようにとの願いを込めて、美花という名前が付けられた」
「それが、わたし……」
強く頷く。
「出産後の合併症で母さんが死んで、ようやく父さんは心を入れ替えた。
だけど俺からしたら母さんを殺したも同然だからな、今でも許してはいない」
「……思い出した。いつだったか、お父さんが小さな手帳を握りしめて泣きながら謝ってたんだ。
あれって死んじゃった二人の母子手帳だったんだ」
「さて、どうだろうな。
父さんの遺品整理をした時には母子手帳は出てこなかった」
「それでもわたしは、そうだと信じるよ」
今度はため息交じりに、仕方なく頷いた。
次にリタへと目を向けると、リタも何かを悟ったように、下を向いて強く自分の手を握っている。
「未熟児で産まれた弟には、名前があった。
良いことが多くあるようにという願いを込めて利多だ。
漢字で書けば……こうだな」
「えっ、待って! 嘘でしょ!?」
「嘘かどうかは、本人に聞けば分かる。だろう? リタ」
俺と美花の視線に耐えられなくなったリタは、固く閉じた口をゆっくりと開いた。
「私は……私も、転生者、です……」
最後の点が浮かび上がった。




