【77】第18話:武闘会(2)
武闘会当日。
この日、学校から少し離れた闘技場に学生全員と保護者が集まっていた。
闘技場の観客席はクラスごとに決まっていて、保護者も子供のクラスの席に座る決まりだ。
父さん達は俺より先に闘技場に着いていて、席を陣取っていた。
この闘技場に来るのは久々だ。
兄さんの武闘会の観戦で来て以来か。
身体能力が普通で魔法も得意というわけじゃなかった兄さんは、いつも団体競技にしか出ていなかったな。
そのせいか俺がバトルロワイアルに出ると聞いた父さん達は、俺が戦えるのか心配していた。
「フレイ、あんまり無茶なことをしちゃダメよ?」
「わかってますよ、母さん。」
「いいかフレイ。いくらバトルロワイアルでも、後遺症が残るレベルの傷を負わせたら退学になるかもしれないからな?ましてや殺したら極刑もありえるから、絶対にやり過ぎるなよ。」
「はーい。」
一方の兄さんは、俺に対して別の心配をしていた。
死なせたら極刑、か。
....肝に銘じておこう。
「もうすぐ開会式が始まるので、トイレに行ってきますね。」
「じゃあ俺も。」
兄さんと一緒にトイレへ向かうと、女子トイレの前でスマドを触りながらボーッと立っているライラと遭遇した。
「あれ?どうしたのですか、ライラさん。」
「あっ、フレイくん?」
ライラは咄嗟にスマドを持つ手をおろし、俺と目を合わせる。
ライラの持っていたスマドをよく見ると、金色に輝いていた。
「ライラさん。そのスマドって....」
「え、これ?」
ライラのスマドを改めて確認すると、王家の紋章が入っていた。
しかもコレ、スマドじゃなくてガラケーだ。
「コレって、じいちゃんがレックス殿下にあげたガラケーじゃね?」
兄さんの言葉で思い出した。
魔物村で宮藤迅の時にもらったガラケーだ。
「確かにこのガラケーは元々、おじいちゃんが殿下にあげる予定だったものだと思います。ですがおじいちゃんは、魔物村で活躍した宮藤迅さんにこのガラケーをプレゼントしていましたよ。」
「へぇ、そうなのか。」
「でも何で、このガラケーをライラさんが持っているのですか?」
ガラケーはあの日、どこかに落としてそのまま放置していたはずだ。
もしかしてあの後、ライラが拾ったのか?
「このガラケー、そこの男子トイレの前で拾ったの。」
は?
魔物村じゃなくて、なぜ闘技場の男子トイレの前なんだ?
ガラケーが勝手に移動したとは考えられない。
十中八九、魔物村でガラケーを拾った奴がここに落としたのだろう。
ということはガラケーを拾った人物は今、闘技場にいるってことか?
「ガラケーがあったってことは....もしかしてクドージンさん、今日の武闘会を見に来てるのかな。」
一応間違いではないが、このガラケーの持ち主は俺じゃない。
「ひょっとしてクドージンさんって、ウチの学校の生徒だったりして!」
誤解だライラ。
いや正確には誤解じゃないが、間違った情報で俺が学校にいるとか勘潜られても困る。
早めにコイツの誤解を解きたい。
「なぁ、ライラちゃん。そのガラケーの中って確認した?」
「はい。といっても、ロックがかかっているのでホーム画面だけですが。」
ライラはガラケーの画面をタップして、ホーム画面を表示した。
「えっ?!」
「はぁ?!」
きっっっしょ!!
カタリーナが机で寝てる写真がホーム画面とか、悪趣味すぎて鳥肌が立つ。
一方の兄さんは笑いを必死に堪えている様子だった。
「そっか、そっか。アイツ、カタリーナちゃんが好きだったのか。こりゃ愉快...じゃなくて意外だな。」
愉快でも意外でもねーよ!
