【108】第23話:キョウシュー帝国へ(5)
ホリーの魂を見るや否や、神父はいきなりホリーを指差して大声で叫んだ。
「悍ましい!かの者には、厄災の魔王の魂が憑依しております!」
「はぁ?」
何言ってんだコイツは。
憑依も何も、厄災の魔王は今ここに居るんだけど。
百歩譲ってゼルのことを言っているのだとしても、ゼルもホリーに憑依しているはずがない。
あまりにも馬鹿馬鹿しい発言に、俺はもちろん、みんなもクスクスと笑いを抑えるので必死だった。
「ハハハ、そんなワケねーだろ。だってアイツは...。」
「お兄ちゃん、シー!」
タクトがうっかり口を滑らせそうになったが、その前にライラが忠告したお陰で、ボロが出ることはなかった。
「いいえ。決して間違いではありません。この胸に2つ輝く魂が、肉体に魂が2つ宿っている証拠なのです。あなた方は厄災の魔王の恐ろしさをご存知ないのでしょう。厄災の魔王は、勇者ユシャ様に倒されても尚、魂は新しい肉体を求めて彷徨い、復活を目論んでいるのです。」
目論むも何も、既に復活しているが?
「とりあえず、落ち着いてください。神父さんは、僕のような人間を初めて見たため、早合点してしまっているのだと思いますよ。仮に魂が2つあるとして、それが厄災の魔王の魂とは限らないのではないでしょうか?」
ホリーは神父を馬鹿にすることなく、優しく諭すように尋ねた。
「それはあり得ません。貴方の中に宿る魂のうちの一つは、絶対に厄災の魔王です。」
「その根拠は何ですか?」
「今、我々が魂の光が見えているのは、ソラトリク様が我々に教えてくださった『贖罪の儀』の奇跡によるものなのです。ソラトリク様はこの儀式を伝授した際、『悪しき魂の持ち主は死後、良き魂と共に新たな身体へ受肉し、肉体を共にする』と仰いました。ですので、あなたに宿る魂のうち、いずれかは悪しき魂...つまり厄災の魔王の魂なのです。」
「なるほど、勉強になります。ところで素人質問で恐縮ですが、贖罪の儀が正しいという根拠は何なのでしょうか?」
すると神父は腹を立てたのか、少し声を荒げて喋った。
「あなたは、ソラトリク様を疑うというのですか!」
「いえいえ。すみません、語弊がありましたね。例えばですが、ソラトリク様が教えてくださった贖罪の儀が完璧だとしても、神父さんが正しく行えていなかければ、誤った結果になるのではないでしょうか?」
ホリー、それはそれで失礼だぞ。
まぁ、一番失礼なのは神父だが。
「それはあり得ません。この儀式で過去に一度、厄災の魔王を見つけたことがありますから。」
「でしたら、厄災の魔王は今もその人にその人に憑依しているのでは?」
「残念ながら、その方は既に亡くなられました。そのため、また転生した可能性が高いのです。」
「ちなみに、その方を見つけたのは何年前の話でしょうか?随分前の話であれば、記憶違いという可能性もありそうです。」
「その方を見つけたのは10年前です。その頃から全く同じ段取りで儀式を行っているため、今も昔も間違いはありません。」
「なるほど。ですが10年前に見つけたその方が死んで転生したのであれば、今厄災の魔王に憑依されているのは10歳以下の子どもなのでは?ちなみに僕は今15歳です。」
「....実は10年前に見つけた方に取り憑いていた魂は、厄災の魔王のものではありませんでした。ですので、厄災の魔王の魂は今、貴方に憑依しているのです。」
「10年前の判断が誤りなのであれば、やはり今回も判断を誤っているのでは?儀式の段取りは10年前も今も同じなのですよね?」
ホリーの質問攻めに、神父はとうとう根を上げて黙った。
ただ質問するだけで相手を黙らせるなんて、ホリーは案外口喧嘩が強いんじゃないか?
