【66】第15話:ダイフク商会会長・余談
「...はい。それで宜しくお願いします。」
仕事の話を終えると、僕は電話を切った。
先日頂いたアイデアを元に、新規顧客の集客と新商品の開発を依頼した。
これらが実れば、我がダイフク商会の収益はまた大きく増えるだろう。
やはり外に出て人と話すのは良い。自分にはないアイデアがもらえる。
すると突然、僕の部屋の扉をノックする音が響いた。
「僕だ。」
この声は、ソラさんか。
「どうぞ。」
ソラさんは扉を開けて、部屋の中に入ってきた。
そして近くのソファに腰をかけると、手に持っていた本を開いて読み始めた。
「ライト・フリーレンだかヴィラーナ・カエセッタだかとの会話は楽しかったかい?」
「フレイ・ライトニングくんとカタリーナ・エセヴィランさんのことかな?」
この人はいつもそうだ。
人の名前を間違って覚える。
名前の間違え方がいつも同じだから、意図的に間違えて覚えているのだろう。
きっとソラさんは名前を覚えないことで、相手に情が湧かないようにしているのかもしれない。
ソラさんにとって普通の人は、すぐに消えて無くなる存在だから。
僕のような同じ穴の貉でない限り、名前を憶えても辛いだけなのだろう。
その考えに行きついた時から、名前の言い間違えを正そうとする気にならなくなった。
「フレイくんとカタリーナさんとの話は、楽しかったよ。フレイくんにはアーロン卿を紹介してもらう約束をしてもらえた。これでアーロン卿との共同ビジネスの話がうまくいけば、ダイフク商会は益々大きくなるはずだ。」
するとソラさんは僕の言葉に呆れたのか、大きくため息をついた。
「....全く、君は変わった奴だ。なぜそこまでお金を稼ぐことに執着できるのだ?どれだけお金を稼ごうが、死んだら手元に残らないのだぞ?」
「確かに、僕が手に入れた資産は、死んだら手元に残らない。けどね、僕が与えたものは、この世界に残り続けるのだよ。」
「与えたもの?」
「僕はビジネスを通じて、沢山の人に『豊かさ』を与えた。雇用することで従業員達に『仕事』を与えた。そして何より、ダイフク商会はこの世界の人々に『生活の基盤』を与えた。だからこそ、僕がたとえ今死のうとも、ダイフク商会はこの世界に残り続ける。
そして僕の死後も、僕の志を受け継いだ皆が、ダイフク商会をより成長させて、異界穴研究を続けてくれるだろう。」
「大した自信だね。」
「自信、というよりかは確信に近いかな。君だって、その叡智をこの世界の人々に与えたからこそ、聖ソラトリク教団という形で叡智が残り続けているじゃないか。」
「叡智を与えた結果が、あの聖ソラトリク教団か。解せないね。....ところで、要件って何?」
「あぁ、そうだった。ソラさんに聞きたいことがあるんだった。ソラさんは未来を予知できる魔法...もしくは魔術に心当たりはない?」
「心当たりはある。が、それがどうした?」
「実はカタリーナさんから予言めいた話を聞いてね。」
「予言、か。」
「彼女曰く『聖ソラトリク教団が実は異世界人の集団で、ショーン殿下を次期国王にするためにレックス殿下を殺そうとしている』らしいんだ。」
「聖ソラトリク教団が異世界人の集団?それはあり得ない。世界間移動をするには異界穴を開けるだけでは不可能だ。世界と世界の間には『世界網』と呼ばれる、目で視認できないくらいの細かい網が張られている。その網に気づかず異界穴をくぐったら、たちまちミンチ肉になるだろう。世界網を取り除く技術が教団にあれば別だが、世界網どころか異界穴を開ける術式すら自力で編み出せなかった彼らに、そんな事が出来るはずがない。」
流石は元・聖ソラトリク教団の研究員だ。
教団の内部事情は参考になる。
「まぁ、レクサス殿下暗殺は普通にあり得るんじゃない?ジョージ殿下の母君は確か、教団の拠点であるキョウシュー帝国の皇族だろ?殿下を即位させてディシュメイン王国での影響力を強めたいと考えているなら、あの教団ならやりかねない。」
王族の名前は普通に歴史に残るし、あえて間違って覚える必要はないのでは?