クソッ、この気持ち悪い誤解を1秒でも早く解きたい。
クスクス笑っている兄さんとは対照的に、ライラは心なしか少ししょんぼりとした顔をしていた。
「やっぱりクドージンさん、カタリーナちゃんが好きなのかな...」
「そんなことはないですよ!きっとこのガラケーは彼のものではありません!」
「そうは思えないよ。だってフレイくんのおじいちゃん、『こんな豪華なガラケーは世界に一つしかない』って言ってたもん。」
「だとしても、宮藤迅さんがもらってすぐに捨てた可能性だってあるじゃないですか。彼、ガラケーに興味が無さそうでしたし。捨てたガラケーを誰かが使っているのかもしれないですよ?」
「確かにそうかもしれない。けど....」
フレイがいくら説得したところで、ライラは納得しそうにない。
やっぱり一度宮藤迅で『ガラケーは捨てた』と言い切る必要がありそうだ。
「ライラちゃんは、このガラケーのホーム画面が気になるの?」
「え?」
兄さんの突拍子もない質問に、ライラはきょとんとした顔をした。
「さっきから元気が無さそうだけど、そのホーム画面を見て落ち込んでるのかなぁ〜って思ってさ。」
「そう、見えましたか?」
ライラは小さく溜息をすると、目線を下にしながら話し始めた。
「それが、私もよく分からないんです。でもこのホーム画面を見て『クドージンさんはカタリーナちゃんが好きなんだ』って思ったら、何だかモヤモヤっとした気持ちになって....」
「モヤモヤって、具体的にどんな感じ?」
「言葉にするのが難しいんですけど、2人とも好きなはずなのに....2人が仲良くしているのを想像すると、胸が張り裂けそうな感じがするんです。」
何言ってんだ、コイツは?
部分的に俺とカタリーナのことが嫌いってことか?
「なるほどなぁ〜...。いやぁ、青春だねぇ。」
兄さんは何かを察したのか、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
「俺、何となく分かったよ。そのモヤモヤの正体。」
じれったい言い方だな。
「本当ですか?」
「あぁ。でも、その答えは俺が言うべきじゃない。答えは君の心の中にあるんだから、君は自分で気づくべきだ。」
「じゃあ僕にだけ答えを教えてくれませんか?」
「お前にだけは絶対言わねー。」
なんだよ、ケチだな。
「ただ一つ助言するなら、クドージンにこのガラケーを返すときに聞いてみたらいいんじゃないか?」
「聞くって、そう簡単に言わないでくださいよ。クドージンさんにいつ会えるか分からないし、それにもしクドージンさんがカタリーナちゃんのことが好きだったら、私....。」
ライラは更に元気を無くし、声が小さくなった。
「そんなことで悩む必要はありませんよ。宮藤迅さんがカタリーナさんが好きだなんて、絶対ありえません。」
「フレイくん....なんでそこまで断言できるの?」
げっ。
もしかして俺の正体に勘付いたか?
ライラは疑うような眼差しで俺を見つめてくる。
「俺もアイツはカタリーナちゃんに恋してないと思うよ。絶対に。」
「アニスさんもですか?」
兄さんも俺に同調してくれたおかげで、ライラの疑惑の目を逸らすことができた。気がする。
「あぁ。だってアイツ、精神年齢ガキだろ?惚れただの何だの言うなんて10年早ぇよ。」
ケラケラ笑いながら話す兄さんを見て、思わず顔面に握り拳をぶつけたくなった。
「だからきっと、ライラちゃんが不安に思っていることは起こらないよ。自信持ちなって。俺はライラちゃんのこと、応援しているぜ。」
応援って、何の?
