コーヒーブレイク
「電灯のカバーの中?」
俺は電灯を見上げる。確かに、電灯のカバーの中は探していなかった。
あれ? なんで探さなかったんだ?
「きっと君達は地上ばかり探していたんじゃないか?
天井を探そうとしなかった。その理由は、天井に足を届かせることができないから。
だって、この机は固定されているし、椅子も机と一緒だから、自由に動かすことは出来ない。そして、この机はコの字状になっているから、電灯のある真ん中に椅子などの踏み台を置くことができないようになっているんだ。
椅子以外にも、本などを踏み台にする場合もある。しかし、この部屋には本の類は無いので、間違っても誰かが電灯に手を触れないことになっている。これは、USBなどの大切な小物を電灯の中に隠す上では非常に重要な役割となる訳だ。
まあ、少しあからさま過ぎて、私程になると逆に目立ってしまうけどね。
それはさておき、この防犯システムの特徴は、隠す側も電灯に触れることができないことだ。だって、踏み台が無ければ、電灯に触れることは出来ないからね。
だから、踏み台を作る必要があった。そのために使ったのものが、この期末レポートだ。この紙を重ねると、それなりの高さの踏み台になる。
しかし、この紙の束がずれてしまうといけない。特にホチキス止めだけとなると、紙が滑って、安定しない台になってしまう。だから、左右両方に穴を開けた。この左右の穴にひもを通すと、紙がずれずに安定した台となる。
これが、この紙の束の役割だ。
しかし、この紙の束の台だけでは足りない。実際……」
天神は部屋の真ん中に、期末レポートで作った紙の束を置いた。その上に天神が足を乗せて立つ。そして、手を伸ばすが、電灯には届きそうにはなかった。
「だから、この缶コーヒーが役立ってくるわけだ。
缶コーヒーは主にスチール缶だから、多少乗っても、アルミ缶よりも壊れにくい。それも、中身が入っていればなおさらだ。その缶コーヒーを使って、期末レポートの束の下に四隅に2本積む。
こうすれば、電灯に届く踏み台ができる訳だね。その証拠として、この期末レポートの底のレポートには、4つの丸い円状の跡が残っている」
天神は地面に敷いていたレポートの束を裏返して、俺達に見せた。確かに、レポートの裏には四隅にちょうど缶コーヒーの口と同じくらいの丸い型が残っていた。
「さて、証拠の提示も終わった所で、この踏み台の利点について解説していこうと思う。それは、踏み台を作ろうと思わないと、踏み台を作ることができない点だ。
この期末レポートは研究室内にあるから、もしかしたら踏み台にすると思いつくことは有りうるかもしれない。しかし、缶コーヒーは常に研究室内に無いから、缶コーヒーを踏み台にするという発想は思いつきにくいわけだ。
それに、缶コーヒーを買う行為は、研究室の外で見かけたとしても、ただのコーヒー好きだと認識されるだけだからね。まあ、私は不信感は持ったが、普通の人間んは気にしない。
これらの理由から、この電灯の中にUSBを隠すという防犯システムはより良いものへと昇華されるわけだ。実際、君達2人が一生懸命探しても、それは地上の探索のみで、天井の捜索へと考えが向かなかったわけだ。
さて、本来ここで探偵は自身の推理を検証するものだが、ここでは実演は止めておくことにするよ」
「なぜですか?」
「それは、この踏み台が不安定だからだよ」
「不安定?」
「ああ、確かに、期末レポートの束はそれなりの安定感があるが、缶コーヒーにはそれがない。
確かに、缶コーヒーはスチール缶だから、アルミ缶よりは上にかかる重量に耐えることができる。
しかし、缶コーヒーは他の缶飲料と違って、上に積むことには適していない。
他の炭酸飲料などの缶は上に積むことを意識して、底が尻すぼみになっていて、ちょうど底の縁が上部の縁の中に入り込む。だから、底が上部と重なり合い、横にずれることが無いようになっている。
だが、缶コーヒーは底がしぼんでいない。上から下までストレートに伸びている。だから、底の縁と上部の縁が重なることになるので、横にずれやすくなっている訳だ。
つまり、缶コーヒーは素材として強いが、上へ積むことには適していない。