とはいえ、コイツと喧嘩することはほぼ無いが。
「....ですが。」
神父は悪あがきをするかのように、ホリーに食いついた。
「貴方に魂が2つあることには変わりありません。そして魂が2つある場合、1つは悪しき魂であることも変わりません。ですので、悪しき魂は浄化せねばなりません。」
「そもそも僕の魂が悪しき魂であると断言できるのでしょうか?確かにソラトリク様は『悪しき魂は良き魂と肉体を共にする』と仰ったかもしれません。ですがそれなら、『良き魂が良き魂と肉体を共にする』可能性だってあるのでは?『魂が2つ混在する場合、両方が良き魂であるパターンはない』と証明するものはあるのでしょうか?」
「ホリーくん、それ悪魔の証明じゃん....」
カタリーナの言う悪魔の証明とやらが何かは知らないが、ホリーが無茶な質問をしている、という意味合いは伝わってきた。
神父もそんなホリーの質問に眉をしかめて、返答に困っていた。
「...仮にあなたの魂が両方良き魂である場合、浄化しても変化が起きないだけです。ですので、どちらにせよ浄化の儀を行い、魂を清めれば良いだけの話です。」
「浄化の儀、とはどのような儀式ですか?」
「悪しき魂を清める儀式です。」
「あれ?贖罪の儀も確か、悪しき魂を清める儀式じゃありませんでしたっけ?」
「それは....それは.....」
しぶとく口ごたえするホリーに、神父は苛立ちを隠しきれなくなっていた。
「神父様、どうなされましたか?」
すると後ろの席に座っていた信徒達が、俺達の様子を不穏に思ってやってきた。
「あぁ!あの者、魂が2つ....ということは厄災の魔王の生まれ変わりだ!」
「穢らわしい!」
「滅せ!滅せ!」
信徒達はホリーを見るや否や、今にも襲い掛かりそうな勢いで迫る。
「皆さん、落ち着いてください。」
そんな信徒が暴走しないように、神父は宥めた。
一方のホリーは信徒達に怯えて、ゆっくり後退りする。
「そ、それでは僕はこれにて失礼しますね。確か悪しき者は金貨1枚を献金、でしたよね?こちら、お渡ししますね。」
ホリーは財布から金貨1枚を取り出すと、神父の手に握らせた。
「待て!厄災の魔王め!」
「貴方の写真は撮りました。もし逃げたら、この写真を全世界に広めます。逃しはしません!」
信徒たちはホリーを取り囲んで、退路を封じる。
「コイツらウゼェ。教会ごとぶっ潰していいか?」
「駄目ですよクドージンさん。そんなことをしたら、今度はクドージンさんが目をつけられます。気持ちはわかりますが。」
ゼルの意見も一理あるが、この状況で何もしないのはもどかしい。
「まぁまぁ、信徒の皆さん、落ち着いてください。悪いのは目の前にいる彼ではありません。彼に取り憑く、厄災の魔王の魂です。」
神父はさっきまでの苛立った様子から一変して、ほくそ笑みながらも冷静に信徒と話す。
「そういうことですので、厄災の魔王の魂を滅するためにも、浄化の儀を受けていただけますでしょうか?」
信徒達は蛇のような目つきで、ホリーを監視している。
断ったら速攻で飛びかかってきそうな勢いだ。
「.....はい。」
そんな状況じゃ断ることなんかできない。
ホリーは苦い顔をしながらも、浄化の儀を受け入れた。
「ご理解いただきありがとうございます。そういえばまだ名前を伺っておりませんでしたね。よろしければ教えてくださいませんか?」
「僕はホリ.....」
「ホリ?」
ホリーは名乗ろうとした瞬間、躊躇して口を閉した。
きっと、こんな連中に本名を教えたらマズいことになると思ったのだろう。
「ホリ...何でしょうか?」
「ホリ...」
だがホリーは、迂闊にも名前をほぼ言ってしまっている。
ここから誤魔化すのは難しいんじゃないか?
「....ホリケン・サイーズです。」
何だよ、その名前!
苦し紛れに出した偽名とはいえ、もうちょっとマシな名前はなかったのか?
「ホリケン・サイーズさん、ですね。」
「はい。」
出鱈目な名前だが、神父は何一つ疑問に思うことなく受け入れた。
「ではホリケンさん。今すぐにでも浄化の儀を始めましょう。浄化の儀を行う『清めの場』は、我々聖ソラトリク教の信徒意外は立入禁止となります。他の皆さんは先にお帰りください。」
神父がそう言うと、質問する余地も与えずに、俺達は半強制的に教会から追い出されてしまった。
「ったく、何なんだよアイツら!」
「ホリーくん、大丈夫かしら?」
みんな、神父達の強行への不満と、ホリーへの心配を抱えたまま、教会の前で立ち尽くしていた。
「アイツら、一体何をするつもりなんだろう。ホリーくんが殺されないか心配だ。」
「流石に殺すとかはないんじゃないかな?いくらクドージンさんと勘違いしているからって、神父さんがそんな恐ろしいことするわけないよ。」
ライラの認識は甘いな。ゼルの言う通り、アイツらなら目的によってはホリーを殺しかねない。
仕方ない。ホリーが大丈夫か、様子でも見るか。
俺は魔法でホリーの様子を映し出した。
「えっ!何これ?」
「宙にディスプレイが浮いてる....!」
「この映像は一体、何なのでしょうか?」
「見てわかんねぇか?今のホリーの様子を映してんだよ。」
「そんなことも出来るの?宮藤くん、相変わらず魔法に関しては器用ね。」
「ですが、クドージンさん。ここでホリーくんの様子を見るのは、まずいと思います。信徒たちに見られたら何をされるか分かりません。ひとまず、別の場所に移動して監視しませんか?」
