【34】第11話:永久睡眠(1)
「フレイくん、今日は大事な話があるの!」
授業の終わりにカタリーナに呼び出された俺は、二人で学園の中庭へ移動した。
「フレイくんも気づいているかもしれないけど....動き出したわ!奴らが!」
カタリーナの話は、唐突すぎて何を言いたいのかわからなかった。
「『奴ら』って誰ですか?」
「決まっているじゃない、聖ソラトリク教団よ。この前の魔物村の騒動、黒幕は絶対教団に決まっているわ。」
「えっと....その根拠は何ですか?」
「アップスターオレンジよ!もう原作開始時点からだいぶ経っているから、奴らが動き出したのよ。魔物村の騒動も、レックス殿下を殺すために奴らが企てた罠だったのよ、きっと。」
あ〜!そっか。
そんな設定にしていたな、確か。
え、じゃあ何だ?
『聖ソラトリク教団に突撃しよう』とか言い出すつもりか?
「こうなったら意地でも奴らの尻尾を掴むわ。フレイくん、聖ソラトリク教団に突撃しましょう!」
「っ?!」
本当に言いやがった!
危ない。思わず吹き出してしまうところだった。
「.....聖ソラトリク教団に突撃、って、極端じゃないですか?」
俺は笑いを堪えながら、カタリーナと喋る。
「そんな事言ったって、こっちは一回殺されているのよ?宮藤くんがいなかったら今頃、アイツらの思い通りになっていたわ。向こうがまた仕掛けてくる前に、こっちからも何か仕掛けないと!」
「そうは、言っても....。秘策はあるのですか?」
「まぁ、一応アテはあるわ。」
「アテ?」
「宮藤くんよ!」
は?
「不確定要素ではあるけど、彼、いっつもピンチの時に助けてくれるでしょ?だから私が聖ソラトリク教団に突撃して仮に窮地に陥っても、彼が助けてくれると思うの。」
いやいや。
今までもこれからも、お前を助けたつもりは一切ない。
俺をあてにされても迷惑だ。
「それに彼、エグいくらいチートだから、いざとなったら聖ソラトリク教団を彼に潰してもらおうと思うの。」
チートだか何だかは知らないが、お前のために教団を潰す気は微塵もない。
「カタリーナさん、宮藤迅さんをあてにして物事を考えるのは、良くないと思いますよ。僕は、彼がカタリーナさんに協力するとは到底思えません。」
これ以上俺頼りの対策を練られてもつまらないから、カタリーナに釘を刺した。
「それもそうね。彼って万年反抗期って感じがするから、お願いしても素直に聞いてくれないかもしれないわ。」
誰が『万年反抗期』だ!
「カタリーナさん、他の対策を考えましょう。」
「それもそうね。....って言っても、対策の打ちようが他に無いのよね。アリーシャ様は今のところ、いじめられている様子はないし。そもそもアリーシャ様が養子だって噂も流れていないわ。まぁ、私が『アリーシャ様の悪い噂は流すな』って圧をかけているからなのかもしれないけど。」
「でしたら、破滅フラグとやらが発動しなさそうですね。」
「いえ、まだ安心はできないわ。いつそんな噂が流れるかわからないし....。あぁ、卒業試験に合格できていれば、確実に回避できてたんだろうなぁ。」
そうか。
アップスターオレンジの設定は、カタリーナの立場で考えると対策できる手段が限られてくるのか。
『リアリティがあって且つ騙してて面白い設定』を追求していたけど、その着眼点はなかった。
これだと折角騙せても、カタリーナが動いてくれないから面白くない。
どうテコ入れしたものか。
....そうだ!