おそらく、天田教授はこの缶コーヒーと紙の束の踏み台は長年使って、電灯の中にUSBを隠すことはいつも行っていたのだろう。だから、缶コーヒーを崩さないような体重の乗せ方も心得ていたはずだ。
しかし、猿も木から落ちることはあるものだ。
天田教授はこの不安定な缶コーヒーの踏み台から昨晩落ちてしまったんだよ。この踏み台から落ちて、頭を床にぶつけた。
しかし、そこで頭をぶつけたとて、すぐに意識を失ってしまうという訳ではない。
確かに、頭をぶつけるとその場で血を流して、倒れてしまう場合もあるが、時間差で頭の大事な血管が切れてしまうということもある。
昨夜の天田教授の場合は、後者だったのでしょう。ここで頭をぶつけてしまった後、USBを隠し終わると、踏み台を片付けて、そのまま帰ってしまった。そして、この研究棟の玄関を出た所で、先ほどの頭を強く打った傷が効いて来た。
そして、玄関前で倒れてしまった。
まあ、今は1月で非常に外は寒い。それは、夜ならなおさらだ。温かい研究室から出てきた天田教授は、寒い外気に当てられた。この寒暖差は脳の細い血管にダメージを与えるものだね。だから、頭を強く打った場所の大事な血管を切ってしまう駄目押しとなってしまった。
こう考えれば、全ての謎が解けるとは思わないか?」
「確かに、それなら、この謎を綺麗に解決することができる。
……だが、問題は今の私達は、電灯の中のUSBに手が届かないことだ。
だって、踏み台は崩れてしまう可能性があるんですから」
「確かに、缶コーヒーと紙の束の踏み台は不安定だ。
しかし、この電灯の中に隠す方法にも弱点はある」
「弱点?」
「盗人を単独犯だとしている点だ」
「単独犯で想定している? つまり、複数犯に弱いって言うことですか?」
「ああ、この防犯システムは複数犯に弱い」
「……そうか!」
俺は天神の意図を理解した。
「おい、袴田! しゃがめ!」
「はあ?」
「いいから、電灯の近くでしゃがめ!」
袴田は不服そうだったが、電灯の下に立った後に、その場でしゃがみこんだ。俺はそのしゃがんだ袴田の両肩に、足を掛ける様に座り込んだ。
「何すんだよ!」
「肩車だよ!」
「……そうか!」
袴田はようやく理解したようで、俺の足を掴むとそのまま立ち上がった。すると、俺の手は電灯のカバーに届いた。俺はそのカバーを外す。眩い電灯の光が目に直接入り込んできた。
俺は目を慣らしながら、電灯を見てみる。電灯はいくつもの配線と金属に科揉まれて、等間隔で取りつけられていた。すると、その中に異質なものが見つかる。電灯と電灯の隙間に、セロテープで小さな部品のようなものが貼り付けられているのだ。
俺はそのセロテープで張り付けられた部品に手を伸ばし、セロテープもろともむしり取った。
「USBだ!」
「マジか!」
「ああ、おそらく天田教授の論文データだ!」
「なら、すぐに確認!」
俺はカバーを電灯に戻すと、袴田はしゃがみこんだ。俺は袴田の肩車から下りると、USBをすぐさま自分のパソコンに差し込む。
「……教授の論文だ」
俺達2人は自然と右手を出し合って、ハイタッチをした。
「やったな!」
「ああ、俺達がずっと探していた物をこんな一瞬で……」
俺達は天神の方へ目を向けた。
「実は、私はこの研究室に立ち寄ったのは、仕事詰めの息抜きとしてきた訳だ。随分いい気分転換になった」
天神教授はそう言って、天田研究室から去っていった。
「結局何者だったんだ?」
「名探偵だろ?」
「この程度の謎は息抜きだってよ。」
「……なあ、今思いついたんだけど……」
「なんだ?」
「あの人が名探偵のミステリー小説があるとして、今回の事件はどんな題名を付ける?」
「……なんだろう?
缶コーヒー8本の謎とかか?」
「それじゃあ、ひねりがないだろう?」
「なら、どんな題名を付けるんだ?」
「天神教授のコーヒーブレイク」
「なぜだ?」
「あの人にとっては、この謎は息抜き、つまり、ブレイクタイムだった訳だ。
そして、この謎自体も缶コーヒーの踏み台が崩れるということが鍵になっていた。だから、コーヒーが壊れる、
つまり、コーヒーブレイクって訳だ」
「……寒い駄洒落じゃねえか。
頭打ってないのに、頭の血管切れそうになったぜ。」
俺達は結局、天田教授の論文を提出した。天田教授は数日後に帰ってきて、研究費が削られ無くすんだと喜んでいた。




