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俺の名前は高橋春人。22歳。
身長は低め、性格は温厚、そしてインドア派。
訳あって高卒で『りったい堂』という小規模の造形会社に就職し、現在は3Dモデリングを駆使した立体造形師をやっている。
商品は工場で使うワンオフパーツのほか、キーホルダーサイズのミニフィギュアや、技術プレゼン用と称してオリジナルのキャラクターフィギュアを作ることもある。
キャラクターフィギュアは完全に俺の趣味なのだが、誰からも怒られたことはなく、むしろ喜ばれている節がある。
小規模で小回りが利き社長が若く理解ある人物、そしてホワイト企業だからこそだろうか。
おかげで俺の妹も度々出入りしては、同僚に可愛がられている。
ちなみに、俺たち兄妹には両親がいない。
母親は妹を産んですぐに合併症で亡くなり、父親も俺の就職を見届けた後、交通事故に巻き込まれて亡くなっている。
そのため俺は妹にとっての母親であり、父親でもある。
その妹、高橋美花は15歳の中学三年生。
身長は俺よりも高く、性格は明るく活発的、そしてめっちゃアウトドア派。
7歳も離れているからだろうか、これほど対照的ながらも兄妹仲はすこぶる良い。
というのも、美花が人前でも平気で「お兄、結婚しよ?」なんて言ってくるほどのブラコンなのだ。
俺の困った様子を見て楽しんでいるとも考えられるけど。
今日はそんな美花のために有休を取り、剣道大会の会場に来ている。
美花は昔から身のこなしが軽く、陸上も球技も問わず、どんなスポーツをやらせても人並み以上の成績を挙げる、まさにスポーツの天才なのだ。
そんな美花のお眼鏡に適ったスポーツこそが、剣道。
なぜ剣道を選んだのかと聞いたら、中学の体験入部で唯一の黒星が剣道だったからだという。
剣道は読み合いが大切と聞く。
脳筋の美花が負けるのも納得だ。
美花は剣道部の副将を務める。
主将でも相違ないと思うのだが、本人曰く「わたしが主将だと部員をまとめられない」からだそう。
ここにも脳筋エピソード。
兄としては、高校受験が不安で仕方がない。
美花の所属する剣道部は女子団体戦を順調に勝ち上がり、しかし惜しくも三位。
美花は一方的な勝ち方をしたが、他の部員は逆に一方的な負け方をしてしまった。
なにせ相手が優勝の常連かつ今大会の優勝校だったのだ。
中学最後の団体戦、優勝してほしかったがこればかりは仕方がない。
次に女子個人戦。
シード有りの五回戦トーナメントだが、美花はシード枠の抽選から外れた。
普通ならばシード枠になりたがるものだが、美花はむしろ外れて喜んだ。
脳筋かつ戦闘狂だ。
二回戦目までは順調に勝ち上がり、準々決勝。
先ほどの団体戦で優勝した学校の主将が相手だ。
俺は素人なので相手の強さは分からないが、さしもの美花も苦戦をするだろう。
そう思って数秒、始めの合図から一瞬で面を入れる美花。
あまりの早さに会場中がざわついたほどだ。
その後はさすがに一本入れられるが、最初の一本が大きなアドバンテージとなって準々決勝を突破。
準決勝は相手に素人目には分からない些細な反則があり、美花は決勝戦へ。
決勝戦の相手は、団体戦で美花が一方的な勝ち方をした優勝校の副将。
相手にとってはリベンジマッチだ。
しかし試合が始まると、まるで録画した映像を見ているかのような展開が待っていた。
相手の攻撃を美花はすべて捌き、翻弄して隙を作り確実に一本を取る。
赤子の手をひねるということわざがあるが、目の前で繰り広げられる光景はまさにその通りだった。
