【72】第16話:海水浴(6)
アーロン男爵の別荘へ遊びに来た初日。
その日の夕方、アニスから早速朗報が届いた。
どうやらフレイはタクト君達と和解したらしい。
昼間には一緒に海で遊ぶ程に仲良くなったそうだ。
アニス曰く「それで良いのか?とは思うけど、本人がそれで気分がスッキリしているんだったらそれでいいや。」とのことだが、フレイとタクトくん達の間に何があったのだろうか?
とにかく、ここ最近陰鬱としていたあの子が久々に晴れやかな表情をしているから、和解したことには間違いない。
しかも使用人の話によると、どうやらリヴァイアサンも討伐されたらしい。
この件にフレイが関係しているかは不明だが、ともあれみんなが無事でよかった。
さすがアニスの考えた策だ。
あの子はいつも期待以上の成果を出す。
キョウシュー帝国にあるアーロン男爵の別荘へ行く話を提案してきた時は、ここまで計算されているとは思わなかった。
アニスは事前に、海にリヴァイアサンが出ていることや、そのせいで宿泊客が減ったこと、そして親父がその被害への対策ができていないことを、どこかから聞いていたようだ。
そんな親父に対して
「リヴァイアサン討伐を勇者様に依頼すればいい。
勇者様は多額の報奨金とかは嫌うから、『今夏はいつでもお泊まり自由・むしろ友人や知人を呼んで泊まりに来て欲しい』っていうのを報酬に入れたら喜ばれると思う。
勇者様が討伐完了したら『あの伝説の勇者様がリヴァイアサンを討伐した海』『伝説の勇者様が寝泊まりした宿』としてアピールすれば、前以上にお客さんが来るようになると思う。」
と力説した時には、機転の良さに感嘆した。
その上でユシャくんにも事前に
「じいちゃんから宿の件を聞いたので頼みたいことがある。『偶然海に居合わせた』というテイで、フレイとタクトくん達が同じ日に海に来るように宿泊日を調整して欲しい。もちろん当人達には内緒で。」
と相談していたので、思わずいつから計算していたんだと聞きたくなった。
フレイの問題と一緒に親父の問題も解決させるなんて、さすがアニスだ。
だが一つ、気になることがある。
この件にわざわざ親父を絡ませた理由だ。
確かにリヴァイアサンの討伐をユシャ君に依頼するのであれば、ついでにフレイの件も解決できるかもと考えるのは不自然じゃない。
だけどアニスの場合、それ以外にも目的がありそうな気がしてならない。
....もしかして、親父の爵位の件も決めてしまおうという算段なのか?
「父さん、どうしたの?ボーっとして。」
「あぁ。大丈夫だ。気にするな。」
いかんいかん。夕食中だというのに、つい考え事をしてしまった。
アネッサやフレイも心配そうにこちらを見ていた。
一方の親父は、気にせず夕食を黙々と食べる。
そしてひと通り食べ終えたところで、俺の方を向いて話しかけてきた。
「ところで息子よ。アーロン家の爵位について話がある。」
「!?」
やっぱりそうだったか!
アニスはコレを狙っていたのか。
「私ももう歳だ。いつ死んでもおかしくはない。だから私が元気なうちにアーロン男爵位を誰が継ぐか決めておきたいのだよ。」
ここで『爵位を継ぐのはフレイだ』と言ってアニスに牽制したかったが、そうするとフレイが拗ねかねない。
親父の話に口を挟まず、続きを聞いた。
「そこでだ。お前の長男・アニスにウチの爵位を継いで欲しいのだよ。今回のリヴァイアサンの件で分かったが、この子は要領が良くて商才がある。この子が継いでくれたら私は万々歳だ。」
「俺はじいちゃんの爵位を継いでも良いよ。父さんも別にいいよね?」
まずい。
アニスの計画通りに事が運んでいる。
ここで『アニスは公爵家を継ぐからダメだ』と言って親父とアニスを取り合う展開になったら、フレイは確実に拗ねてしまう。
アニスに公爵家と男爵家の両方を継がせるという手もあるが、それだと扱いが不公平すぎてフレイがキレるだろう。
どうすればフレイの機嫌を損ねず、アニスの計画を阻止できるんだ?
