【68】第16話:海水浴(2)
アーロン男爵の別荘にある海で泳いでいると、なぜかタクト達に出くわしてしまった。
「あ、フレイじゃん!久々だなお前。」
「最近、全然連絡がなかったから心配したわよ。どうしたの?」
「いえ、別に....」
返信を全くしていなかったのもあって、気まずい。
「それより、なんで皆がここにいるんですか?」
「何でって、そりゃ決まってんだろ。リヴァイアサン討伐だよ。」
「それはお父さん達の話だよ。私達はお父さん達のおかげで遊びに来れてるだけでしょ。」
今ひとつ話が見えてこない。
「つまり、勇者様達がこの辺に現れるリヴァイアサンの討伐依頼を受けていて、その報酬としてタクトくん達はここで泳げるってことかな?」
兄さんはさっきのタクト達の会話で、そこまで解釈できたらしい。
「そうなんです!今年の夏の初め、この海にリヴァイアサンっていう魔物が現れたそうで、アーロン男爵から討伐して欲しいって依頼があったそうなんです。魔物の風評被害で、海沿いにある宿にお客さんが来なくなって困っている、と父から聞きました。」
クッソ!
じいちゃん、なんて最悪なタイミングで依頼出してんだよ!
あと諸悪の根源のリヴァイアサンは後でぶっ殺す。
「なので部屋は沢山空いているから、夏休みの間は自由に泊まりに来ていいって言ってもらえました。」
「タクトくんとライラさんがここにいる理由は分かりましたが、何故カタリーナさん達までここに居るんですか?」
「アーロン男爵が『宿ならいくらでも空いているから、是非ご友人等も誘って来てください』って勇者様達に言ったらしいの。それで私達も誘ってもらえたってワケ。」
じいちゃんめ、余計なことを言いやがって。
「でも、そんなに危険な魔物がいるんでしたら、ここで泳ぐのは危ないんじゃないですか?」
「大丈夫だろ。そのために親父に討伐依頼を出してるワケだし。それにリヴァイアサンが出てきたら俺がぶっ倒してやるよ!」
「第一、リヴァイアサンが出たのって沖合の方よね?だったら泳ぐ分には大丈夫でしょ。むしろその程度で宿をキャンセルした人達の方が、過剰に警戒しすぎなのよ。」
コイツらには宿をキャンセルした奴くらいの警戒心があっても良いと思う。
せっかく気晴らしに海で泳いでいたのに、コイツらと出くわしたせいで気分が台無しだ。
「そうですか。それでは。」
テンションが下がって泳ぐ気にならなくなった俺は、浜辺へと向かった。
「それではって...おいフレイ。どこに行くんだよ。タクトくん達と話さなくていいのか?」
「ちょっと気分が悪くなってきましたので、休憩します。」
「それじゃあ、私も疲れたのでフレイくんと一緒に休憩します。」
はぁ?
なんでライラまでついてくるんだ。
「そっか。じゃあ二人とも、向こうに寝転んで休める休憩所があるから、そっちに行きな。」
兄さんは休憩所を指さして、俺達に場所を教えた。
「はい。じゃあ行こっか、フレイくん。」
ライラは俺の手を引っ張って、休憩所まで足を運んだ。
折角ライラ達と離れられると思ったのに、この流れだとライラと離れられないじゃないか。
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、俺はライラと一緒に休憩所にあるサマーベッドに座って休憩した。
久々に会ったからか、気まずい沈黙が続く。
「ねぇ、フレイくん。」
その沈黙に耐えられなくなったのか、ライラは口を開き俺に話しかけた。
「はい。何ですか?」
「フレイくん、もしかして私達のこと、避けてる?」
当たり前だ。
と言いたいところだが、フレイにはライラ達を避ける理由がない。
「別に、そんなつもりはありませんよ。」
「本当に?てっきり私、なにかフレイくんが嫌がることをしちゃったのかと思ってた。」
その通りだ。
と言いたいところだが、嫌なことをされたのはフレイではない。
「ドーワ侯国旅行以来、フレイくんとちゃんと話せなくて心配したの。メールも返信がないし…」
「それはすみませんでした。」
「いいのいいの。でもどうしたの?何かあったの?」
「……なんでもありません。」
まずい。
会うなんて思ってもいなかったから、避けていた理由を考えていなかった。
本当の理由を話したら正体がバレるのは勿論、理由を言わなかったら言わなかったで、変に勘ぐる可能性もある。
黙って何と言い訳をするかを考えていると、そんな俺を見かねたライラが話し始めた。
「じゃあ、私が思い当たることを言ってもいい?これは私の考えだから、フレイくんは正解とか不正解とか言わなくていいよ。」
「はい。何ですか?思い当たることって。」
「キメイラ帝国にいる時、私やカタリーナちゃんがダークノームに襲われたでしょ?フレイくん、あれがショックだったんじゃないかって思っているの。」
「ショック、ですか?」
「そう。私は死んでいたから気づかなかったけど、大事な友達が目の前で死んだら、凄く辛くて悲しいよね。」
そうか?
