【67】第16話:海水浴(1)
ライトニング公爵家に婿入りして約20年。
俺は今、次男・フレイのことで、かつてないほどに頭を抱えていた。
問題は二つ。
一つ目は、爵位の譲渡だ。
俺としては実家のアーロン男爵家をフレイに継いで欲しい。
だが、あの子にそれを言うとまた「次男だから蔑ろにされている」と勘違いしそうだ。
ライトニング家でパーティを開いた時も、本気で家出しそうなくらい怒っていたからなぁ。
あの時は長男のお陰で何とかなったが、次に同じようなことが起こった場合、フレイの怒りを鎮められるか分からない。
だったらアニスにアーロン男爵家を継いでもらって、フレイにライトニング家を継いでもらうか?
フレイが、ライトニング公爵家当主か。
フレイが、ライトニング公爵家、当主……。
……う~ん。色々と心配だ。
フレイは勉強できなくはない。
むしろ学業の成績はトップクラスで、魔法に関してはアニスどころか義妹様よりも上だ。
だからちゃんと教育すれば、公爵家の仕事もこなせるようにはなるだろう。
だが、それ以上にアニスが優秀すぎる。
当主としての能力は、学業で必要な能力とは別の能力が必要になる。
アニスは器量が良く、人付き合いが良い。人を見る目もある。
実際、仕事の一部をアニスに任せているが、アイツはいつもありえないくらい早く終わらせる。
しかも仕事は正確な上、足りない部分に気付いて配慮もできる。
対して、フレイは魔法こそ器用だが、人付き合いは恐ろしいくらい不器用だ。
試しにアニス同様、仕事の一部をさせてみたことがあるが、良くも悪くも普通だった。
言われたことは期日内に仕上げるが、アニスのようには機転が利かず、期待以上の成果を出すこともない。
それらを踏まえた上で考えると、責任の重い公爵家を継ぐのはアニス以外考えられない。
そして出来ることなら、アニスには公爵家の仕事と並行してフレイをサポートして欲しい。
何ならフレイは男爵家として、ひっそりと目立たず、かといって貧しい思いもすることなく、人様に迷惑をかけることなく穏やかな人生を送って欲しい。
……って、こんな願望を子に押し付けるのは良くないな。
とにかく、フレイを説得して穏便に男爵位を譲渡する方法を早急に考えないと。
できれば高齢のアーロン男爵が生きている間に決めておきたい。
とは思っているが、当のフレイが現在、そんな話を聞ける状態じゃない。
これが二つ目の問題。
フレイがドーワ侯国から帰ってきてから、元気がない。
一応会話はできるが、どこか上の空だ。
旅行中に何かあったのか?と聞いても『別に何でもない』の一点張り。
ユシャくん経由でタクトくんとライラちゃんに事情を聴いたところ『旅行中に魔力を使いすぎて疲れた』らしい。
あのフレイが『魔力の使い過ぎ』?
それはあり得ない。
百歩譲って魔力を使い過ぎたのだとしても、普通は2日も経たないうちに完全回復する。
フレイが帰ってきてから二週間は経つが、未だに元気がないのはおかしい。
それに何より、頑なに学校の友達と会いたがらないのは異常だ。
この前、家にタクトくんやライラちゃんを呼ぼうとしたら『絶対にやめろ』と怒られてしまった。
十中八九、タクトくん達と何かあったのだろう。
だが肝心のタクトくん達は、なぜフレイが会いたがらないか、心当たりが無さそうだ。
ということは、タクトくん達が見ていないところで、彼らと会いたくなくなるような何かがあったのか?
それとも、タクトくん達が無意識にフレイを傷つけるようなことをしたのだろうか?
......うーん、分からない。
でも、この問題も早急に解決しなければいけない。
この状態で夏休みが明けたら、フレイは学校に行かないと言い出しそうだ。
今は家にいても問題ないが、新学期が始まって不登校が続いたら、中退せざるを得ない。
「はぁ......。どうしたものか......。」
フレイの爵位譲渡に、仲直り。
公爵家の仕事よりも難しいぞ、コレ。
大きなため息が出るのと同時に、執務室の扉をノックする音が響いた。
扉を開けて中に入ってきたのは、アニスだった。
「父さん、どうしたの?ため息、外まで聞こえてたよ?」
「あぁ。アニス、実はな....」
おっと危ない。
うっかりフレイの爵位譲渡の件を話すところだった。
アニスは隙あらば、フレイに公爵家当主を押し付けて自分がアーロン男爵家を継ごうと考えている。
そこそこ裕福で且つ仕事量がそこまで多くない男爵家で、のんびり自由気ままな人生を送りたいとでも思っているのだろう。
ここでもしフレイの爵位の件を話したら『だったらフレイがウチを継いで、俺がじいちゃんの爵位を継ぐよ』と嬉々として言い出すに違いない。
「...フレイの様子が最近、おかしいんだ。」
俺は爵位の件には触れずに、もう一つの悩みをアニスに打ち明けた。
「あー。アイツ、分かりやすいよなぁ。あのままじゃ、そのうち引き篭もってニートになりたいとか言い出しそうだ。」
「『ニート』?」
「あぁ〜、えっと....要するに『働きもせずに一日中家でゴロゴロする人』ってことだよ。」
「まーたマンガの専門用語か。マンガ好きなのは良いが、じいちゃんの前で言わないように気をつけろよ。」
「分かってるって。」
アーロン男爵はダイフク商会を目の敵にしているからなぁ。
