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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

掌編たち

君の浴衣と花模様

作者: 翠雫みれい

 夏。暑い。溶けそう。

 そんな感想しか出ない八月上旬。夏休みであるにも関わらず登校してきた私達は、極めて性能の悪いエアコンの風を浴びならがら机に向かっていた。

「……暑い」

 本当にそれしか考えられないくらいには暑い。校庭で鳴くセミの「ジジジジ」という声がまた気温を上げている気すらする。

「もー、そんなに暑い暑い言ってると、紬葵の周りだけもっと暑くなるよー」

 アイスを食べながら涼しい顔をする彼女は、隣の机(もちろん本人のでは無い)に腰掛けて足をブラブラと揺らしている。行儀が悪いとは思うが、ここで注意すると机上で胡座をかき始めたりする為、迂闊に注意も出来ない。コイツはそういう奴なのだ。

「……あんたは涼しそうでいいね、瑠菜……」

 学校にアイスまで持ち込んで。襟元は第二ボタンまで開けちゃって。校則違反の塊は大きな欠伸をしてからスマホを弄り始める。

「バカ言わないでよー。あたしだって超暑いんですけどー。誰かさんの補習に付き合ったあげてるんだから、文句言ってないで早く終わらせてよねー?」

 実際彼女の言う通り、補習の対象は私だけ。瑠菜はそもそも赤点ゼロどころか(見た目や言動に反して)学年トップクラスの優等生だし、ほかの補習組は先週末までに全員終わっている。

「でも本当笑うよねー。夏休み早々季節外れのインフルエンザで補習出られなかった挙句、他のみんなは先週中に終わらせちゃうなんてさー」

 完全に馬鹿にされている。容姿端麗、成績優秀な彼女だが、性格だけは最悪なのだ。勝手に着いてきたのだから少し黙って欲しい。

「……文句あるならさっさと帰れ優等生め」

 最後のプリントに手をつけながら呟く。もちろん、瑠菜が帰る気配はない。そこから数分間、一人で喋り倒す瑠菜の声と校庭の蝉の声、外周を走る運動部の声なんかをBGMにして、私は黙々と課題に取り込むのだった。課題が片付いた頃、瑠菜が「あっ」と声を上げる。何だ、という意味を込めて視線をやると、瑠菜はスマホの画面をこちらに向けた。

「夏祭り、もうすぐだなぁって。今年も浴衣着るでしょ?」

 遊ぶことしか考えていない天才の頭は、既に来週の夏祭りに飛んでいるらしい。先程まで補修課題とにらめっこしていた私とは大違いである。

「……まあ、いいけどさ。去年まで着てた浴衣、だいぶ小さくなってたし買い直さないと……」

 中一の頃に買ってもらってから四年も経てば、多少なりとも成長する。……紬葵は一センチも伸びていない癖に毎年変わっている気がするけれど。

「あ、それなら! 夏祭りの日に新しい浴衣で待ち合わせしようよ。柄も色も、その時まで内緒にしてさ」

 今年も買い替えるのか、と彼女のこだわりの強さに呆れながらも私は頷く。どちらにせよ私が新しい浴衣を買わなければならない事実は変わらないし、当日まで瑠菜の浴衣を知らないからと言って困ることはない。見せるタイミングが少し遅くなる以外は何も変わらないのだから、断る理由も特になかった。そんな約束もしつつ、私たちは寄り道もほどほどに帰路についたのだった。


 そして一週間ほどたった当日。祭りの前に少し遊んでいきたいという瑠菜の意向で早めに待ち合わせたものの、カラオケもカフェも人であふれかえっているという……まあ、予想通りの展開。結局、しかめっ面の私と上機嫌な瑠菜は、歩き慣れたショッピングモールの中を散策するのだった。

「……ったく、いつまでにやついてんの、あんた」

「んふふー。だって…ねぇ?」

 瑠菜の様子に、私はさらに顔を顰める。強引に繋がれた手元では、同じ柄で、色違いの袖が触れあい揺れていた。示し合わせたわけでもないのに『おそろい』になってしまった。私が黒地に青、瑠菜が白地にピンクで、仲良くあさがお模様。高校生にもなってお揃いというのはさすがに恥ずかしいのだが、瑠菜はそうでもないらしい。

