【27】第9話:授業開始(4)
喧嘩したお兄ちゃんとゼルくんを落ち着かせるために、フレイくんはお兄ちゃんを、殿下とカタリーナちゃんはゼルくんを、それぞれ別のところへ連れて行った。
私は、お兄ちゃん達に怒鳴られて固まっているホリーくんが心配で、二人で教室に残った。
「ホリーくん、元気出して。」
励ましてみたものの、ホリーくんは呆然としている。
そしてしばらくすると、大きなため息をついてうなだれてしまった。
「『みんなで仲良く』って、そんなに難しいことなのかな?」
ホリーくんはうつむきながら、愚痴をこぼし始めた。
「別に世界平和とか、みんな友達とか、そんな大それたことを言いたいわけじゃないんだ。ただ、嫌いな相手とは距離を置くというか、関わらないというか....そうすればみんな嫌な気持ちにならないと思うんだ。とにかく、不毛な争いは見るのも辛いよ。」
同感だ。
私も、言い争いを見るのは辛い。
「私も、みんなで仲良くできればなぁって思うよ。」
「ライラさん....」
「いつもカタリーナちゃんやレオンくん、それにフレイくんが言い争っているでしょ?カタリーナちゃん達が悪いわけじゃないけど、アレを見るたびにいつも嫌な気分になるの。」
「ライラさんも?実は僕もなんだ。何というか、ギスギスした空気が辛いというか....。」
ホリーくんも、同じ気持ちだったんだ。
仲間がいて、嬉しく感じた。
「どうすればみんな、いがみ合わなくて済むんだろうね。」
「カタリーナさん達の場合、レオンくんが嫌味を言ってこなければほぼ解決だけど、実現は難しそうだよね。レオンくんに嫌味を言わないように説得するのは無理そうだし。」
「そうだね。いまさら部外者の私達が言っても、どうにもならなさそうだよね。」
「あと、タクトくんとゼルくんが仲直りできるか心配だよ。二人とも、譲り合う感じはなかったし。」
「そうだね。あのお兄ちゃんが、相手に譲歩して謝るなんて、想像できないよ。」
お兄ちゃん達が喧嘩した時のことを思い返す。
お兄ちゃんがクドージンさんを酷く言う気持ちはわかる。
面白半分に世界中の人を殺した彼は、どう考えても間違っている。
でも、クドージンさんを庇うゼルくんの気持ちも、分からなくはない。
彼の本心を聞いた後でも、それでも少しは良心があるんじゃないかって希望が捨てきれない。
....だって、どんな理由であれ、私達を助けてくれた命の恩人だもの。
「....ねぇ、ホリーくん。ホリーくんは、クドージンさんのこと、どう思う?」
「え?そうだなぁ....1回しか会ったことがないし、そこまで話していないから、何とも言えないかな?」
「そっか....。」
ホリーくんはライトニング邸でしか会ったことがないんだっけ?
だったら仕方ないか。
「ライラさん、もしかして彼のことで、何か悩んでいるの?」
「えっ?なんで?」
「だって、彼のことで悩んでいなかったら『彼のことをどう思うか』なんて聞かないでしょ?」
確かに、その通りかも。
「...実は私、クドージンさんが良い人であって欲しいの。確かに、あの人がやったことは悪いことだよ。それでも私達を助けてくれた人だから、完全に悪い人だと思えない、というか.....」
「確かに、人助けをする人に根っからの悪人はいないと思うよ。僕も彼が悪人じゃないって信じたい。だけど、以前彼が言っていたことは、本心のようにも感じるんだ。」
クドージンさんが前に言っていたこと...。
『世界を滅ぼそうとしたのは、単に面白そうだったからに決まってんだろ?』
アレは本当に、本心なの?
彼の心の中に、良心は一欠片も残っていないのかな?