死んでも生き返らせればいいだけじゃないか。
「『またいつか目の前からいなくなるくらいなら、最初から一人の方が悲しい思いをしなくて済む』って思ったから、フレイくんは私達を避けてたんじゃないかなって思ったの。全部私の希望的観測だけど。」
何だかよく分からないが、勝手に都合よく解釈してくれたようだ。
俺はライラの話を否定せず、かといって肯定することもなく、海の方を向いてただ眺めた。
再び沈黙が訪れる。
その沈黙を再び破ったのは、またしてもライラだった。
「フレイくん、ちょっと相談に乗って欲しいんだけれども良いかな?」
「はい、何ですか?」
「どうすればクドージンさんに謝れるのかな。」
前世の俺の名が出てきた瞬間、一気に不快感が増した。
「無理なんじゃないですか?」
俺は苛立ちを抑えながら、突き放すように言った。
「無理、なのかな...。」
ライラは目をうるうるとさせて俯く。
「別にいいじゃないですか。クドージンさんに会えなくても、他にも友達や仲間がいるんですから。」
「良くないよ!だってクドージンさんは世界に一人しかいないじゃん。お兄ちゃんやフレイくんの代わりが居ないように、クドージンさんの代わりだって居ないもん。」
「ライラさんは、どうしてクドージンさんにこだわるんですか?彼が可哀相で同情しているからですか?」
「…確かに、同情してるよ。」
ああ、そうかよ。
コイツは今でも俺を見下しているのか。
溺れて死にかけるような雑魚のクセに、俺を下に見ているのか。
「でもクドージンさんにこだわるのは、それが理由じゃない。彼と友達になりたいから、また会いたいの!」
「彼が可哀相な人間だから、友達になってあげたいってことですか?」
「違うって!クドージンさんに同情しているから友達になりたいんじゃないの!友達になりたくて、彼のことを知りたくて......それで、知ってしまったから同情しているの。」
うざったい偽善者ごっこだ。
内心『宮藤迅を憐れむ私、優しい!』とでも思ってんだろ。
「だったら、なぜ宮藤迅さんと友達になりたいのですか?」
「だって、カッコいいんだもん!」
.....は?