「でしたらカタリーナさん、アリーシャさんに別の婚約者を当てがうのはどうでしょうか。」
「えっ?」
「今更レックス殿下に別の婚約者を当てがうのは、今までの経験上、難しそうですよね?かといって、カタリーナさんが別の相手と結婚するという対策も、既に実践していますし。でしたら残っているのはヒロインであるアリーシャさんなのではないでしょうか?」
「それよ!その手があったわ!早速、アリーシャ様の婚約者候補を探すわよ。そのためにも、まずはアリーシャ様に好きな人がいるか聞いてみるわ。」
カタリーナはスマドを取り出してアリーシャへ連絡する。
アリーシャの婚約者を当てがう話に『好きな人』とやらが関係するかは疑問だが、まぁどうでもいいか。
ライラといい、母さんといい、カタリーナといい、女ってメルヘンな設定を現実世界に持ち込みたがるよな。
連絡を入れると、アリーシャからすぐに返信が来たようだ。
どうやら近くにいるようで、こちらに来るらしい。
俺とカタリーナは、中庭でアリーシャが来るのを待った。
「カタリーナ様、フレイ卿、お待たせしました。」
程なくして、アリーシャは中庭へやってきた。
「カタリーナ様、先程連絡いただきました『重要な話』とは、一体何でしょうか?」
「それはね...。」
「それは...?」
「ズバリ、アリーシャ様って、好きな人はいますか?」
「えっ?!」
頭の沸いた質問だからか、アリーシャも戸惑っている。
そりゃそうだ。『好きな人』とかいう恋愛小説にしか出てこないような設定を言われても、返答に困るのは当然だ。
「それは....その......。」
「あっ!その反応、もしかして本当に好きな人がいるんですか!?」
「っ?!......はい。」
アリーシャは顔を真っ赤にして首を縦に振った。
アリーシャもそっち側の人間か。
....俺も女に生まれてたら、こんな感じに脳みそお花畑になっていたのだろうか?
「ウソッ?!もしかして、その相手って....レックス殿下ですか?」
カタリーナは固唾を飲んで、アリーシャに尋ねる。
「いえいえ、それは違いますわ!第一、殿下にはカタリーナ様がいらっしゃるではありませんか。」
「いいのですよ、アリーシャ様。本当のことを言ってくださっても。私、覚悟はできていますから。むしろアリーシャ様が殿下を好きというのであれば、私は全力で応援しますわ!」
「ですから誤解です!私が好きなのはアラン様だけですから....あっ!」
アリーシャはまるで失言したかのように、口を塞いだ。
「え?.....えぇ〜〜!!」
それを聞いたカタリーナは、驚いて鼓膜が破れるレベルの声量で叫んだ。
「レックス殿下じゃなくて?!ウソ、それじゃあアップスターオレンジのシナリオと違うじゃない!っていうか、アラン様って誰??」
カタリーナは余程ショックだったのか、でかい独り言を言いながら慌てふためいた。
「カタリーナ様、さっき言った名前は忘れてください!」
「えぇ〜!そう言われましても、耳にした以上は聞きたいですよ。どんな人なのですか、アラン様って?」
「カタリーナ様にお願いされたら仕方ありませんね。
....アラン様は、燃えるような赤い髪と瞳が魅力的で、一見冷徹に見えるけど胸に熱い想いを秘めていて、それでいて私よりも大きくて包容力があって....。」
「アリーシャ様、よほどその方は素敵なのですね。アリーシャ様が恋する乙女の顔になっているの、初めて見ました。」
恋する乙女の顔....!?
言葉の破壊力が強すぎる。
俺は顔を伏せて笑いを堪えるのに必死だった。
「はい。身分違いで叶うことのない想いなので、私の心の内に留めていたのですが。」
「身分違いってことは、もしかして使用人さんですか?」
「えぇっ?!そ、そういうわけでは、ありませんが....」
「じゃあ、お相手はどういった方なのですか?」
「そ、それは.....内緒です!」
アリーシャはわかりやすく狼狽えながら、顔を横に逸らした。
「そうですか。ですが、たとえ身分違いの恋でも応援しますよ!アリーシャ様でしたら、きっと相手と結ばれますって!いえ、むしろ私が恋のキューピッドになってみせますわ!」
『恋のキューピッド』て。
さっきからカタリーナの口から出る迷言が、気になって仕方ない。
「お気持ちだけ受け取りますわ、カタリーナ様。ですが、私はお父様を裏切ることはできません。」
「諦めるのは早いですわ!フォージー侯爵も、きっと根気よく説得すれば許してくださいますよ!」
するとアリーシャは首を横に振って俯いた。
「お父様は私ととある方を、何がなんでも結婚させたいと考えていますの。私も何度か説得してみたのですが、お父様の意志はとても固く、説得はできません。」
「でしたら、先に既成事実を作るというのはどうですか?そしたらフォージ―侯爵も折れて最後には受け入れてくださいますよ。」
「そんなこと、できるわけないじゃないですか!」
アリーシャは突然、声を荒げて反論した。
「っ...!すみません、カタリーナ様。」
「いえいえ、こちらこそ軽率な発言をしてすみません。」
「カタリーナ様は悪くありません。ただ、私は絶対に、お父様を裏切ってはいけないのです。」
「...アリーシャ様?」
「カタリーナ様、それとフレイ卿、今から話すことは内緒にしていただけますでしょうか?」
「「はい。」」
「実は私...お父様とお母様の、本当の子ではないのではないかと、思っているのです。」
「「えっ!」」
嘘のシナリオが当たっている...だと...!