「それもそうだな。」
ゼルの助言を受けて、俺達は一旦、学校の寮へと戻った。
そして午前中同様、再びカタリーナの部屋に集まってホリーの様子を見ることにした。
魔法で現在のホリーの様子を映し出すと、ホリーはいつの間にか白い服に着替えていて、質素な部屋の中にいた。
そして、粗末な椅子に座ったまま『はぁ』とため息をついて項垂れていた。
精神的に、相当参っていそうだ。
「ホリーくん、どこに連れて行かれたんだろう。」
「そういえば神父さん達はどこにいるのかな?」
部屋の中を見回したが、神父達はいない。
そこで部屋の外側を見てみたところ、扉の前に監視と思われる信徒が2人、立っていた。
「宮藤くんの魔法って、ここまで自由に色々見ることができるのね。つくづく便利ね。」
「そんなことより、この様子じゃホリーはどこかに監禁されているんだろうな。」
「今ならホリーくんにデンワしたら、繋がるかな?」
ライラは試しにホリーのスマドに電話したが、繋がらない。
ホリーのいる部屋からも、着信音が聞こえない。
「スマド取り上げられてんのか。厄介だな。」
「だったら直接、ホリーと話せるようにしてみるか。」
俺は魔法で、ホリーに俺達の声が聞こえるようにした。
「おいホリー、聞こえるかー?」
「えっ?」
ホリーは突然の声に驚き、勢いよく頭をあげて周りを見回した。
「ホリーくん、聞こえていたら返事して!」
「...はい、聞こえて、いますが...?」
俺達の声に戸惑いながらも、か細い声でそう答える。
「本当に聞こえるんだ。....最早いちいち宮藤くんの魔法にツッコむのが馬鹿らしいわ。」
「えっと、今の声はカタリーナさん?クドージンさんとライラさんの声も聞こえたけれど、どういうこと?」
ホリーはキョロキョロと上の方を見回して、声の聞こえる方角を探している。
「簡潔に言うと、クドージンが魔法で俺達の声がホリーに聞こえるようにした。で、コイツの魔法でお前の様子が俺達にも見えてる。」
「さすがクドージンさんだね。」
俺の魔法に感嘆したのか、みんなと話せる状況に安堵したのか、ホリーの顔からさっきまでの暗い表情が消えた。
「ホリーさん、一体何があったのか教えてくださいませんか?」
「実はあの後、浄化の儀の準備ってことで、手荷物を全て没収された上に真水で身体を洗わされたんだ。その時に、服もこの服を着るように言われたんだ。で、今は神父さんが浄化の儀の準備中ということで、この部屋で待機させられているんだ。」
そう語るホリーは、遠い目をしていた。
「ねぇ、浄化の儀ってこの後何をするの?ホリーくんは何か聞いてるの?」
「いや、全然。一切説明が無かったよ。」
するとホリーは再び不安そうに表情が暗くなった。
「....僕、この後殺されるのかな?」
「ホリーくん、心配しすぎだよ。ゼルくんも同じことを言っていたけど、流石に人が沢山いる教会で人を殺すなんて大胆なことしないよ。」
「だと、いいんだけど。むしろ教会だからこそ、信徒さん達が恐ろしい思想で一致団結していたら、『厄災の魔王討伐』の名目で殺人の儀式も黙認されるんじゃないかとも思うんだ。」
「あー、確かにそれはありえそうだな。」
「ちょっと宮藤くん!」
俺が同調したからか、ホリーはより一層暗い表情になった。
「なぁ、よく考えりゃ今のうちにクドージンの魔法でホリーをここに連れてくれば良いんじゃね?」
タクトにしては珍しく冴えてるじゃないか。
それを聞いたホリーは、パァっと明るい表情になった。
「ホリー、そういうことだから、今からこっちに連れてくるぞ。」
「はい!....あっ!ちょっと待ってください!」
「何だ?」
「僕がいきなりこの場から消えたら、信徒さんがきっと僕の写真を使って指名手配し出すと思うのです。だから、そうならないように対策しないと逃げたくても逃げられません。」
「だったら、宮藤くんが魔法でホリーの分身を作ればいいんじゃないかしら?それで、浄化の儀が終わって解放されたら、分身を消せばいいのよ。」
「じゃあ、それで問題は解決だな。ホリー、これでもう心残りはないか?」
「あとは、できれば僕の服とか手荷物も回収していただければ...。」
「はいはい。」
神父達に没収された荷物を、魔法でホリーの手元に持ってきてやった。
「うわっ!...って、これ僕の荷物だ。全部ちゃんとある!」
「もう他にはねぇよな?」
「はい。クドージンさん、ありがとうございます!」
もうやり残したことは無さそうだし、俺はホリーを荷物ごと俺達の下に移動させたあと、待機部屋にホリーの分身を作っておいた。
「これでもう教会を見張る必要もないな。」
教会の様子を映していた魔法を閉じようとしたその時、ホリーが止めに入った。
「待ってください、クドージンさん。このまま様子を見せてもらってもいいですか?」
「あぁ?別に鎌わねぇけど、見て何になる?」
「特に意味はないのですが、ただ、あのまま儀式を受けていたら僕はどうなっていたのか気になりまして。ちょっとした怖いもの見たさです。」
「僕も見たいです。アイツらの目的が何だったかも気になりますし。」
「でしたら、先程の神父様の動向も併せて監視するのはいかがでしょうか?」
センガの提案もアリだな。
早速、神父の様子も映し出した。