「えっと、それは….宮藤迅さんの見た目が好きってことですか?」
「えっ?!た、確かにカッコいいけど、そういう意味じゃないよ!」
ライラは顔を赤くして顔を横に振った。
「ピンチの時にどこからともなく現れて、凄い魔法を平然と使いこなして、悪態をつくけどなんだかんだで私達を助けてくれて。それなのに『大したことはしていない』って感じで平然としていて。たった数回しか会ったことがないのに、気づけばいつもクドージンさんのことを考えているの。」
さっきまで気落ちしていたライラが、俺に対する思いを語るうちに表情が明るくなっていった。
不思議と、そんなライラが不快に感じなかった。
「私、彼のことがもっと知りたい。どこに住んでるのかとか、今はどんな暮らしをしているのかとか。でも...」
嬉しそうになったと思ったら、また俯いて声も弱弱しくなった。
「....クドージンさんと友達になりたくて彼の事を知ろうとしたのに、そのせいで嫌われちゃった。だけどクドージンさんのことを知らなかったら知らなかったで、彼を傷つけていたと思う。というか実際、クドージンさんの過去を知らなかった時に、彼に無神経な事を言っちゃったし...。」
ライラの声が僅かに震えているのが分かる。
「ねぇ、フレイくん。私、どうすれば彼と友達になれたのかな。」
するとライラは今にも泣き出しそうな笑顔で、俺に尋ねた。
その表情を見ていると、胸が締め付けられるような不快感に苛まれた。
『グシャグシャにした紙は、どれだけまっすぐに伸ばそうが、ゴミにしかなり得ない。』
その時、ふとミラの言っていたセリフを思い出した。
そうか。
アイツの言っていたことって、こういう事だったんだな。
「ライラさんと宮藤迅さんは、最初から相容れない運命だったんですよ。ほら、ミラさんが言っていたグシャグシャの紙の話は覚えていますか?グシャグシャの紙は、綺麗な紙と混ぜると折り目が目立って不調和を起こすって言ってたじゃないですか。その折り目って言うのが、宮藤迅さんの過去のことだったんじゃないでしょうか。」
「それは!.....確かに、そうかも。」
「だから、綺麗な紙のライラさんとグシャグシャの紙の宮藤迅さんは、どう頑張っても一緒にはなれないんですよ。」
「そんなことない!」
ライラは声を荒げて、強く否定した。
その声は大きく、周囲にいた人間は一瞬、俺たちの方を見た。
「どうした、ライラちゃん?」
ライラの声があまりに大きかったからか、俺達を心配した兄さんがやってきた。
「アニスさん!」
「二人とも、体調はよくなったか?飲み物持ってきたけど、いる?」
兄さんの両手にはレモネードの入ったコップがあり、それを俺達に渡した。
「ありがとうございます、アニスさん。休んでいたお陰で体調もよくなりました。」
「それは良かった。フレイも元気か?」
「はい。一応。」
そもそも体調が悪いから休憩していたわけじゃないしな。
「そうかそうか。ところで、さっきの大声はどうしたんだ?」
「実は、ずっと友達になりたいって思っていた人に嫌われてしまったんです。そのことで、フレイくんに相談していました。」
「僕が『その人とライラさんは価値観が違いすぎるから分かりあえない』って話したら、ライラさんに怒鳴られちゃいました。」
「ふ〜ん。よく分かんないけど、分かり合えるかどうかは二人次第じゃね?」
「私達次第...?」
「そうそう。価値観が全く同じ人間なんざいないけど、それでも人間は寄り添って生きていけてるじゃん。だから『価値観が違うから友達になれない』ってことはないんじゃないか?」
「それは詭弁ですよ。寄り添えるのは価値観が近い人同士だけです。価値観が違いすぎたら無理に決まっています。」
「そうか?フレイ、レックス殿下の両親を思い出してみろ。」
レックス殿下の両親?
父親が現ディシュメイン国王であるのは言わずもがなだ。
母親のアイリーン様は確か、農民出身で王宮へ出稼ぎに来ていた時に見初められたと聞いた。
「生粋の王族と、田舎から上京した平民。全く正反対の二人だろ?でも仲が悪いどころか、失礼だけどスイ王妃が可哀相に思えるくらい仲が良いじゃないか。」
「確かに。陛下とアイリーン様が喧嘩をするところが想像できないですね。」
「だろ?だから価値観が真逆だからといって、分かり合えないとは言い切れねぇよ。」
兄さんの言葉に元気づけられたライラは、表情を明るくさせた。
「でしたら、私もクドージンさんと分かり合える可能性はありますか?」
「クドージンさん?」
「あっ」
ライラは俺の名前を伏せていたつもりだったのか、『うっかり喋ってしまった』と言わんばかりに手で口を塞いだ。
「あー。なるほどな。そういうことか。」
「もしかしたらアニスさんも、クドージンさんの話をしたらいい顔をしないと思って伏せてました。」
ライラは恐る恐る、兄さんの顔色を伺う。
「別にそんなことはないよ。クドージンって、前にウチで暴れてた奴だろ。確か厄災の魔王だとかなんとかって言ってた。」
「はい、その彼です。」
「あの彼か。確かに、ライラちゃんとは真逆の人間っぽいわー。」
俺とライラが真逆の人間?