「紬葵とお揃いー、小学生以来なんだけど!」

「……なんでそんなにテンション高いんだよ。横にいるだけで恥ずかしいんだけど」

 ずっとこの調子で、恥ずかしいやら疲れるやら。少しして彼女が「ちょっとトイレ!」と居なくなって、ようやくひと息つけた。ふと横の売り場を見ると、和小物コーナーが視界に入る。そういえば私も彼女も、髪飾りなどは何もつけていなかったなと思い、足を運んでみることにした。様々な色形をした花の中で、つまみ細工の花が目に入る。白とピンクの花と、黒と青の花…。つまり私たちと同じ色の花。いろいろと不本意ではあるが折角お揃いなのだ。小物まで揃えるのも悪くはないかもしれないと、つい2つの花に手を伸ばしてしまう。

(……この前補習に付き合ってもらったお礼ってだけなんだから。それ以外の意味なんてないんだから……!)

 心の中で、誰に届くでもない言い訳を唱える。両方すぐにつけられる状態にしてもらってから、白とピンクの花を包んでもらうのだった。瑠菜が戻ってくるまで、そわそわしながら待つこと数分間。戻ってきた彼女は、先ほどよりどこか大人びて見える。

(化粧してきたなこいつ…)

 妙に長いと思った。同性と遊びに行くだけなのにめかし込むとは、瑠菜のこだわりは底知れないなと、改めて思った。

「ごめーん、トイレ混んでたー」

 そりゃ混んでるだろうなと、心の中で突っ込む。何しろ祭り会場最寄りのショッピングモールだ。時間を潰すにはこの上なくピッタリな場所だし、時刻的にも人が増えてくる頃合い。その上化粧までしていたとなれば、ここまで時間が掛かったのも頷ける。化粧には気付かないふりをしながら、増えてきた人影を遠目に、なるべく自然に言葉を返す。

「祭りだし仕方ないよね。……あ、あとこれ、あげる」

 瑠菜の額に、とんっと軽く紙袋をぶつける。受け取った彼女は軽く額に手をやった後不思議そうに首を傾けたが、袋の中身を見て笑顔を咲かせた。

「うっそ、これ紬葵が選んだの!? 超嬉しいんだけど! あたしの浴衣と同じ色!」

「この前のお礼ってだけ。……私とお揃いだから」

自分用に買った黒と青の花飾りを見せる。それをみた瑠菜は「いいこと思いついた」と私の髪に触れる。

「な、何……」

「いいからいいから!」

 柔らかな指が髪をくすぐる。なんとなく恥ずかしくて瞼を伏せた。少しして彼女が離れると、私の髪には白とピンクの花が咲いていた。

「髪飾りは交換しようよ。紬葵はあたしの色を付けて、あたしは紬葵の色を付けるの。……だめ?」

 大人びた化粧の奥で、瑠菜は無邪気な笑みを浮かべる。しょうがないなぁと瑠菜の髪に手を伸ばし、そっと掬い上げる。絹のように繊細で柔らかな髪に、黒と青の花を咲かせた。それは「彼女は私のものだ」とマーキングしているようにも思えてきて、少しだけ気恥ずかしかった。黒と青の花は、ここが私の咲くべき場所だといわんばかりの存在感を放っている。付け終わった私が離れると、瑠菜は軽く花に触れながらいたずらっぽい顔になって、「これであたしは紬葵のものだし、紬葵もあたしのものってわけね!」なんてことを言い出した。先程考えたことをズバリと言われ思わず咽る私。そんな私の腕を抱え、瑠菜は顔を覗き込んでくる。

「お、紬葵が赤くなってる。かーわーいいー!」

「……やめろバカ」

 にやにやと憎たらしい笑みを浮かべる瑠菜を極力無視しながら、「そろそろ移動しようよ」と会場に向かって歩き出す。その間も腕は放してもらえず、むしろしっかりと抱きしめられていたのだった。

お世話になっております。

雅楽代書房の翠雫です。


こちらの小説は2019年8月に、友人たちと行った三題噺の一環で書いたものになります。

僕は夏祭りの会場へ向かうことは基本ないのですが、遠くから眺めたり、夏祭りらしい食べ物を食べるのは好きです。りんご飴とか、夏らしくてきれいで。いいですよね。


雅楽代書房

店主 翠雫みれい

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