【35】第11話:永久睡眠(2)
学園の中庭でカタリーナとアリーシャと話していると、後ろから足音が聞こえてきた。
「こんなところで何を話しているんだい、カタリーナ?」
振り向くとそこには、レックス殿下がいた。
「殿下!」
「お久しぶりです、殿下。今、カタリーナ様とフレイ卿の3人で、恋のお話をしておりました。」
「へぇ、恋の話か。僕もカタリーナの恋の話、聞きたいな。」
殿下が満面の笑みで話しかけたからか、カタリーナは神々しいものを見るかのように、顔に手を当てて興奮した。
「そ、そ、そんな!私の恋の話なんて!殿下に聞かせる価値もありませんわ!」
カタリーナは、湯気が出てるんじゃないかと思うくらい顔を真っ赤にさせて、殿下から目を逸らす。
「そんなことないよ。だって、カタリーナのことだったら何だって知りたいし。」
「わ、わわわわ私のことより!もっと知る価値のあるものはたくさんありますよ!ねっ?フレイくん!」
カタリーナは逃げるように、俺に話を振った。
『もっと知る価値のあるもの』って言われてもなぁ。
何かあったか?
....あっ!
「レックス殿下が聖ソラトリク教団に狙われていること、とかですか?」
「そう!それよ!!フレイくんナイス!」
「えっ?!」
「一体、どういうことですか?カタリーナ様。」
さっきまでの緩い空気から一変して、ピリついた空気になった。
「レックス殿下、アリーシャ様、落ち着いて聞いてくださいね?...実はこの前の魔物村の事件、恐らく聖ソラトリク教団が殿下を殺すために仕組んだ罠です。」
「えっ!」
「それは本当なのかい?カタリーナ。」
「間違いありませんわ。聖ソラトリク教団は、ショーン殿下を次期国王にして、ディシュメイン王国を宗教的植民地にするつもりなのです。」
すると、それを聞いた殿下は苦笑いをした。
「カタリーナ、それはあり得ないよ。だって何もしなくても兄上が次期国王になるのは明白なんだから。」
「そんなことはありませんわ、殿下。エセヴィラン派閥一同は、レックス殿下が次期国王になるのを心待ちにしております。」
「カタリーナ様の仰る通りですわ。私の父も『次期国王はレックス殿下以外あり得ない。ショーン殿下が王位につくことはない。』といつも言っております。」
「励ましてくれてありがとう。でも、やっぱり次期国王は客観的に見ても兄上以外にあり得ないよ。」
二人の言葉を聞いてもなお、レックス殿下は苦い顔で俯いていた。
「なんたって兄上は、王位継承順位第一位だからね。それに兄上はキョウシュー帝国の皇族・スイ王妃の子だけど、僕は平民の側室の子だ。何より、兄上はこの国始まっての天才だ。この学校の卒業試験に合格できずに入学している僕なんかとは大違いさ。これだけ圧倒的な差があるのに、兄上を差し置いて僕なんかが次期国王になるわけがないよ。」
レックス殿下って、意外と卑屈な奴だったんだな。
まぁ確かに、生まれも才能もショーン殿下の足元にも及ばない。
そんな兄とずっと比較されていたら、そりゃ卑屈にもなるか。
「ですがレックス殿下。ショーン殿下は奇病を患っておられるではありませんか。失礼ですが、あのお姿では仮に王になれたとしても、子が成せないのではないのでしょうか?」
一応、俺も殿下をフォローした。
「それは王位に関係ないよ。いざとなれば王家の血族の中から養子を迎えればいいだけの話だし。それに、エセヴィラン公爵が僕を次期国王に推している唯一の理由も『兄上が奇病を患っているから』ってだけじゃないか。
.....どうせだったら、奇病は僕が罹ればよかったのに。そしたら、完璧な兄上が次期国王になって、国民全員が幸せになれたのに。僕みたいな凡才が奇病に罹ったところで、誰も困ったりしないんだからさ。」
「そんなこと、ありませんわ!殿下!」
カタリーナは、殿下のマイナス思考を吹き飛ばすくらい、大きな声で否定した。
「でも...」
「『でも』ではありません。殿下には申し訳ありませんが、私は今、怒っております。」
そう言う割には冷静だな。
怒る時に『怒っています』って言う奴、初めて見た。