「アニスさん....ありがとうございます。」
ライラは暗い表情をやめて、顔を上げた。
少しは元気を取り戻したようだ。
そうこうしているうちに、開会式が始まる時間が目前にまで迫っていた。
俺と兄さんは慌てて用を済ませて、式が始まるギリギリのタイミングで席に戻った。
◆◆◆
開会式が終わって小一時間後、タクトの出番が来た。
1年の個人競技である障害物競争に参加するためにアリーナへと向かった。
「お兄ちゃん、大丈夫かなぁ。」
「大丈夫よ。タクトくんなら絶対に1着になれるわ!」
全員でタクトを見守る。
やがて審判の合図の下、タクトを含む全員が一斉に走り出した。
タクトは勢いよく先頭を走ると、真っ先に第一のエリア『スライムプール』に到着した。
多種多様のスライムで埋め尽くされた足場を前に、他の連中はこけないようにゆっくり歩かざるをえなかった。
だがタクトは足を踏み込む直前に、大きくジャンプして飛び越えようとした。
だけどギリギリ、スライムプールのエリアを飛び越えることができない。
そう思っていたが、タクトは着地直前に火炎連脚を地面に繰り出し、着地地点にいたスライム達を消滅させた。
そして次のエリアへと向かっていると、後ろから誰かが迫っていた。
「あっ、アイツ...!」
タクトの後に迫っているのはレオンだった。
そういえばレオンもこの競技に参加していたんだった。
タクトとレオンは2人同時に第二のエリア『魔法陣トラップ』に辿り着いた。
複数の魔法陣がズラリと並んでいて、踏むと魔術が発動する仕組みだ。
魔法陣はどれも走者の邪魔になるものばかりだが、稀にあたりもあるらしい。
タクトはさっきと同じように大きくジャンプして飛び越えようとする。
が、先程と同様にかろうじてエリア内に着地しそうになる。
着地するギリギリで、再び火炎連脚を地面に繰り出すも、逆にそれによって足場周辺の魔術が複数発動してしまった。
一方のレオンは、タクトと同じように大きくジャンプし、難なく魔法陣のエリアを飛び越えることができた。
「レオン卿、意外とやりますね。」
レオンは独走状態で最終エリアの『魔石探し』に到着した。
魔石探しのエリアでは氷や炎、泥などの中に隠れている魔石を3つ回収する必要がある。
レオンは氷を初級火魔法で溶かして1つ目の魔石を取り出し、初級水魔法で炎を消して2つ目の魔石を手に入れた。
レオンが大岩を砕いて3つ目の魔石を手に入れようとしたその時、レオンの背後から誰かが現れ、魔石を横取りした。
髪がボサボサで一瞬気がつかなかったが、よく見るとそいつはタクトだった。
「あっ。タクトくん、いつの間に?」
「さっき踏んだ魔法陣の中に、たまたまあたりがあったみたいだよ。それでお兄ちゃん、無敵状態になってる。」
そして勢いのついたタクトはレオンが驚いている隙に、電気玉や酸液の中から残り2つの魔石を強引にゲットし、そのまままっすぐゴールへ向かった。
「よっしゃー!」
タクトは運良く1着でゴール。
それに続いて、レオンは悔しそうにしながら2着でゴールした。
「お兄ちゃんおめでとう!」
「運が良かったですね。」
「へへっ!運も実力のうちだ!」
「ウチのクラスが1着と2着だから、大きくリードできたね。」
「次は私達の番ね。せっかくタクトくんがポイント稼いでくれたし、頑張るわよ!行こう、ライラちゃん。」
「うん!」
次は全学年全クラスの女子だけで行う『クイーンズ・ティアラ』だ。
女子は全員、頭にちゃちなティアラを被っていて、このティアラを壊されないように守る競技だ。
ティアラを壊された時点でその選手は失格となり、クラス全員が失格となった時点で、そのクラスは脱落となる。
そして最後まで生き残っていた選手のクラスが優勝となるのだ。
ちなみにこの競技だけ、参加者全員に防護魔術をかけられていて、万が一防護魔術を破るほどの攻撃を仕掛けた場合は失格となる。
