【58】第14話:キメイラ帝国旅行(4)
俺達は繁華街を抜けると、その先にある、木が生い茂った森へと進んでいく。
まだ昼なのに、森の中は薄暗くて不気味だった。
「魔物はこの森に逃げた。この辺は強い魔物で溢れているから気をつけろ。」
アランはまるで他人事かのように、淡々と説明する。
「ちょっと道を外れただけで、こんな森に出るなんて....さっきまで繁華街にいたのが嘘みたい。」
「さっきいた街は、この辺を観光地にするために切り拓いた土地だからな。あの街も、元々はここと同じ森だった。」
「旧魔王城は元々、この辺に住む魔物に守られていたっつっても過言じゃねえ。この辺の魔物が強いお陰で、城へ侵入してくる外敵がほとんどいなかったからな。」
「それでも、魔法陣を使って魔王城に侵入した不届者はいたがな。」
「ガハハハ!ありゃ、当時はたまげたなぁ!急に何かが湧いて出たと思ったら、勇者どもだったからなぁ。出た場所が謁見の間じゃなかったから、まだマシだったがな。」
そういえばシヴァが、魔物村でそんな魔法陣を使っていたな。
「魔王城に不法侵入するわ、魔王に歯向かうわ、挙げ句の果てに魔王城を崩壊させるわ....。アレを勇者として讃えている人間どもは、相当愚かだな。」
タクトは親を貶されて、膨れっ面をした。
「龍脈を制圧して、全人類を人質に世界征服しようとしたキメイラ軍よりは、マシだろ!」
するとアランは、凄まじい勢いでタクトの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
アランは鬼の形相でタクトを睨みつける。
その圧に負けじと、タクトも睨み返した。
一触即発の雰囲気に、緊張が走る。
二人は数秒、睨みあった後に、アランは掴んでいた手を離した。
「確かに、それは一理ある。」
アランは気を取り直して、再び森の中を案内した。
「そういえばアランさんは、怒りん防止くんはつけていないんですか?魔人の必需品だと聞きましたが。」
「俺は幼少期から、怒りをコントロールするための特殊な訓練を受けているからな。並の魔人だと、今ので暴力沙汰になっていただろう。」
アレでまだマシな方なのかよ。
言うほど怒りをコントロール出来ていない気もするが。
しばらく道なりに歩いていくと、遠くの方で叫び声が聞こえた。
「何?今の声。」
「......助けにいくぞ。」
そう言うと、アランは全速力で叫び声がした方へと走った。
俺達はアランを見失わないように、同じく全速力で追いかける。
森の奥の方まで走ると、アランは急に立ち止まった。
よく見るとアランの近くに、翼の生えた獣人が倒れていた。
服装からして、獣人は兵士か?
俺達がアランに追いついたタイミングで、獣人はゆっくりと起き上がった。
「大丈夫か。」
「は、はい!アラン様!逃げ出した魔物を見つけました。」
「ご苦労だった。応援を呼んでいるから、ここは俺達に任せろ。」
「応援って......あっ!ゲイル様!」
「へへっ。そういうことだ。お前はちょっとそこで休んでな。」
俺達は近くにいた魔物を確認する。
魔物は、まるで銀のように光沢のある灰色の鱗を持つ、蛇に角が生えたような姿をした龍だった。
その龍はなぜか、俺達を見るや否や、深々と頭を下げた。
「...どういうことだ?」
その光景に、アランは目が点になる。
「ダークスネークドラゴンが頭を下げるのは、己より強いと認めた者だけの筈だ。」
「へぇ~。じゃあ、それだけ俺が強いってことか?」
いや、どう考えてもお前じゃないだろ。
タクトは相変わらず自信過剰なヤツだ。
「ははっ、そうじゃねぇ。ダークスネークドラゴンは、相手の魔力量を嗅ぎ分けて自分より強いかを判断してんだ。だからコイツは、俺やアラン様すら強者と認めていない。唯一認めていたのは厄災くらいだが......おっと、今のは忘れてくれ。」
ゲイルはアランに睨まれて、ばつが悪そうに言葉を濁した。
ゲイルのその一言で、俺はダークスネークドラゴンのことを思い出した。
そういえば、よく戦地で一緒に戦っていた魔物の中に、コイツもいたな。
「だったら、この中にダークスネークドラゴンが認めるくらい、魔力量の多い人がいるってこと?」
「それって...」
まずい。
この中に厄災の魔王がいるかもしれないと、勘ぐられそうだ。
「ゼルくんのことじゃないかな?ゼルくん、魔力測定のとき、魔力量が凄く多いって言われてたよね。」
ホリーの一言で、俺の心配が杞憂に終わった。
「......確かに、そうかも。」
「ゼルくんやるじゃない!」
「流石です。ゼルくん。」
お前がいてくれて助かった。
「ちぇー。なぁ、ゼル。その見た目と魔力量で、ダークスネークドラゴンが認めてるってことは、やっぱりお前は......」
「もしかしてゼルくんが命令したら、ダークスネークドラゴンは自分で魔王軍管轄魔物展示会まで戻ってくれるんじゃないかな?」
ホリーの言葉に遮られたタクトは、不貞腐れる。
「確かに。ダークスネークドラゴンは自分が認めた相手には従順という特性がある。その上、知能が高く我々の言葉が理解できるから、指示すれば大人しく帰るだろう。」
「だったら、元いたところに帰るよう命令してみます。」
ゼルはダークスネークドラゴンの前まで行くと、大きな声で指示を出した。
「おーい!ダークスネークドラゴン!魔王軍管轄魔物展示会へ帰ってくれ!」
...これで言うことを聞かなかったら、頭を下げている相手は確実に俺ってことになるよな?