「レックス殿下は誰が何と言おうと、この国の....いえ、世界の宝です。存在そのものが、尊いのです!視界に入るだけでも至福なのです!それほどまでに素晴らしいレックス殿下を悪く言うのは、たとえレックス殿下本人でも許せません!」
ここまで暴走するカタリーナは、久しぶりに見る気がする。
コイツ、いつも殿下が絡むと変な方向に暴走するよな。
「カタリーナ、それは言い過ぎ...」
「言い過ぎではありません。事実です。レックス殿下はきっと、性根の悪いコーキナル派閥が言う戯言に毒されているだけですわ。そもそも、ショーン殿下と比較しなければレックス殿下の悪口を言えないなんて、逆に『悪く言えるような粗が無い』って言ってるようなものじゃない!アイツらの言う悪口って、『殿下はドラゴンより小さい』とか『殿下は龍脈より魔力量が少ない』って言うくらい、次元が低すぎるのよ。事あるごとにショーン殿下を引き合いに出してくるけど、そもそもレックス殿下の尊さとショーン殿下は一ミリも関係ないわよ。レックス殿下が賢くて剣術も武術も長けてて民思いで美の化身であることには変わらないじゃない!アイツら、殿下の....」
俺は途中からカタリーナの暴言を聞き流した。
途中から敬語じゃなくなっていた気がするが、気のせいか?
それから小一時間、カタリーナは『コーキナル派閥の悪口』と『レックス殿下がいかに素晴らしいか』を延々と語っていた。
カタリーナの暴言があまりにも滑稽だったからか、最初は沈んだ表情だった殿下も次第に笑顔になっていった。
「.....というわけで、いかにご自身が素晴らしい存在であるか理解していただけましたでしょうか、殿下。」
「うん、わかったよ。....ありがとう、カタリーナ。」
殿下に満面の笑みを向けられたカタリーナは、顔を真っ赤にして顔に手を当てた。
「殿下。その笑顔は....犯罪級です.....。」
「カタリーナ様は、レックス殿下のことが大好きなのですね!」
「だ、だだだだだ大好きだなんて!そんな!えっ?なんで?なぜそんなことを聞くのですか?」
「なぜって、あれほどまでにレックス殿下への愛を熱く語られていたじゃないですか。殿下のことを深く愛していなければ、あそこまで熱く語れませんわ。」
「え?....えぇー!!私、殿下の前で変なこと口走っちゃった?!ウソ。わー!!もう死にたい!土に埋まりたい!」
カタリーナはさっきまでの痛い語りを冷静に振り返ったからか、頭を抱えるようにして顔を埋めた。
「そんなことしないでよ。僕もカタリーナのこと、大好きだよ。」
その一言でカタリーナは気を失ったかのように倒れた。
....何だ、この茶番は。
「レックス殿下とカタリーナ様は、仲睦まじくて微笑ましいですわね。」
「あぁ。婚約者が彼女で、本当に嬉しいよ。こんなに可愛くて優しい彼女と結婚できる僕は、世界一の幸せ者だよ。」
「殿下、喋る内容がカタリーナさんに似てきましたね。」
殿下まで気持ちの悪い褒め言葉で婚約者を持ち上げ出したら、この痛々しい空間から逃げ出したくなる。
「そうかな?」
「ある意味、お似合いなお二人なのかもしれませんね。」
「そうですわね。レックス殿下とカタリーナ様が国王と王妃になるのが楽しみですわ!」
カタリーナが王妃?
コイツがそんなガラか?
しょっちゅう突拍子もないことを言っては周りを振り回すこの女に、王妃が務まるようには見えない。
殿下の言葉で気絶したカタリーナを見る。
間抜けな顔をして寝転がっているその姿からは、王妃としての品は一切感じられなかった。
「あのー、カタリーナさん。そろそろ起きませんか?」
俺はカタリーナの頬をつねる。
しかし起き上がる気配はない。
....コイツ、完全に寝てやがる。
「カタリーナさん、よくこんなタイミングで熟睡できますよね。」
「えっ?カタリーナ、寝てるの?」
「もしかして、体調が優れないのでしょうか?」
「念のため、医務室に連れて行こう。」
殿下は心配性だな。
中庭で呑気に眠っているカタリーナを、殿下はやさしく抱き抱える。
そして俺達は、医務室へと向かった。