孫がダイフク商会の商品が好きと知ったら、発狂しかねない。
「それより、フレイを元気にさせる方法を考えないとな。」
「アイツの様子が変な理由は検討ついている。大方、タクトくん達と何かあったんだろう。でもタクトくん達と話し合うように促しても、フレイは嫌がって話したがらないから、どうにもならん。」
そう話している間にも、深くて長い溜息が、自然と口から出てきた。
「だったら、無理矢理にでも会わせてみたらどう?」
「無理矢理って......そんなことをしたら余計にこじれないか?」
「かもね。でもフレイの場合、何もしないよりそっちの方が効果あるんじゃない?一種の荒療治だ。」
確かに、このまま見守るよりは可能性がありそうだ。
「それに無理矢理っていっても、単にウチにタクトくん達を呼ぶわけじゃない。アイツが元気になれるようなお膳立てをしないとな。」
そう言うとアニスは、俺にある提案をした。
「なるほどな。悪くない。」
俺は後日、アニスが考えてくれた計画を実行することにした。
◆◆◆
ドーワ侯国旅行から帰ってきて数日。
あれから俺は、みんなからの連絡を全て無視した。
アイツらと、どう接したらいいか分からないからだ。
『二度と会わない』と言ったのは宮藤迅であってフレイじゃない。
だけどアイツらが俺の過去を知っているってだけで、心が掻き乱される。
俺のことを『可哀想』だと口でいいながら、心の中で『惨めな奴だ』と嘲笑って見下しているのかと考えただけで胸糞悪い。
だけど...。
『私達はみんな、友達なんだって。』
『そうだよ、みんな友達!』
口に出すのも小恥ずかしいその単語が、心の中でずっと引っかかっている。
みんなと仲直りしたあの日、その単語を口にしてから、それが俺にとって大切なものだと気づいた。
あの居心地の良い空間を手放したくない。
手放したくない、はずなのに。
アイツらが見下しているのは宮藤迅であってフレイじゃない。
それは頭では分かっている。
だけど宮藤迅を嘲笑っている相手に今まで通り接するなんてできない。
離れたいけど、手放したくない。
会いたくないけど、失いたくたい。
どうすれば。
....どうすれば良いんだ、俺は。
そんなことで悩んでいるうちに、夏休みも終盤になった。
始業式を5日後に控えたある日、俺は久しぶりにライトニング邸の外へと出た。
理由は、キョウシュー帝国にあるアーロン男爵の別荘へ遊びに行くためだ。
ここ最近家に引きこもっている俺を心配したのか、父さんが『気分転換にキョウシュー帝国へ遊びに行こう!』と言い出した。
アーロン男爵はキョウシュー帝国の海岸周辺の土地を持っており、リゾート地として運営している。
今回行く別荘は、そのリゾート地の宿と併設した別荘だ。
夏休みに海で泳ぐなんて、前世を含めても初めてだ。
それだけでテンションが上がる。
俺はここ数日の鬱積した気分を晴らすように、海ではしゃいでいた。
「おーい、フレイ!こっち来てみろよ!魚が泳いでるぞ!」
兄さんのいる方へ来て見ると、足元付近で小魚が泳いでいるのが見えた。
しょっぱい海水に、ゆらゆらと押し寄せる波。
どれも学校のプールでは味わえない。
気分が乗ってきた俺は、海の奥へと進んでいった。
「海は深いから、あんまり奥まで泳ぐなよー!」
「わかってますって!」
海の奥へ、底の方へ。
泳いでいる魚を見つけながら、息の続く限り潜った。
スマドのゲームも良いが、たまには外で身体を動かすのも悪くない。
底の方を泳いでいる魚をひたすら追いかけていると、前方に、潜っている人が見えた。
「っ?!」
そいつの顔を見た瞬間、俺は口の中の空気をゴボゴボと勢いよく吐き出した。
なんでライラがここに居るんだよ!
しかもライラの奴、様子がおかしい。
.....もしかして、溺れているんじゃないか?
全く、溺れるなんて間抜けな奴だな。
俺はライラを抱えて浅瀬へ移動し、海から頭を出した。
「もしもーし、起きてますか?」
話しかけるも、ライラは俺の声に反応しない。
念のため蘇生と回復の魔法を施した。
「....っんぁ...」
するとライラは、ゆっくりと目を開けた。
「.....クドージン、さん...?」
「なっ!?」
なんでバレた?!
もしかして蘇生魔法を使ったからか?
変な冷や汗が全身から流れ出るのを感じる。
「....あれ?フレイくん?」
「は、はい?」
ライラはパチパチと瞬きして俺の顔を見る。
そして視線を左右にゆっくりと動かすと、少し残念そうに小さく息を吐いた。
「なんだ、勘違いか。」
「勘違い?」
「...さっき、クドージンさんに助けてもらった時みたいな、優しい力を感じたの。」
優しい力って、魔法のことか?
「き、気のせいじゃないですか?」
「そっか。そうだよね。」
良かった、どうやら誤魔化せたようだ。
人騒がせな奴だ。
「おーい、フレイ!」
「あっ、兄さん。」
後ろから兄さんがこちらにやってきた。
「あっ、ライラちゃんじゃん!どうしたの、こんなところで。」
「アニスさん!お久しぶりです。今日はみんなで海に遊びに来たんです。」
みんな?まさか....。
「おーい!ライラー!」
「ライラちゃーん!」
嫌な予感が的中しやがった。
反対側から、タクトとカタリーナがこっちにやって来た。




