8話 第一お肉発見です
宮殿内はとてもとても広いです。疲れちゃうのでタクシーありませんかね? タイヤが一個の乗り物でも良いですよ。あれって、名前はなんていうんだったか……一輪車でないのは間違いないと思うんですけど。セグ、セグ、セグリオン………まぁ、何でも良いですね。
正直疲れてきました。私の身体は11歳。ステータスも1です。駕籠でも良いのですが、ヒナギクさん、用意してくれないでしょうか。………無理そうですね。ヒナギクさんは全然疲れてなさそうですし。
ヒナギクさんの案内の下、私はてくてくと廊下を歩きます。召使いたちが、出歩く私が珍しいのでしょう。ヒソヒソと話していますが気にはしません。
皇族としての誇りと威厳を見せつけて、まずは皆へと変わり始めたことをアピールです。どんな皇族かはわかりませんけどね。
まぁ、こんな立派な宮殿を第13皇女に下賜できるほどです。その権力は高いと予想して、権力があるんだと思ってます。
背筋を伸ばして、ルビー色の瞳を柔らかく見せて、唇を少しだけ引き結びながら、しっかりと前を向き、ゆったりとされど鈍臭くなく優雅に歩きます。ドレスのスカートが舞う角度や位置も考えて、皇女らしい高貴な気品を持ち合わせるのです。
猫背などは以ての外、歩くという動作は第一印象として他者によく見てもらうのに一番お手軽な手段なのです。
あらあら、お嬢さん可愛いわねと、通りすがりのお婆ちゃんが飴玉をくれるかもしれません。飴玉はグレープ味が好きです。でも、ハッカとかでも良いですよ。
サラリと銀髪を靡かせて、スラリとした脚を伸ばしながら可憐に歩く私に、意地悪そうにヒソヒソと話をしていたメイドたちは意外そうにして、無言の行をしている執事たちは注視してきます。
油断せずに優雅な結城レイちゃんは、パリコレのモデルみたいに廊下を歩きますよ。
「皇女様、到着しました。こ、こちらが執務室となります」
最初の目的地に到達したようです。ヒナギクさんが壁に並ぶ扉の中でも、一際立派な扉で恭しく手を差し出します。
側に行くと部屋からはうるさいくらいの話し声が聞こえてきました。そして、部屋の外にも漂うアルコールの強い匂いと、微かに漂ってくるお肉の匂い。
「どわっはっは、面白いことを言うやつだな。褒美としてワインをやろう。ん、腸詰めもあるぞ? くえくえ」
「本当だな、こんなに面白いジョークは久しぶりだ」
野太い男たちの笑い声が聞こえてきました。私は猫のように素早く体を丸めて、扉に耳をつけます。にゃーん、好奇心が私を子猫に変えちゃいます。
気品? 醤油につければ食べられますかね?
「お、皇女様?」
「しっ! なにか重要な話をしているようです。腸詰め、腸詰めがあると言っています。くえくえって、どんな鳥でしたっけ。それかお魚さん? ワインもあるらしいですよ」
重要です。腸詰めが存在する世界だったのですね。てっきりアワとかヒエが主食の精進料理の世界だと思ってました。
至極真剣な私を前に、あわわと慌ててヒナギクさんも扉の前に座ります。そして、犬の耳をピンとたてて、鼻をヒクヒクと引くつかせます。
リアルで大きすぎる犬ですが、それでも可愛いと言えます。なので、手を差し出してナデナデします。うーん、ゴワゴワしてやっぱり触り心地が最悪です。お風呂に入ってもらわないと、まるで針金のようですね。お耳までもゴワゴワです。
「えっと、私の毛皮なんて触っても楽しくないと思います………」
「ゴワゴワですし、仰るとおり全然楽しくないです。ですが、それは貴女の毛皮がいけないのではなく、毛皮をしっかりとケアしない貴女が悪いのです」
「うぅ………辛辣な答えありがとうございます………」
しょんぼりとするヒナギクさんの頭をナデナデします。ガチガチの毛皮ですが………。
「よってお風呂に入って滑らかに触り心地の良い毛皮にしましょうね、ヒナギクさん。私は皇女、お風呂くらい簡単に用意させますので」
皇女スマイル発動です、優しさと威厳が込められた微笑みを見せちゃいます。
「あ、ありがとうございます……」
私の顔を見て、わたわたと顔を俯けて、照れて……尻尾がぶんぶん振るので照れているのでしょう。犬の感情は目と尻尾からしかわからないので、顔を俯けにされるとわからないんですよ。牙を剝いて唸り声をあげるのは昔によく会いましたけど。
「そ、それよりも、部屋の中にいるのひゃ、テンナン子爵様です。えっと、代官様となります」
「しっかりと判断できるのですね? それが特殊能力というやつですか?」
僅かに目を細めて、ヒナギクさんを見ます。やけにはっきりと言い放つその姿には戸惑いや困惑は見えません。
「は、はい。気配と臭いでわかります。この距離ならはっきりといる立場すらも」
その点は自信があるのだろう、顔をあげてしっかりと見つめてくるその瞳は嘘はない。なるほど、話に聞くのと、実際に見るのとは大違い。魔物に堕ちる代価としては強力すぎる。扉は分厚く人がいる気配はなんとかわかる程度、それをはっきりとわかるとは凄いものです。
魔に堕ちる。その誘惑は蜂蜜よりも甘く、どんな毒よりも強力。誰かはわかりませんが、上手いことを言いましたね。
とはいえ……。
今は腸詰めの、いえ、テンナン子爵たちの動向を気にしましょう。どうやら、ワインをクピリ、腸詰めをパキリと食べている模様。
「むむむ、お皿に腸詰めが3本半、野菜サラダが少しにサラミ!? ワインは空瓶が5本も! 何人が部屋にいるんですか! ああっ、たった今二本になっちゃいました。私の腸詰めなのに!」
ううっ、私の腸詰め……。私はこの宮殿の主なのですから所有権を主張します。
「どうして、部屋にある食べ物は正確にわかるのに、人の数はわからないのでしょうか………」
なぜか半眼となるハナギクさんへと、真剣な顔で答えます。そんなの当然ではないですか。
「食欲は人間の三大欲の一つですから、当然食べ物の気配もわかります。匂いがしますしイージーモードというやつですよ。あっ、一気に一本食べちゃいました!」
食欲、睡眠欲、生欲です。生欲は生き残るための本能だから間違いではありません。誰かエッチな人が性欲に言い換えたのが後に流行ったんだと私は思っています。
それにしても、これは子猫からジャガーへと進化して、部屋に押し入るべきでしょうか。強盗殺人、犯人は通りすがりのジャガー。
もはや殿中であれど我慢はできません。食べ物の恨みを晴らす霊術はなんでしたっけ。
「しかし、あの引き篭もり皇女が、警備を倒すとは笑える話だ。あの華奢で今にも折れそうな身体つきの皇女がどうやって鬼兵を倒すというのだ? 不可能であろう!」
霊術を使おうと、霊気を集めようとして止めます。私の先程の戦闘?
