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「ウワサガタリ」

作者: 梓兎


 これは、最近聞いた噂なんだけどね────


 と、怪談の始まりとは、大抵こう言う語り口調で始まる。訳知り顔の誰かさんが、ウソみたいな話を本当だ、と言って語っていくわけだ。


 だが、私はここで、こう宣言したい。

 この短い、17年の人生で早々にして悟ったこの世の真実。それは。



 噂なんて、全部嘘っぱちだ!!!!



 いや、わかってる。言いたいことは。

 白いカラス、ウォーターゲート事件、エリア51……世の中には「実は真実だった都市伝説」がいくつもある。


 だが、あえて言おう。


 それでも、噂は嘘である、と。


 そもそも、人間の言葉というのはそこまで万能なツールではないのだから、そんなに都合よく真実を運べるものではない。たとえその出所にちゃんとした事実があったとしても、誰かの時点でねじ曲がり、折れ曲がり、最終的には全くの別物になっているのだ。


 先の例でも、「噂の全てが真実だった」わけではない。()()()()()()()()()()()()だけだ。


 だから、噂など、信じるに値するものは一つもない!

 そんなものに踊らされるのは愚民のすることなのである!!


「────と、いうわけなので。私はこれで失礼します」

「いやいやいや、ちょい待てちょい待て」


 私がガタリ、と席を立とうとすると、彼女は私の袖を持ち引き留めてくる。

 無理やり手を振り払おうとするが、掴む力が強すぎて全く引き離せない。というか全力で行ってもピクリとも腕が動かない。ゴリラかよ。


「ちょっと、人のことゴリラとか言わないでよ。私が強いんじゃなくてあなたが弱いんでしょ」


 しょうがない、と再び席に着いた私に口を尖らせる彼女。

 ちゃんと座ってやったってのになんて言い草だ。私は憤慨した。


 なので、その怒りを表現するためにカバンから般若の面を取り出し装着する。

 この前お面売りをしている隣人から格安で買い叩いた新品の面。蛇を思わせる裂けた口と大きな目が特徴らしい。かっこいいね。


「……この際、あなたがなぜ学校にそんなものを持ち込んでいるのかには突っ込まないであげるから、とりあえず話を聞いてよ。私はただ最近面白い怪談(うわさ)を聞いたから、それについてあなたと一緒に話したい、ってだけなの!」


 彼女は、一所懸命に腕を振って抗議している。その眦にはわずかに涙が浮かんでいた。


 さすがに意地悪しすぎたか、と私は反省する。まあその噂とやらに興味がないのは事実だが、別に他人を泣かせたいわけでもない。

 ちらり、と時計を見て、話をする時間と学校から家までの帰宅時間とを計算して。まあ、これなら八時(門限)までには帰れるかな、と思ったから、私は改めて彼女の方へ向き直る。


「じゃあ、まあ、お好きなだけどうぞ」


「……あ、仮面は外さないんだ」


「これは私の心の表象なんで」


「あ、ああそう。……もういいや。それじゃあ、始めるよ」


 そういった彼女は、どこぞの怪談家よろしく、喉の奥を締めたような、低く響く静やかな声を作る。

 そして、私がぼんやりとあたりが暗くなったような錯覚を覚えた瞬間に、ささやくように、彼女はそっと話を始めた。


「これは、この前友達から聞いた話なんだけど────」



 ◆◆◆



 そして、しばらくたって。

 

「────あ、おわった?」


「寝てたね?]


「HAHAHAまっかさー」


「そのアメリカンな笑い方が一番の証拠だよぉ!!!!」


 彼女の渾身の台パンが薄暗い教室に響く。人っ子一人いないので、結構な音量だった。

 というか音大きすぎる。机壊れたんじゃないの?