「もし、彼が本当に根っからの悪人、だったら...。」
「だったら?」
「私は、彼に改心して欲しい。私達を助けてくれるくらいだから、きっとできると思うの!」
「改心、かぁ。」
するとホリーくんは、渋い顔をして質問をした。
「そもそもクドージンさんが世界の滅亡を望んだのは、なんでなの?」
「え?その理由は前、彼自身が言ってたよ?『面白そうだから』って。」
「ごめん、語弊があったね。そういう意味じゃないんだ。彼が『世界が滅亡したら面白そう』と感じる価値観になったのは、なんでかな?って思ったんだ。」
「それって、どういうこと?価値観なんて、人それぞれなんじゃないの?」
「確かに、人ぞれぞれではあるんだけどね。でも、その言葉で終わりにしたら、彼を説得するのは難しいんじゃないかな?」
ホリーくんは何を言いたいんだろう?
「クドージンさんの価値観がわからなくても、『人を痛めつけるのは悪いことだ』って言い続けたら、いつかは通じるんじゃないかな。」
「う〜ん。それは、どうだろう?」
ホリーくんは私の意見に、眉をひそめた。
「悪いことを『悪いことだ』と思っていない相手に、頭ごなしに『それは悪いことです』って言い続けても、相手の心には響かないと思うんだ。
というのもね。これは知人の資産家の話なんだけど、その資産家は、毎日のように罵詈雑言や嫌がらせをしてくる人がいて、困っていたんだ。ある日、その資産家は嫌がらせに耐えかねて、その人を裁判で訴えたんだ。そしてその人は当然、罰せられることになった。罰を受けることになったその人は、一体、なんて言ったと思う?」
「う〜ん。『今まで酷いことをして、すみませんでした。』とかかな?」
ホリーくんは、静かに首を横に振った。
「『なんで私がお金を払わないといけないんですか。金持ちの癖に、批判を真摯に受け止めずに弱者からお金を巻き上げようだなんて、やってて恥ずかしくないんですか?いいですよ。今回は仕方ないから慰謝料を払ってあげますよ。そのかわり、あなたは私の批判を客観的に受け止める努力をしなさいよ。こっちはお金を払ってやってるんだから、やって当然でしょ?』」
うわぁ。
反省どころか、暴言ばかりが出てきて、引いてしまった。
「ちなみにその人、裁判が終わった数日後に『あの資産家は権力を使って私を潰そうとした!自分にとって不都合な真実を言う人間に、無実の罪を着せるなんて、現代のヒトラーだ!』って声高々に吹聴し出したよ。」
「.....本当に資産家の人は、悪いことはしていないの?」
ここまで酷いと、資産家の人を疑いたくなる。
「していないよ。その人は至って誠実だった。
要するにこの話で言いたかったのは、どんなに悪い人でも『自分は間違ったことをしている』なんて微塵も思っていない、ってことなんだ。それが例え法に触れていたとしてもね。」
そんな...。
法を破るのって、普通に悪いことじゃん。
それなのに『悪い』って思えないなんて。
理解できない感性だ。
「あ。ライラさん、『理解できない』って顔しているね。じゃあ、悪いことをする人の心理を、さっきの困った人の話で例えてみるね。
さっきの困った人の考えは多分こうだよ。
『非常識な資産家がいたから、何度もキツく言って改善を促そうとした。しかし資産家はなかなか反省しないため、私は正義の鉄槌を下してやった。ところがその資産家は、権力を駆使して私を攻撃してきた。私は非常識な資産家を注意していただけなのに、なぜ訴えられないといけないのか。悪いのは客観的に自分を省みない資産家と、資産家を擁護する歪んだ法律だ。私は権力者にねじ伏せられた可哀想な被害者だ。』
こんなところかな?」
なるほど。
訴えられた人は客観的に見たら悪い人だけど、その人は『その人が思う正しいこと』をやっていただけなんだ。
その人からすれば、本当に悪いのは資産家の人や法なんだ。
「ライラさん、こんな風に考えている人に『悪口や嫌がらせは悪いことです』って注意して、伝わると思う?」
私は首を横に振った。
自分が正しいと思うことをしただけなのに、それを否定されたら嫌な気持ちににしかならない。
何なら、意地でも相手の意見なんか聞くものか!って思っちゃうかも。
だから訴えられた人は、謝らなかったんだ。
「話は戻すけど、クドージンさんを説得する時、さっきライラさんが言っていたみたいに何度も正論で訴えたら伝わると思う?」
「それは.....無理かも。」
彼が何で『人を殺すが面白い』と思うのかはわからない。
でも自分が面白いと思っているものを全否定されたら、誰だって不愉快だ。
それを何度も言われたら、聞き入れるどころか、その人と距離を置きたくなる。
「でも、それじゃあ一体どうやって、彼を説得すればいいの?」
「そうだなぁ。これは僕個人の意見だけど、まずは彼の気持ちを理解するのが一番重要なんじゃないかな。」
クドージンさんの気持ち?
