【98】第22話:記憶喪失(1)
ついにやってしまった。
この状況、客観的に見ても、どうかしていると思う。
俺は今、由緒正しい貴族としてのプライドを捨ててまで、己の欲望のままにある計画を実行している。
この計画はバレるリスクが高く、バレたら俺が今まで築いた威厳が全て無くなってしまう。
そこまでして俺がこの計画を実行したのは、全部カタリーナのせいだ。
アイツが、中途半端に俺に優しくしなければ。
俺に、あんなことを言わなければ。
この想いは、ずっと胸の内の隠しておけたのに。
アイツにもっと近づきたいという欲望も、抑えられていたのに。
俺にこんな計画を実行させるアイツが憎い反面、そこもまた愛おしいと感じてしまう。
....だが俺は、自分の威厳も捨てる気はない。
だからこそ今回の計画は、何としてでも後処理は完璧に遂行しなければいけない。
ターゲットをホリー・コトナカーレから、虫唾が走るあの男に変えざるを得なかったのは想定外だったが、一応計画は続行可能だ。
このまま計画を続行しつつ、あの男の動向も監視しよう。
◆◆◆
「....ん」
目が覚めて、俺は上半身を起こした。
周りを見渡すと、何台かのベッドが並んでおり、ベッドとベッドの間はカーテンで区切られていて、椅子や医療器具、本などが置かれていた。
どうやら俺は、医務室のような部屋のベッドで眠っていたらしい。
何で俺はここに居るんだ?
俺は記憶を振り返ろうとする。が、全然思い出せない。
ここにいる理由どころか、自分が、どこの誰かすらも思い出せない。
「俺は...誰なんだ?」
自分の顔を見れば思い出せるかもしれない。
そう思って、隣の窓ガラスに映った自分自身を見つめた。
そこには、大柄で金髪翠眼の整った目鼻立ちの男がいた。
これが、俺?
にわかには信じられない。
窓ガラスに映った自分をまじまじと見つめていると、部屋の扉を開く音が響いた。
その後に、複数人の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえる。
振り返るとそこには、俺が今着ているのと同じ制服を来た学生達がいた。
「レオン様、ご無事ですか?!」
「あのあと倒れられたので、我々は非常に心配致しました。」
「お目覚めになられて安心しました!」
どうやら彼らは、俺の仲間らしい。
が、彼らの顔を見ても、誰一人名前が思い出せない。
「悪い。アンタ達に聞きたいことがある。」
「はい!何でしょうか?」
「俺は今、自分がどこの誰なのか、アンタ達とどういう関係なのか、全く思い出せないんだ。良かったら、教えてくれないか?」
「「えぇ?!」」
俺の言葉に、彼らは目をカッと見開いて吃驚した。
彼らが驚くのも無理はない。
かくいう俺だって、何も思い出せないことに戸惑っているのだから。
俺はいわゆる『記憶喪失』という状態なのだろう。
「まさかレオン様まで記憶喪失になるなんて...」
「記憶を失うのは半分平民だけで良かったのに。」
今までの彼らの話を聞く限り、俺の名前は『レオン』で、俺は彼らより上の立場で、記憶を失っている人物が他にもいる、ということか?
「どこから説明致しましょうか。まずはこの場所についてですが、ここはディシュメイン王国にある王立ディシュメイン魔法学園にある医務室です。そして貴方様は、ディシュメイン王国の筆頭公爵であるコーキナル公爵家の長男、レオン・コーキナル様です。」
俺が大貴族の長男、か。
自分がどんな人物かは忘れたが、なんとなく俺は大貴族の長男ってガラじゃない気がする。
だが、彼らは俺に対して敬語を使う理由は分かった。
「我々はコーキナル家の派閥の貴族令息令嬢で、レオン様とは同じクラスです。レオン様はとあるクラスメイトと揉めている最中に倒れました。きっかけは、クラスメイトのホリー・コトナカーレがレオン様の部屋を勝手に覗いたことです。そのことにかなりご立腹だったレオン様は、水晶石を使ってホリー卿の記憶を消そうとしたのです。ですがそこに割って入った半分平民に、誤って水晶石の魔法が発動して、半分平民とレオン様は倒れてしまいました。」
「きっと水晶石の力のせいで、半分平民だけでなくレオン様まで記憶を無くしてしまわれたのかと思います。あの水晶石の作り手として、本当に申し訳ありませんでした。」
「いやいや。別にアンタが謝る必要ないだろ。俺がホリーって人の記憶を消そうとしてやったことなんだったら、全部俺の自業自得だし。」
「レオン様...!お優しいお言葉に感謝いたします!」
俺の記憶が無くなった原因は大体わかった。
だが話を聞いていて、また疑問が出てきた。
「ところで、アンタらがさっきから言ってる『半分平民』って何のことだ?」
「あぁ〜、半分平民ですか?」
それを話題にした途端、彼らはあからさまに機嫌が悪くなった。
聞かない方が良かったか?
