【47】第12話:友達じゃない(7)
....あれ。
ここは、どこだ?
いつ寝たかは覚えていないが、俺は寝ているらしい。
意識は覚醒しているが、頭痛と吐き気があるから、目は開けずに横になったままでいる。
そして記憶を少し遡った。
確か廊下で倒れてシヴァに運ばれて、医務室でチョコレートを食べて、それから外に出て....。
何で外に出たんだっけ?
じゃあ今は外なのか?
と思ったが、布団の温もりを感じるから、ベッドで寝ているのだろう。
瞼が重くて開けられないから、代わりに耳を傾けて周囲の音を聞く。
「フレイくん、大丈夫かなぁ。この前のカタリーナの件があるから、彼ももしかしたら、と思ってしまうよ。」
この声は、レックス殿下か?
いつもより声が弱々しく感じる。
「カタリーナちゃんの件?」
「あぁ、実はこの前、私も急に倒れちゃったのよ。ただ眠ってただけだし、すぐに起きたから大したことじゃないんだけどね。」
ライラとカタリーナもいるのか。
そんなこともあったな。
「それより、コイツ、本当に大丈夫なのか?死んだりしないよな?」
いつになく不安げな声で喋るのは、タクトか?
「さぁ、先生に診てもらわないと分からないよ。」
「あれ?もしかしてタクトくん、フレイくんのことが心配なの?」
ゼルとホリーもいるってことは、全員いるのか。
「テメェ、茶化すな!フレイが死ぬかもしれねぇんだぞ?お前はコイツが心配じゃねえのかよ?」
俺が死ぬかもしれない?
ちょっと待て、俺は今そんなに大変なことになってるのか?
「もちろん心配だよ。タクトくんは怒っていたから、てっきり心配しないのかと思って....」
「そりゃ、アイツが言ったことはムカツくけどさ....。
でも、それって本心じゃなかったんだろ?
それに、子どもの頃からずっと一緒にいたんだぞ?
なのに、もしフレイが死んだら.....そんなの、悲しいに、決まってんだろ。」
悲しい?
俺が死ぬのが?
タクトの言ってることが理解できず、頭の中でその言葉が繰り返される。
俺が死んだら、悲しい。
理解できない感情だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
この感覚は、母さんをドラゴンから助けたあの日や、カタリーナに友達と言われたあの日に感じた、不思議な感覚に似ている。
ふわふわとして、心が芯まで温まるようで、それでいてむずがゆい感覚。
この感覚は一体、何なんだ?
『フレイくんが今まで存在しないって否定してた、愛情そのものなんだよ。』
この気持ちが『愛情』?
でも、愛も友情も、この世界にはないって...。
『逆だよ。フレイくんは愛情を感じているのは紛れもない事実なんだから、愛も友情も無いっていうのが嘘なんだよ。』
愛も友情も無いのが、嘘?
だったらなんで俺は、今まで愛も友情も感じたことがなかったんだ?
なんで俺だけ...。
愛も友情もあるという主張は、『俺は今まで誰からも愛されない存在だった』のだと告げてくる。
それがひどく不快に感じた。
『それともフレイくんは、自分の中にある感情を否定してまで、愛も友情も無い世界を信じたいの?』
そうか。
俺は、愛も友情も無い世界を信じたかったのか。
当たり前のようにあるソレが、俺だけには存在しないという現実を受け入れたくなかったんだ。
それを認めてしまったら、自分が惨めな存在に感じるから。
だから、愛も友情も否定することで、自分の惨めな気持ちに蓋をしたんだ。
愛だの友情だの言っている奴を見下すことで、自分がそんな奴らより上だって、思いたかったんだ。
『だったら認めなさいよ。この世界には愛も友情もあるって。』
あぁ、認めてやるさ。
惨めだった自分を。
そんな自分を認めたくなくて、今まで否定していたってことも。
『私達はみんな、友達なんだって。』
....私達?
さっきから頭の中に響く声は、いったい誰の声だ?
夢の中で言われた言葉なのか、現実で言われた言葉なのか、区別がつかない。
友達、か....。
『そうだよ、みんな友達!』
最早、その言葉を否定するのが馬鹿らしくなった。
そうか、友達なのか。
そこで俺の意識は、再び夢の中へと戻された。
◆◆◆
「フレイくん、大丈夫かな?」
ベッドで寝ている彼が心配なライラさんは、不安を漏らす。
酔っ払って倒れた彼を医務室へ運んでから、かなり時間が経った。
彼は一向に、起きる気配がない。
「フレイくん、酔っ払った時のこと、ちゃんと覚えていたらいいな。せっかく仲直りできたんだし。」
彼と仲直りできたら、話したいことは山ほどある。
特に、ドーワ侯国旅行の計画は何としてでも夏休みまでに話したい。
「そうね。また意地張って『友達なんかいない!』なんて言いだしたら、面倒くさいもの。」
「そうだね。それにタクトくんが、またフレイくんを殴り始めたら大変だしね。」
「僕は、忘れていた方がいいんじゃないか、とも思うよ。」
意外な意見を言ったのは、ゼルくんだった。
「それは、なんで?」
「あのドラゴンを倒した魔法、もしかしたらフレイくんは知られたくないのかもしれないって思って...」
「どうしてそう思うの?」
「だって彼の魔法があれば、魔物村に出たという謎の魔物だって一瞬で倒せたはずだ。なのに、そうしなかったのは、魔法のことを僕らに知られたくなかったからなのかも、って思ったんだ。」
なるほど、確かに一理ある。
彼はあの魔法を「転生魔法」だと言っていたけど、実質「即死魔法」と変わらない。
強力な特殊魔法を持つカタリーナさんですら、「怒らせたら怖い」と時折思ってしまう。
ヒト一人を簡単に殺せる魔法が使えるとなれば、怖くて距離を取る人がいても不思議じゃない。
フレイくんは、僕達に怖がられるのを恐れて、今まであの魔法を使わなかったと考えれば、筋は通る。
....もしかして彼が「愛や友情なんて無い」なんて思うようになったのは、転生魔法のせいなのだろうか?
