【61】第14話:キメイラ帝国旅行(7)
あれは小学校高学年くらいの時だった。
別の養護施設へ移動になって、転校した学校での話だ。
転校初日から、ずっと馴れ馴れしく話しかけてくる奴がいた。
「宮藤くん、一緒に遊ぼうよ!僕、田中って言うんだ。」
そいつは頼んでもいないのに、いつも真っ先に俺に話しかけてきた。
そんなある日、俺がトイレから教室に戻ろうとした時、田中が他の奴らと会話しているのが聞こえてきた。どうやら俺の話をしているようだ。
俺に親しげに話しかけてくる奴は、先生に言われて仕方なく接しているか、俺の陰口のネタを探すために接しているかの、どっちかに決まっている。
先生に言われてやっているなら見逃してやるが、陰口を叩くために近づいてきているなら、ぶん殴ってやろう。
そう思って、田中が陰で俺のことを何と言ってるか、聞き耳を立てることにした。
「そういや田中、最近あの転校生とよく話しかけるよな。先生に言われてやってんの?」
「違うよ。宮藤くんと仲良くしたいから話してるんだ。」
俺と仲良くしたいから?
言葉の意味は分かる筈なのに、田中の言っていることが理解できなかった。
「へぇ〜。でもさ、アイツちょっと話しかけ辛くね?噂じゃ、前の学校で手がつけられないくらい暴れたから、こっちに来たって聞いたぜ。」
「でもそれって、きっと宮藤くんの周りにいた人にも問題があったんじゃないかな?塾の友達に、宮藤くんが前にいた学校と同じ学校にいる子がいるんだけどさ、宮藤くんは前の学校でいじめられていたんだって。」
「えっ!そうなのか?」
何でそのことを知っているんだ。
いやそれよりも、この今まで味わってことのない不快感は何だ?
「それにお父さんが言ってたんだけど、宮藤くんって虐待で死にかけたことがあるらしいよ。何年か前にニュースに出てたって言ってた。」
「嘘だろ?」
「それ、マジ?」
「うん。しかも、宮藤くんって養護施設にいるんだって。家族が誰もいない場所で暮らすのって、辛いと思うんだ。」
田中が俺のことを話すたびに、身体の中をぐちゃぐちゃにされるような不快感が増してくる。
「マジかよ!可哀想だな、宮藤...。」
「だからさ。みんなで彼を助けようよ!彼がこれ以上辛い思いをしないようにさ。僕達で彼を幸せにしようよ。」
俺って、可哀想...だったのか?
「だな。俺の母さんも『世の中あんたより恵まれない人は沢山いるんだから、そういう人達を見つけたら助けてあげなさい』って言ってたぜ。」
「あぁ、そうだな。困ったときはお互い様って言うしな。」
「みんな、ありがとう!じゃあ今日からみんなも、宮藤くんと一緒に遊ぼう!」
「「うん!」」
なんだ、別に悪い話じゃないな。
そう頭では分かっているのに、なぜだか教室が広くなったと錯覚するくらい、自分の存在が小さくなるのを感じた。
自分がちっぽけになる感覚は、『田中たちと関わらない方が良い』と告げていた。
だが俺の中の冷静な部分が、『理由はどうであれ、俺を幸せにしようとしているのには変わりはないんだから、田中たちを受け入れて助けてもらう方が良い』と言っていた。
そして当時の俺は、田中たちへの違和感よりも冷静な判断を選んだのだった。
それからは毎日、田中たちに誘われて遊ぶようになった。
クラスに馴染めていない俺のために、田中たちはクラスの連中のことや学校での出来事を色々教えてくれた。
学校の授業についていけていない俺のために、田中たちは勉強を教えてくれた。
ゲームがそこまで上手ではない俺のために、田中たちは俺が楽しめるようにサポートしてくれた。
恵まれない可哀相な俺のために、田中たちは沢山のものを恵んでくれた。
だがそれが、どこか心苦しく感じた。
田中たちに怒られないように、クラスの連中のことや学校での出来事を忘れないようにした。
田中たちに嫌われないように、必死に学校の授業に追いつこうとした。
田中たちに見捨てられないように、『ゲームは見るのが好きだ』と言ってあえて遊ばないようにした。
田中たちは俺がいなくても困らないが、俺には田中たちしかいない。
それが頭で分かっているから、俺は失わないように精一杯努力した。
そんな日々も、ある日突然終わりを告げた。
その日は田中の家で、ゲーム大会をしていた。
俺以外はみんな、ゲーム機を持参して同じゲームを通信プレイで遊んでいた。
俺は、田中にゲーム画面を見せてもらって、一緒に遊んでいる気になっていた。
そしてゲームが終わった後は、リビングでお菓子をご馳走になった。
俺なんかが沢山食べたら嫌われると思い、早々に食べ終わって先に田中の部屋へと戻った時だった。
部屋に近づくと、物音が聞こえた。
誰か先に入っているのか?