「半分平民は、同じクラスのフレイ・ライトニングのことですよ。アイツ、いっつもレオン様に嫌味を言ってくるから、我々取り巻き一同はアイツが嫌いです。」
「俺って一応、筆頭公爵の長男なんだよな?そんな俺に嫌味が言えるってことは、ソイツは俺より家柄が格上なのか?」
「いえいえ、滅相もないことでございます!確かにライトニング公爵家は歴史の長い名家ですがコーキナル家に比べたらスライムとドラゴンくらい違います。」
「それなのに、叔母さんがあのセージャ様で、ライトニング家の財力が国内一だからか、自分が凄いって勘違いしちゃってる痛いヤツなんですよ。」
要は親の威光で威張ってる奴ってことか。
「話を聞く限りじゃ、フレイって奴は立派な貴族令息なんだろ?だったら何で『半分平民』なんだ?もしかして平民との庶子か?」
「いえ。ですが似たようなものです。奴の父親はアーロン男爵という、爵位を買った元平民の息子なのです。だから実質、アイツには平民の血が半分混じっているのと同じです。」
「我々のように先祖代々由緒ある名家としか婚姻関係を結ばない生粋の名門貴族とは、相容れぬ存在なのです。」
「あぁ。平民上がりの血が半分も入ってしまうと、あそこまで品のない男が生まれてしまうなんて悍まし限りです。」
どうやら俺は...いやコーキナル家の派閥は、門閥主義的な派閥だったようだ。
というか、成り上がろうが名家だろうが貴族は貴族だろ。
俺も一応貴族のはずなのに『貴族って面倒臭い』と思えてきた。
「その『半分平民』が、なんで俺に嫌味を言ってくるんだ?」
「半分平民は、我々が奴の血を嫌っているのを逆手に取って、馬鹿にしてくるのです。たまたま上級魔法が使えただけで『半分平民ですら上級魔法が使えるのにレオン卿はできないんですか?』と鼻で笑ったり、まぐれで実力テストで1位になったくらいで『半分平民ですら学年主席になれたのにレオン卿は2位なんですか?』って見下したりしてくるのです。」
「へぇ。そいつ、性格が捻じ曲がっているじゃないか。嫌味のプロだな。」
だけど上級魔法が使えたり実力テストで1位になったりするのは、まぐれや運だけでは無理だ。
そこに至るまでの努力ができる奴なのだと考えると、案外真面目な人物なのかもしれない。
「半分平民の性根の悪さは王国一です!あんな男、さっさと貴族籍から除籍されて欲しいものです。」
「でもアイツ、噂じゃ王宮専属の魔法使いになるかもしれないらしいぜ。しかもフォージー夫人が推薦状出したって。」
「うわぁ。本当か、それ?だとしたらアイツ、絶対レオン様に『半分平民ですら推薦がもらえたのにレオン卿には推薦が来ないんですか?』って嫌味言いにくるだろ。想像しただけで腹が立ってくる。」
フレイとやらは推薦をもらうほどに優秀な魔法使いなのか。
話を聞く限りでは、性格さえ良ければ国の将来を担う優秀な人材になりそうじゃないか。
「そういえば、さっきの話だと半分平民のフレイも記憶を失ったのだろ?だったら、彼も嫌味を言ってくることはないんじゃないか?」
「それもそうですね!アイツ、記憶を無くしてもっとマシな性格になっていれば良いんですが。」
「だけどアンタ達の言う通り、面倒な相手なことには変わりないか。一応、記憶を失ったのは俺が原因だし、突っかかって来られる前に謝罪だけして極力関わらないようにしよう。」
「れ、レオン様!半分平民如きに謝罪する必要はありません!奴が記憶を失ったのは奴が馬鹿だからです。」
「アンタ達が謝りたくない気持ちは分かるが、客観的に考えても悪いのは俺だ。自分の悪行を反省できないのって、貴族以前に人としてどうなんだ?」
すると、俺の取り巻き達は黙ってしまった。
一瞬の静けさの後に、なぜか拍手が上がった。
「レオン様、その器の大きさに感動致しました!」
「自身を客観的に分析し、非があれば嫌いな相手でも謝罪するその心意気は、まさに貴族の鏡です!」
「我々取り巻き一同は、これからもレオン様をお慕いいたします。」
調子のいい奴らだな。
コイツらなら、俺が何をしでかしても擁護してくれそうだ。
記憶のない今は、そんな彼らの存在が有難いが、記憶のあった頃はきっとコイツらに甘やかされていたのだろう。
その後、俺は取り巻き達と一緒に夕食をしてから、寮にある自室へと案内してもらった。
「ここが俺の部屋、か。」
とても学生寮の一室とは思えない程の豪華な装飾。
煌びやかでかえって落ち着かないが、以前までの俺はこの部屋で落ち着いて寝れていたのだろうか?