まさかこんな奇跡が起こるとは。
俺にとっては好都合だ。
これでカタリーナにとって、アップスターオレンジの信憑性が増したんじゃないか?
「子どもの頃からずっと感じていたのです。お父様にも、お母様にも似ていないと。もしかして血が繋がっていないのではないかと。
それでも、お父様もお母様も、私にたくさん愛情を注いでくれました。たとえ血が繋がっていなくとも、私にとっては大切な父と母なのです。
だから、私はそんな両親を裏切ってはいけないのです。」
「そう、ですか....。」
カタリーナが気まずそうに相槌をすると、場は静寂な雰囲気に包まれた。
やがて、沈黙を破るようにカタリーナが口を開いた。
「わかりました。私は、アリーシャ様の気持ちを尊重します。本心を言えば、アリーシャ様の恋が実るのを応援したいですが、大切な両親を裏切りたくないという気持ちもわかります。ですので、この件についてはこれ以上何も言いません。」
「ありがとうございます、カタリーナ様。」
「カタリーナさん、ちょっと待ってください!本当に諦めていいのですか?」
「フレイくん、野暮なこと言わないで。この話はこれでおしまい。わかった?」
「ですが、それだとアリーシャさんがレックス殿下と結ばれて、カタリーナさんは亜人に殺されるのではないですか?」
「えっ!?そ、そ、それはどどどどういうことですか、お二方?」
あ、そうか。
アリーシャはアップスターオレンジのこと、知らないんだった。
俺が急に嘘シナリオの話をしたせいで、アリーシャがわかりやすいくらいに混乱している。
「えっと...説明すると難しいのですが、とあるお方から『アリーシャ様とレックス殿下が婚約し、カタリーナは国外追放され、最終的に亜人に殺される』と予言されまして。」
「予言、ですか。...その、とあるお方と言うのは、一体どなたなのですか?」
「以前、私が『ある人を探している』という話をしたのを覚えていますか?」
「はい、確か黒目黒髪で彫の浅い目鼻立ちの男性、ですよね?」
「そうです!その人です。」
「そのお方が、情報源ですか....。」
アリーシャは手を顎に当てて、顔を顰める。
「カタリーナ様とフレイ卿は、お会いになったことがあるのですよね?そのお方は、どんな方なのでしょうか?」
「彼ですか?彼は宮藤迅という名前で、前世は厄災の魔王だったそうです。」
「厄災の魔王、ですか...!」
「アリーシャ様は厄災の魔王について、どのぐらいご存知ですか?」
「私は世間で言われているくらいの知識しかありませんわ。確か、キメイラ帝国の先代魔王を殺して、龍脈を抑制する魔道具を奪い、世界中の龍脈のほとんどを封印した魔物のことですよね?」
「はい。その認識で合っています。」
「その厄災の魔王の生まれ変わりが、クドージンという男性なのですよね?」
「はい。彼はそう言っていました。」
「なぜクドージンさんは、カタリーナ様を助けたのでしょうか?世界を滅亡寸前まで追いやった厄災の魔王が、いまさら人助けをするように思えません。」
「それはきっと、世界の滅亡は彼自身が望んでやったことではないから、だと私は思います。誰かに操られていたか、運命に逆らえなかったか....とにかく、何か事情があったのだと思うのです。でなければ何度も私達を救ってくれるはずがありませんから。」
カタリーナもそんな戯言を言うのか。
世界の滅亡しようとしたのは、俺自身の意志だ。
決して操られてやったワケじゃない。
ライラもカタリーナも、どうして宮藤迅のことを都合よく捉えようとするんだ?
