【18】第7話:アリーシャ嬢の誕生日パーティ(2)
アリーシャ様とフレイくんと話していると、フォージー侯爵が現れた。
アイマスクをつけているから素顔を見たことはないけど、アリーシャ様のお父様だし、きっとマスクの下はイケオジなのだろう。
「お父様、聞いてください!カタリーナ様が、尋ね人をおびき寄せるために、わざと自ら危険な目に遭おうと仰るのです。」
「それは関心しませんね。わざわざ身を危険に晒さなくとも、私共めに相談していただければ、いくらでも協力致しますよ。」
「ありがとうございます、フォージー侯爵様。」
「ですが、フォージー侯爵。カタリーナさんが探している人物について、何か手掛かりはあるのでしょうか?」
「カタリーナ嬢の尋ね人とは、以前彼女を悪漢から救ったという男性のことでしょうか?アリーシャから話は聞いています。」
そういえば、アリーシャ様にも宮藤くんについて聞いたことがあったわね。
「はい。彼で合っています。」
「確か、キメイラ帝国に住んでいるそうですね?」
「はい。本人がそう言っていました。」
するとフォージー侯爵は、何かを考える様子で口元に手を当てた。
「その人は、ライトニング領に住んでいる、という可能性はないのでしょうか?」
「えっ?」
「確か、カタリーナ嬢が救われた場所もライトニング領と聞いております。また、私が調査して得た情報によると、何件か目撃情報があるのですが、それらの情報に共通しているのは、『場所がライトニング領』ということです。ですから....」
「キメイラ帝国から、ライトニング領へ通じる道がある、ということでしょうか?だからライトニング領で度々見かけるのかもしれませんね。一度、父さんに尋ねて、そのような道がないか確認してみしょうか?」
フレイ君が話を割って入ったからか、フォージー侯爵は不服そうな顔をしていた。
「いえ、調べなくても結構よ。だって宮藤くんの場合、国境壁を破壊してライトニング領に入ってそうだから。」
彼、脳筋っぽいから、秘密の通路とか使わなそうだし。
「いくら国境壁がキメイラ帝国側が建設したものであっても、国境壁が壊されたら、流石にライトニング公爵も気づくのではないでしょうか?」
「以前、国境壁を壊してキメイラ帝国へ帰る時に、国境壁を元通りに修復していたので、ライトニング公爵も気づかないと思います。」
「なるほど。カタリーナ嬢が探している人物は、器用に魔法を使いこなせる人物なのですね。」
「はい。」
確かに、その点に関しては凄いと思う。
この世界の魔法は、そこまで自由度が高くない。
この世界では、生まれ持った魔力と、魔力コントロールがどれだけ優れているかで、使える魔法の幅が決まる。
いくら魔力が豊富でも、魔力コントロールが下手だと魔法は発動しないし、逆もまた然りだ。
彼みたいに、姿を変えたり生き返らせたり物を直したり、といった様々な魔法を使えるようになるには、それ相応の才能と修練が必要になる。
決して、念じるだけで簡単に発動する、便利なものではない。
そんな魔法を平然と、さも当たり前のようにこなす彼は、相当な魔法の才能の持ち主なのだろう。
「彼ほどの魔法の才があれば、王立ディシュメイン魔法学園の卒業試験なんか、簡単にクリアできるのでしょうね。」
「.....そうとも限らないのではないですか?卒業試験って実技だけではなく、筆記試験もありますよね。実技が良くても、筆記が悪ければ落ちるのでは?」
「確かに、それもそうね。」
すると突然、大きな怒鳴り声が響いた。
「貴様っ!汚い毛を落とすなと何度言えば分かるのだ!!」
怒鳴り声が聞こえた方角に目を向けると、そこにはジョンドゥー子爵と、猫耳と細長い尻尾のある獣人の青年がいた。
「どうかしましたか、ジョンドゥー子爵。」
フォージー侯爵は、ジョンドゥー子爵のもとへ行き、何があったのかを尋ねる。
フォージー侯爵について行くように、私達もジョンドゥー子爵のもとへと近づいた。
「あぁ、これはこれはフォージー侯爵。怒鳴り声を響かせてしまって申し訳ありません。」
「いえいえ、お気になさらずに。ところで、何か問題でもありましたでしょうか?」
「それが、今日アリーシャ様へ献上する予定の奴隷が、何度も毛を落とすものですから.....。フォージー侯爵、申し訳ありません。」
奴隷を献上?
