【99】第22話:記憶喪失(2)
翌日。
取り巻き達が部屋をノックする音で、俺は目覚めた。
どうやら取り巻き達は既に朝の準備を終えたようで、いつも通り朝食を食べに行くために俺を起こしたらしい。
いま起きたばかりだと取り巻き達に伝えると、『誰よりも早起きなあのレオン様が?!』と驚かれてしまった。
そういえば昨日の夕食の時も『いつもより食べるスピードが早い』と驚かれたな。
記憶が無くなると生活習慣まで変わってしまうのだろうか?
俺は急いで準備をし、彼らと一緒に朝食を取った。
そして取り巻き達に案内されながら、教室へと辿り着いた。
教室に入って取り巻き達と談笑していると、俺とそっくりな見た目の男が入って来るのが見えた。
「おい、アイツは?」
「あぁ、レックス殿下のことですか?この国の第二王子で、平民の側室との間にできた子です。レオン様とは従兄弟にあたるため、容姿が似ているのです。」
「第二王子と従兄弟ということは、俺の親は王族なのか?」
「はい。レオン様のお父上は国王陛下の兄君にあたります。」
「はぁ...。レオン様のお父上のドカス様が国王陛下になっておられれば、王族の血が穢れずに済みましたのに。」
「おいお前、嫌うのは勝手だが王族に対して『血が穢れる』は失礼じゃないか?」
すると取り巻き達は、まるで希少生物でも見るかのような目で俺を見つめた。
「あれだけ殿下のことを『王族の恥』だと本人に対しても罵っていたレオン様が...?!」
「ほ、本当にレオン様、なのですよね?!」
俺は殿下に対しても失礼な物言いをする奴だったのか。
というか、そんなことをしたら不敬罪で罰せられてもおかしくないのに、俺は馬鹿じゃないのか?
「いくら筆頭公爵の息子とはいえ、第二王子に『王族の恥』だなんて罵っていたら、その内罰せられるだろ。」
「その心配は不要ではないのでしょうか?王位を継承しなかったとはいえ、お父上であるドカス様の影響力は凄まじいですから。」
「国王陛下は未だに兄であるドカス様に頭が上がらないという噂ですし。」
「むしろドカス様の機嫌を損ねて困るのは国王陛下の方かと思います。もし国王陛下とドカス様が決裂することになれば、コーキナル派閥の貴族は皆、ドカス様について行くことになるでしょう。そうなれば、国は分断されディシュメイン王国の国力は大幅に損なわれることになりますから。」
なるほどな。
王族でもないのに偉そうにできた理由が理解できた。
記憶を無くす前の俺は、自分が王族と対等な立場だと勘違いする痛い奴だったんだな。
「お前らの話を聞いて、俺が馬鹿野郎だったっていうのがよく分かった。」
「え?!な、何を仰っているのでしょうか?」
「だって、俺の言動によっては父上と国王陛下との軋轢を生んで国が二分するかもしれないんだろ?それなのに殿下を侮辱して争いの芽を作るなんて、馬鹿の極みだ。」
「確かに、今のレオン様が仰ることにも一理ありますが....。」
「卑しい血の混じった者を敬うなんて屈辱的行為、真に高貴な血筋のレオン様はしなくて良いのです。そのような屈辱的行為を強いられるのは我々だけで十分です。」
「以前の俺が、殿下を受け入れられない気持ちは理解できる。が、それとこれとは別だ。不服に思っていても、相手は第二王子なんだから表面上だけでも無難に対応すべきだろ。」
それでも取り巻き達は納得していない様子で、眉間に皺を寄せていた。
俺、間違ったことは言ってないよな?
