【92】第20話:舞踏会(7)
演劇の物語は、殿下演じるマリシャスが厄災の魔王を討伐しに行くも、返り討ちにされるシーンに突入した。
「ハーッハッハッハ!!その程度かよ!そんな攻撃、全然痛くねぇぜ!」
「クソッ!醜い化け物めっ!」
二人の好演もあって、さっきのハプニングで悪くなってしまった客席の雰囲気はすっかり良くなり、観客は劇に引き込まれていた。
その後、タクト演じる伝説の勇者・ジャスティンが登場する。
「この世に災いをもたらす魔王めっ!この勇者ジャスティンが、正義の名の下に撃ち倒してやる!」
「やれるもんなら、やってみな!勇者サマ!」
そこからゼルとタクト、それから殿下の3人の歌パートに入った。
典型的な音痴だったゼルとタクトも、今では普通に聞ける程度には上達している。
その後、問題が発生することなく物語はクライマックスへと突入した。
「厄災の魔王さん。君はなぜ人々を襲うのですか?なぜ世界を滅ぼそうするのですか?」
「それはお前達人間が、そこのクソ野郎が、俺を虐げ殺そうとしたからだ!育ちのいいお前には一生理解できないだろうな。俺が今までどれほどお前達に理不尽に苦しめられたか。何度、暴力を振るわれ、涙を流したか。
こんな醜い世界、滅びた方がマシだ!」
「君が人々を襲う気持ちがよく分かった。弟を含む人間達が、君に酷いことをして申し訳ない。君が幸せになれるように努力する。君を二度と辛い目に遭わせはしない。だからどうか、僕達に償うチャンスをくれないか?」
この後の展開だと、厄災の魔王は陳腐な説得を聞き入れる流れになっているが、何度見てもここの展開は都合が良すぎてしっくりこない。
観客はこのラストに納得するのか?
だが俺の疑念に反して、物語が終わると同時に観客席から拍手が沸き上がった。
拍手喝采の中、カーテンコールへと移ろうとしたその時。
今までの演劇を台無しにするかのように、大量の岩のような重量のある物が舞台の天井から降ってきた。
舞台に立っていたキャスト全員が、降ってきたソレに押しつぶされ、その光景に客席の拍手はピタリと止まった。
さっきから何なんだよ!
舞台の天井に問題でもあるのか?
魔法で舞台の天井を確認すると、怪しい男二人がコソコソしているのを見つけた。
とりあえずコイツらはこのまま監視するとして、先に舞台の方を何とかするか。
このままだと俺達の演劇が大失敗で終わってしまう。
そこで、さっきのゼルの対応を見習って、『これはあくまで舞台演出だ』と観客達に思わせることにした。
俺は舞台上に厄災の魔王の分身を作ると、天井から降ってきた物体の上に登らせた。
「ハーッハッハッハ!俺がお前ら人間どもを許すわけねーだろ!見事に騙されて、ザマァねえぜ!」
分身がそう言うと、客席のざわめきが無くなり、不穏な空気が少しマシになった。
「痛てて...。」
ちょうどそのタイミングで、運良く軽傷で済んでいたタクトが這い上がって分身の方を見た。
「勇者め、しぶとい奴だ。大人しく死んでいればいいものを。」
「テメェ、よくもっ!!」
タクトは、持っていた剣のレプリカを俺に投げつけた。
これは都合がいい。
俺はあえて剣を避けずに刺さったフリをして、そのまま分身に死んだフリをさせた。
そして音楽を流すと同時に舞台を暗転させ、あたかもこれが本当の終わりであるかのように演出した。
なんだかんだで、元よりも良い終わり方になったじゃないか。
舞台を暗転させているうちに分身を消し、天井から降ってきた物を無くし、下敷きになっていたキャスト全員を蘇らせた。
全員が起き上がったタイミングでライトアップし、再びカーテンコールを行うと、先程よりかは小さいものの拍手が起こった。
キャストは突然身に起こった出来事に戸惑いながらも、予定通りにカーテンコールの挨拶を終わらせて舞台から降りた。
さて。
ひとまず舞台は無事に終わったし、最後の後始末に移るか。
俺は舞台の天井にいた男達を監視する。
男達は言い争っていて、2人の目をよく見てみると魔人特有の黒目に赤い瞳を宿していた。
「このボケがっ!だから予定通り姫役の女だけ殺しておけば良かったんだよ!」
「うるせぇ!俺達に喧嘩を売るようなクソ演目、ぶっ潰さねぇと気が済まねぇだろ!テメェは厄災を魔王扱いするこんな劇に腹が立たねぇのかよ!」
「それとこれとは別だろ!あくまで本来の仕事を遂行しろっつってんだよ、このプッチンスライムがぁ!」
「あぁ?!上等だテメェ!ぶっ殺してやるよ!」
コイツらの話から、動機がある程度分かったことだし、さっさと殺すか。
「ごちゃごちゃうるさいですよ、お2人さん。」
俺は分身を2人の前に出すと、分身を使って2人の首を手刀で刎ねた。
2人の汚い血を全身に浴びたが、返り血がついたのは分身だからまぁいいか。
...いや、待てよ?
このままコイツらの死体を放置したら、誰かが見つけた時に大事になる。
最悪、犯人が俺だとバレたら捕まるかもしれない。
だからといって、死体を隠すベストな場所も思いつかない。
じゃあ、コイツらを生き返らせるか?
