【45】第12話:友達じゃない(5)
午後の授業終わり。
今日はみんなで第一アリーナへ行く予定だ。
なぜなら、以前ホリーくんが言っていた学生用魔物転送装置が、第一アリーナに設置されたからだ。
学生用魔物転送装置とは、学生の実力に見合った魔物を召喚する実習用の魔道具だ。
魔力量は、魔物を倒せば倒すほど増える。
魔力量の多い魔物を倒せば、より増える魔力量は多くなる。
だから学校としては、転送装置を使って魔物を積極的に倒すことで、学生に魔力量を増やして欲しいのだろう。
...まぁ正確にいえば、人間や亜人を倒しても魔力量は増えるんだけどね。
授業の時に転送装置の説明があってから、タクトくんは早く使いたくてウズウズしていた。
カタリーナさんと殿下も使ってみたいと言っていたが、僕とホリーくんとライラさんは、そこまで興味はない。
ホリーくんもライラさんも、魔法が全然使えないからなぁ。
ホリーくんに至っては、彼の特殊魔法であるバリア以外、使っているところを見たことがない。
まぁ、僕が転送装置に興味がない理由は2人と全く違うけど。
「なぁ、ホリー。例の転送装置って、どんな魔物が召喚できんだ?」
「学生用魔物転送装置は理論上、どんな魔物でも召喚できるようになっているよ。それに、召喚する魔物の種類や属性、特徴なんかも指定できるんだ。」
「へぇ〜、凄いな!」
そういえばシヴァさんも、そんな事言ってたな。
シヴァさんが転送装置に組み込まれている魔術式を見るなり「最悪、この前みたいな事故が起こりかねない」とか言って、魔術式を若干修正していたのを思い出した。
雑談をしながら移動していると、やがて第一アリーナへと到着した。
第一アリーナの扉の前に行くと、中から激しい音が聞こえた。
どうやら面倒なことに、先客がいるようだ。
扉を開けると案の定、誰かが魔物を召喚して戦っていた。
魔物は大型のグリフォンが5〜6体おり、剣を持った男子学生が一人でグリフォン達を相手にしていた。
レックス殿下によく似たその男子学生は、グリフォン達をものともせずに薙ぎ倒した。
「凄い....!」
「グリフォンって、中級の冒険者でも手こずる魔物なのに...。」
「しかも複数相手に一方的に倒すなんて...!」
それを見たみんなは、思わず感嘆の声を漏らしていた。
男子学生は待機していた友人達から渡されたタオルで、汗を拭う。
すると彼らはこちらに気づいたようだ。
「あぁ?なんか気持ち悪い視線を感じると思ったら、ブスと平民ご一行じゃねえか!俺様の華麗な剣術に声も出ねぇか?」
相変わらずの突っかかる物言い。
やっぱり男子生徒はレオン・コーキナルだったか。
僕が穏和でなかったら、冗談抜きで初対面の時にコイツを死体にしていただろう。
僕が一番、大嫌いなタイプの人間だ。
「あら?勘違いもいいところね。こっちは貴方に一ミリも興味ないから。」
「用が終わったんだったら、さっさとどっか行けよ!」
「ハッ!貴様ら雑魚平民どもはその辺の雑魚でも相手にしとけよ。この転送装置は、俺様のように才能のある人間が使ってこそ意味があるんだよ。」
やっぱりコイツ、殺していい?