そっと扉を開けると、中には田中の親友の達也がいた。
達也はごそごそと何かを探しているようだった。
よく見ると達也が持っているのは、田中のソフトケース入れだった。
達也は田中のソフトケースからソフトを取り出すと、そっとケースを元の場所へ戻し、取ったソフトを自分のソフトケースの中へしまおうとした。
「おい達也、何やってんだよ!」
すると達也は肩をビクっとさせて、ソフトケースを閉じて俺の方を向いた。
「な、何って、みんなが来るまでここでゲームしようかな~って。」
「嘘つけ!さっき田中のソフト取ってただろ!」
「はぁ?!言いがかりやめろよ!」
「本当のことだろ!この中にソフトケースが入ってるはずだ!」
俺は達也のソフトケースを取ろうとしたが、すかさず達也もソフトケースを取られまいと身を守る。
お互いに相手の手を振り払おうと、全身を使ってソフトケースを引っ張り合った。
すると『バキッ』という大きな音が、達也の足元から聞こえた。
俺も達也も、音の鳴った方に視線が移る。
達也が足をどけると、そこには田中のゲーム機があった。
背筋が凍る思いでゲーム機を持ち上げて確認すると、案の定、ゲーム機の液晶画面が割れていた。
それを見た達也も、ショックで持っていたソフトケースを落とし、ソフトが床に散らばった。
一瞬、その場は時が止まったかのように静かになった。
そして再び時が動き出したかのように、階段を上る音が聞こえてきた。
「宮藤くん、どうかした?」
部屋を訪れたのは田中だった。
田中は、割れたゲーム機を見ると、目と口を大きく開いて愕然とした。
「あぁ!!僕のゲーム機が!」
田中がショックで固まっていると、達也が急にとんでもないことを言い始めた。
「宮藤が割りやがったんだ!宮藤が俺のゲーム盗もうとしていたから止めに入ったんだ。でもコイツが、諦めなくて取り合いになってたら、宮藤がゲーム機踏んで割れたんだ!」
「はぁ?!」
「宮藤くん、本当なの?」
田中は冷たく鋭い目で、俺を睨みながら訪ねた。
「違う!俺はやってない!」
「じゃあ何で僕のゲーム機を持ってるの?」
「これは達也が踏んづけたゲーム機が割れてないか確認しただけで...」
「てめぇ!でたらめ言うな!」
説明している途中に、達也はいきなり俺の顔面を殴ってきた。
「...痛ぇ!何すんだ!」
俺も怒りがピークに達し、そのまま殴り合いの大喧嘩になった。
殴り合いの末に、俺は田中と達也、二人の両親、そして俺の住んでる施設の職員とで話し合いになった。
俺は見た情報をありのまま説明した。
だけど、誰も俺の話に耳を貸さなかった。
それどころか「持っているソフトを盗もうとするはずがない」だの「田中とは仲が良いんだから盗まずとも借りれば良いはずだ」だの言われて、俺の話は否定された。
二人の親も、施設の職員も、俺に謝れと言ってきた。
でも、やってもいないことで謝りたくなかった俺は、意地でも頭を下げなかった。
その日を境に、俺は田中たちに遊びに誘われなくなった。
学校ではゲーム機が割られた話題で持ちきりになった。
前まで一緒に遊んでいた奴らも、陰で『アイツは前の学校でも問題起こしていたしな』とか『アイツと遊ぶときに気を遣わないといけなくて面倒だった』とか、こぞって言い始めた。
当の田中には『謝罪の言葉以外、聞きたくない』と言われてしまった。
それでも俺は誤解を解いて仲直りしようと頑張った。
俺には田中たちしか居場所がないと分かっていたからだ。
休日に近所の家を片っ端からインターホンを鳴らして、『何でもするからお金をくれ』と頼み込んだ。
そうやって集まったお金で、中古だがゲーム機を買った。
放課後、俺は買ったゲーム機を持って来て、田中に渡した。
「これは?」
「ゲーム機。中古だけどちゃんと使えるから。壊れたゲーム機の代わりに使って。」
これで少しはちゃんと俺の話を聞いてくれるかもしれない。
だがそれを見て田中は、呆れた様子で俺を見た。
「宮藤くん。そういうことじゃないよ。僕が欲しいのはゲーム機じゃなくて反省だよ。」
「だから、それは俺じゃなくて達也が....」
「もう言い訳は聞きたくないよ!」
田中は声を荒げて、俺の言葉を遮った。
「それに、このゲーム機はどうしたの?施設の人に買ってもらったの?」
「これは俺が集めたお金で買った。」
すると、なぜか田中はため息をついた。
「ゲーム機って、僕ですらお小遣いをずーっと貯め続けないと買えないような値段なんだよ。それなのに宮藤くんがすぐに買えると思う?」
「それって、どういう意味だ?」
「だから、どうしてすぐにバレるような嘘をつくの?って聞いてるの!」
どうしてそうなるんだよ!
何で俺が嘘をついているって前提なんだ。
「嘘じゃないって言ってんだろ!ゲーム機壊れた時といい、なんでお前は俺の話を聞かねえんだよ!」
仲直りしようと我慢していたが、ついに限界がきて怒鳴ってしまった。
「だって、どう考えても嘘じゃん!宮藤くんがゲーム機なんて買えるわけないよ!それに『達也が既に持ってるソフトを盗もうとした』ってキミの話と『一人だけゲーム機を持っていない宮藤くんがゲーム機を盗もうとした』って達也の話、どっちが嘘かなんて幼稚園児でも分かるよ!」
....あぁ、そういうことか。
俺は最初から、コイツらに見下されていたんだ。
俺みたいな可哀想な人間が、ゲーム機を買えるわけがないって鷹を括ってるんだ。
俺みたいに恵まれない人間は、ゲーム機欲しさに盗みを働くって思われているのか。
俺に優しくしているのは、自分より下の人間に優しくすることで、自分が上だという優越感に浸りたいからだ。
それか周りに良い子に見られたいからか。
きっと両方だ。
田中は俺を幸せにしたかったんじゃなくて、俺を利用して自分にとって都合のいい思いをしたかっただけなんだ。
それを悟った瞬間、田中たちも学校も、どうでもよくなった。
その日を最後に、俺は学校に行かなくなった。