それを聞いた途端、気持ちの悪い何かが、自分の中から込み上げてくるのを感じた。
この国では、奴隷は合法だ。
それどころか、奴隷は『物』と同じで、乱暴に扱おうが、壊そうが持ち主の自由だ。
だからといって、こんな非人道的な制度、到底受け入れられるわけがない。
「いえいえ。それよりも、アリーシャへの贈り物の奴隷とは?」
「はい、こちらのウェアキャット族のオスが、アリーシャ様へのプレゼントです。毛並みが綺麗で、目鼻立ちも良く、従順で、何より嬲ると良い声を出して鳴く。働かせるにも、拷問するにも、愛でるのにも、うってつけです。」
ジョンドゥー子爵は、まるでペットを紹介するように、獣人の青年の説明をした。
『嬲る』とか『拷問する』という単語が平然と出てくるのに、鳥肌が立つレベルの嫌悪感が湧いた。
ドン引き、という言葉では収まらないくらい、ジョンドゥー子爵が気持ち悪く思えた。
「それは素敵なプレゼントですね。アリーシャ、良かったな。」
えっ?
フォージー侯爵?
「はい!こんなに見目が良くて可愛らしい奴隷がいただけるなんて、とても嬉しいですわ。今から可愛がるのがとても楽しみです。ありがとうございます、ジョンドゥー子爵。」
アリーシャ様まで?
「アリーシャ様のお気に召して何よりです。」
「ジョンドゥー子爵、私も活きのいい奴隷が欲しいのですが、他にも奴隷はいますか?」
「はい、フォージー侯爵にオススメの奴隷も何匹かいますよ。エルフにハーピーにマーメイド....どれも良い声で鳴きます。特にお勧めしたいのは魔人のメスです。魔人は気性が荒くて扱い辛いですが、その分、虐め甲斐があります。何より、魔人は艶っぽい声を出す。フォージー侯爵もきっと満足されるかと思いますよ。」
「それは良いですね。今度ジョンドゥー子爵邸へ訪れた際に、それらの奴隷を紹介していただけませんか?」
「もちろんですとも!是非、我が領へおいでください。手土産の奴隷も用意してお待ちしています。」
フォージー侯爵も、アリーシャ様も、趣味の話で盛り上がるかのように談笑を続ける。
二人にそんな趣味があったなんて.....。
今まで慕っていた人達の、信じられない.....いや、信じたくない一面に、血が凍りつくような悪寒が走った。
二人のことは敬愛しているけど、今のやり取りでその気持ちが薄れていくのを感じた。
もしかして、私が知らないだけで、この国ではコレが普通なの?
もしそうだとしたら、おかしいのは、むしろ私?
「お前ら、マジでキモい。」
荒々しい言葉遣いで会話を遮ったのは、フレイ君だった。
いつも言葉遣いだけは穏和な彼が、敬語も使わずに棘のある言葉を発するのは、意外だった。
「はっ?」
「フ、フレイ卿?」
「失礼しました。あまりにも悪趣味だったので、思わず本音が出ちゃいました。」
彼はいつもの口調に戻ったものの、フォージー侯爵達に対する暴言は止まらなかった。
「だって、ヒトを痛めつけるのが楽しいって、客観的に見て気持ち悪くないですか?ぶっちゃけ、性格歪んでますよ。拷問が趣味なイカれた殺人犯がいたら、普通にドン引きしますよね?それと同じ感じです。」
「フレイ卿、話が飛躍しすぎです。法に則って奴隷を買っている私達と、殺人犯は全く違いますよ。奴隷は、あくまで道具です。道具を使って仕事をしたり、娯楽を嗜んだりするのは、非難されるべき行動でしょうか?」
「だから、ソレが悪趣味だって言ってんのが、わかんないですかねぇー?!」
ここまで、あからさまに怒りを露わにするフレイ君は初めて見た。
いつも、棘のあるセリフは言っても、怒ることは少ない彼にしては珍しい。
「これ以上、気持ち悪い変態さん達と話していたら頭がおかしくなりそうなんで、僕はここで失礼しますね。」
フレイ君は捨て台詞を吐いて、そそくさとその場から立ち去ってしまった。
正直、彼のその態度を見て安堵した。
奴隷制度が気持ち悪いと思っているのが、私だけじゃなくて良かった。
「ジョンドゥー子爵やフォージー侯爵には失礼ですが、私もフレイ君と同じ気持ちです。」
「カタリーナ嬢まで?!」
私は、この流れに乗じて意を唱えた。
「ジョンドゥー子爵、そもそもなぜ亜人の彼は奴隷なのですか?」
「そ、それは亜人だからです!」
「それだけですか?たとえば、彼が何か悪いことをした、ということはありませんか?」
「いえいえ!此奴が何か良からぬことをしていたら、その場で嬲り殺しております。ですので、主人に対して逆らう個体ではありません。」
