【73】第17話:シヴァの正体は?(1)
夏休み最終日の、その日。
海から帰ってきた俺は、宮藤迅に変身してシヴァがいるという場所へと向かった。
ライトニング領でもドーワ侯国との国境が近い村の外れに、田舎に似つかわしくないくらい大きい屋敷があった。
聞いた住所からして、シヴァはこの屋敷にいるのだろう。
扉のノッカーを叩いて呼び出すと、程なくしてシヴァが現れた。
「おっ!早速来てくれたんだね!いらっしゃい、歓迎するよ♪」
シヴァに連れられて中に入ると、屋敷の中は山のように無造作に積まれた本と、よく分からない資料や魔道具で溢れかえっていた。
外から見た屋敷の印象と全く違う。
屋敷は屋敷でもゴミ屋敷に近い。
「お前なぁ....もうちょっと部屋キレイにしろよ。」
「アハハハハ、汚くてごめんね〜。ちょっとその辺で座って待っててくれる?実は一人、紹介したい子がいるんだ♪」
「紹介したい奴?」
「そ。キミも知ってる子だから安心してよ!」
意味深なことを言いやがる。
俺は言われた通り、近くにあったソファに座って待つ。
「あっ、お前....!」
シヴァが連れてきたのは意外な人物だった。
「キミも知ってるだろうけど改めて紹介するね!居候のゼルくんだよ♪」
「お久しぶりです。クドージンさん。」
ゼルは俺に一礼する。
「何でコイツがいるんだよ?!つーか居候って?」
「まぁまぁ。そう慌てなさんなって。順番に話すからさ。」
ゼルとシヴァはその辺に転がっていた丸椅子を拾うと、床に散らかっている荷物をどけ、そこに椅子を置いて座った。
「それじゃ、色々話すことはあるけど....まずはボクからキミに聞きたいことがあるんだ♪いいかな?」
「何だ?とりあえず聞いてやる。」
「ありがとうねー♪それじゃあ質問!」
するとシヴァのヘラヘラした態度が一瞬で切り替わり、まるで殺人鬼が獲物を狙うかのような鋭い眼差しで俺を見つめた。
「キミは『サラ・リンカネーション』という名の女性を知っているか?」
「サラ?知らねぇな、そんな女。仮に面識があったとしても、俺は覚えてない。」
俺の回答が期待外れだったからか、シヴァはいつものゆるい顔つきに戻った。
「そっかー。知らないかぁ。」
「そのサラって女がどうかしたのか?」
「サラはボクにとって特別な存在なんだ。後々説明する話にも関係してくるし、特別に彼女との馴れ初めを聞かせてあげるよ♪」
そう言うとシヴァは勝手に自分の過去を語り始めた。
◆◆◆
あれはもう何十年も前の話だ。
デストラクション王国。
それがボクの生まれた国さ。
デストラクション王国はキョウシュー帝国の属国で、聖ソラトリク教団が事実上、国を牛耳っていた。
この国の貴族も当然、聖ソラトリク教団と通じていて、貴族の中には家ぐるみで教団員となる家系も少なくはなかった。
かくいうボクも、そんな腐った貴族の家に生まれたんだ。
ボクの生家....ブレイン侯爵家は代々、魔術知識の高さから、数多くの研究員を聖ソラトリク教団へ輩出していた。
ブレイン家の五男として生まれたボクは、一族の中でも飛び抜けた頭脳を持っていて、わずか8歳で教団の研究員だった親兄弟の知識量を超えていた。
ボクの将来はその時点で決まったようなものだった。
テキトーに貴族の学校を卒業したら、そのまま教団の研究員として骨を埋める。
それがボクの約束された人生だった。
でもボクはそんな人生が嫌じゃなかったし、むしろラッキーとすら思った。
大好きな魔術の研究をするだけで一生暮らせるんだからね。
だけど、そんなボクの人生を変えたのがサラだった。
サラはボクと同じ貴族学校に通っていた子爵令嬢だ。
キッカケは些細なことだった。
彼女が教室に忘れていたノートを届けようとした時、うっかりノートを落としてしまって中が見えてしまった。
「....っ?!これは...!」
ノートに書かれていたのは見たこともない術式だった。
この世界にある魔術書は全て読み尽くしたと自負していたが、ノートの術式は魔術書で学んだ術式より遥かに先進的で精密な術式だった。
1000年に一人の逸材と謳われたボクですら、書かれた術式を大まかにしか理解できなかった。
