【52】第13話:ドーワ侯国旅行(5)
「わぁ!素敵な船!」
私は乗船場に停まっているヤカタブネを見て、その優雅な姿に感嘆した。
ヤカタブネは、カワラヤネのように特徴的な屋根があった。
その屋根にぶら下がるように、チョウチンと呼ばれる赤い灯りが所々に飾られていた。
船の両側には窓があり、そこから見える船の中は、独特な世界観を醸し出していた。
タタミと呼ばれる、草原を彷彿とさせる緑色の床。
椅子の代わりのように机の周りに置かれた、ザブトンと言う名のクッション。
無数の四角い紙が貼られた、ショウジと呼ばれる仕切り。
どれも普段目にしないものばかりだけど、それらが合わさることで情緒のある空間を作り出していて、どこか気品のようなものを感じられた。
「ほー。凄ぇ船だな。長年生きてきたが、こんなけったいな船は初めて見るぜ。」
人生経験が豊富そうなゲイルさんでも、初めて見るんだ。
やっぱりカタリーナちゃんが行ってた通り、『ニホン』っていう異世界の産物なのだと改めて認識した。
「今更だけど、ゲイルのおっさんってヤカタブネに乗れんのか?確かヤカタブネってVIPフリーパスがないと乗れねぇんじゃねえの?」
「それなら俺も持ってるぜ。前にダイフク商会の系列店を襲った強盗を捕まえたら、お礼にってダイフク会長から直々に貰ってよ。あんなの大したことじゃないから、礼なんていらなかったんだがな。まさか使う日がくるとは夢にも思わなかったぜ。」
さすが元・騎士団長だ。
その武勇伝から、ゲイルさんは立派な人柄が伝わってくる。
「もう私、お腹ペコペコ〜!早く屋形船に乗りましょ!」
「だな。早くしねぇと、またライラのお腹が鳴っちまう。」
「もう!お兄ちゃんの意地悪っ!」
お兄ちゃんのせいで、またみんなに大笑いされた。
....仕方ないじゃん。生理現象だもん。
私は不貞腐れながら、みんなと一緒にヤカタブネに乗った。
船に乗ると、さっそく船員さんに机まで案内され、説明を受けた。
ニホンでは、ザブトンの上に座って食事をする習慣があるらしい。
私達は説明された通りに、ザブトンの上に座って食事が来るのを待った。
「そういえば話は戻しますが、ゲイルさんにキメイラ帝国を案内してもらう日は、いつが良いですか?」
「そうだなぁ。直近だと、あのアホ息子を探すために長めの休暇を取ってたから、明日以降もしばらくは空いているぞ。」
「それだったら、僕達もしばらくドーワ侯国に滞在する予定だし、こっちにいる間にキメイラ帝国に行こうよ。後日ディシュメイン王国からキメイラ帝国に行くより、距離的にも近いし。」
「そうですね!それにキメイラ帝国にもテレポーターがあるから、テレポーターを使えば日帰りで遊びに行けますからね。」
「わかった。じゃあ、お前らにオススメの観光地をいくつか考えておくぜ。」
キメイラ帝国にもテレポーターがあるんだ。
そっか、確かキメイラ帝国ってドーワ侯国と同盟を結んでいるから、2国間で技術提携とかしているのかも。
キョウシュー帝国にも、いつかテレポーターができたらいいのにな。
「そういえば、キメイラ帝国に行く前に一応忠告しておくが、『厄災の魔王』は絶対に言うなよ。最悪、殺されるぞ。」
「えっ?」
「なぜですか?」
「なぜって....説明すると少し長くなるが、結論から言えば俺達キメイラ帝国の亜人にとっちゃ、厄災の魔王は魔王じゃねえからだ。」
厄災の魔王が、魔王じゃない?