 こういう時の修理代ってどこが払うのかな、とぼんやり私が考えている一方で、彼女の叫びは激しさを増していく。


「ねえ! なんでそんなに私の話を聞きたがらないの!? ひどいよ、ひどすぎる!! 私何か嫌われることしたかな!?!? 別にちょっと話すだけじゃない、それの何がいけないっていうのよ!!!」


 全身を震わせ、何度も机をたたく彼女。ガダンガタンと、耳を貫くような騒音がやかましい。その語気の強さからは本気の怒りが感じられ、その顔つきはさながら般若のようである。

 やれやれ、仮面をつけていたのは私じゃなかったのか?

 仮面の奥で顔をしかめた私は、びりびりと揺れる空気を肌で感じていた。


 そんな私の態度が癪に障ったのか。彼女は余計に語気を荒げ、血走った目と共に私の方へと詰め寄ってくる。


「ちょっと、だまってないで、なにかいってよ!! わたしたち友達でしょ!? ちょっとしたうわさばなしくらい、つきあってくれてもいいじゃない!!!!!」


 バキ、バキ、と机が悲鳴をあげる。がたがたと教室が震えだす。窓ガラスはその甲高い声にビリビリと震えだし、あと一押しで自壊せんばかりになっている。

 暗闇に閉ざされた教室はもはや混沌と喧騒の中にあり、こりゃ本格的に弁償かもな、と私は気怠げなため息をついた。


「〜〜〜〜〜!!!! ──────!!?!?!」


 だが、その態度が余計に相手の感情を逆撫でしたらしい。彼女はついに私の制服を掴み上げ、言葉にもならないような罵声を浴びせかけてくる。

 ぴちゃ、と頬に唾がついて、私は汚いな、と心の中で毒を吐いた。


 そして、そろそろこの茶番を終わらせよう、と思ったから。

 私はパシ、と力強く彼女の腕を振り払うと、彼女の方へ真っ直ぐに人差し指を向け、はっきりと、こんな言葉を口にした。



「私、()()()()()()()()()()()()()。わけわかんない噂話に突き合わすな、メーワクなんだよ」



「、、、、、、、あ?」



 あ、呆気にとられた顔は結構かわいいかも。

 ゴリラとか言ってごめん。まあ、パンくんくらいの愛嬌はあるんじゃない。


「お、お前……私のこと、しらない、のか…………?」


 目を丸くした彼女は、じっと、瞬きもせずに私のほうを見つめている。

 その顔は、本当に驚愕に満ちている、といった表情で。


 その顔が結構面白かったから、今回はからかうのはやめて、正直に話をしてやることにした。


「知らん。てかそれは最初に言ったじゃん。こういう話をすると『訳知り顔の誰かさんがやってくる』ってさ。まあ、断っても無理やり噂話聞かせてこようとしたのは今回が初だったけど」


 いやー、掴まれた腕がピクリとも動かなかったときは割と焦らされたね。これでも体力テストの結果は男子と比べてもいい方なんだけどなー。

 なんて、いつも通りの調子で私は舌を回す。


「………………………………」


 ペラペラと話す私の前には、何が何やらといった感じで固まっている彼女。全力で目を見開いているせいで、ほとんど眼球が全露出しているし、ぽっかりと開かれた口は真っ暗な空洞が広がっていて何も見えないしで、正直ちょっと気持ち悪い。


 それでも、秒針が時計を一周するくらいの間じっとまっていると、ついに我に返ったのか、ぴくり、と人差し指が動き。




「あ」




 とだけ残すと、その体は突如として黒い水となり、ぱしゃん、と音を立てて教室の床に飛び散った。


「おーおー、派手に汚していきやがって……」


 私は仮面(御守り)を外してそっとしゃがみ込むと、その液体に手で触れる。比較的さらさらとしているそれは、しかしどこか鉄臭くて。これは一人分じゃないな、と気づき、私は少し顔を顰めた。

 ただ、別に触れても大した害はないようなので、制服にシミができたら困るし、掃除は後でいいか、と、私は合掌だけ済まるとすっくと立ち上がった。


 それから、壊れた机を教室の端に寄せて、さっさと出るか、と出口の方へ足を向けると────


「あー! やっと見つけた!! もう、どこに消えたのかと思ったよー!!」


 今度こそちゃんと見覚えのある、黒髪ショートの()()が、扉の前に立っていた。

 明るい性格の彼女らしく、ぷっくりと口を膨らませて、わかりやすく怒りの表現している。


「ねえ、あんたどこ行ってたわけ? 昼休みに急にいなくなってからみんなで探しても全然見つかんないし、心配してたんだから────って、うわ! なにこれ教室ボロボロじゃん! あんたがやったの!? あんたって実は不良ちゃんだったの!?!?」


