【101】第22話:記憶喪失(4)
この日の午後は実技テストのみで、その後は取り巻き達と一緒に、寮の一室で他愛もない会話をした。
「それにしても、今日の実技テストは最高でしたね。あの半分平民の間抜けな姿は、今思い出しても面白いですよ。」
「それでもブラッディスカーレットドラゴンなんかを召喚するなんて、生意気ですよね。アイツにはスライムがお似合いですよ。」
「あぁ。このままアイツの記憶が戻らずに永遠に醜態を晒し続ければ良いのに。レオン様も、そう思いますよね?」
「あー...。すまないが、どうでもいい。」
よっぽどコイツらはフレイ卿が嫌いなんだな。
さっきからフレイ卿の悪口が止まらない。
「そうですか。レオン様は記憶を無くされてますし、仕方がありませんよね。」
「レオン様も、記憶があれば絶対に、今日の半分平民の間抜け面を見て喜んでいましたよ。」
「そうかそうか。だったら俺の分までみんなで喜んでくれ。」
今の俺にとっては今日会ったばかりの奴だから、取り巻き達のフレイ卿を罵るノリについていけない。
俺がフレイ卿の記憶を消さなければ彼は醜態を晒さなくて済んだのではと考えると、少し申し訳ない気がする。
フレイ卿の悪口で盛り上がっていると、部屋の扉をノックする音が響いた。
取り巻きの1人が扉を開けると、そこに居たのは獣人と魔人のハーフと思われる女だった。
その女を見た瞬間、取り巻きは慌てて扉を閉めた。
「す、すみませんレオン様!お見苦しいものを見せてしまって。」
「は?何のことだ?」
「レオン様の視界に卑しい亜人を入れてしまうなんて、一生の不覚です。」
「大袈裟な奴だな。別に亜人の1人や2人ぐらい、珍しくはないだろ。」
「で、ですが....。」
「普段のレオン様は『穢らわしい亜人が視界に入ると目が腐る』『亜人を俺様に近づけるな・俺様の所有物に触れさせるな』と仰っていたので、亜人奴隷をレオン様に近づけるのは、我々取り巻き一同の間ではタブーでした。」
なるほどな。
以前の俺は生粋の差別主義者だったってワケか。
「今の俺はそんなこと気にしないから、中に入れてやれ。用があって来たんだろ?」
取り巻きは俺の言葉に戸惑いながら、恐る恐る扉を開けた。
「ったく、何の用だよお前!レオン様の寛大なお言葉がなければぶっ殺すところだったぞ!」
「も、申し訳ありません!」
亜人の女は深々と頭を下げた。
「へぇ。ハーピーと魔人のハーフって、珍しいじゃん。」
「だろ?しかもコイツ、見た目もいいし胸もデカいから、試しに買ってみたんだ。」
「でも魔人って、いちいち口ごたえするからウザくない?」
「そこがいいんだよ。生意気な奴隷ほど、調教し甲斐があるからな。従順なだけの奴隷は飼ってて退屈だし。」
コイツらの会話を聞いていると、なぜか胸糞悪い気分になってきた。
これ以上コイツらの話を聞いていたら、コイツらが嫌いになりそうだ。
「それより、そこの女の要件は何だったんだ?」
「レオン様の有難い質問だぞ。さっさと言え!」
「はい。昨日、買ってくるよう仰っていた魔道具を届けに来ました。」
女は持っていた紙袋を取り巻きに差し出した。
だが取り巻きは紙袋を受け取った後、女に平手打ちをした。
女は叩かれた衝撃で、その場に倒れる。
「この程度のことで、いちいち俺の部屋まで来るなぁ!」
「で、ですが『今日までに買って持ってこないと殺す』と仰ったのは...」
「うるさい!奴隷風情が口ごたえするな!」
取り巻きは、女の顔面を踏み抜くかのように、勢いよく蹴った。
その光景を見ていると、胸の中の不快感が増してきた。
「生意気な奴隷には、特別な躾が必要だな。おい、中に入れ。」
女はオドオドしながら部屋の中に入ってきた。
取り巻き達は、そんな女を見てニヤニヤしている。
「なぁ、この羽意外とふかふかして気持ちいいから、ちぎっていいか?」
「いいぜ。コイツ頑丈だし、すぐ生えるだろうからな。」
取り巻きの1人が女の羽を勢いよくもぎ取る。
「ああああっ!!!」