いや、劇をあれだけ滅茶苦茶にした奴らを、このまま生き返らせて見逃すのは癪だ。
...そうだ。
コイツらを拘束した上で生き返らせて、劇を台無しにした犯人としてクラスの連中へ引き渡そう。
それならまだ妥協できる。
俺は2人を生き返らせて紐でぐるぐる巻きにした後、メモを貼り付けて、誰にも見つからないように舞台裏へそっと2人を運んだ。
「みんな、お疲れ様。」
「お疲れ様です、殿下。」
程なくして、みんな舞台裏へと戻ってきた。
俺は分身を消して、みんなの様子を見ることにした。
「それにしても、さっきのアレは何だったのかしら?いきなり天井から何かが降ってきたと思ったら、気づいたら無くなってるし。」
「さっきも僕の頭に何か落ちてきたし、それと関係あるのかな?」
「...おい、見てみろよコレ!」
タクトが魔人の2人に気づくと、みんな怪訝な顔をしてソイツらの顔を覗いた。
カタリーナは貼ってあるメモに気づくと、それを手に取り読み始めた。
「これって、日本語?えっーと、なになに...?
『さっき舞台の上から物を落としてお前らを潰したのはコイツらです。好きなだけお殴りください。宮藤迅』だって。」
「ってことは、やっぱりさっきのはクドージンだったのか。あん時、アイツが犯人だと思って剣をぶん投げちまったけど、悪いことしたな。」
「そんなことがあったんだ。じゃあクドージンさんが彼らを捕まえて、下敷きになっていた僕らを助けてくれたってこと?」
「多分、そうだと思うぜ。俺が気づいた時には、まだ落ちてきた物が舞台にあったからな。で、舞台が一旦暗くなった後にお前らが起きて、明かりがついたら舞台が元通りになってたし。」
「だったら宮藤くんもつれないわね。いつも助けられてばかりで全然お礼できていないんだから、せめて『ありがとう』の一言だけでも言わせてくれてもいいのに。」
「そうだね。僕も何度か彼に助けられているし、ちゃんと彼にお礼をしたいよ。そういえば彼で思い出したけど、ゼルくんはいつになったら元の姿に戻してもらえるんだろう?」
「え?!あっ!そ、そうだね。いつになったら僕、元に戻れるんだろう?もしかして忘れられているのかも。」
「ったく、アイツもいい加減だな。姿を変えるんだったら最後まで責任取れよ。」
「忘れられたんだったら仕方ないさ。この後、シヴァ先生に頼んで元の姿に戻してもらうよ。それより、この2人どうする?」
「とりあえずシヴァ先生に事情を説明して引き渡すのが無難じゃねーか?お前、シヴァ先生のところへ行くんだったら、ついでにコイツら持っていってくれよ。」
「わかった。」
ゼルは男2人を持ち上げると、シヴァを探しに舞台裏から移動した。
これで一件落着だな。
舞台裏の様子を映している魔法を消そうと思った直前、カタリーナがレオンに話しかけているのが見えた。
アイツからレオンに話しかけるなんて珍しい。
最後にこれだけでも聞いてみるか。
「ねぇ、レオン。貴方、さっき私のことを庇ってくれたわよね?」
「はぁ?!な、何の話だ!」
「カーテンコールで天井から物が落ちてきた時よ!あの時、私に覆い被さって助けてくれようとしていたじゃない。」
「そんなこと、知らん!」
「あっそう。でも、ありがとうね。」
「っ?!」
予想外の言葉に、レオンは戸惑いながら、逃げるようにその場を去った。
カタリーナがアイツに礼を言うなんて、明日は雨が降るんじゃないか?
俺は舞台の様子を映している魔法を消すと、再び執事カフェの様子を確認した。
カフェは相変わらず繁盛しているようだ。
心なしか、ホリーもライラも疲れて覇気がない感じがする。
しばらくすると演劇組がカフェに戻ってきた。
「カタリーナちゃん、お疲れ様!」
「ライラちゃん達もお疲れ〜!」
「演劇、どうだった?」
「変な人たちに劇を妨害されて大変だったわ。一応、宮藤くんのお陰で劇自体は無事に終わったけど、妨害のせいで最優秀賞は逃しちゃったわ。それでも努力賞はもらえたから、頑張った方よね。」
あの劇、賞を取ってたのか。
あれだけ滅茶苦茶になったから絶対入賞しないと思っていたが、意外だ。
「えっ?クドージンさんが居たの?!」
「えぇ。でもタクトくん以外、彼を見てないのよね。私達が倒れている間に来ていたみたいだけど、起きた時にはもう居なかったわ。」
「カタリーナちゃん達が倒れたって、どういうこと?!」
カタリーナはライラに、舞台で起こった妨害の一部始終を簡潔に説明した。
「そうだったんだ。クドージンさん、また私達を助けてくれたんだね。いつか彼に恩返ししたいよ。」
「ホントよね。いい加減、連絡先の一つでも教えてくれたら、お礼でもプレゼントでも、なんでもできるのに。」
「そうだね。連絡先を知ってたら、いつでも会いに行けるし、遊べるもんね。もっと私達に心を開いてくれたらなぁ。」
「きっとそのうち、私達の思いも伝わるわよ。」
一応、伝わっているぞ。
なんせ、聞いているからな。
その後、舞踏会は無事終了し、執事カフェの後片付けをした。
執事カフェの売り上げは全学年で堂々の一位だった。
まぁ、あれだけ人気だったら当然だな。
舞踏会が終わって、俺はこの3日間の出来事をふと思い返した。
思えばこの3日間、色々なことがあった。
母さんからセージャ叔母さんの昔話を聞いたり、フォージー夫人から王宮専属の魔法使いとして推薦されたり、劇でトラブルがあったり.....。
どれも印象的な出来事だったが、セージャ叔母さんの昔話だけは、悪い意味で頭から消えない。
あの話を聞いた時に抱いた不快感は、楽しい時ですらも、うっすら頭の片隅に残り続けている。
それでも、何日かすればその不快感は消えるだろうと、この時はまだ思っていた。