人が、たくさん死んで、それを面白いと思う気持ち....。
想像しただけで、理解できない。
「でも私、どう考えても『人が死んで面白い!』なんて思えないよ。」
「なにも本当に彼と同じ気持ちになる必要はないよ。彼が『人が死んで面白い』と感じるようになった思考回路が理解できれば十分じゃないかな。」
ホリーくんは難しいことを言うなぁ。
「魔物を倒すのだって、闇雲に攻撃するより魔物のことを調べて弱点を狙う方が、倒せる確率が上がるでしょ?要するにそれと同じだよ。」
確かに、それは言えてるかも。
「あと、彼と仲良くなるのも大事だと思うな。説得って『何を言うか』より『誰が言うか』が重要だからさ。」
「『誰か言うか』?」
「そう。例えば、僕たちがレオンくんに『平民を差別するのは良くないことだよ』って言って、聞いてくれると思う?」
「う〜ん。『口ごたえするな!平民風情が!』って怒られる気がする。」
「じゃあ、レオンくんのお父さんが、彼に『平民を差別するのは品のない行為だからやめなさい!』って言ったら、彼は言うことを聞くと思う?」
「それだったら、言うことを聞くかも。レオンくん、お父さんのことを尊敬していそうだから、尊敬するお父さんの期待を裏切れないと思うし。」
「だよね?説得内容が同じでも、説得する人間が違ったら、結果も全然違ってくるんだよ。
人間って『言っていることの正しさ』と『言っている相手に対する感情』を割り切れるほど、器用じゃないんだよ。
まぁ、中にはそれができる器用な人もいるかもしれないけどさ。それができる人って、一部の徳が高い人だけなんだよ。」
確かに、それはそうかも。
私自身、『言っていることの正しさ』と『言っている相手に対する感情』を割り切れている自信がない。
「だからクドージンさんに『ライラさんの話だったら聞いても良い』って思ってもらってから、説得する方が効果的なんじゃないかな?」
なるほどね。
ホリーくんの助言は、的を得ている。
クドージンさんを説得するのに、彼を理解することと彼の信頼を得ることは、確かに重要なのかも。
「ごめんねライラさん、話が長くなって。いやぁ〜、歳をとると、どうしても説教臭くなっちゃうね。....気をつけないと。」
「ううん。むしろ、ありがとう。ホリーくんのおかげで、クドージンさんと、どう関わっていけばいいか分かったよ。」
よく考えたら、私は彼のことを全然知らない。
たった数回、会って話しただけだ。
でも、それじゃ駄目なんだ。
自分の理想を彼に押し付けるんじゃなくて、彼のことをもっと理解しないといけないんだ。
今度クドージンさんに会ったら、彼のこと、たくさん聞いてみよう。
好きなものはなにか。
普段は何をしているのか。
....彼の正体は、どこの誰なのか。
さすがにそれは答えてくれないか。
「あっ!ライラさん、ちょっと待ってね。」
ホリーくんがスマドを取り出して操作すると、画面を私に見せてくれた。
「タクトくんとゼルくん、仲直りできたって!」
「よかった!お兄ちゃん、ちゃんとゼルくんと話し合えたんだ。」
私とホリーくんは連絡を受けて、みんながいる講堂へと向かった。