取り巻き連中に半ば呆れつつ、俺は再びレックス殿下を見た。
すると彼の隣に、紫色の髪の女がいることに気づいた。
あの目つきの鋭さに整った顔立ちは、間違いない。
俺が惚れていたらしい女は、アイツだ。
「なぁ、レックス殿下の隣にいる紫色の髪の女は誰だ?」
「あのお方は、この国の宰相でもあるエセヴィラン公爵のご令嬢の、カタリーナ嬢です。レックス殿下の婚約者でもあります。」
あの女、婚約者がいたのか。
だから周りにも恋心がバレないようにしていたんだな。
しかも相手はあのレックス殿下。以前の俺に、少しだけだが同情する。
もし父上が国王になっていたら俺があの女の婚約者になっていたかもしれない、と考えると、余計に前までの俺が不憫に思えた。
「ちなみにエセヴィラン公爵率いるエセヴィラン派閥は、我々コーキナル派閥と対立関係にあります。」
その上、対立派閥の娘ときたか。
そりゃ、そんな女が好きだとバレたら取り巻き達に顔向けできないし、口封じに記憶も消したくなる。
だからといって、記憶を消そうとしたことは許される行為ではないが。
俺の視線に気づいた女、もといカタリーナ嬢は、俺をキッと睨みつけながらこちらに近づいてきた。
「ちょっとレオン!アンタ、フレイくんになんて事してくれたのよ!このままフレイくんの記憶が一生戻らなかったら、どう責任を取るわけ?ホント、信じられない!」
お怒りはごもっともだ。
カタリーナ嬢は半分平民くんと友達なのだろうか?
「その件に関しては、すまなかった。」
記憶のない俺が謝っても意味はないと思いつつ、俺は深々と頭を下げた。
「....え?」
顔を上げると、カタリーナ嬢は目を丸くして、俺を見つめた。
何か間違ったことをしてしまったか?
「あっ、そうか。カタリーナ嬢に謝るのはお門違いか。こういうのは被害を受けた本人達にするのがスジだよな。カタリーナ嬢、ホリー卿と半分平民...じゃなくてフレイ卿を知らないか?」
カタリーナ嬢に話しかけるも、俺の言葉はまるで彼女の耳に届いていないかのように無反応だ。
その代わりに、男子生徒2人が俺の前に現れた。
「えーっと、僕とフレイくんなら、ここにいるよ。」
「アンタらがホリー卿とフレイ卿か。昨日は本当に済まなかった。」
俺は改めて頭を下げる。
「ちょ、ちょっと!アンタ、さっきから変よ!私達に頭を下げるなんて、一体どんな風の吹き回し?」
カタリーナ嬢はどうやら俺の態度に戸惑っているようだ。
俺は頭を上げると、カタリーナ嬢の顔を見て事情を話した。
「実は俺も、昨日記憶喪失になってしまったらしい。だからいつもの俺と違うように見えるのだろう。」
「えっ?アンタも記憶喪失だったの?」
驚いた様子のカタリーナ嬢だったが、俺の言葉が信じられないのか、疑いの眼差しで俺を見つめる。
「レオン様の仰ることは本当です、カタリーナ嬢。」
「我々も昨日、レオン様が記憶を無くされて大変驚きました。」
「そうでもない限り、そこの半分平民なんかに頭を下げるはずがありません!」
取り巻き達が説得してくれたおかげで、カタリーナ嬢は信じてくれたようだ。
「そうなの?それは災難だったわね。でも貴方も律儀ね。記憶にない時のことなんて謝る必要ないのに。」
「いやいや、記憶が無くても迷惑をかけたのは事実だし。それよりフレイ卿、記憶以外は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。記憶以外は。」
この細身で貧弱そうな男が、例の嫌味で有名な半分平民くんか。
早速嫌味を言われるんじゃないかと構えていたが、以前の記憶が無いせいか、悪態をつかれることはなかった。
「それに記憶のことでレオン様が謝る必要がありませんよ。聞いた話によると、僕の記憶が消えたのは、ホリーくんとレオン様の間に無理に入ったからだそうですし。ただの自業自得です。」
「いや、そもそも俺が記憶を消そうとしなければ、こんなことにはならなかっただろ。フレイ卿が間に入らなければホリー卿が被害に遭っていただろうし。どちらにせよ、今回の件は馬鹿な行動を起こした俺が全部悪い。すまなかった。」
俺は重ね重ね謝罪したが、フレイ卿は許すどころか、逆に不愉快そうな顔した。
記憶を失っても面倒くさそうな相手だな。
って、俺が言えた義理じゃないか。
「今のアナタ、すごくいい感じじゃない。普段からそのくらい態度が良かったらいいのに。」
「普段の俺は、そんなに酷いのか?」
「えぇ。少なくとも私達にとっては。顔を合わせる度に『バカ』だの『ブス』だの罵ってくるから、ホントにムカツくの。」
それは好きな女に浴びせる言葉じゃないぞ、過去の俺!