そしたらやっぱり、『この中に厄災の魔王がいるかも』という流れになるんじゃねえか?
しかも、ダークスネークドラゴンはゼルに指示されたにも関わらず、無反応なように見える。
「ダークスネークドラゴンさーん!聞こえてますかー?魔王軍管轄魔物展示会って、どこか分かりますー?元いた場所ですよー。元いた場所に帰ってくださいねー!」
俺はゼルの後に続けて指示を送った。
「おいフレイ。何でお前まで命令してんだよ。」
「えっ?だってゼルくんの指示だと、どこに帰るか分かりにくいかと思いまして....。」
これなら俺が指示を送っても不自然じゃない。
咄嗟の思いつきとはいえ、我ながらナイスだ。
ダークスネークドラゴンは言うことを聞き入れたのか、ゆっくり後ろへ向くと、まっすぐ進み出した。
「まさか、こんなにあっさり解決しちまうとはなぁ。」
ゲイルは、事のスムーズさに感嘆の声を漏らした。
「ダークスネークドラゴンが無事に帰れるように、魔王軍管轄魔物展示会まで誘導してくれ。」
「はい!」
翼の生えた獣人兵士は、翼を羽ばたかせて空を飛び、ダークスネークドラゴンの前まで移動して誘導し始めた。
「なんだよ。せっかく俺の腕の見せ所だと思ったのによー。」
「まぁ、いいじゃないか。無事に解決できたんだから。」
「そうだぞ、小僧。誰も怪我をせずにダークスネークドラゴンを保護できるなんて、最高の結果じゃねえか。まさか戦わずに済むとは思わなかったが、結果的にお前らを連れてきてよかったぜ。」
「ホリー卿と、ご友人達。君達のおかげで魔物を保護できた。ありがとう。感謝する。」
アランは俺達に対して深々と頭を下げた。
「今日のお礼は、また改めてさせて欲しい。ひとまず、森を抜けよう。街まで案内するからついてこい。」
アランはそう言って道まで戻り、再び先頭を歩き始めた。
「ねぇみんな、このあと街に戻ったら、どこに行く?」
「僕はもう一度、デニスさんのお店に行きたいです。おかわりしたパフェを食べ損ねちゃいましたし。」
「私も!パフェ半分くらいしか食べられなかったから、もう一回ちゃんと食べたいわ。」
「僕も、デニスさんがキメイラ帝国に来た時の話、聞いてみたかったなぁ。」
「じゃあ、またあの店に戻って休憩しようぜ!」
「「賛成!」」
そんな雑談をしながらしばらく歩いていると、突然、アランは急に立ち止まって手を横に出し、後ろにいる俺達を抑制した。
「...来る。」
前方を覗くと奥の方から、黒い小人のような二足歩行の魔物が、群れをなして歩いて来ているのが見えた。
「あれは何ですか?」
「ダークノームだ。別名『森の死神』。奴らは目も耳も鈍感だから、何もせずじっと通り過ぎるのを待てば、害はない。」
チンケな姿をしている割には、物騒な肩書きだな。
言われた通りに、通り過ぎるのを待つことにした。
....。
.........。
.....遅い。
コイツら、動くのが非常に遅い。
ただでさえ短い足のせいで歩幅が狭いのに、一歩一歩、足を出すスピードも遅い。
しかも後方を覗くと、群れはまだまだ続いていそうだ。
「すみません、アランさん。時間がかかりそうですし、迂回して別の道を探すのはどうですか?」
痺れを切らした俺は、小声でアランに提案してみた。
「迂回するにしても、ダークノームが通り過ぎるのを待ってから進む方が安全だ。ダークノームはこう見えて獰猛な肉食獣だ。コイツらのテリトリーに近づいてしまった以上、下手に刺激する行動は悪手だ。」
こんなちゃちな生き物が肉食獣?
大袈裟なことを言う。
その後もしばらく待ってみるが、一向に通り過ぎる兆しが見えない。
退屈凌ぎに、音量ゼロでスマドゲームをプレイしていたが、スマドの魔力が減るだけで、ほとんど進展がない。
このままずっと立っていたら、足が棒になりそうだ。
...そうだ。
魔法で、コイツらの歩くスピードを速めればいいんじゃね?