「ちなみに彼女の話だと『聖ソラトリク教団は各国が管理している3つの龍脈の魔力を使って、教団の異世界人が住んでいた母世界を蘇らせようとしている』そうだけど、心当たりはある?」
「さっきも言った通り、教団に異世界人がいるということ自体がありえない。が、奴らが龍脈の研究に力を入れていたのは確かだ。世界各国の龍脈付近に、龍脈研究所を作っていたからね。それに龍脈の力を最大限に使えば、異世界を蘇らせることも可能だろう。が、教団の連中がそんな技術を持っているはずがない。」
だとするとやはり、『ノスとラダムスの夜』とやらの信憑性は低い。
そもそも、ノストラダムスの大予言以上に信憑性はないのだが。
「そもそもカエセッタは、どこからその予言を得たのだ?」
「それは...信じてもらえないかもしれないが、彼女が言うに『この世界によく似た世界観の小説を前世で見た』のだそうだ。正確には、クドージンさんから又聞きした話らしいけど。」
「ほう?」
正直なところ、カタリーナさんの話は半信半疑で聴いていた。
この世界が小説の世界だと信じられないが、なまじ聖ソラトリク教団がきな臭い団体だと知っているからか、完全に無視することもできなかった。
「再度聞くけどダイフク達の世界には、魔法や魔術は本当に存在しなかったんだよね?」
「あぁ。僕らの世界には魔法は存在しなかった。それなのに日本に、異世界の出来事を予言して書くことができる人間がいたとは思えない。」
「だったらこの情報は出鱈目な可能性が高い....が、敢えて事実だと仮定しよう。もしそのような芸当ができる人間がいた場合、ダイフク達の世界にも一応は魔法もしくは魔術があったんじゃないか?一般には知られていなかっただけで。」
「確かに、たまに自称霊感の高い人とか、自称超能力者はいたね。」
「それに魂に根源のある者がいる時点で、ダイフク達の世界にも魔力があったということに他ならない。にも関わらず、魔法が存在しないのが当たり前だったのは、そもそも君達の世界の人間は魔力を非常に通しにくい身体だったから、という可能性が考えられる。」
「なるほど。だったら、魂に根源があって且つ比較的魔力を通しやすい肉体を持つ人だったら、魔法が使える可能性がありそうだね。」
「あぁ。ただし、そのような人物であっても未来を完全に予見するのは不可能だ。根源から命属性の魔力を生み出していない限りは。」
命属性の魔力を生み出す根源、と聞いてクドージンさんの存在を思い出した。
小説の作者が彼であれば、小説通りのことが起こっても不思議ではない、ということになる。
だけどカタリーナさん曰く、彼と同じ学校にいた少女が作者らしいし、関係ないか。
「じゃあ、仮に小説を書いた人物が本当に魔法を使っていた場合、その人は命属性の魔力を生む根源を持っていたってことになるのかな?」
「どうだろう?未来を見るには命属性の魔力が必要だが、今ある情報を元に起こりうる可能性の高い未来を予測するくらいの魔法だったら、命属性の魔力がなくとも実現可能だからね。いくら君達のいた世界が特殊とはいえ、クローニンのような根源を持っている者がそんなにいたとは思えない。」
的を射た名前の間違え方だなぁ!
と言うより、クドージンさんは同類だから普通に名前を覚えてもいいと思うんだけど。
「そういえばカタリーナさんは『イレギュラーな出来事が多い』と言っていたから、小説の内容は未来予知の魔法というよりかは未来推測の魔法に近いのかもしれないね。」
「ま、この情報がデマでなければの話だが。」
それを言ったら、この話は机上の空論でしかない。
アップスターオレンジとやらが、未来を予測した魔法なのか。
それとも、たまたま真実が混じってしまった嘘なのか。
まさにシュレディンガーのアップスターオレンジだ。
「そもそも、この世界に似た小説とやらは、何というタイトルなんだい?この手の創作物の中には、タイトルに伏線が入っているものもあるだろう?」
「その小説は『アップスターオレンジ』らしいけど、このタイトルが伏線?」
アップスターオレンジ....。
Up Star Orange。
U S O。
「....あ。」
そういうことか。
....カタリーナさん。アナタ、騙されてますよ。
僕はそっと、U S Oの話は無かったことにした。