最後には相手の竹刀を巻き取って跳ね上げる技を使い、文句なしの完勝で優勝を掻っ攫った。
「くっそー! オレの真奈ちゃんが負けるはずがないのに!」
俺の前の席に座る、相手選手を応援していた男性が立ち上がり、興奮したまま会場の外へ。
応援に熱が入るのは分かるが、当人同士でなければ他は全て部外者。
そこら辺の線引きはしっかりしたいものだ。
大会からの帰り道。
「へっへ~ん! やったったぜ!」
「おめでとう! さすが俺の妹だ」
「でっしょ~? もっと褒めてもいいんだぞ~?」
俺の出迎えに、満面の笑顔でピースサインをする美花。
先ほどまであんなに凛々しかったのに、胴着を脱げばいつもの元気な甘ったれだ。
俺は車を持っていないので、会場から駅まで歩く。
「最後のあれ、何て技なんだ?」
「知らない。後輩ちゃんが持ってきてた漫画にあったのを見よう見まねでやってみただけだから」
「それで成功させるって、相変わらずとんでもないな、お前。
もし戦国時代に生まれてたら、有名な剣豪になってたかもな」
「え~! それだったらもっとファンタジーな世界がいいなー」
そういえば最近はそんな話が流行っている。
同僚にもそういった物語が好きなのがいて、先日はラノベ原作アニメのキャラクターを作らされた。
腕を買ってくれるのはいいのだが、俺の私物化はやめていただきたい。特に社長。
代わりに俺も結構自由にやらせてもらえているので、文句は言えないのだが。
「ねーねー、ファンタジー世界に行ったら、お兄はどんな職業にする?」
「俺は……村人Aかな。ようこそ〇〇村へ~って」
「夢がないなー。だったらわたしは、お兄の帰りを待つ病弱な娘!」
「あはは! ないない!
お前は生まれ変わっても元気いっぱいに剣を振り回してるよ。俺が保証してやる」
「う~ん……そう言われると、わたしもそんな気がしてきた」
と、美花が足を止めた。美花の視線の先にあったのはケーキ屋さん。
そういえば父親が死んで以来、ケーキなんて一度も買ったことがない。
「よし、戦勝祝いだ。ケーキ買って帰るぞー!」
「マジ!? やったー!」
大喜びの美花は、さっそく腰をかがめて数多のケーキを物色。
その時、かがんだ美花を挟んだ向こう側から、両手で何かを持ち、こちらへと走ってくる男性が視界に入る。
ふと、美花の優勝後に目立っていた、前の席の男性を思い出した。
それと同時に、男性の手に握られている物が、刃物だと分かる。
男性の視線は、俺に近いが少し逸れて、美花へと向けられて……。
「美花!」
とっさに美花の腕を掴んで引っ張り、美花と男の間に自分の体を滑り込ませる。
次の瞬間、背中に衝撃を受け、一瞬遅れて強烈な痛みが襲う。
美花を突き飛ばし、痛みで顔を歪ませながら「逃げろ!」と声に出す。
背中を引っ張られる感覚。
そしてなおも血だらけのナイフを美花へと向けようとする男。
俺はそれでも美花を守るために、男の足に強くしがみつく。
何度も背中に受ける衝撃と痛み。
俺が最後に見た光景は、根元から折れたナイフ、制服を着た人たちに取り押さえられる男、血だらけのアスファルトと、必死に俺の名前を叫ぶ美花の姿だった。
…………。
ヒゲ面の小さいオッサンと、角の生えた長身の女性が、俺を見下ろしている。
オッサンはドワーフだろうか。
となると女性は亜人、おそらくはドラゴニュート。
言葉は分からないが、とても優しい笑顔だ。
そして二人に手を伸ばしてみると、俺の手はとても小さくなっていた。
まさか。
そのまさかだった。
俺は今、ドラゴニュートの母親から母乳を頂いている。
非常に複雑な気持ちだが、生きるためには仕方がない。
うん、仕方がない。
……でっか!!