俺はダークノームに、歩くスピードが速くなるように魔法をかけた。
その瞬間、ダークノーム達は一斉に立ち止まり、こちらへ顔を向けた。
「ま」
「ままま」
「ままままままま」
異口同音に気持ち悪い声で「ま」を連呼し出す。
その異変に気づいたホリーは、すかさずバリアを張った。
「誰だ!ダークノームを刺激したのは!」
アランは振り返って、今にも殴りかかりそうな剣幕で俺達を怒鳴った。
「お、俺じゃねぇです!」
「俺でもないぞ。」
「私でもないわ。」
全員、互いの顔色を伺いながら『自分はやっていない』と主張する。
ダークノームが気づいたのって、十中八九、俺のせいだよな?
俺もしれっと「僕でもありません」と言って誤魔化したものの、冷や汗が止まらない。
「今は犯人探しをしている場合じゃありません!ダークノーム達をなんとかしないと!」
ホリー、良いこと言うじゃないか。
バリアの外を見てみると、ダークノーム達はすでに俺達を逃がさないようにバリアの周りを囲っていた。
こういう時だけ移動するのが速い。さっきまでの遅い動きがウソのようだ。
「ままままままままままままま」
ダークノーム達はバリアで遮られているのを察知すると、後ろの方にいるダークノーム達が手前のダークノーム達を踏み台にして、バリアに登るように覆い始めた。
仲間を踏み台にしてバリアにくっついたダークノームも、後から登ってきたダークノームの踏み台になる。
そうして一段ずつ、ダークノーム達がバリアを覆っていく。
「どうしよう。これじゃあ、バリアを張りながら移動できない。」
「だったら、これでどうかしら!圧縮!」
カタリーナはダークノーム達を一匹ずつ潰していくも、数が多い上にどんどん集まってくるので、圧縮が追いつかない。
しかもダークノーム達は、圧縮された仲間を、吸収するかのように喰らいながら大きくなる。
「ダメだわ!これじゃ逆効果じゃない!」
やがてダークノーム達はバリアを覆い尽くし、バリアの中は真っ暗になった。
「どうしよう。閉じ込められた....。」
「ねぇ、ダークノーム達が諦めて帰るまで、ここでじっとしているのはどうかな?」
「それは難しいだろう。ダークノームは一度獲物を見つけたら、滅多なことでは諦めない。」
すると、足元に何かがくっつくような、乗りかかるような、そんな違和感があるのに気づいた。
足にまとわりつくソレは、だんだん上に登りながら足を締め付ける。
「下から攻めて来ている!」
アランの警告で、足にまとわりついているのがダークノームだと悟った。
俺は慌てて身体強化をし、足にくっついているダークノーム達を蹴散らす。
「うあぁぁぁぁ!!」
突然、ホリーが大声で悲鳴を出した。
その声と同時に、上から何かが雪崩のように降ってきた。
ホリーの身に何かあって、そのせいでバリアが解けてダークノームが降ってきたのだろう。
そのことを理解できたのは、降ってきた何かを掻き分けて、埋もれた状態から脱した時だった。
山のようになっているダークノーム達の周りを見回し、他に誰かいないか探す。
だが俺以外、誰もいない。
もしかして、喰われたのか?と考えた次の瞬間、ダークノームの山は大きな音を立てて四方八方へとはじけ飛んだ。
それと同時に、中からタクト達が武器を構えながら現れた。
ダークノームの山は、タクト達が中から勢いよく攻撃したせいで、小さくなった。
「ふぅ......ヤバかったぜ。」
「ホリー君がバリアを張っていたのに、まさか破られるなんて...。」
「ダークノームは土属性と闇属性の魔法に長けている。恐らく、地面と同化することで中に入ってきたのだろう。」
「ねぇ、カタリーナは?...カタリーナは、いないの?」
「そういえば、ライラもいねぇ!」
「ホリー坊ちゃんもだ!」
「ここにいない、ということは...」
アランが続きを言わずに、黙って視線をダークノームの山へと移した。
「嘘、だろ...?」
タクトは言葉を失った。
......あの3人が、喰われちまった。
アイツらは戦闘能力が低いから、ダークノームから逃げられなかったのか。
俺があんなことを、しなければ。
ダークノームに変な魔法をかけなければ。
そんな後悔と罪悪感に苛まれた。
....とりあえず、生き返らせよう。
そう思って蘇生魔法を使おうとした瞬間、蘇生魔法を使ったら正体がバレることを思い出した。
仕方ない。
少し面倒だが、隙を見て前世の姿に変装するか。
俺はタクト達に気づかれないように木の後ろへと隠れ、フレイを作った後にクドージンに変装し、再び姿を現した。