言われてみれば、その通りだな。
『いい子ちゃん』を具現化させたようなライラと、クズそのものの俺。
正反対な二人だ。
「アニスさんは、クドージンさんが嫌ではないのですか?」
「『嫌』って思うほど、その人のこと知らないしなぁ。クドージンって人が前世でやらかしたっていうのは聞いてるけど、詳細な経緯は知らないし。それに、無いとは思うけどクドージンが冤罪の可能性だってあるかもしれないだろ?真実は当事者しか知りえないんだからだ、真実を把握できない外野がアレコレ憶測で文句言うのは見当違いだろ。」
冤罪ではないが、外野が文句言うのが見当違いなのは間違いない。
「それなら良かったです。アニスさんみたいに思ってくれる人が、もっといたらいいのにって思います。」
「そんな風に思うなんて、ライラちゃんはよっぽどクドージンが大切なんだな。」
「はい!ずっと、ずっと会いたいって思っていました。というより、今も会って話したいです。」
「だったら後はクドージン次第だな。でもライラちゃんがアイツに寄り添う気があるんだったら、可能性はゼロにはならないよ。」
「宮藤迅さん次第、ですか?」
「だってそうだろ?いくらライラちゃんがクドージンと仲良くしたいって思っていても、あの人が『仲良くしたくない』って思っていたら和解できねぇじゃん。ライラちゃんの嫌な部分を受け入れるのも、拒絶して孤立するのも、全部クドージン次第だ。」
ライラ達を許すのも、離れるのも、俺次第....。
「ライラちゃんとクドージンの間で何があったかは知らないけど、ライラちゃんは嫌われた原因に心当たりはあるの?」
「はい。詳しくは話せませんが。」
「そっかー。じゃあ、その原因って改善できそうなの?」
「それは多分、できないと思います。」
「できないか。となると、やっぱり仲直りできるかはクドージンの気持ち次第か。」
俺次第。
その言葉は、重石のように俺の鬱積した気持ちにのしかかる。
「もし.....もしも、ですよ?仮に宮藤迅さんが『許したくないけど離れたくもない』って思っていた場合、どうすれば良いと思いますか?」
「難しい質問だな。そもそも許せないって思っている原因がどういうものかにもよるし。ただ....」
「ただ?」
「仮にクドージンがライラちゃん達と会えないことを辛く感じているんだったら、会っちゃえばいいのにって思うかな。」
はぁ?
何も事情を知らないクセに、軽々しく『会え』とか言いやがって。
「でも、会うと嫌な気持ちになるから避けてるんですよ?」
「だとしても、だ。人間、大切な人と会える時間より会えない時間の方が圧倒的に多いんだから、急いで絶交する必要はないだろ。『会いたい』って気持ちがあるんだったら会ってみて、それでもやっぱり嫌だったたら離ればいい。だから会いたい気持ちがあるうちは、会ってみてもいいんじゃねえか?」
簡単に言うが、それができたら苦労しない。
「それに嫌なら嫌で、その気持ちをガツンと相手にぶつけりゃいいだろ。その方が会わずにウジウジするより清清するさ。」
その時、頭の中にかかっていた霧がスッと晴れるような気持ちになった。
確かにそれはアリだ。
ライラ達がちょっとでも俺に舐めた態度を取ったら、『可哀想』だとか二度と言えねぇくらいぶん殴ればいいんだ。
「...それもそうですね。」
「だろ?」
兄さんはなぜか、満面の笑みを浮かべた。
「『許したくないけど離れたくもない』か。実際のところ、クドージンさんって私達のことをどう思ってくれているんだろ?」
「さぁ。でもクドージンはクドージンなりに、ライラちゃんのことを思っているんじゃないか?」
「そうだと良いのですが。」
「まぁ、この話はこれ以上続けても埒があかないでしょ。それよりせっかく海に来たんだし、元気になったんだったら泳ぎまくろうぜ!そしたら心も元気になるさ。」
兄さんは親指を立てて、呆れるほど楽観的なことを言った。
「そうですね。」
ライラはその呑気な提案に、苦笑いした。
そして俺達3人は海へと向かった。




