【65】第15話:ダイフク商会会長(4)
「重要な話、というのは?」
「...カタリーナ嬢。私達はなぜ、前世の記憶を覚えているのだと思いますか?」
「えっと、それは...わかりません。なぜそんなことを聞くのですか?」
「この質問の答えが重要だからです。」
「?」
どうして前世の記憶があるか?
当たり前すぎて、今まで考えたこともなかった。
「どういうことですか?話が全く見えません。」
「では、先程の答えを教えますね。答えは『異なる世界の魂は、生前の記憶が消去されないまま生まれ変わるから』です。」
「それって!......つまり、どういうことですか?」
「全ての魂は、死んで生まれ変わるタイミングで、生前の記憶が全て消されます。これは世界の理みたいなもので、この世界でも地球でも同じようです。ですが、地球の魂は地球でしか、この世界の魂はこの世界でしか記憶は消されないのです。ですので、私たちは地球へ戻らない限り、永遠に記憶が消えないのです。」
「へぇ、そうなんですね!」
だから日本にいた時の記憶も、厄災の魔王だった時の記憶も残っていたのか。
「....えっと、この話の重大さが分かっていますか?」
「正直なところ、全然です。前世の記憶があるって、知識チートが使えて便利じゃないですか。」
知識チートとやらが何を意味するかは知らないが、少なくとも前世の記憶があることで不利になる状況が想像できない。
「今はそう感じるかもしれません。ですが記憶が消えないのは前世だけではないのですよ?今世も、来世も、その次も....日本に戻らない限り、永遠に記憶が累積され続けます。」
「はい。そうですね。」
確かに、記憶が消されないんだったらそうなるよな。
「....それがどういう事か、一度想像してみましょうか。例えば今世で好きな人と結ばれて、子宝に恵まれたとします。ですがもし死んで転生したら、彼らとはもう会えなくなります。仮に運良く転生後に彼らと再会できたとしても、確実に彼らの方が先に死ぬでしょう。そして死んだら彼らとは二度と会えなくなります。この先、何十回、何百回、転生しようともです。」
その説明を聞いたカタリーナは、真剣な顔つきになった。
「それだけではありません。今の公爵家としての財産は、もちろん来世には引き継げません。私のように知識チートで莫大な富を築いたとしても、死んだら一からやり直しになります。そして、次の転生先も今のように恵まれているとは限りません。貧民や奴隷として生まれる可能性もあります。
実は私、日本で死んでから今の自分に転生するまでの間に、一度だけ転生したことがあるのです。その時は貧しい農民の子として生まれ、物心ついた時から1日中、農作業をさせられました。お金どころか自分の時間を作る余裕さえなく、最終的には畑に出た魔物に襲われて、呆気なく死にました。その当時、私まだ5歳でした。」
カタリーナは固唾を飲んで話を聞く。
「いくら知識チートがあっても、環境が悪ければその能力を活用できません。仮に知識チートをフル活用して成功しても、その恩恵を受けられるのはたった数十年で、転生したらまたリセットされます。
転生して、人間関係や財産を一から構築して、死んで、転生して....といった流れを永久に繰り返すのです。その間、大切な人ができても、共に永遠の時を生きることはできません。ずっと独りで、永久に生と死を繰り返すのです。」
ダイフク会長の脅すような説明に、カタリーナの顔はどんどん青ざめ、気づけば冷や汗を掻いていた。
「....ここまで話せば、記憶が消されないことの恐ろしさが伝わりましたでしょうか?」
「はい。」
カタリーナは首を縦に振った。
「そういえば、ダイフク会長の話を聞いていて、思い当たることがあります。私がこっちの世界に転生した時、奇妙な記憶があったんです。」
「奇妙な記憶、ですか?」
「はい。私が赤ん坊の頃の記憶です。その記憶の私は常に身体が動かせないくらいしんどくて、目も全然見えなくて、声や音は鮮明に聞こえるけど状況が全く理解できませんでした。そしてある日、しんどさがピークになったと思ったら、いつの間にか今の母の腕に抱かれていたのです。
最初はその時の記憶は胎内記憶かと思っていたのですが、その記憶ではちゃんと空気を吸っている感覚がありましたし、羊水に浸かっているような感覚でもなかったので不思議に思っていました。
でもさっきのダイフク会長の話を聞いて、もしかしたらアレは、日本で死んだあとに転生した....つまり今の私にとっての前世だったのかな、って思うんです。」
胎内記憶だとか羊水とか途中でワケ分かんねぇこと言ってたけど、要はカタリーナも前世が2つあるってことか?