毎回コイツの罵倒を我慢して聞き流すのは、精神的に疲れる。
「才能ある人間が使うべきだって言うなら、俺たちだって使っていいだろ。」
「貴様らに才能がある?フハハハハッ!!」
レオンは取り巻き達と一緒に、高らかに嘲笑う。
「自己評価の高い愚民は滑稽だな。そこまで言うなら貴様らも魔物を召喚してみるがいい。」
そう言ってレオン達は学生用魔物転送装置から離れて、高みの見物をする。
ここでレオンよりも強い魔物を呼び出して倒すのは簡単だ。
でもそんな事をしたら嫌でも目立つ。
ただでさえ入学式前の魔力測定で目立つ結果を出してしまったから、これ以上目立つ行動は起こしたくない。
それに何より、僕の力はクドージンさんのものと言っても過言ではない。
見せびらかすために彼の力を利用するのは気が引ける。
「見てろよ、レオン。お前より強ぇってこと、証明してやるから!」
タクトくんはレオンに宣戦布告をすると、転送装置の前まで移動して、操作する。
すると召喚されたのは、レオンが召喚したのと同じグリフォンだった。
だけどタクトくんが召喚したグリフォンの方が数が多い。
「お兄ちゃん、はいコレ!」
ライラさんは、持ってきていた剣をタクトくんに渡す。
そして剣を受け取ったタクトくんは、父親譲りの剣捌きでグリフォン達をあっという間に倒した。
「ま、このぐらい余裕だよな。」
タクトくんはレオンを挑発するように言い放つ。
「あぁ?阿呆が。この程度で調子に乗るな愚民が。」
挑発に乗ったレオンは、転送装置の前まで移動して操作する。
すると召喚されたのはブラッディスカーレットドラゴンだった。
「なっ...!」
「嘘...!」
召喚された魔物に、僕たちだけでなくレオンの取り巻きも一様に驚く。
「レオンくん、それはダメだ!今すぐ魔物を還すんだ!」
ホリーくんにしては珍しく、怒鳴るように忠告する。
「ホリーくん、どうしたの?」
「レオンくんはきっと、セーフティモードをオフにしてドラゴンを召喚したんだよ!」
「えっと...その『セーフティモード』って何?」
「危険な魔物を召喚できないようにする機能だよ。普段はセーフティモードがオンになっているから、召喚者の実力以上の魔物は召喚できないようになっているんだ。でもコレがオフになっていると、理論上は厄災の魔王ですら、誰でも召喚できるようになる。」
「じゃあ、ブラッディスカーレットドラゴンを召喚できたのも、そのせいなの?」
「多分そうだよ。」
「アイツ、馬鹿じゃないの?!」
カタリーナさんに同意だ。
転送装置の設定をいじってまで分不相応な魔物を召喚するなんて、馬鹿げている。
案の定、レオンはブラッディスカーレットドラゴンに手こずっていた。
仮にレオンが倒されたとして、その後このドラゴンはどうなるんだろう。
目立つのは嫌だけど、もしドラゴンが暴れて学校に危害が及びそうになったら、僕が始末するしかないんだろうな。
......いや、待てよ。
もしこのままドラゴンが暴れたら、もしかしたらタクトくん達を助けるためにクドージンさんが現れるかもしれない。
タクトくん達の話によると、クドージンさんはいつもタクトくん達が危険な目に遭っている時に助けに来てくれるらしい。
だとしたら今の状況はクドージンさんを呼び出すのにうってつけだ。
僕たちは、ブラッディスカーレットドラゴンと闘うレオンを見守る。
最初こそ気圧されていたレオンだったが、必死に対抗しているおかげか、ドラゴンもだんだん弱ってきている。
そしてレオンもドラゴンも、互いに一歩も譲らない攻防により、両者ともに満身創痍だ。
どちらが勝ってもおかしくはない状況の中、先手を打ったのはレオンだった。
レオンの渾身の必殺技を頭から喰らったブラッディスカーレットドラゴンは、力尽きて地に付した。
レオンは肩で息をしながら、剣を杖代わりにしながらも辛うじて立っていた。
そして息を整えると、したり顔で僕たちの方を見る。
「どうだ?!これが俺様の実力だ!」
調子に乗った態度は鬱陶しいが、これは素直に凄いと思う。苦戦したとはいえ、ブラッディスカーレットドラゴンを倒したんだ。
平均的な学生と比較したら、レオンの戦闘能力は桁外れに高いのだろう。
....まぁ、僕が本気を出せばこんな魔物、余裕で倒せるけど。
「ッチ!」
その結果が気に食わないタクトくんは舌打ちをすると、また転送装置のところへ行こうとした。
「待ってタクトくん!もしかしてレオンくんより強い魔物を召喚するつもりかい?!」
「当たり前だろ!あんな挑発受けて、黙っていられるか!」
ホリーくんはタクトくんを羽交い締めして止めようとするも、タクトくんの肘打ちを喰らって倒れ込んでしまった。
タクトくんはそんなホリーくんを気にも止めず、転送装置をいじる。
「魔物の特徴は....『不死』にしたらアイツを召喚できるか?」
