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2-2

 町までは整備された道があるわけではなく、沢沿いを歩いたり獣道を歩いたりと、中々に厳しい道のりが続く。

 ここ1年くらいは素材探しと体力作りに山歩きもしていたのだが、なにせ護衛無しでは魔物が危険であまり思うように歩けていない。

 おかげで半日もすれば俺の息が上がってくる。


「ひえぇ~、畜生もっと運動しておくんだった」

「リュック、持ちましょうか?」

「いや、それだけは出来ない。リタが動けないと共倒れだ」

「じゃあ量を食べて少しでも減らして……」

「それじゃあ町にたどり着く前に飢えて死ぬ」


 気持ちはありがたいが、お互い無事に町に着くのが一番だ。

 そう言うとリタも渋々頷き歩き出す。

 リタはあれだけ重い鎧を着こんでいるのに息ひとつ乱れていない。

 これがドラゴニュートの血なのか普段から魔物退治をしていたおかげなのかは分からないが、頼もしい限りだ。


「……何かいますね」

「戦闘は全面的に任せた」


 今までは魔物除けの魔法が効いていたのだが、そろそろ切れてきたか。

 木陰に隠れようにも特大リュックがそれを台無しにしてくれる。

 ならば俺自身が木になる! とはさすがにいかないので、木とリュックの間に挟まって精一杯の防御。

 一方リタはあまり動かず待ちの姿勢。

 そもそも素早さのないアースドラゴン系であり、かつあの鎧なので、スピードは望むべくもない。


 現れたのは鹿にそっくりの魔物。見た目は鹿でも人を食い殺そうとする凶暴な奴だ。

 魔物はリタを見つけるやすぐさま突撃。

 しかしリタは一歩も動かず、横薙ぎ一撃でその首を切り飛ばした。


「鮮やか~。いつもこれくらい簡単に倒せているのか?」

「そうですね。お母さんに散々鍛えられて、これくらいの魔物はどうとも思わなくなりました」

「さすが我が妹。だけど油断は禁物で頼むよ」

「はい」


 ふいに、前世の妹である美花との最後の会話を思い出した。

 俺は村人Aで、美花は生まれ変わっても元気いっぱいに剣を振り回している。

 実際に転生してみると俺は魔剣の打てる鍛冶師で、こうやって妹と共に王都を目指している。

 ならば美花は……いや、今も元気に生きているはずの美花に失礼だな。




 出発から4日。

 行程の半分を過ぎて、俺は葉っぱで切り傷を作った程度、リタは見事に無傷。


「ここいらで休憩にしましょうか」

「オーケー分かった」


 リュックからお手製のフライパンを取り出し、ランタンに灯るヘパイストスの火を拝借して拾った枝に火をつける。

 前世でも俺が料理番だったので、実はこう見えて結構料理が出来る。

 とはいえ今出来る料理はたかが知れている。

 今焼いているのは、先ほどリタが倒したデッドボアという巨大猪の肉。

 人を食べている可能性もある魔物の肉だが、この世界では”それはそれ”という考えが浸透しており、俺も既に忌避感きひかんは無くなっている。

 この猪肉に、先ほど見つけたキノコと天然バジル(どちらも鑑定済み)を添えて、軽く岩塩を振りかけて完成。


「ほい、召し上がれ」

「いただきます」


 早速おいしそうにお肉を頬張るリタ。

 さて俺も。

 そう思った刹那、山の上から多数の足音が近づいてきた。

 すぐさま剣を抜き俺を守るポジションに入るリタ。


「兄様、絶対に私から離れないでください」

「分かった」


 足音の主は黒い狼型の魔物。その数20以上。

 俺とリタはあっという間に取り囲まれてしまった。

 リタ一人ならば切り抜けられるであろう敵だが、俺というお荷物がいるとそうはいかない。

 人生最大のピンチ。さてどうするべきか。


「俺が囮になれば抜けられるか?」

「それで死なれたら一生後悔するので却下です。……兄様は姿勢を低く」

「元から低いよ」


 つまり射線に入らないように姿勢を下げろということ。

 群れのうち一頭が吠えると、次々と狼が襲い掛かってきた。

 それを横薙ぎで払うリタだが、動きの素早い狼相手だと分が悪く、大したダメージも与えられず仕舞い。

 俺も先ほど料理で使ったナイフを持つが、所詮は攻撃力3なので牽制にもなっていない。

 このまま耐えて一匹ずつ倒すしかないか。

 そう思っていた俺の耳に、リタではない女性の声が届いた。


「ごめーん! そいつらわたしのー!」


 声のする方を見ると、山の斜面を豪快に駆け下りてくる女性がいる。

 綺麗な金髪ロングにエメラルドのような緑色の瞳の可愛い系美人。

 装備はショートソードに胸当てなどの、いわゆる軽戦士だ。

 その女性を見た瞬間、俺の中に言葉では言い表せない確信が生まれてしまった。

 どこでそう思ったのか俺自身にも説明が出来ないのだが、あえて言うのならば、魂が確信したのだ。