「そうですか。でしたら、転生後も記憶が消されないことを身をもって理解できたかと思います。」
「はい。ああいう記憶が何年も、何千年も、転生しながら蓄積されるのだと思うと、ゾッとします。」
カタリーナはよほど恐ろしく感じたのか、鳥肌が立っていた。
だが俺には、記憶が消されないことの恐ろしさとやらが今ひとつ理解できなかった。
「記憶があってもなくても、死んで生まれ変わるのを繰り返すのであれば、結果は同じじゃないですか?」
「....確かに、輪廻転生を繰り返すという意味では同じかもしれません。ですが、記憶を消されて全くの別人へ生まれ変わる時点で、自分としての人生はそこで終了するのだと、私は思いますよ。自分としての人生に終わりがあるか、ないかで大きく違うと思います。」
「でしたら、自分に終わりがあるより、永遠にある方が良いのではないでしょうか?」
「なるほど、フレイ卿は哲学的なことを考えますね。」
「フレイくんの話って、何だか『不老不死になりたいか否か?』っていう話をしているみたい。そういえば昔の漫画にも、不老不死になった悪党がいたわ。その悪党、最終的には宇宙空間に放り出された上に身動きが取れなくなって、永遠に宇宙空間を彷徨ってたわ。そして悪党は考えるのをやめた。」
「そんなキャラが出てくる漫画があったのですね。私も前世で大甥が見ていた特撮ヒーロー物に、似たような悪役がいました。その悪役は最終的に太陽まで飛ばされて、太陽に延々と焼かれては再生してを繰り返す末路を辿っていました。」
「子供向け番組とは思えないエグさですね。」
「それでも、身体ピッタリの檻に入れられて海の底に沈められるよりはマシだとおもいますよ。」
「その言い方...ダイフク会長も、ちーかわ知ってるんですね。」
「はい。あれだけネットで話題になっていたら嫌でも目に入りますよ。」
「...なんか、話の趣旨が変わっていませんか?」
「ははは。確かに途中から、不老不死生命体の末路の話になってましたね。とにかく『永遠であることが素晴らしいとは限らない』ということは伝わりましたか?『終わり』が救いになる場合もある、ということです。」
不老不死の末路。
『終わり』が救い。
そんな話をしていると、奴隷にされていた時のことが一瞬、頭をよぎった。
あの時、どれほど終わってくれと思ったことか。
死ねない身体を呪ったことか。
......あぁ。ちょっと思い出しただけで、胃の中のものを全て吐き出しそうな不快感に襲われる。
「確かに、そうですね。死が救いになることも、あると思います。」
「ご理解いただけたようで、何よりです。」
「とにかく、私達転生者の状況が良くないというのは分かりました。ダイフク会長、私も異界穴を開けるお手伝いをさせてください!」
「勿論です。カタリーナ嬢、ご協力感謝します。」
「良かった。では早速、ディシュメイン王国へ帰りましたら父を説得しますね。」
「エセヴィラン公爵に、ですか?」
「はい。父はディシュメイン王国で宰相をしています。そして残念ながら、ダイフク商会のことを脅威とみなしています。そんなダイフク商会が『死の大地に埋もれた龍脈を復活させて異界穴を開けようとしている』と父が気づいたら、父はダイフク商会を警戒して国を挙げて邪魔をすると思うんです。」
「なるほど。それは困りますね。」
「ですので、父には私たちの味方になってもらいましょう。
まず父に、次の世界四か国会議で『死の大地を蘇らせる研究』について議題に挙げてもらえるように説得します。比較的中立の立場であるディシュメイン王国から出た議題であれば、キョウシュー帝国やキメイラ帝国も邪険にはしないはずです。ですが今のままだと議題に挙げたところで『死の大地を蘇らせるなんて不可能だ』と一蹴されるのが目に見えてます。