タクトくんは不穏な単語を口にしながら転送装置を操作する。
『不死』という単語で、彼が何を召喚しようとしているか検討がついた。
と同時に、身の程を弁えない彼の行動に一瞬、殺意を覚えた。
....シヴァさんが魔術式を修正して、召喚されないようにしてくれてて良かった。
大丈夫だとは思うが、それでも若干、不安だ。
「よし、コレで召喚してみるか。」
タクトくんは操作を終えると、転送装置を動かして魔物を召喚した。
大丈夫。きっと、召喚されない。
そう信じて転送装置の動作を見守る。
しかし僕の思いに反するかのように、転送装置は魔物を召喚し始めた。
「嘘だろっ...!」
混乱している僕をよそに、転送装置から魔物が召喚された。
召喚されたのは見たことのない大きなドラゴンだった。
そのドラゴンは全身黒緑色で、皮膚はスライムのように弾力と粘り気がありそうだった。
その姿はまるで腐った死体のように感じられた。
「何だよ、コイツ....。」
その魔物を見て、僕達やレオン達だけでなく、召喚した本人も絶句する。
「厄災の魔王を呼び出す予定だったけど、まぁいいか。」
タクトくんは気を引き締めると、剣を構えてドラゴンに斬りかかる。
しかしドラゴンの身体は弾力が強く、鈍い音とともに剣を弾き返した。
「クソッ!」
タクトくんは悔しそうな顔をしながら、もう一度ドラゴンに攻撃を繰り出した。
「鳳凰天空斬!!」
父親譲りのその秘技は、剣に炎と風を纏っていた。
剣に纏っている炎と風は、遠目でも分かるくらい強い威力を放っていた。
その剣を喰らったドラゴンは、片翼が斬られ地面に落ちる。
「よしっ!」
攻撃がやっと入ったタクトくんは、小さくガッツポーズをする。
しかしドラゴンは悲鳴をあげるどころか、斬られた片翼を咥えあげて、元の位置に戻すように背中へ持っていった。
すると、斬られたはずの翼が再び背中にくっつき、動き出した。
「はぁ?!」
「えっ?!」
「信じられない....!」
切断された肉体が、くっついて再び動かせるようになるなんて、ありえない。
あの能力はドラゴンの特性なのか?
馬鹿な。
そんな特性を持つ魔物は、聞いたことがない。
するとドラゴンはタクトくんに対して威嚇するように吼えた。
そしてくっつけた翼でタクトくんを吹き飛ばした。
「...クッソ!!」
タクトくんはドラゴンの攻撃を剣でガードするも、吹き飛ばされたダメージが大きいのか苦しそうだ。
「こうなったら、アレに賭けるしかねぇ!」
タクトくんは呼吸を整えると、剣を構えて精神統一をした。
そして素早く前進し、ドラゴンに飛び掛かる。
「風雅炎神光雷斬!!」
その叫びとともに、タクトくんの剣は神々しい光を纏った。
タクトくんはその剣をドラゴンの首めがけて振り下ろした。
と同時に、剣を中心に凄まじい勢いの熱風が周囲に広がった。
強力な技を喰らったドラゴンは、一瞬で首と胴が真っ二つになり、首が地面に落ちる。
技を出し終えたタクトくんは、ゼエゼエと呼吸を乱しながら、斬り落とした首を見つめた。
「....うしっ!どうだ!....俺だって、本気を出せば、こんなもんよ!」
タクトくんは勝ち誇った顔をしてレオンを睨みつける。
だけどレオンは悔しがるどころか、鼻で笑った。
「ハッ!そんな強さの分からないドラゴン一匹倒したところで、何とも思わねえよ。俺様が倒したブラッディスカーレットドラゴンの方が格上に決まっている。」
「はぁ?!さっきのドラゴンの方が強ぇに決まってんだろ!今の戦闘を見てブラッディスカーレットドラゴンの方が強いって言うなら、お前の目は節穴だ!」
「...ねぇ、お兄ちゃん。」
「何だと!この雑魚平民が!」
「やんのかコラ!テメェ!!」
「お兄ちゃんってば!!」
ライラさんの怒鳴り声に驚いて、タクトくんだけでなく僕達も彼女の方を見た。
「アレ....!!」
彼女は一点をずっと見つめながら、顔を青ざめていた。
僕達は彼女が指差した方向を見る。
そこには、先程タクトくんが倒したドラゴンの死骸があった。
ドラゴンの死骸は、死んだことに気づいていないのかピクピクと痙攣していた。
いや、よく見るとアレは痙攣じゃない。
ドラゴンの手は、まるで生きているかのように意思を持った動きをしている。
それに、何かを探しているようにも見えた。
ドラゴンの手が、切り落とされた頭部に触れる。
すると触れた頭部を持ち上げて、切断面を探して首にくっつけた。
「....っ?!」
「どういうことだよ!!」
信じられない。
ドラゴンは死ぬどころか、まるで首を斬られたことなど無かったかのように、平然としていた。
これじゃあ、まるで....。
「クドージンさん、みたい...!」
僕が思っていたことを、まるで読み取ったかのようにライラさんは呟いた。
アレは一体、どういうことだ?