まぁ、普通に戦ったらライラみたいな非戦闘員は大怪我必至だもんな。
ライラとカタリーナがアリーナへ向かって数分後、審判の合図とともにクイーンズ・ティアラが始まった。
始まって数秒もしないうちに、素早く動く影によって次々にティアラが壊されていった。
その影の攻撃のせいで、ライラも開始早々に失格になってしまった。
「おいライラぁ〜。アイツ、もっと頑張れよ。」
「仕方ないよ。結構ハードな競技だし。」
ライラのティアラを壊した影をよく見てみると、それはアリーシャだった。
アリーシャは怒涛の勢いで、ティアラを粛々と壊していく。
「あのすげー女って、確かカタリーナの派閥のヤツだよな?」
「あぁ。アリーシャ・フォージー侯爵令嬢だよ。彼女は昔から武術に優れていて、一昨年のバトルロワイアルで優勝した実力者なんだ。」
「へぇ〜!女なのにやるじゃねぇか。」
そんなアリーシャの攻撃を辛うじて避ける女生徒は何人かいた。
カタリーナも、その中の一人だ。
「カタリーナさん、意外と身体能力が高いのですね。魔法は比較的得意そうなイメージはありましたが、運動は苦手だと思っていました。」
「まぁ、アイツは身体強化魔法が使えるからな。それでギリ攻撃をかわせているんじゃね?」
なるほど、それなら納得だ。
カタリーナは身体強化魔法でアリーシャや他の奴の攻撃を躱わしつつも、お得意の圧縮魔法を使って地道にティアラを壊していく。
....って、よく見たらウチのクラス、残っているのはカタリーナだけじゃねえか!
他のクラスはまだ余裕があり、1人しか残っていないのはウチのクラスだけだった。
このままだとアリーシャの攻撃を喰らってウチのクラスが最下位になるのは目に見えている。
クソッ!折角障害物競争で稼いだポイントが無駄になるじゃねえか。
それどころか、ウチのクラスが総合ポイントで最下位になりかねない。
...待てよ?
カタリーナの圧縮魔法を使ってカタリーナ以外のティアラを壊せば、不正がバレることなく勝たせることができるんじゃね?
「圧縮っ!」
丁度いいタイミングでカタリーナが圧縮魔法を使っている。
俺はそのタイミングに合わせて、カタリーナ以外のティアラを全て圧縮した。
「っ!?」
その光景に闘技場内が一瞬、静かになった。
そしてざわざわと騒ぎ始めた観衆を気にすることなく、審判は俺達のクラスに軍配を上げた。
「何が起こったんだ?」
「急にティアラが壊れたぞ?」
「もしかして、カタリーナ嬢の圧縮魔法じゃないか?」
観衆に不審に思われつつも、うまいこと『カタリーナの圧縮魔法によるものだ』と勘違いさせることができた。
「凄いよカタリーナちゃん!」
「えっ?今の、私?」
大はしゃぎするライラとは反対に、カタリーナはキョトンと立ち尽くす。
「カタリーナ、やるじゃねえか!」
「まさか圧縮魔法で一掃できるなんて思わなかったよ。」
「火事場の馬鹿力ってやつですね。」
俺達は客席に帰ってきたカタリーナを褒め称えた。
『残り一人』という窮地に追い込まれた状態からの大逆転劇に驚かされたクラスのみんなは、カタリーナを英雄扱いした。
まぁ、実際にやったのは俺なのだが。
「アレって本当に私がやったの?まだ実感が湧かないんだけど...。」
カタリーナだけは未だに納得していない。
「あの時の魔法はどう見てもカタリーナちゃんの圧縮魔法だったよ。それにカタリーナちゃん以外に圧縮魔法が使える人なんていないじゃん。だからカタリーナちゃんで間違いないよ!」
「そうですよ。カタリーナさん、もっと自分に自信を持ってください。」
俺とライラの説得が効いたのか、カタリーナはしぶしぶと納得したようだった。
そういえば、もうすぐ次の種目が始まる時間か。
確か『属性魔法当て』だっけ。
「それじゃあ、次は僕の番か。」
この個人競技に参加していたゼルは、立ち上がってアリーナへと向かった。