その時、初めて気づいたんだ。
ボクより上の人間がいるってことに。
そのノートを見た日から、ボクはサラに興味を持った。
時間があれば彼女を探して、話しかけた。
「また君か、シヴァ・レイヴン。懲りもせずにちょっかいかけてくるなんて、君も物好きだね。」
サラはいつもそう言っては『問題』と称してボクに難解な魔術を教えた。
彼女はいつもボクの名前を間違える。
何度も『ボクの名前はシルバー・ブレインだ』と言ったが、最期まで覚えてもらえなかった。
でも彼女がいつも『シヴァ・レイヴン』と言うからか、ボクはいつの間にかその名前が気に入ったんだ。
サラに話しかけて、彼女の出す問題に答えて....彼女と一緒に魔術の勉強をする時間が、ボクにとって一番大切な時間になった。
そんな時間を手放したくなかったボクは、貴族学校の卒業が差し迫った頃、サラに『一緒に聖ソラトリク教団の研究員にならないか?』って誘った。
すると彼女は一瞬驚いたけど、考えた末に快諾してくれた。
彼女の家も聖ソラトリク教会の信者だったことに加えて、ボクがウチの親にお願いしてサラの推薦状を書いてもらったのもあって、卒業後は二人ともスムーズに教団の研究員になることができた。
しかもボク達が優秀だったからか、『第七龍脈研究所』っていう一部のエリートしか入れない研究所に所属できたんだ。
第七龍脈研究所はある程度自由な研究が許されていたからか、サラは入所早々にノルマそっちのけで自分の研究に没頭していた。
ボクはそんな彼女の研究が気になったから、彼女の分のノルマも全部やってあげた上で、一緒に研究をさせてもらった。
「ねーねー、サラちゃん。コレって開放魔術だよね?龍脈の魔力を抽出して発動しているように見えるけど、指定された魔力が聞いたことのない魔力なんだけど....一体コレで何をしようとしてるの?」
「相変わらず察しがいいな、シヴァは。コレは異界穴を開くための術式だ。とはいえ、書くのは久々だからうまくいくかは分からないが。」
「異界穴?」
「....簡単に言えば、異世界に通じる穴だ。」
彼女の口から飛び出たとんでもない研究に、ボクは驚くと同時に心が踊った。
普通の人だったら彼女の荒唐無稽な研究を馬鹿にしたかもね。
『無理だ』『できるワケがない』って。
でも彼女を知っているボクは、むしろ逆のことを考えた。
『彼女ならそんな大それた魔術を編み出せるかもしれない』っていうワクワクが止まらなかった。
「クソッ!また異界穴が開かない!龍脈から抽出できる命属性の魔力が足りない!」
「だったら別の日に再チャレンジしたらどう?龍脈って、日によって属性ごとに抽出できる量が変わってくるじゃん♪」
「それは分かってる!でもそれがいつか分からないから困っているんじゃないか!」
「それなら多分、4日後の正午じゃない?」
「....どういうことだ?」
「サラちゃん、普段の業務サボってるから知らないと思うけどさ、他の研究で抽出された龍脈の魔力を見比べたら何となくサイクルが分かるよ。
基本は『火・水・風・土・光・闇』の順番で、1日ずつ魔力量が増える属性が交代してるみたい。
しかも龍脈自体、正午になると放出される魔力がピークになるっぽいよ。
ただね〜。このサイクルで1つおかしな部分があるんだ。6属性を巡るサイクルが丁度5周すると、1日だけどの属性も魔力量が増えない日が現れるの。
コレってもしかして、観測できてないだけでこの日は命属性の魔力が増えているんじゃないかな?」
「....つまり4日後の正午が、諸々の条件が重なって命属性の魔力が最も増える可能性が高い、ということか?」
「そういうこと♪」
「でかしたぞシヴァ!君に研究を手伝わせて正解だった。」
ボクはいつしかサラと同じ目線で研究に携われるくらい、彼女の知識に追いついていた。
そんな頃、ボクら二人の人生を狂わす厄介な男が現れた。
「シルバー・ブレインにサラ・リンカネーション。貴様ら、なかなかに面白そうな研究をしているじゃないか。」
そいつはザボエル・ヨーグマンって言って、ボクらの研究所の所長だった。
ザボエルはボクらの研究に目をつけ、半ば強引に自分も混ぜるように言ってきた。