 その、うわわわわ、とぶんぶん腕を振り回して慌てる様子に、私はくすりと笑みをこぼした。

 私は謂れのない不良容疑をきっぱりと否定すると、「液体」に触ろうとする彼女に汚れるよ、と軽く注意してから、チラ、と教室手前の時計を確認する。

 見れば、なんとすでに時計は七時を回っていた。外はすっかり暗くなっていて、街灯の周り以外は何も見えない。外から学校を見れば、一つだけ明かりのついたこの教室はとても目立っていただろう。


(なるほど。体感だと一時間ほどだったが、確かに彼女のいう通り、自分は「あの世界」でかなりの時間を過ごしてしまっていたらしい。あの妖怪……意外にめんどくさいタイプだったらしいな)


 私は一人胸の中で今回の事件の全貌を悟り、少しばかり安堵する。

 すると、今まで忘れていた「早く家に帰らねば」という焦りが心の中に湧き出してきた。なにせ、門限まではあと一時間。急いで帰らなければ、少し時間がオーバーしてしまうかもしれない。


 だから、最後に、一つだけ。

 壊れかけの机や窓に一つ一つリアクションをとっている彼女に、私は。



「────ねえ、君、私の名前ってなにかわかる?」



 何かを確かめるように、そんな問いを口にした。


「…………………」


 それと同時、彼女はぴたりとその動きを停止する。その表情からは、感情がわからない。ただ、目を見開いて、じっとこちらを見つめている。


 それから、ほんの一瞬の沈黙があって、彼女は目を見開いた表情のまま、ぐい、と首をひねると────



「当たり前じゃん! 高円(たかまど) 八凪(やな)、でしょ? 確かにわたし馬鹿だけど、友達の名前忘れるほどじゃないんだから!」



 そういって、怒りの表現なのだろうか、まるで子供のように彼女は腕をブンブンと振りだした。


 その様が、あまりにかわいらしかったから。そして、名前の一つも呼ばなかった「偽物の友達」とあまりにかけ離れていたから。


 私は、ふっと笑みをこぼすと、


「ああ、そうだね。ごめん、変なこと聞いた」


 と、彼女の背中を軽くたたいて、出口の方へと歩き出す。



 そこからは、もう私たちの時間。

 門限にちゃんと間に合うようにほんの少しだけ駆け足で、それでも、大切な友達が疲れないように、ちゃんと歩幅を彼女に合わせて。


 そして、正門あたりに差し掛かったころ、彼女がそういえばあそこでなにしてたの。だなんて、そんなことを言うものだから。


 私は少し意地悪そうに、こんなことをささやいた。



 これは、さっき聞いた噂なんだけどね────



 ・ウワサガタリ

 「誰かと噂を共有したい」と言う思いから生まれ、無差別に人に対して「噂話」を披露してくる妖怪。その際、「噂話」に少しでも関心を示した者を自分の「世界」へと連れ去ってしまう。

 ルール自体はこれだけなのであまり脅威には感じにくいが、その噂は内容が面白いだけでなく、噂話が開始された時点で「世界」が展開し、噂を際立たせる多くの演出がなされるため、無関心を貫くのは困難を極める。今回の場合は「話し手は高円の友人である」という認識改変を試みた。

 最大の対策は「話しかけられても耳を貸さないこと」だが、それができなかった場合は妖力から身を守る御守りなどで「世界」の演出を妨害(ジャミング)するなどが有効。その上で相手の語り手としての失態を指摘することで、相手の存在意義が揺らぎ、消滅を誘導することができる。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 噂話が人間の好物であることを逆手に取った面白いお話でした。 うわさって確かに妖怪そのものですね。
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