「そんなに嫌いなら私達に絡んでこなければいいのに、何回それを言ってもしつこく突っかかってくるのよ。いい迷惑だわ。」
好きな女にここまで嫌われていても話しかけられるって、メンタルが強くて逆に関心する。
「以前の俺は相当、アンタに嫌われていたんだな。」
「当然でしょ?私、嫌がらせをしてくる相手を嫌いにならない程、大人じゃないもの。」
そりゃそうだ。
ところで、この話題になった途端にフレイ卿が心なしか悲しそうな眼をしているのは何故だ?
まぁ、それはどうでもいいか。
「でも、今のアナタだったら、たとえ家同士が対立派閥であっても仲良くできそうだわ。」
「そいつはどうも。」
だとよ。昔の俺。
記憶を取り戻した後もこの事を覚えていたら、ちょっとは彼女の好感度がマシになるんじゃないか?
そんな話をしていると、中年のヘラヘラした男が教室に入ってきた。
恐らくこの男が、担任の教師なのだろう。
「みんなー。席について!授業を始めるよー。」
俺は取り巻き達と一緒に、席についた。
「授業の前にみんなに報告!昨日、色々あってフレイくんとレオンくんは今、記憶喪失になってます。後日専門の魔法使いが来て、治してもらう予定だから、それまでみんな2人ともをサポートしてあげてね♪」
一応治療してもらえるのか。
てっきり、自然に記憶を取り戻すのを待つだけかと思っていたから有難い。
「それと、今日は前から言っていた実技テストの日だよ!もちろん、記憶がない2人は後日でいいからね♪」
「「えぇ?!」」
『実技テスト』の一言に、生徒全員から批判の声が挙がった。
「今日がテストだなんて、聞いていません!」
「テストは来週だって、先生は仰ってました!」
「え?そうだっけ?」
「「はい!」」
「そっか〜。ごめんね!ボクの勘違いだったよ。でも今から実技テストの予定を変更するのは難しいし、悪いけどテストは続行するね♪」
「「えぇ〜!」」
この教師、無茶苦茶だな。
こんな男がまともに授業できているのか、疑問だ。
「実技テストって、具体的に何をするのですか?」
後日で良いと言われたが、授業で学んだことは忘れていないので、今の俺でも出来そうであれば今日終わらせておきたい。
「やることはシンプルさ。学生用魔物転送装置で出てきた魔物と戦うだけ!転送装置は生徒の実力を測定して、実力に見合った魔物を召喚してくれるんだ。だから、召喚された魔物の数や種類と、戦闘結果で評価するよ♪」
なるほど。それなら俺にもできそうだ。
根拠は一切ないが、召喚された魔物を倒せる自信がある。
「でしたら俺も、今日実技テストを受けます。」
「「えっ?!」」
その言葉に教師は驚いたが、それ以上にフレイ卿が驚いて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください!僕達、今記憶がないのですよ?今日の実技テストはやめておきましょうよ。」
「俺は幸い、授業で教わった内容は覚えていたので、テストに支障はありません。ですが、フレイ卿は難しそうであれば、彼だけ来週に延期しても良いかと思います。」
「レオンくんがそこまで言うなら、今日受けようか♪フレイくんは、どうする?」
「....でしたら、僕も実技テストを受けます。」
「別に、彼に合わせて無理をしなくても良いんだよ?」
「いえ、僕も授業で学んだことは忘れていないので、問題ありません。」
「そっか。了解♪」
フレイ卿は俺をキッと睨みながら、席に座った。
彼はよほど実技テストを受けたくなかったのだろう。
少し申し訳ないことをしたな。




