【60】第14話:キメイラ帝国旅行(6)
「それじゃあな。」
もうダークノームを警戒する必要はないし、後はデニスの店まで戻るだけだ。
もうここに用はないし、俺はそのまま立ち去ろうとした。
「えっ?!」
「待て貴様!どこに行くつもりだ!」
「そうですよ。待ってください、クドージンさん!」
そんな俺の前に、アランとゼルが立ちふさがった。
「僕、貴方にずっと会いたかったんです。今、僕が生きていられるのも、貴方のおかげです。貴方は僕にとって、恩人なんです。」
「いや知るか!」
やっとゼルに対して思っていたことを直接言えた。
「そもそもお前、誰だよ。俺は前世で人を助けた覚えはねぇぞ。」
「それは...その...。」
ゼルは周りの様子を伺うと、気まずそうに言葉を濁した。
「ここでは言いにくいことなので、また今度、二人きりで会えませんか?」
「はぁ?何で今、言えねえんだよ。」
「何というか、複雑な事情がありまして.....。」
よく分からないが面倒な奴だな。
「だったら別に答えなくてもいいや。そこまでして知りたいとも思わねぇし。」
「えぇ!そんなぁ。じゃあ、手紙かメールで話しますから、連絡先を教えてください。」
「私も!クドージンさん、連絡先教えてよ。」
「僕も!魔物村で聞いた時は有耶無耶になっちゃったんで、今度こそ教えて欲しいです。」
「あっ、それなら私も!そういえば宮藤くんはスマド持ってるんだっけ?」
ゼルが余計なことを言ったせいで、ライラ達がまた連絡先を聞いて来やがった。
「だから、何でテメーらに教えなきゃならねぇんだ。」
「別に、連絡先くらい良いだろ。減るもんじゃねーし。」
「それとも、クドージンさんは教えられない事情でもあるのかな?」
「っ!」
殿下め。なかなか鋭いじゃないか。
連絡先を教えた時点で俺の正体がバレてしまう。
ガラケーがあれば教えても問題なかったけど、それも無くなったしな。
どう誤魔化すかを考え始める前に、視界にいたアランを見て、パッと言い分が思い浮かんだ。
「そ、そりゃそうだろ!お前らが俺の連絡先をアランみたいな奴に教えるかもしれねぇだろ。」
「なぜそこでアランさんの名前が出るの?」
「そりゃ、クドージンがアランの恨みを買ってるからじゃねーか?さっきお前らが死んでる時、アランが今の魔王で、アランの父親を殺したのがコイツだって話が出たぜ。」
ライラとカタリーナは、その事実を知り、大きな声を出してアランの方を見た。
「えっ、もしかしてゲイルさん、言っちゃったんですか?」
一方のホリーは、どうやら最初から知っていたらしい。
「俺は何も言ってねぇぞ。厄災が勝手にバラしただけだ。」
「じゃあ、あっちはまだ大丈夫なのですか?」
「あっち?」
「ほら。」
ホリーは頭を動かさずに、視線だけを一瞬、タクトへ向けた。
「あぁー、アレな!」
「もしかして、そこの青年が勇者の息子、という話か?」
ホリーとゲイルが何かを隠すように話している途中、アランが問い詰めるように口を挟んだ。
二人は図星だったのか、滝のような冷や汗を流して黙ってしまった。
「...やはりそうか。ゲイルは隠すのが下手だな。」
「すみません、アラン様。修羅場になるかと思いまして、言うのを躊躇いました。」
「気にするな。一目見た時から薄々気づいてた。それにあの外道がいる以上、俺は怒りを抑えられる気がしない。」
そう言うと、アランは射抜くように俺を睨みつけた。
それからタクトの方を向いて話を続ける。
「おい、勇者の息子。貴様らは見たところ、その外道と仲が良さそうだが、貴様らは奴が何者か知っててその態度なのか?」
「何者か?コイツが厄災の魔王だってことか?」
その言葉を聞いた途端、アランの頭に血管が浮き出た。
そしてアランはタクトの頭を片手で掴み、そのままタクトを押し倒して馬乗りになった。
「貴様。さっきの発言を取り消せ。」
アランは蛇が獲物を狙うかのような眼で、タクトを睨みつける。
「はぁ?意味わかんねぇ。」
タクトは、何がアランの逆鱗に触れたのか分かっていない様子だった。
むしろいきなり押し倒してきたアランに、若干、苛立っていた。
「あの外道を、俺や父上と同列のように語るな!」
「はぁ?....あ!そうか。『厄災の魔王』は禁句だったな。」
「まだ言うか、貴様!」
アランはタクトの頭を掴んでいた手で、顔を殴ろうとした。
が、その拳を、タクトは寸前で回避した。
「ちょっと言い間違えたくらいで、そこまでキレんなって!」
「黙れ、勇者の息子め!そもそも、貴様の父親が、父上の邪魔をしなければ!父上を追い込まなければっ!父上はっ....!父上が死んだのは、貴様の父親のせいだ!」
アランは再び殴りかかろうとしたが、その前にタクトが前のめりになってアランの顔面に、一発喰らわせた。