とりあえず、少しでも何かを思い出せるように、持ち物を物色してみよう。
参考書は新品の様に綺麗だが、うっすら手垢の跡があるので、ある程度は勉強しているのだろう。
ノートに書かれた字は、大きくて角ばっているが几帳面さを感じさせる。
棚には様々な水晶石がケースに入れて飾ってある。
そういえば水晶石について、夕食時に取り巻き達から説明があったな。
なんでも、舞踏会の出し物の商品として作ったらしく、俺は一応記念にクラス全員分の水晶石を買ったらしい。
飾られている水晶石は全て、名前と特殊魔法が書かれた札が水晶石の下に添えられている。
ということは、これを見れば俺の特殊魔法もわかるのか。
俺の名前の書かれた札を見つけると、そこに書かれた特殊魔法に目を通す。
「....身体入替?」
興味半分で確認したものの、大して面白そうな魔法ではなかったため肩透かしを喰らった気分になった。
他のクラスメイトの特殊魔法を確認すると、『成長力上昇』だの『温度上昇』だの、役に立たなそうなものばかりだ。
特殊魔法なんて、そんなものか。
と思っていたが『完全回復』なんて便利な特殊魔法もあった。
その水晶石を作った生徒の名を見ると、フレイ・ライトニングと書かれていた。
半分平民くんは、どうやら特殊魔法ですら優秀なようだ。
そんな中、俺はふと水晶石の置かれていない空白を見つけた。
札は置いてあったので、読んでみると特殊魔法は記憶消去と書かれていた。
作り手は恐らく、さっき俺に謝ってきた取り巻きの一人だろう。
そして彼の水晶石がないのは、きっと記憶を失う前の俺が半分平民くんに対して使ったからに違いない。
部屋をひと通り物色したが、記憶を取り戻すきっかけになりそうなものは見つからない。
ということは、残すはアレだけか。
俺はポケットに入っていたスマドを取り出す。
いや、正確にはコレは『ドリームDX』と呼ぶらしいが、機能はスマドやガラケーと同じだ。
このドリームDX、もといスマドの中身を確認すれば、俺がどういう奴だったか確実に分かる。
が、スマドを開こうにも、パスワードが分からないため開くことができない。
パスワード、魔法で分かったりしないだろうか?
ダメ元で魔法でパスワードを入力させると、あっさりスマドが開いた。
俺は意外と魔法の才能がある人間だったらしい。
中のメールを確認すると、さっきの取り巻き達と家族とやり取りが殆どだった。
やり取りを見た限り、俺は相当プライドの高い男だったようだが、取り巻き連中に対する面倒見は良かったようだ。
家族とも仲が良く、特に父親のことは、やり取りが少ないながらも尊敬していたみたいだ。
次に俺は写真を確認する。
撮ってある写真はやはり、取り巻き達と家族が殆どだ。
だが時々、妙な女の写真も混ざっていた。
紫色の髪で、目力の強い、整った顔の女だった。
服装的に、同じ学校の生徒か?
しかも、この女の写真だけは、どれもカメラ目線ではない。
その上で、女の写真は全てお気に入り登録されている。
記憶を失う前の俺は、この女が密かに好きだったのか?
確かにこの女は美しい部類ではあるが、今の俺はこの女を見ても何も感じない。
それどころかむしろ、隠し撮りをしてお気に入り登録をしていた俺自身にドン引きしている。
この女の情報は他にないか調べてみたところ、エス・エヌ・エスのお気に入り欄にもこの女の写真があった。
女の写真をアップしていた「らいち」というアカウントが、この女のアカウントらしい。
本名は分からないが、どうやら俺と同じクラスだということだけは分かった。
俺はふと、記憶を失った時の経緯を思い出した。
確かホリー・コトナカーレに部屋を見られてキレた俺が、彼の記憶を消そうとしたのが、事の発端だったな。
きっとその時の俺は、このスマドを見られたと思ったから記憶を消そうとしたのだろう。
エス・エヌ・エスのお気に入り欄も非公開だったし、彼女への想いは周りに秘密にしていたに違いない。
記憶を取り戻す気配は一向に見えないが、俺という人物がどんな奴だったのかは大体理解した。
幸い、授業で学んだ内容は忘れていなかったし、とりあえず明日はいつも通り出席しよう。
そして機会があれば、ホリーとフレイという人物に一言詫びを入れて、俺が惚れたらしい女についても探ってみるか。
そんなことを考えながら、俺は無駄にふかふかなベッドに横たわって眠りについた。