面倒なことになったなぁとは思ったけど、邪魔をするわけでもないし、ボクらは彼の好きなようにさせた。
今思えば、それがいけなかったんだと思う。
ザボエルは所長になるだけあって、客観的に見て優秀だった。
魔術の知識に関して言えば、サラに出会う前のボクより遥かに優れていた。
そんな彼でも終始、ボクらの研究内容を理解するので精一杯だった。
当たり前だよね。
ボクらの研究は、サラの叡智を前提とした内容なんだから。
前提となる知識がゼロのザボエルが、一朝一夕で理解できるはずがない。
彼が僕らの研究を理解しようとしている間にも、ボク達二人は研究をどんどん進めて、ついには拳一つ分の異界穴を1分間だけ開けられるようになった。
「やったねサラちゃん!」
「フフッ。まだまだだが一歩前進だな。」
ザボエルはそんなボクらに、もどかしさを感じていたのかもしれない。
いやむしろ、そうでなければあんな事態にはならなかった。
ある日、ボクら二人はザボエルに呼び出された。
「所長、こんなところに呼び出して一体どうしたんですか〜?」
「用があるんだったらシヴァに頼め。」
「いいや、それはできない。何故なら裏切者は始末しなければならないからな。」
「っ!?どういうこと?」
ボク達が言葉の意味を理解する前に、武装した教団員に囲まれてしまった。
「これは....どういうことッスか?」
「とぼけるな!貴様らが外部に研究内容を売り渡していたという証拠がここにある。」
ザボエルがボクらに見せつけたのは、全く見覚えのない書類だった。
「所長、それ冤罪っす!ちゃんと資料を見てください!」
「....そうか。貴様、嵌めたな。」
サラがそう言うとザボエルが一瞬、ボク達に対してほくそ笑んだように見えた。
「さぁ?何の話だ?」
その顔を見て、冤罪はザボエルの仕掛けた罠だと理解できた。
このままだと二人とも始末される。
そう思ったボクは、時間稼ぎにザボエルに話しかけつつ、こっそり移動魔術を書き始めた。
「所長、なんでボクらを嵌めようとするんですか?ボクら、仲良く一緒に研究していた仲じゃないですか。」
「私が貴様らを嵌めたというのは、とんだ言いがかりだ。だが貴様らと会うのもこれで最後だ。私が貴様らをどう思っていたか教えてやろう。
...私は貴様らが憎かった。私よりも数段優れていて、私が一つ理解する度に二つも三つも先に進んでいく貴様らが妬ましかった。所長の私より優秀な貴様達が、目障りで仕方なかった!」
「なるほど。つまり君は、そんなくだらないプライドのためにこの茶番を仕掛けたワケか。」
「....貴様のその高飛車な態度も前から気に食わなかった。それにブレインの、人を馬鹿にしたような態度もな。」
「えー!そんなー!ボクは所長、嫌いじゃなかったですよ。生真面目で意外と面倒見の良いところとか。」
「黙れ!貴様、馬鹿にしているのか?この状況でもヘラヘラしよって。」
「だってそれは...ここから逃げるからね!」
それと同時に、ボクとサラは移動魔術で研究所から遠く離れた街へと逃げた。
「良かった。とりあえずあの場から逃げれたみたい。少しは時間稼ぎになるはずだから、今日はこの辺の宿に泊まって、明日になったら逃亡先を考えようか。」
「あぁ。」
ボクらはこの日、お互いが持ち合わせていた端金を合わせて宿に泊まった。
彼女と同じ部屋で一晩を過ごすだなんて、こんな状況じゃなければドキドキしたかもね。
まぁ、別の意味ではドキドキしていたけど。
「いやー、今日はとんだ災難だったね!魔術の知識がこんな形で役に立つなんて思ってもみなかったよ。」
「まさか君があそこで移動魔術を使うとは思ってもみなかったよ。....しかし君は不思議な男だ。諦めて死を選びたくなる状況だというのに、君と一緒だと死ぬのが惜しくなる。」
「そりゃ最高の褒め言葉だね♪こんなところで死んでたら勿体ないでしょ?」
「あぁ。久しぶりに『頑張って少しだけでも生きてみたい』と思った。」
「それは良かった!」
「....正直なところ、君と一緒に研究していた時間は心から楽しかった。研究に没頭できる日々は懐かしくて最高だった。」