そこでホリーくんのお父さんにも協力してもらって、『死の大地を蘇らせるのは不可能ではない』と説明してもらいます。と言っても、さっきダイフク会長に説明してもらった話を全て話すのではありません。ダイフク商会の研究がそこまで進んでいると知られたら、ますます警戒されます。ダイフク商会はあくまで『独自で根源や魔力に関する研究をしていた。そしたら魂に根源を持つ人間がいることが分かった。そしてその中に、龍脈に似た魔力を生み出す人もいることが分かった。』という設定にでもしておきましょう。
ホリーくんのお父さんには、ダイフク商会の研究内容を話した上で『龍脈に似た魔力を生み出す人をもっと探して、研究に協力してもらえば、死の大地を蘇らせる方法が見つかるのでは?』という感じで話を誘導してもらいます。
そしたら『死の大地を蘇らせるために魂に根源のある人物を探して研究する』という話で全会一致すると思うのです。
四か国会議でここまで話を持っていけたら、魂に根源のある人物探しが世界中で行われるので宮藤くんみたいな人が見つかりやすいと思うんです。そして四か国合同で研究する流れに持っていけば、その後でダイフク商会の研究データを合同研究チームに引き継いだとしても、角が立たないと思います。」
「なるほど。それは名案ですね。全世界が探すとなれば、ニホンアイランドでは呼び込めなかった転生者も見つかりそうです。」
「それに今の状況で世界中の龍脈を復活させたら、『ダイフク商会が蘇らせた土地を占有して世界を掌握しようとしている』と思われかねません。最悪、復活した土地を巡って戦争が起きるかもしれません。ですが『各国が合同で死の大地を蘇らせる』となれば当然、蘇らせた後の土地の所有権はどこの国が持つかの話になります。なので無駄な争いも避けられるかと思います。」
「確かにそうですね。龍脈を復活させた後の諸外国の反応まで考慮できていませんでした。ですが、仮に各国と協力して龍脈を復活させた場合、問題の異界穴はどうしますか?」
「どう、と言いますと?」
「日本と繋がる異界穴が作れる龍脈の所有権が、もし他国に渡った場合、日本行きの異界穴が開け辛くなるのではないのでしょうか?」
「あっ!それもそうですね。でしたら、段階的に龍脈の活用方法を研究をする流れに話を持っていって、最終的に4ヶ国合同で異界穴を開ける研究をすれば....」
「確かに、異世界の土地や資源が得られるというメリットを示せば、可能かもしれません。ですがその場合、日本以外の異界穴も当然開けることになりますよね?そしたら、私達のように魂が異世界に迷い込んでしまう人が沢山出てきそうです。」
「それはマズいですね。となると、異界穴を開けるのは最小限に止めた方が良いですね。そう考えると、やっぱり私は余計なことはしない方が良さそうですね。」
「いえいえ。今のまま他国に秘密にした状態で研究を進めたら、カタリーナ嬢が仰るようなリスクが発生するのは事実です。そうならないためにも、エセヴィラン公爵のご令嬢であるカタリーナ嬢には、是非協力していただきたいです。」
「はい、勿論です!協力できそうなことがあれば、いつでも連絡ください。」
そう言うと、カタリーナとダイフク会長はスマドを取り出して、連絡先を交換した。
その流れで俺も、ダイフク会長と連絡先を交換することになった。
「本当は宮藤君の連絡先を知っていたら、教えたかったのですが...」
「いえいえ、お気になさらずに。」
「次に会ったら、また聞いてみますね。...会えるかどうか分かりませんが。」
カタリーナの表情は、なぜか切なそうだった。
「きっと、会えますよ。」
よく根拠もなく軽々しいことを言えるな、コイツ。
俺はもう、あの姿でカタリーナ達と会う気はない。
......惨めな思いをしながらお情けの友情ごっこを続けるなんて、考えただけでも胸糞悪い。
「そう、ですよね。」
ダイフク会長の言葉に、カタリーナは苦笑いした。
こうして、ダイフク会長との鼎談は終わり、俺達はコトナカーレ邸へと戻った。
そして翌日にはドーワ侯国旅行を終えて、家へと帰った。
それから俺は、本格的にタクト達を避けるようになった。