「確かに、その可能性もあるかもしれないね。」
「だったら、もしフレイくんが酔っ払った時の記憶が無かったら、あの魔法のことは黙っていようよ。私達だけの秘密ってことで。」
「「うん!」」
ライラさんの提案に、異論を唱える人はいなかった。
すると、タイミングを見計らったようにフレイくんは目を開いた。
そして辺りを見回しながら上半身を起こす。
「あっ!フレイくん、起きた?体調は大丈夫?」
「はい、まぁ...。ここは...?」
「ここは医務室だよ。君はシヴァ先生からもらったチョコのせいで、酔っ払って倒れちゃったんだ。」
「あぁ、確かに、シヴァ先生からチョコをもらって、それから何故か外に出たところまでは覚えています。」
「その後、どこに行ったかは覚えてる?」
「いえ。鼻歌を歌いながら中庭でスキップしていたところまでは覚えていますが、それより後の記憶が曖昧で覚えていません。」
中庭で鼻歌を歌いながらスキップて。
その時のフレイくんを想像するだけで、笑いが込み上げてくる。
しかし、第一アリーナでの事は覚えていないのは残念だ。
せっかく仲直りできたのに、また振り出しに戻るのか。
「それと、ライラさん。」
「なに?」
「その....。」
フレイくんはバツの悪そうな顔をして、弱々しい声で話す。
「この前は、その、ごめん。」
「えっ?」
「『友達じゃない』って言って....すみません、でした。」
嘘っ?!
酔っていた時の記憶がないのに、フレイくんが謝った。
彼の中で、何か心境の変化があったのかな?
謝罪の言葉を聞いたライラさんは、パァっと表情を明るくさせて喜んだ。
「それじゃあ、フレイくんと私は『友達』ってことだよね?」
ライラさんは、フレイくんの瞳をまっすぐ見つめて尋ねる。
しかしフレイくんは顔を逸らし、小さく頭を縦に振った。
「ちゃんと目を見て答えて!」
そんなフレイくんの顔を両手で挟み、無理矢理顔を合わせる。
するとフレイくんの顔は、少し赤くなっていた。
ライラさんと目は合わせているものの、若干目が泳いでる。
もしかして彼、照れてる?
「.....トモダチデス。」
フレイくんがやっとの思いで捻り出した声は、消え入るくらい小さかった。
その返事に、ライラさんは一瞬で満面の笑みを浮かべた。
「よかった!じゃあ、これで仲直りだね。」
「二人が仲直りできて、良かったよ。フレイくん、念のために聞くけど、僕やここにいるみんなも、全員友達だよね?」
本当に、念のための確認だ。
彼の中で曖昧な認識になっていた僕達の関係を、より強く意識させるために、僕はあえて聞いた。
フレイくんは顔を伏せると、項垂れるように頭を下げて頷いた。
「え〜?フレイくん、はっきり言ってよー!私達、ちゃんと言ってくれなきゃ分からないわ!」
カタリーナさんは彼の初々しいリアクションを面白がってか、少し意地悪なお願いをした。
フレイくんは恥ずかしさのあまりか、髪をくしゃくしゃと掻き乱し、顔を上げた。
「あぁもう!!友達ですよ!小っ恥ずかしいこと言わせないでください!」
フレイくんはヤケになって、叫ぶように宣言する。
そんな彼のリアクションが面白いからか、みんな笑顔になった。
和やかな空気が、その場に流れる。
「仕方ねぇなぁ。お前がそこまで言うんだったら、この前のことは許してやるよ。魔法石10個でな。」
「え?この前の件は、タクトくんとは直接関係ありませんよね?」
「そうだよ。それに魔法石10個って....お兄ちゃん、がめついよ!」
「魔法石だったら、僕持ってるよ。」
「本当か、ホリー!」
「うん。ただし、1個銀貨30枚で。」
「ちぇっ。お前、やっぱり金取るのかよ。」
その後は、他愛もない会話がとめどなく続いた。
まるでフレイくんと仲違いしていたことが嘘のように、以前のような楽しい時間が流れた。