そして怯んだアランを押し退けて立ち上がる。
「テメェ、いい加減にしろよ!前の魔王が死んだのはクドージンのせいだろ。何でもかんでも父さんのせいにすんな!」
「何だと?」
「それに父さんが魔王城を襲撃したのは、お前らが龍脈使って世界を滅ぼそうとしたからだろ。自業自得じゃん。」
「貴様あぁ!」
アランとタクトは互いに、相手の顔面に渾身の一撃を食らわせる。
両者は相手の攻撃を喰らってよろけるが、倒れることなく相手の目を睨みつけた。
「貴様ら人間はいつもそうだ。我々亜人を虐げ、居場所を奪うくせに、少しでも抵抗すれば我々を悪者扱いする。人間どもは勇者を英雄のように崇め讃えるが、やっていることは夜盗や侵略者と同じだろ!」
「ふざけんなテメェ!父さんを夜盗なんかと一緒にすんな!」
二人は本格的に喧嘩モードに突入した。
周りの連中は殺伐とした空気に呑まれて、止めに入ることすらできなくなっていた。
......今のうちに、そっと離れれば退散できるんじゃね?
俺は前を向いたまま一歩ずつ、そっと音を立てずに後ろへ移動する。
だがしかし、うっかり踏んでしまった木の枝が『パキッ!』っと響く音を立てた。
木の枝の音のせいで、ライラがこっちを向いた。
「あれ?クドージンさん、さっきより離れてない?」
「はぁ?そんなことねぇって。」
ライラの声が聞こえたのか、アランまでもがこっちを見る。
そして一瞬で俺の前まで移動し、タクトに向けていた怒りを俺にぶつけるように、俺の頭めがけて強烈な蹴りを入れてきた。
「どさくさに紛れて逃げようとするなぁぁ!!」
アランは、タクトやゼルと言い争っていた時と比べ物にならない程の怒りを、俺にぶつけた。
身体を魔法で強化しているから大したダメージではないが、何発も喰らうのは癪に障る。
「誰が、テメェみたいな雑魚から逃げるって?」
俺はアランの腹めがけて蹴り返す。
「さっきのお礼だ。」
するとアランは勢いよく宙へ吹っ飛び、宙高く舞った身体は勢いよく地面に叩きつけられた。その衝撃せアランは吐血し、そのまま気を失うように地面に倒れた。
「おいテメェ!アラン様に何しやがる!」
「先に手を出したのはアランの方だろ!」
俺が言い返すよりも先に、ゼルが言い返した。
なぜコイツは俺のことになると、しゃしゃり出るんだ?
「....確かにそうだけどよ。いくら何でも、さっきのはやりすぎだろ。」
アランに非があるのが分かっているからか、ゲイルは不服そうにするも、ゼルに強く言い返せなかった。
「アランさん、大丈夫だよね?」
ライラ達は心配そうにアランの様子を伺う。
殺すとライラやカタリーナあたりが五月蝿そうだから、手加減はしたが.....大丈夫だよな?
死んではなさそうだが、念のために回復魔法をかけておくか。
それでもダメージが大きかったのか、なかなか起き上がらない。
アランが起き上がるのを待つ義理はないし、今のうちに立ち去るか。
「じゃあな。」
俺がその場から移動しようとすると、アランが大きな声で『待て』と叫んだ。
「貴様が逃げると言うなら....ここにいる人間達を、全員殺す!」
「なっ!」
いきなり何を言い出すんだ、コイツ。
「こいつらは関係ねぇだろ!」
「関係ある。貴様はここにいる人間達を助けた、ということは、貴様にとって彼らは特別な存在だということだろう?」
「はぁ?!べ、別にそんなんじゃねーし!」
この前ライラ達に半ば強制的に『友達』だと言わされたが、改めてヒトに指摘されると小っ恥ずかしい。
「仮にそうだとしても、それがどう関係するんだよ。」
「貴様にとって彼らが大切であれば、彼らを殺されたくないはずだ。殺されるのが嫌なら、素直に俺の言う事を聞け。」
要するに人質ってことか。狡猾なことをしやがる。
「そんな脅し、効くかよ!」
「だったら試しに、そこの小娘を消してやろうか?」
アランはそう言うと、ライラに近づいた。
すると、俺がアランを止めるよりも先に、ホリーがライラの周りにバリアを張った。
「ちょっと待ってください、アランさん。アランさんがクドージンさんを憎む気持ちは分かります。ですが何の罪もないライラさんを襲うのは、良くないですよ!」
「邪魔をするなホリー卿。それに罪ならある。貴様らは、この男が厄災だと知った上で親しく接していた。違うか?」
「確かに、そうですが....」
「だったらこの男と同罪だ!この男の肩を持つ。それこそが貴様らの罪だ!」
「ふざけんな!さっきから聞いてりゃ、何でもかんでも他人のせいにしやがって!」
アランの言葉を打ち消すように怒鳴ったのは、タクトだった。
「おいアラン!そもそもお前の父親がクドージンに殺されたのだって、因果応報じゃねえか。ゲイルのおっさんから聞いたぞ。キメイラ軍がコイツを奴隷にして、戦争の道具に使ってたって。」
...は?