とりあえずシヴァさんに連絡しておこう。
僕はスマドを取り出して、シヴァさんにメールをした。
「....ふざけんな。あんなバケモンがアイツ以外にもいてたまるかっ!」
タクトくんは声を震わせながら、ドラゴンを睨みつける。
そしてもう一度剣を構えて、ドラゴンに斬りかかろうとした。
しかしドラゴンはくるりと半回転し、尻尾でタクトくんを叩いた。
タクトくんは辛うじてガードしたものの、強烈な一撃を受けた彼は、剣を杖のようにして膝をついた。
そんな兄が心配になったライラさんは、タクトくんの元に駆けつけて介抱する。
「タクトくん、危ない!」
「アナタには悪いけど、助太刀するわ!圧縮!」
その状況に危機感を覚えたからか、レックス殿下とカタリーナさんも応戦し始めた。
「真・虎跳猛襲斬」
レックス殿下が必殺技を繰り出すと、ドラゴンの腕はあっさりと斬り落とされた。
そして殿下は何度も虎跳猛襲斬を繰り出して、ドラゴンの身体をバラバラにした。
バラバラになったドラゴンの肉塊に、カタリーナさんが手を翳して「圧縮」と言うと、肉塊は全て、握り潰されたトマトのように体液を四方八方に飛び散らせて小さくなった。
....カタリーナさんの魔法、エグいなぁ。
「二人とも、余計なことをしやがって...」
助けてもらったタクトくんは、図々しいことに殿下達に文句を言う。
「もう!お兄ちゃん!!」
怒ったライラさんは、タクトくんにデコピンをして窘めた。
「二人が助けてくれなかったら、今頃怪我じゃ済まなかったかもしれないんだよ!?ちょっとは反省しなさい!」
「ちぇっ。わかったよ。」
さすがのタクトくんも、怒ったライラさんには頭が上がらないようだ。
何はともあれ、いくら不死でも原型を留めていないくらい肉体がバラバラになれば、復活はしないだろう。
一瞬でもそんな事を考えた僕は、愚かだった。
「ウソっ...!」
「カタリーナ、逃げて!」
四散した小さな肉片達は、まるでスライムのようにゆっくりと転がりながら動き、肉片同士で合体する。
やがて小さな肉片の群れは、大きな一つの肉の山へと姿を変えた。
「なに....アレ....!」
目の前の生き物とは思えない存在に、その場にいた全員が声にならない悲鳴を上げる。
「みんな離れて!僕がアイツを封じ込めてみせる!」
咄嗟にホリーくんは避難するように指示を出した。
その声に従って皆が肉の山から離れる。
「バリア改!」
そう唱えると、ホリーくんはソレをバリアの中に閉じ込めた。
肉の山はナメクジのように這って移動する。
そしてバリアの外へ行こうとするも、出ることはできなかった。
「良かった、うまくいって。これでしばらくは大丈夫だと思う。」
「ホリーくん凄いわ!バリアって、そんな使い方もできるのね!」
「まぁ、こういう使い方ができるようになったのは、つい最近だけどね。できるようになってて良かったよ。」
「でもさ、アレにそこまで警戒する必要あんのか?ただのスライムもどきだろ?」
「さぁ、わからない。でも謎が多いし、警戒するに越したことはないよ。」
僕達はバリア越しに、肉の山の動きを観察する。
肉の山は不規則に移動し、さっきレオンが倒したブラッディスカーレットドラゴンのもとに辿り着いた。
すると肉の山は一瞬で広がって、ブラッディスカーレットドラゴンを覆った。
ブラッディスカーレットドラゴンは肉の山に咀嚼されているかのように、くちゃくちゃと汚い音を出す。
やがて肉の山はブラッディスカーレットドラゴンを取り込み、不気味なドラゴンへと生まれ変わった。
そして生まれ変わったドラゴンは、バリアを破ろうと、何度も体当たりを繰り出す。
「もう!なんなのアレ!!」
あまりの悍ましさに、カタリーナさんは悲鳴にも似た怒鳴り声を出した。
「駄目だ!今は大丈夫だけど、このままだといずれあのドラゴンにバリアを壊される!」
ホリーくんの弱音に、みんな顔を強張らせる。
どうすればいいんだ。
その気持ち悪い不死身の化け物に、誰も打つ手はなく呆然と立ち尽くす。
すると、どこからか呑気な鼻歌が聞こえてきた。
と同時に、第一アリーナの扉が開く。
現れたのはシヴァさん....ではなくフレイくんだった。