「そう、ですか....。」
アリーシャはどこか不服そうな顔をしながら、カタリーナの意見を聞いた。
「話を戻しますが、厄災の魔王ことクドージンさんが、カタリーナ様に予言をされたのですよね?その予言は、どのくらい信用できるものなのでしょうか?」
「かなり信用できると思います。現に、彼から頂いた予言の中に『アリーシャ様が養子である』という内容もありました。」
「っ!やっぱり、私は....養子、だったのですね。」
「あっ!」
カタリーナは気まずそうに顔を伏せて、口を閉じた。
また空気が重くなってしまった。
しばらくの沈黙の後、アリーシャが口を開いた。
「とにかく、クドージンさんの予言ではカタリーナ様が亜人に殺されるかもしれないのですよね?でしたら、そうならないように私も微力ながら協力致します。」
「本当ですか?!ありがとうございます!ヒロイン.....じゃなかった、アリーシャ様が協力してくださるなら心強いです。」
カタリーナは興奮気味にアリーシャの手を取った。
「これでレックス殿下と婚約破棄になっても、アリーシャ様が説得して下されば国外追放は免れそうね。」
「えっ?何の話でしょうか?」
「えぇっと、....こちらの話です。」
「そうですか。そういえば昔、お父様から、カタリーナ様とフレイ卿は想い人だと聞きました。お二人は今も想い人なのでしょうか?」
「え?」
そういえば、そんな設定あったな。
最近はカタリーナも、俺を婚約者呼ばわりしてこないから、てっきり無かったことになったのだと思っていた。
「フレイくんを仮の婚約者にする話ですか?その話はもう諦めました。フレイくんが一切協力してくれないので、断念しました。」
どうやら勝手に諦めてくれていたようだ。
最初から強めに否定していたのが功を奏したようだ。
「そうだったのですか。私はてっきり、お二人は本当に恋仲なのかと思っておりました。お二人はいつも仲が良さそうでしたし。」
「私とフレイくんが恋仲、ですか?
アハハハハッ!面白い冗談ですね、アリーシャ様。
私とフレイくんは、ただの友達ですよ。」
「えっ、友達....?」
俺とカタリーナって、友達....なのか?
「カタリーナ様、もしかしてフレイ卿はそうは思っていないかもしれませんよ?」
「えっ!そうなの、フレイくん?」
「もしかしてフレイ卿は、カタリーナ様に振られてショックを受けているのではないでしょうか?」
「本当に?!ごめんね、フレイくん。私、あなたのことは友達としか思えないの。でも誤解しないで!あなたが悪い訳じゃないの。ただ、私の心は殿下でいっぱいだから、フレイくんの想いに応えられないというか....」
俺とカタリーナが、友達?
友達なんて概念、小説や御伽噺にしか存在しないはずだ。
その概念を俺に当てはめようとするなんて、カタリーナは馬鹿だ。
でも。
なぜかそれを、否定しようとは思わなかった。
否定したら取り返しのつかないことが起こりそうな、嫌な予感がするからか?
いや、それだけじゃない。
なんだ?このむず痒い感情は....?
「友達、ですか。」
「そう、友達!」
「....あれ?フレイ卿、もしかして喜んでいますか?」
「え?なぜです?」
「心なしか、嬉しそうに見えましたので。」
「そんなわけ、ないですよ。」
「そうよね。フレイくん、ごめんなさいね。でも、あなたは私にとって大事な友達であるのは変わりないわよ。たまに、びっくりするくらいドライに感じたり、『人の心はあるの?』って思うくらい非情に感じたりするけど、それでも大切な友達だと思っているわ。むしろ、そういう所もあなたの魅力だと思うわよ。」
「そう、なんですね。」
「フレイ卿、やっぱり嬉しそうに見えます。」
「....フレイくんって、つくづく変わっているわね。」
そんな会話をしていると、後ろから足音が聞こえてきた。