ゲイルさんの言っている意味が、今ひとつ理解できなかった。
「そもそも、お前ら人間にとって『魔王』って何だ?」
「俺らにとっての魔王?そうだな...邪悪な存在、とか?」
「それか、世界に災いをもたらす存在、かしら?」
「悪党の親玉、ですかね。」
「そうか。お前ら人間にとっちゃ、そんなモンか。」
私達の考えを聞いたゲイルさんは、少し悲しそうな表情をした。
「俺ら亜人にとっちゃ、キメイラ帝国の皇帝に与えられる称号なんだよ。はるか昔、初代皇帝が差別と迫害に苦しむ亜人たちを解放し、亜人を苦しめる人間たちを成敗していった。そんな皇帝を人間どもは恐れ、いつしか畏怖の念を込めて『魔王』と呼ぶようになった。だから『魔王』ってのは、俺達亜人にとっちゃ、英雄であり救世主でもあんだよ。」
そうなんだ。私達と亜人の人達とでは、『魔王』の言葉に対する重みが違うんだ。
「でもよ、おっさん。それは分かったけど、でも何で『厄災の魔王』が禁句なんだ?」
「厄災は、キメイラ帝国の皇帝じゃないからだ。何なら、先代の魔王を殺しやがった反逆者だ。先代の魔王を殺して、世界を滅亡させようとしたアイツを、人間どもが勝手に『厄災の魔王』だなんて言うようになっただけだ。」
そっか。
だからゲイルさんの息子さんは、お兄ちゃんが『厄災の魔王』って言ったときにあんなに怒ったんだ。
確かに、自分の国の皇帝陛下が殺されて、周りの国の人がその殺人犯を『新しい皇帝陛下だ』なんて言い出したら、いい気はしない。
皇帝陛下を想う気持ちが強ければ、尚更だ。
「でも、どうして厄災の魔王は、先代の魔王を殺したのですか?」
「十中八九、先代の魔王が持っていた龍脈抑制装置を奪うためじゃねえか?実際、ヤツは奪った龍脈抑制装置を使って世界を滅亡させようとしたしな。まぁ、アイツ本人じゃねえから、本心はわからねぇけどな。」
そういえば昔、シヴァ先生からそんな話を聴いたことがある。
クドージンさんは特殊な魔道具を使って、世界中の龍脈を封印しようとしたって。
その魔道具っていうのがきっと、先代の魔王さんが持っていたという龍脈抑制装置のことだったんだ。
「そもそも、厄災の魔王って何者なんだ?見た目からして魔物なのか獣人なのかも分かんねぇし。」
「ちょっと待て、小僧。お前、アイツのこと知ってんのか?」
お兄ちゃんがボソッと呟いた言葉に、ゲイルさんは食い入るように反応した。
「知ってるも何も、実際に何度か会ってるしな。それにこう見えて、俺は伝説の勇者の息子だし。アイツとは因縁があんだよ。」
「伝説の勇者って、お前やっぱりあのユシャ・ブレイブの息子か!すると、そっちの嬢ちゃんは女格闘家のロインの娘か?」
「ロインは俺とライラの母さんだ。もしかしておっさん、父さん達のこと知ってんのか?」
「知ってるも何も、俺は魔王軍の騎士団長として、アイツらと命懸けで戦ったからな。この体中にある傷と右目は、お前らの親にやられた傷だ。」
お父さん達とゲイルさんって、かつては敵対してたんだ。
「ハッハッハ!やっぱりお前ら、アイツらの子供だったか。お前ら、両親にそっくりだから、会ったときからずっと聞きたくてウズウズしていたぜ。」
ゲイルさんは私達の親のことを知っても、嫌な顔をせずに会話をしてくれた。
「そういえば、フレイくんも聖女セージャ様の甥っ子なんですよ!」
「え?あ、はい。僕の叔母さんも、勇者パーティの一人でした。」
「ほぅ、そいつは気づかなかった。なんせ、性別が違うからな。でも言われてみれば似ている気がするぜ。」
「そうですか?叔母さんに会ったことがないので、似ているかどうかが分かりませんが。」
「セージャ様、私達が生まれて間もないころに修道院に入ったって言ってたもんね。」
「へぇ、あの娘は修道院に入ったのか。敵の俺にさえ情けをかけて回復魔法をかけてきた奴だ。あの娘らしいな。」
敵対していたゲイルさんにも慈悲をかけるなんて、セージャ様はとても優しい方だったのだろう。
一度、会ってお話してみたかったな。
「ところでお前らの両親は、今は何してるんだ?」
「お父さん達は厄災の魔王を倒した後、キョウシュー帝国に移り住んで、今も冒険者をやってますよ。」
「皇帝陛下は、功績を讃えて父さん達に爵位と莫大な土地とお金を与えたらしいんだけど、父さん達はほとんど身寄りのない子供達に寄贈したって言ってたぜ。だからウチは金持ちってわけじゃねえけど、そんな父さん達を、俺は誇りに思う!」
「ハハハ。確かにあの泥臭い勇者様は、金持ちや貴族って柄じゃねえもんな。冒険者の方が性に合ってそうだ。」
ゲイルさんはお父さん達を貶すような言い方をしているけど、その温かい感じの口調からは、むしろ親しみと敬意が感じられた。
「そうか。アイツもまだ現役だって聞いて、なんか嬉しいぜ。もう一度、アイツらと戦ってみてぇなぁ。」
ゲイルさんは、しみじみと感傷にふけていた。
『もう一度戦いたい』という気持ちを理解するのは難しい。
でもきっとこれが、お父さん達とゲイルさんが心を通わせる手段なんだろうと、勝手に解釈した。
「話は戻すが、お前ら、厄災と何度か会ってるって言ってたな?そりゃ、どういうことだ?」
「どういうこともなにも、言葉通りの意味だよ。アイツは父さん達に倒された後、転生して俺達の前に姿を現したんだ。」
「そうなのか?!だったら、それってもしかして厄災はお前らの身近な人間に転生したってことか?」
クドージンさんが、私達の身近に?