 女性はすぐさま狼たちに剣を向け、素早い動きで一匹一匹確実に屠って行く。

 飛び掛かる狼の攻撃を避け、気付けば背後に回り込んでいる。

 そんな妙技が繰り広げられているのだ。


「速い。まるで踊ってるみたい」

「……ああ」


 感心するリタに、俺は中身のない相槌を打つ。

 リタには悪いが、構っていられないのだ。

 俺は彼女の一挙手一投足から”それ”を見出そうと必死なのだ。


 あれよあれよという間に数を減らす狼たちは、3匹だけになったところで文字通り尻尾を巻いて逃げて行った。

 お互いの無事を確認し、安堵のため息が漏れる。


「いや~ごめんなさい。まさかこんな山奥に人がいるなんて思わなかったから。

 あ、自己紹介しますね。

 わたしは王都で教会騎士をやっている【ミカイア・ウェライン】って言います。

 みんなからはミカって呼ばれているので、そう呼んでください」


 ミカ。


「あのー?」

「……ああ、えっと、俺はハルト。こっちは妹のリコッタ」

「リコッタです。リタとお呼びください」


 俺の名前を出した瞬間の、彼女の表情の動きを俺は見逃さなかった。

 まるで俺を見定めるような瞳の動き、そして一瞬見えた落胆する口元。

 間違いない。これは俺自身の確信だ。

 だがまだ早い。


「そうだ、昼食にするところだったんですけど、一緒にどうですか?」

「助かります! ここ数日ずーっと干し肉をかじってばっかりだったんですよ。

 でもその前に周りを片付けないと」

「リタ、手伝ってあげて」

「…………」

「リタ?」

「あ、はい」


 リタの今の目、まるでミカさんを敵視しているようだった。

 気のせいならばいいのだが。


 二人が狼を片付けている間に、俺は料理を再開。

 俺たちと同じ猪肉を、しかし美花はキノコ嫌いだったので代わりに黒パンを。

 道中襲ってきた魔物を解体したり、俺の目利きスキルで野草を鑑定できたりで、食料備蓄にはわがままを言える程度の余裕があるのだ。


 料理を終えて二人を呼びに行こうとしたタイミングであちらも帰ってきた。

 先ほどのリタの目は俺の気のせいだったようで、この少しの時間ですっかり打ち解けた様子だ。

 さすがは……そう口に出そうになって必死で自分を止めた。


「荷物が増えるのも大変だろうと思って全部埋めちゃったんですけど」

「ああ、それでいいですよ。さあ冷めないうちにどうぞ」

「おぉ~ちゃんとしたご飯だ! いっただきまーす!」


 俺とリタの分は少し冷めてしまったが、それでも最後まで美味しくいただく。


「俺たちはこのままふもとの町まで行ってから王都に向かうつもりなんですけど、ミカさんは?」

「わたしもそろそろ帰ろうと思ってたところだから、王都まで案内しますよ」

「それは助かります」


 リタも尻尾を振り振り。

 俺たちに抜けていたスピードが手に入ったのはありがたい。


 その夜。俺はここが勝負どころだと踏んでいる。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、ミカさんの側から話を振ってきた。


「そういえばお二人はどこから来たんですか?」

「ここから4日ほど山道を行った先にある、地図にも載っていない名もなき村からですよ」

「この先ってリパリス山脈ですよ。そんなところに村があるだなんて」

「リパリス山脈……道理で……」


 リタが苦い表情をしている。

 俺は地名など初めて聞いたのだが、リタはヒルダ母さんに教えてもらっていたのだろうか?


「俺もリタもずっと村暮らしだから、今回初めて山を下りるんですよ。

 だから国のこととか何も知らなくて」

「そうなんですね。だったら色々教えますよ」

「じゃあさっそく。俺は鍛冶師で、両親のおかげで文字の読み書きも出来るので、王都で鍛冶屋をできればなって思っています。

 なのでまずは俺の文字が合ってるか確認してもらっていいですか? ちょっと自信が無くて」

「うん、大丈夫ですよ~」


 かかったなバカめ! という冗談は置いといて。

 手ごろな木の枝を拾い、土の地面に俺の名前を書く。

 一本一本、丁寧に。


 高の字を書き終えてもミカは不思議そうな顔をするだけ。

 橋の字を書き始めると顔色が変わった。

 春の字で後ずさり。

 人と書けば、震える手で口を抑え、膝をついた。


「う……嘘……」

「いいや、これは本当だ。

 俺からすれば17年ぶりだけど、そっちからすれば何年ぶりなんだ?

 ……ようやく会えたね。ただいま、美花」

「お兄……お兄っ!」


 相変わらずの驚異的な身体能力で俺に飛びつく美花。

 嗚咽の止まらない美花の頭を、俺は17年前と変わらない手つきでポンポンと撫でてやるのだった。


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