9話 霊帝の手です
『第零霊術:霊帝の手』。私の最高にして最強の霊術です。その力はなんと物を最大百グラムまで持てちゃいます。ドドーン! アニメなら後ろで爆発が起きるくらいに派手な技です。
不可視であるが、透過はできません。気配などもありませんが、普通の霊術と違い、相手も触われてしまうのが弱点でしょうか。
それでもこの『霊帝の手』は幽界のルール、一日に一回しか霊術は使えないという理に縛られません。
私だけが使える術で、この力を以ってして、『霊帝』と皆からは褒めそやされました。最近では神々すら恐れ慄く術なのです。理に縛られない術など、人間以外は私しか使えませんからね。神々ですら神術の行使には大きな縛りがあります。
まぁ、この術が原因で神々からは警戒され、遂には嵌められてこの世界に来ることになったようですが。
私にしか見えませんし、感覚の鋭い犬娘ちゃんも気づかない気配のなさです。青白い手首がフヨフヨ浮いています。
ドヤァ、とちょっと得意げになりますが、人間には見えないので、急にドヤ顔になる変人皇女になってしまい、ヒナギクさんがへんてこな顔になります。失敗失敗。
というわけで、ミッションスタート。
『霊帝の手』は物理法則に縛られません。
(いってください)
思念にて命じると、一瞬で霊気の腕はメイド長の手元にあるお皿に移動します。そっとそ~っと腸詰めを掴んで戻れ、霊気の腕!
残念ながら腸詰めは物理法則の理に縛られます。なので、瞬時に移動はできないので、傍目からしたらフヨフヨと腸詰めが浮いて、こちらへとやってきました。幸いなことにメイド長はなにやら難しい顔をして考え込んでいるようで気づきませんでした。
廊下の角にササッと隠れているジャガーレイのおててにぽてん。腸詰めゲットです! ミッションコンプリート!
なぜか、うるうると潤んだ瞳でヒナギクさんが見てきますがなにか?
「魔術は使わないでくださいってお願いしたではありませんかぁ〜。ど、どうして使ってしまうんですかぁ」
ああ、そういうことでしたか。たしかに魔術に見えます。……仕方ないですね、今後のことも考えて、ここはしっかりと説明しておきますか。
「腸詰めって、食べたことないのです。なので少し待っていてください」
「うぇ〜ん」
ごめんなさい、ヒナギクさん。今は腸詰めの方が重要なのです。むむむ、塩っ気のありすぎる腸詰めですね。少し硬いし粗挽きですか。でも、久しぶりのお肉です。味わって食べるとしましょう。
頬を染めて、感激で紅い瞳を涙目にして、モキュモキュと食べる私でした。
「うわぁ〜、皇女様は可愛らしいです。なんというか美少女って、残念な行動をしても見惚れてしまいます」
言いたいことがあるなら、はっきりと言ってくれて良いのですよ? あぁ、今度はもっと食べますよ。夕飯とか出してくれるようにヒナギクさんにお願いしましょう。
◇
で、これからも命術を使ったりするたびに泣かれるのも困るので、説明をします。廊下をてくてくと歩きながらヒナギクさんへと顔を向けます。
「これは神聖術です。魔術ではないので、魔に汚染されることはありません。なので安心してください」
「神聖術? 申し訳ありません、教育の足らぬこの卑賤の身では聞いたことがありません」
「でしょうね。これはイザナミ神を敬う勇者の末裔たる私にしか使えませんから」
真面目な顔をしながら嘘をつきます。
「イザナミ神……ですか? き、聞いたことがありません」
戸惑うヒナギクさん。どうやらイザナミは知られていないらしい。冥府の国から連れ出される時に、サプライズとゾンビメイクをしたら夫となるイザナギに冥府の道とともに封印されたおちゃめな女性です。
一日に千人殺してやるとサプライズは失敗したかしらと少し逆ギレ気味に叫ぶと、では私は一日に一万人を産ませようと、盛大な浮気宣言をされて、イザナギへの愛がさっぱり消えた一柱。「一日に千人なんからくしょうぅ〜。勝手に人間死んでるしぃ〜」と、昨今ではネトゲー三昧の引き篭もりです。少子化対策でイザナギは忙しいのとは対照的でした。
一応冥府の神様なので、私が敬ってもおかしくないですよね。最後にあった時は新作はジョブにネクロマンサーないしぃ〜とか、悔しそうに転がっていました。
「一般的にはどんな神様が崇められているのですか? 私は市井のことはあまり詳しくないのです」
「えっと、特には………皆それぞれバラバラですし、崇めていない人の方が多いです。私も信じておりませんでしたが、皇女様が崇めておられるのなら、私も崇めます! どんなことをすればよろしいのでしょうか?」
「無料ガチャでもSRが出るように祈ってあげれば良いと思いますよ。この間会った時にはもう課金できるお賽銭がないとか泣いてましたし」
皇女ファンのヒナギクさんへ適当に答えて、今の発言について考えます。どうやら魔に汚染される対策がない予感です。浄化できる方法があれば、皆はその宗教を崇めるはずです。密かに有るかもしれませんが、その方法は秘密にされているかもしれませんけどね。
それなら───。まぁ、後で良いでしょう。それよりももっと考えることがあります。
「宝物庫は空なんですね。鍵すらかかっていないんですね。なぜならば空だから。悲しいので2回繰り返しました」
次に案内してもらった宝物庫が空です。ネズミ一匹存在しないんですけど? せめて銅の剣と百ゴールドくらいあっても良いと思うんですが。最後の鍵を使わないと入れないワクワクさせる宝物庫はどこです?