「待ってサラちゃん。その言葉は嬉しいんだけど、この状況で言われると、なんだか今生の別れの言葉みたいで不吉じゃない?」
「この状況だから言うんだ。いつ死に別れても悔いがないように。」
「ブブーッ!ボクも死なないしサラちゃんも死にません!弱気になるの禁止!それにサラちゃんだけスッキリされても、ボクはキミに聞きたいことが山ほどあるから、悔いは残りまくりです!」
サラはどこで魔術の知識を得たのか。
なぜ異界穴を開けることに固執していたのか。
彼女は一体、何者なのか。
結局、ボクは彼女のことを何も知らなかった。
「だったら今、全部答えてあげるよ。どうせ奴らから逃げ切れるとも思えないしね。」
「そーゆーことじゃないって!」
すると、どこからか焦げたような臭いが漂ってきた。
気になって部屋を出てみると、下の階から煙が上がっていた。
「火事だっ!」
出火元が下の階だから、降りて逃げられない。
部屋の窓から飛び降りようと考えたが、窓から外を覗いてみると教団員が彷徨っていた。
「もうこんなところに追手が?!こうなったら急いで移動魔術を...」
「.....やっぱり今回はここまでだ。シヴァ、ちょっと待ってくれ。」
するとサラは、ボクに隠すように魔術を書き始める。
「何書いてるの?」
「まぁ待て。」
サラは魔術を書き終えて発動させると、ボクの足元に魔法陣が現れた。
「サラちゃん、これは?」
なにをしたのかを答える前に、サラは魔術でボクと背格好が同じ男の死体を呼び出した。
「目と髪の色、髪型、あと服装を変えれば誰も君だと気づかないだろう。」
そのセリフが気になってボクは近くにあった鏡を見てみると、彼女の言う通り、髪型と目と髪の色が変わっていた。
その姿に驚いている間にも、サラは魔術で僕と死体の服装を入れ替える。
「凄いよサラちゃん!これならボクだってバレないよ!サラちゃんも同じ感じで変装して、移動魔術で逃げよう♪」
「それは駄目だ。」
「えっ?」
「ここで奴らに『死んだ』と思わせないと、君は永遠に逃げ続けなければいけなくなる。」
「だったらそこの死体をボクに見立てたように、サラちゃんに偽装する用の死体も用意して逃げれば、奴らも『火災で焼け死んだ』って思うはずだよ。」
「だとしても、どちらかは確実に本物だと認識できる状態でなければ死体の偽装が疑われる。」
「そんなことないって!もう諦めモードは禁止!一緒に移動するよ!....って、あれ?」
ボクは移動魔術を発動させようとしたが、なぜか発動しなかった。
「君ならそうすると思って、予めしばらく魔術が使えなくなるようにしたよ。」
サラは珍しく、切なそうな顔で話を続けた。
「シヴァ、ここでお別れだ。これ以上君と一緒にいたら、君が恋しくなって離れるのが辛くなる。」
「だったらずっと一緒にいようよ!サラちゃん、つれないよ!」
サラは首を横に振ると、魔術を書き始めた。
「そういえば君は心残りがあるんだったね。確か聞きたいことがあるって言ってたな。」
「あっ!ダメダメ聞かないよ!ボク達は一緒に逃げるんだから。」
「...そうか。だったら約束だ。もし君が『根源を持つ魂』を見つけることができたら、その時は君の言うことを何でも聞くよ。」
「根源を持つ魂...?」
そんなものが存在するのか?
なぜ根源を持つ魂を探しているのか?
聞きたいことが一気に増えたが、彼女は聞く時間を与えてくれなかった。
気づけばボクの足元に魔法陣が浮かび上がる。
これは移動魔術だ。
ボクは咄嗟にサラの手を取った。
「これなら一緒に移動できるでしょ?」
「無駄だ。シヴァ、また会おう。」
彼女を掴む手も虚しく、ボク1人だけが異国の地へと移動させられた。
「クソッ!何でだよ...サラッ!」
ボクはそれから、彼女を探す旅に出た。
彼女はあの日死んだ可能性が高いが、それでも諦めきれなかった。
だって約束したから。
『根源を持つ魂』を見つけたら、何でも言うことを聞いてくれるって。
本当に死ぬつもりだったら、そんな約束はしない。
彼女は今も生きていて、きっとどこかでボクを待ってるはずだ。
だからボクは、彼女との約束を果たすために『根源を持つ魂』を探していたんだ。