ジョンドゥー子爵は、途中から私ではなくアリーシャ様に説明するように話した。
「それでは、彼が使えないから奴隷になったのでしょうか?」
「それも違います。此奴は働かせても優秀で、仕事の覚えも早く、機転が利いて賢いです。ですので、働かせるにしても、うってつけの奴隷です。」
アリーシャ様へ弁明するかのように、ジョンドゥー子爵は語った。
「では、彼が奴隷である理由は、本当に『亜人だから』という理由以外はないのでしょうか?」
「はい、もちろんです!」
「奴隷になる理由って、たったそれだけですか?重大な罪を犯して、その罰で奴隷になるのであれば、まだわかります。ですが『亜人』という変えられない理由で、無条件で奴隷にするのは理不尽ではありませんか?」
「それは.....」
アリーシャ様は、バツが悪そうに俯いた。
少しは説得が効いているみたい。
「それに自分が人間に生まれるか、亜人に生まれるかなんて、選べるわけがないじゃないですか。私達はたまたま、貴族に生まれることができたから、奴隷にならずに済んでいるのですよ?『たまたま運が良かっただけ』の人間が、そうでない人達を虐げる権利なんて、あるのでしょうか。」
「ありますよ。」
即答で反論したのは、フォージー侯爵だった。
「私達はどうであれ、生まれながらに役割を与えられているのですよ。貴族に生まれたからといって、その役割から逃れられるわけがありません。現に、カタリーナ嬢も公爵令嬢という役割から逃れられないではありませんか。」
確かに、お父様や周囲からは常に『公爵令嬢としての役割』を求められている。
その最たるものが、レックス殿下との婚約だ。
私一人の意思ではどうにもできない。
「かくいう私も、生まれながらに『盲目』という変えられない役割を与えられました。ですが、それを理不尽に感じたり、不満に思ったことは一度もありません。皆が皆、与えられた役割の中で懸命に生きるからこそ、社会が発展するのではないでしょうか?」
役割だから、虐げられる運命に従えってこと?
そもそも、そんな理不尽な役割を勝手に作っているのは、私達人間でしょ?
「与えられた役割が、例え奴隷であっても、同じことが言えますか?」
「それはわかりません。ですがもし奴隷であることが不満でしたら、命懸けでキメイラ帝国へ逃亡すれば良いのでは?与えられた役割を捨てるには、それ相応の覚悟が必要となりますが。」
駄目だ。
フォージー侯爵は説得できそうにない。
侯爵からは、確固たる信念が感じられる。
それを捻じ曲げてまで、『奴隷はいけないことだ』と説き伏せるだけの話術は、私にはない。
「...厳しすぎますよ、フォージー侯爵。」
「ははっ。カタリーナ嬢、理想を掲げるのは悪いことではありませんよ。もし奴隷制度が嫌であれば、カタリーナ嬢が自分の役割の範囲で、世の中を変えてみてはいかがでしょうか?」
私の役割の範囲で?
考えたこともなかった。
よく考えれば、今の世の中に文句があるのに、自分自身でそれを変えようと動かないのは、虫のいい話なのかも。
「私に、世の中を変えることなんて、できるのでしょうか?」
「できますよ。カタリーナ嬢なら、きっと。ですのでカタリーナ嬢が世の中を変えてしまう前に、奴隷でも買いだめしておきましょうか。ね、ジョンドゥー子爵?」
「は、はい!」
フォージー侯爵はそう言うと、またジョンドゥー子爵と奴隷の話で盛り上がった。
この国の奴隷制度を変えるために、私ができることって、何があるかしら?
....あ!そうだわ、レックス殿下と結婚して、王妃になればいいのよ。
そうすれば、法律を変えることができなくても、私が奴隷制度に反対の声をあげれば、国民が奴隷を買いづらくなる。
現に、スイ王妃が王妃になってから、この国では王妃が入信している聖ソラトリク教の信者がかなり増えた。
王妃になれば、その声の影響力は絶大だ。
私が王妃になれば....って、それはダメじゃない!
当初予定通りにレックス殿下の婚約者になったら、乙女ゲームのヒロインに『ざまぁ』されて破滅するじゃない。
王妃どころではないわ。
そもそも今の私は、『奴隷を救おう』とか言っている場合じゃなかった。
救えるなら救いたいけど、今は自分の破滅フラグ回避を優先しなくちゃ。
私は奴隷話をこれ以上聞きたくなかったので、フォージー侯爵達と別れて、あてもなく中庭へと移動した。