「えっと、その……皇女様のドレスや装飾品は衣装部屋にございます」
「宝物庫は飾りですか? 偉い私にはわからない秘密があるでしょうか?」
「財政管理は代官のテンナン子爵がしておりまして……」
「あぁ、なるほどです。そりゃ給料を支払う人に忠誠を誓いますよね。侮られている理由の一つがわかりました」
ぷるぷる震えて申し訳なさそうに尻尾をペタリと丸めるヒナギクさん。嘆息して追及は諦めます。元下女にこれ以上強く言ってもいじめにしかなりませんからね。
「では、他の場所を案内してください」
「ひゃ、ひゃいっ、畏まりました!」
そうして、ガランとして埃だらけの謁見の間、ほとんど武器はなく、あっても錆びた武器が転がる武器庫、座り込んで駄弁っているやる気のない兵士が屯する訓練場、そして玄米を炊いている厨房と見て回りました。庭はもはや雑草が繁茂する廃墟みたいなので行きませんでした。
そのどこでも、召使いたちは私を見て、ギョッと驚いてました。そんなに外を出歩く皇女の姿は珍しいのでしょうか。その後、決まって嫌悪の表情に変わるので、少し面白くなってしまいます。
女性の中には僅かに小さな角を生やしたり、鱗が肌に覆っていたりします。男は兵士のほとんどが異形ですが、それでも変わっている部分は一部だけで、ヒナギクさんのように全身が変わっている人はいませんでした。
そう───たぶんこの世界は人間のみです。最初は獣人という種族もいると思いましたが、呪いで変貌しているところを見ると、元は普通の人間のはず。
「とはいえ、これだけ嫌悪を向けられると、スイーツが食べたくなりますね」
ビターな悪意だけだと飽きちゃいます。そろそろ味にこだわって良いと思うんですよ。
「す、スイーツですか?」
「いえ、私を嫌悪しない人がいないかなぁと思ったのです」
私の呟きを不思議そうに聞き返すヒナギクさんへと、半眼で溜息をしてみせます。少し落ち込んでしまったと考えたようで、ヒナギクさんはうーんと考え込み、ぽすんと手を打つ。
よよよって、悲しそうに目を片手で押さえるふりをしてみます。よよよ、他の味を食べたいです。
忠誠を持つ可憐なる美少女の皇女様が哀しむ様子を見て、顔を近づけて恐る恐るヒナギクさんは言ってきます。
「えっと、その………わ、わたひの同僚は、その、皇女様を尊敬しております」
「尊敬ですか? そこに行きましょう!」
よよよ、尊敬心は煎餅味。
「は、はい。えっと洗濯場なので皇女様が近づく場所ではありません。なので呼んできます」
「いえ、私も行きましょう。尊敬されるには行動を見せないとですからね」
穏やかなる優しい笑みで、ヒナギクさんの頭をポンポン撫でますよ。
◇
洗濯場とはどのようなものか、よくわかりませんが中世レベルの和洋折衷世界のこの世界。どうやら上下水道はあるようです。
お城の裏側、日差しはさんさんと降りて、日当たりが良い場所。石造りの大きな溝が城の壁から伸びていて、そこに水が小川となって流れており、魑魅魍魎が洗濯してました。
えっと、ごめんなさい。魑魅魍魎ではありません。ヒナギクさんと同じく古い女中服にエプロンを着た少女たちです。………えっと少女たちで良いんですよね。
顔が蜘蛛で複眼が生え、肌は紫色の外骨格に繊毛がびっしりと覆っている娘。繊毛が生えて太ったように腹が突き出ているノミの胴体の娘。顔の半分が溶けており、ピンク色の肉塊となっている手足もぶよぶよのスライムのような娘。
少女たちは皆が異形でした。ここはどんな魔界なんでしょうか? この子達は魔族と言っても良い姿です。
「魔に汚染されすぎている者たちですか?」
「はいっ! 勇者の末裔たる皇女様の忠実なる者たちで、す。……あの、気持ち悪いですよね?」
鋭い目つきを向けると、ヒナギクさんは気まずそうにたどたどしく呟き顔を俯ける。
あぁ、たしかにこれは差別されるでしょう。さすがにこの姿を見て、可愛がるのは血の繋がりのある家族とか聖人です。普通の人間では無理ですね。
差別するなと言う方が無理です。姿形が不気味なのです。エルフとか獣人レベルではない悪夢を捏ねたような姿なのですから。殺されないだけマシなのは、これがこの世界では当たり前だからだと推察します。珍しいものではないということです。
なんだろうと皆が集まってくるので、皇女降臨アピール開始です。
「いえ、問題はありません。私も蔑視されている立場。気持ちはわかりすぎるほどわかります」
たおやかに胸に手を当てて、日差しの当たる場所で小首を微かに傾げて微笑みます。慈愛の皇女、その名は結城レイ。皆へと女神のようにアピールです。
もちろん、私は普通の人間ではないですので差別はしません。なにせ過去にはベルゼブブになって、蝿軍団となりペストの蔓延する街の空を飛んだり、蝗の王となって、ガブガブーと稲を食べていましたからね。生の稲は不味かったです。
「皇女様! 皇女様がいらっしゃったわよ!」
「皇女様! ありがひゃとうございまひゅ」
「ああっ、皇女様」
声から年若い少女たちとわかります。皆が感動の面持ちで近寄ってきました。
「はじめまして、皆さん。勇者の末裔たる結城レイ。結城レイに清き一票をよろしくお願いします」
私は手を広げて、皆を抱きしめます。姿形は気にしませんが、今度お風呂に入りましょうね。
水場代わりなのだろう。ギチョンギチョンと小鳥が鳴く中で、感動的な光景となったのです。
魔界の王とか、絵を描くときには名付けないでくださいね?