何を言い出すんだ、コイツは。
タクトの発言に、心臓を抉り取られるような、強い不快感を抱いた。
「....それは今、関係ないだろ。」
不快感のせいで言葉を失った俺は、その一言を絞り出すので精一杯だった。
「厄災に同意したくはないが、関係ないのは事実だ。確かに、此奴はキメイラ軍の魔物だった。強制的に戦地に連れて行ったのも事実だ。だがそれは父上を殺していい理由にはならない!」
「だったら、俺らだってアンタに殺される筋合いはねぇよ。」
「そもそも貴様らは、なぜ厄災の肩を持つ?厄災に同情でもしているのか?此奴は世界中の龍脈を封印して張本人だぞ!分かっているのか?!」
「うるせえな!分かってんだよ、そんなこと。そういうお前は、今までコイツがどんな思いで生きてきたか知ってんのか?」
お前だって、大して知らないクセに。
さっきからタクトの言葉は耳障りだ。
アランの罵声の方が、まだマシに感じる。
「それにアンタ達だったらクドージンさんを救えた筈だろ?人間に奴隷にされて、心が壊れる程の拷問を受けた彼を、何で救ってあげられなかったんだ!どうして仲間として受け入れなかった?なぜ戦地に......彼を更に追い込むようなことをしたんだ!」
......黙れ。
「確かに、宮藤くんのやったことは悪いです。でも、彼がなぜ世界を滅ぼそうと思ったのかを知らずに責めるのは、フェアじゃない気がします。両親に虐待されて、孤児院に行って、いじめに遭って、挙句の果てに奴隷になって拷問まで受けて。そんな死にたくなるくらい絶望的な状況で、世界を呪わずにいられますか?」
黙れ、黙れ。
「厄災の過去が悲惨なのは分かった。だがそれでも俺は、此奴を許しはしない。父上を惨たらしく殺したことには変わりない!」
「それでも、お願いします!これ以上、クドージンさんを傷つけないでください。アランさんのお父様の仇は、お父さん達が討ちました。だからといって『彼を憎むな』とは到底言えません。都合のいいことを言ってるのは分かってます。でも、クドージンさんにはこれ以上、不幸になって欲しくないんです。」
黙れ、黙れ、黙れ!!
「うるせぇ!!さっきからウゼェんだよ、お前ら!」
あまりの胸糞悪さに、怒鳴らずにはいられなかった。
俺が怒ると思っていなかったのか、ライラ達はきょとんとした顔で目をパチパチさせながら俺を見た。
「なに勝手な憶測で、俺の気持ちを代弁した気になってんだ!テメェらの偽善者ごっこのダシに使ってんじゃねえよ!」
「あぁ?そこまで言う必要ねーだろ!俺らはお前を思って言ってんだぞ?」
「それが余計なお世話だっつってんの!」
コイツらが俺の過去を語る度に、自分のテリトリーに土足で入られたような不快感が増す。
コイツらが俺を擁護する度に、俺という存在が、小さくてか弱いものになっていく。
コイツらのせいで今の自分が、道端を歩く蟻のように、小さくて惨めな存在に感じられた。
「誰が俺を擁護してくれって頼んだ?誰が俺の過去を勝手にペラペラ語っていいって言った?お前らは同情するフリして、内心じゃ俺のこと見下してんだろ!『俺を憐れむ優しい自分』が可愛いだけだろ?」
図星だったのか、ライラ達は目を見開いたまま黙った。
「こんな所に来た俺が馬鹿だった。お前らがアランに殺されようが、もうどうでもいい。二度とお前らには会わねぇ!」
俺は逃げるように、その場から立ち去った。
自分が惨めでちっぽけになる感覚。
同情するフリしながら、馬鹿にされる屈辱。
ヒトのことを勝手に詮索される胸糞悪さ。
それらの不快な感情が、あの日の記憶を思い起こさせた。