ブチブチという生々しい音と、苦しみ喘ぐ女の声が部屋中に響く。
その音と声を聞いていると、嫌な感じがして頭が痛くなる。
「うるせぇな。躾はまだ始まってないんだから、いちいちこの程度で騒ぐなよ。」
よほどの激痛だったからか、女はその場で蹲るように倒れた。
そして、女の持ち主でもある取り巻きの1人は、机の引き出しを漁って魔道具を取り出した。
取り巻きがその魔道具をいじると、女は突然、大声をあげて悶絶した。
「やっぱり、躾といえばまずはコレだな。」
「ソレ知ってる!新型の拘束魔道具だよな?確か、色んな痛みを与えることができるんだろ?」
「あぁ。前の奴隷は使う前に死んだから、使うのはコイツが初めてなんだ。」
「それ、俺にも貸せよ。試してみたい!」
「いいぜ。ただし大事に使えよ。」
「わかってるって。え〜っと、『火傷の痛み』『骨折の痛み』『切断の痛み』...結構種類が豊富だな。とりあえず火傷の痛みだ。」
「熱ぅぅあぁぁぁ!!」
「あははは!!本当に熱がってるじゃん!面白ぇ。今度は切断の痛みだ!」
「ぃいいあああぁぁぁ!!」
「へへっ、なかなかいいリアクションじゃないか。というかコイツ、デカい声で騒ぐだけの元気はあるんだな。」
「確かに言えてる!フツー、苦しかったらこんなにデカい声出ないよな?痛みが足りてないんじゃねえか?」
痛い。
痛い痛い痛い。
取り巻き達が女をいたぶる度に、頭をかち割られるかのような、それでいて初めてではないような痛みに苛まれる。
それと一緒に、胃から何かが込み上げてくる感覚にも襲われ、俺は口を塞いで必死に堪えた。
だが不思議なことに、女が痛めつけられる様子を見ていると、何かが思い出せそうな気になった。
怖いような、痛いような、屈辱的なような、そんな記憶だった気がする。
記憶を取り戻したいという気持ちはあるが、なぜだかこの時は『思い出したくない』という気持ちでいっぱいになった。
「...あれ?レオン様、どうかしましたか?」
俺が口を押さえて苦しんでいるのに気づいた取り巻きの1人が、心配そうに背中をさすってくれた。
「...めてくれ。」
「はい?何でしょうか?」
「今すぐ、そこの女を嬲るのをやめてくれ!」
声を荒げたつもりはなかったが、俺の声は部屋中に響き、一瞬で場が静かになった。
吐き気が収まって顔を上げると、取り巻き達は顔を強張らせて俺を見つめていた。
女の様子を見てみると、放心状態で横たわっていた。
胸糞悪い気分になるから、この女をこれ以上見たくない。
「なぁ。この女、目の前から消しても良いか?」
「えぇ?!は、はい。レオン様がお望みであれば、喜んで差し上げます。」
取り巻きの許可を得たので、俺は女の首につけられた拘束魔道具を取り外し、彼女に回復魔法をかけた。
「...え?」
「えっ?!」
取り巻き達も女も、俺の行動に驚いて固まった。
「お前、家はどこだ?」
「え...?なんで?」
「だから、お前が元いた場所を聞いているんだ。奴隷になる前はどこにいた?」
「き、キメイラ帝国、です。」
それだけを聞くと、俺は魔法で女をキメイラ帝国へと送った。
「あっ!奴隷の亜人が一瞬で...?!」
「レオン様、一体何をされたのですか?」
「あの女を見ていたら嫌なことを思い出しそうだったから、目の前から消した。」
「そうでしたか。やはり穢らわしい亜人奴隷は、レオン様の視界へ入れるべきではありませんでした。今後はレオン様の視界に入らないよう、より一層、注意致します。」
「あぁ、是非そうしてくれ。」
その後、奴隷のことには一切触れず、何気ない会話で盛り上がった。
だけどその日の夜、奴隷の女のせいで嫌な夢を見た。
夢の中では、誰かの悶え苦しむ声がずっと続いた。
そして何度も『死にたい』と、声にならない叫びが続いていた。
何なんだ、この夢は。
もしかして、俺の失った記憶と関係するのか?
だとしたら、思い出すのが怖い。
....俺は一体、どんな人生を歩んできたのだろうか。