そんなことを考えていると、フレイが突然話に割って入った。
「兄さんがアーロン男爵を継ぐってことは、兄さんはライトニング公爵とアーロン男爵の2つの爵位を持つってことですか?」
「は?」
フレイの発言はアニスにとって想定外だったのだろう。
動揺の色が隠せていない。
「いや普通に考えて俺が男爵位を継ぐんだったら、公爵家を継ぐのはフレイに決まってんだろ。」
「いやいや、そっちの方がおかしいですよ。だって兄さんはライトニング家の長男じゃないですか。長男が家督を継ぐのが当たり前でしょ。」
まさかフレイからソレを言ってくれるとは。
てっきりアニスに公爵家を継がせると拗ねると思っていたが、俺の勘違いだったようだ。
「ちなみにアニスが2つ爵位を継ぐのは、一応可能だそ。」
「そんなことをしたらフレイが継ぐ爵位が無くなるじゃないか!フレイも、そんな横暴許さないよな?」
「僕は別に構いませんよ。今まで通り暮らせたら、それでいいです。」
アニスはフレイの賛同を得ようとしたが、逆効果だったようだ。
「今まで通りって....お前、爵位継がなかったら家を出て自力で仕事を探さないといけないんだぞ?分かってんのか?」
フレイはそこまで考えていなかったのか、指摘を受けた途端に、凍ったように動きを止めた。
「....そうですよね。僕も、もうそろそろ大人ですし、真面目に進路を考えないといけませんよね。」
「そうそう。だから爵位を継ぐ準備を今のうちにしとけよ。」
「僕が爵位を継ぐ?そういうのはガラじゃないので兄さんに任せますよ。」
「ガラじゃないって、お前なぁ!」
これは予想外の展開だ。
フレイが爵位に拘ってないのは良かったが、まさか爵位を継ぐ気すらないとは、これはこれで厄介だ。
爵位を継がない場合、騎士か聖職者か魔法使いが無難な就職先だが......フレイがどれを選ぶにしても、ちゃんとやっていけるか心配だ。
「だったらフレイ、ライトニング家直属の魔法使いになるっていうのはどうかしら?そしたら今と同じように生活できるわよ?」
にこにこと答えるのはアネッサだった。
「アニスも、しょっちゅうフレイに高度な魔法を要求しているんだから、魔法使いとして雇ってあげても良いでしょ?」
アニスはフレイ使いが荒いからなぁ。
『スマドと全く同じ機能を持った魔道具を魔法で作れ』
だの
『スマドの設計図を魔法で1から書き出してくれ』
だの、
挙げ句の果てには
『この世に理論上存在可能な魔術に関する全ての知識を、魔法で頭に植え付けてくれ』
とまで言い出す始末。
そんな一流の魔法使いでもお手上げな魔法を、アニスはいつも『フレイならできて当然』と言わんばかりに依頼する。
あれだけの高度な魔法をタダ同然で依頼しているんだから、フレイに給料をあげるのはむしろ当然だ。
「まぁ確かに、それなりの対価は払ってもいいけど、それとこれとは....」
「いいですね。僕、ウチ直属の魔法使いがいいです。兄さんに言われた通りに魔法を繰り出すだけで今まで通りの生活ができるんでしたら文句はありませんよ。」
「それなら俺も大賛成だ。器用なアニスなら男爵家の業務と公爵家の業務を両方こなせそうだし、フレイの就職先がウチだったら安心できる。」
「嘘だろ〜!こんなはずじゃ....トホホ」
想定外の結末に、アニスはガクッと項垂れた。
まさか今日で2つ目の問題も解決するとは。
ここ最近悩ませていた問題が一気になくなり、晴れ晴れとした気持ちになった。
俺はこの晩、いつも以上にぐっすりと気持ちよく就寝できた。
◆◆◆
海に出た変な魔物を倒して数時間後。
俺は別荘で夕食を終えると、寝室へ移動した。
ベッドの上で横たわりながら、昼間シヴァからもらった魔法石を取り出して眺める。
『なんでも、夜に自分以外誰もいない密室で魔力を注ぐと、何かが起こるって逸話があるんだって。』
その台詞がずっと気になっていた。
今は夜だし、部屋には俺以外に誰もいない。
....試してみるか。
俺は魔法石に魔力を注ぐ。
すると突然、半透明の四角いディスプレイが現れた。
ディスプレイには文章が書かれている。
「なんだコレ?」
俺は黙って目だけ動かして、表示された文章を読む。
『やっほー!シヴァさんだよ♪』
読むんじゃなかった。
とはいえ、せっかくだしサラッと読み流すか。
『メッセージ受け取ってくれてありがとね!実は前から君とお話したかったんだよねぇ〜♪』
俺はお話したくねぇよ。
もう別に読まなくても良いか?
『あっ!今切ろうとしたでしょ?!ちょっと待ってよ。これはキミにとっても重要な話なんだからさ。』
俺にとっても重要な話?
だったら一応読んでやるか。
『簡潔に言うね。キミはある団体から狙われている。それもただの団体じゃない。奴らはキミを手に入れるためなら君の友達や家族にも危害を加えるだろうね。』
俺を狙う団体だと?
これは信じてもいいのか?
『それにキミの前世がなぜ不死だったのか、知りたくないかい?』
確かに、ほんの少しは興味がある。
『ボクの話に少しでも興味があったら、ボクに会いに来てよ。ボクん家の場所は...』
そこがシヴァの住所か。
アイツの家ってライトニング領にあったんだな。
近くに住んでいるのに今まで会わなかったのは、ある意味奇跡だ。
俺を狙う団体に、前世の不死の謎。
話を聞くだけならタダだし、会いに行ってやるか。