考えたこともなかった。
でもクドージンさんって、確か.....。
「彼は、キメイラ帝国に住んでいると言っていましたよ。」
私の言おうとしたことを代弁するように、フレイくんは食い気味に答えた。
「アイツがキメイラ帝国に?本当か?もしそうだったら、お前らとどうやって会ったんだ?キメイラ帝国は、キョウシュー帝国やディシュメイン王国とはほぼ国交断絶してるだろ?」
「それだったら、アイツには関係ねぇぜ。アイツ、国境壁をぶっ壊して出入りしてるみたいだからよ。」
「国境壁をぶっ壊してって....デニスみたいなヤツだな。」
「え?」
ゲイルさんの口から、聞き覚えのある名前が出てきた。
「デニスさんって....もしかしてライトニング領から国外逃亡しようとしていた、尻尾の生えた獣人さんのことですか?」
「お前ら、デニスのことも知ってんのかよ!」
「ということは、やっぱりそうなんですね!デニスさんは7〜8年くらい前に、ライトニング領の森で会ったことがあります。デニスさんは今、キメイラ帝国で元気にしていますか?」
「7〜8年前っていえば、丁度デニス達がキメイラ帝国へ逃げてきた時期じゃねえか。アイツなら今、観光客向けの飲食店をやってるぜ。何なら、今度連れて行ってやろうか?」
「本当ですか!?是非、行きたいです!」
あの時の亜人さん達、元気にしていたんだ。
よかった。その話が聞けただけで、嬉しくなる。
「話が逸れちまったな。とにかく、厄災がキメイラ帝国にいるっていうのは意外だったぜ。お前ら、他に何かアイツのことで知っていることはあるか?」
「他に、ですか?」
彼のことで他に知っていることと言えば...。
名前がクドージンであること。
前世はニホン人であること。
2種類の姿があること。
死者を蘇らせる魔法が使えること。
....名前以外は、言っても理解してもらえない気がする。
「そもそも、なぜゲイルさんは彼のことを知りたいのですか?先代魔王殺害の罪で捕えようと考えているのでしたら、教えることはありませんよ。」
棘のある言い方で答えたのは、ゼルくんだった。
そういえばゼルくん、前にクドージンさんを貶したお兄ちゃんと喧嘩したことがあったっけ。
クドージンさんとの関係は分からないけど、ゼルくんにとってクドージンさんが大切な人だという事だけは分かる。
「へへっ。そう警戒すんなって。そういえばずっと気になっていたが、お前、厄災に似てるな。もしかして親戚か?」
「どんな理由で詮索しているのか分からない以上、教えるつもりはありません。」
「そもそも、獣人か魔物かも分かんねぇアイツと、人間のゼルが親戚って、あり得んのか?」
「多分、彼は元々、魔人なんじゃないかな?」
意外な意見を出したのは、レックス殿下だった。
獣人ならまだしも、魔人?
なんでその発想になったんだろう。
「そうか。やっぱり、魔人だったか.....。」
しかし殿下の意見を聞いたゲイルさんは、意外にも納得していた。
「いやいや、それはねーだろ。確かにアイツは気性が荒いけど、あの姿のどこに魔人要素があるんだよ!」
お兄ちゃんは、私の疑問を代弁するかのように話す。
「実はな、そうとも言い切れねぇんだよ。」
「なぜですか?」
そう聞くと、ゲイルさんは渋い顔をして、一瞬、話すのを躊躇った。
だけど意を決して、口を開いた。
「お前ら、今から言う事を茶化さず真面目に聞けるか?」
「はい。」
するとゲイルさんは真剣な面持ちで語り始めた。