「ですが本当なのです。あの荒くれ者を、こう………軽業師のように、いえ、踊り子でしょうか。とにかく舞うようにひらりと動くと、瞬きをする間に倒してしまいました。子爵様、本当なのです!」
テンナン子爵とやらに反論するのは、中年の女性の声。………聞いたことがある声音ですね。どうやら覗かれていたようです。おかしいですね、あの場には私たち以外はいなかったように思いますが。
ちらりとヒナギクさんへ視線を向けると頷き返す。
「メイド長かと思いまふ。メイド長は気配を消す魔術の使い手です。簡単な魔術ですが、ちょくちょく魔術を悪用して覗いていると噂だったんです! さっきの戦闘を見られていたのですよ。ど、どうしましょうか!?」
家政婦ではなく、メイド長は見た系統の魔術師らしかった。気配を消す……いかにも初級っぽいしょぼい魔術のように聞こえますが、効果の薄い分、魔の侵食は遅いのでしょう。
「シーッ。もう少し様子を見ます。静かに」
ヒナギクさんの大きなお口をポンポンと叩き、耳を澄ませます。自分で言っていても、信じられないと考えているのか、自信なさげにメイド長は報告を続ける。
「本当なのです! それに……まったく性格が変わっておりました。態度も自信ありげで威厳が感じられるというか………」
「では、皇女は魔に汚染されていると? それだけの力を持っているということは、かなり魔物に堕ちているのだろう? だが、瘴気の森から助けられた時に、裸は確認したと言っていたではないか。まったくもって綺麗なものだったと報告してきたと思うが? 皇女の身体に異変でもあったか?」
なんと、裸を見られていた模様。まぁ、話を聞くに当然の扱いだとは思いますが。それならますます信じられないでしょう。
「………そのとおりです。髪も掻き分けて確認しましたが、どこにも異変がありませんでした。………ですが、よくよく考えてみるとおかしいと後から気づきました。瘴気の森の入口に倒れていたのですよ? 少なからず魔に汚染されていてもおかしくないのに、どこか身体に異変があって良いはずです。でも綺麗すぎました、綺麗すぎたんです!」
自信なさげな風に報告するメイド長。そんな口調なので、ますます鼻で嗤うテンナン子爵。
「なら、やはり気のせいだ。腐っても皇族の一員であるということなのだろう。どうせ、側仕えが倒したのを見間違えたのだ。あの犬っころはもう時間の問題で魔物に堕ちるだろうからな」
「そ、そんな。本当なのです! これでも気配を消すのは慣れております。見間違えるはずがありません! ま、魔物に堕ちていない理由はわかりませんが本当なのです!」
「ブヒヒヒヒ! ブヒャーハッハ。たかだかメイド長如きがスパイのように気配を消すのが得意と言ってもな。平民如きの力がわかるというものだ。ほら、そこの皿でも持ってサッサと仕事に戻れ。くだらぬ報告でも楽しかったぞ」
何ということでしょう。サラミと腸詰めが乗っているお皿を押し付けたようです。ぬぬぬ………。
こ、ここは我慢です。深呼吸、深呼吸。明鏡止水の心です。腸詰めの恨みは許すマジの心です。冷静に行動を取る必要があります。
「ヒナギクさん、ここは一旦移動します」
「えっ、不敬な代官はどうするのですか? あれほどはっきりとした不敬な発言です。罰することができるのではないでしょうか?」
私がそっと立ち上がり、離れようとすると驚いて、テンナン子爵に怒りを示すヒナギクさん。忠誠度が高いのは嬉しいですが、まだそのタイミングではありません。
「さっきから不敬の大バーゲンです。今さら気にしても仕方ありません。それに私には海よりも高く、山よりも深い考えがあります。さぁ、他の場所を案内してください」
「うぅ………皇女様がそう仰るなら………」
ここで代官を倒すと、私が代わりに領地の運営をしなくてはなりません。この世界の知識を持たない私に失敗しろというようなものです。なので、放置です。
それよりも気配を消す魔術が厄介ですね。道理でメイド長は私に会いに来ないはずです。勝手に覗かれているのは気分が良くありませんし───。
廊下を離れていくと、扉が開き項垂れたメイド長が皿を片手に出てきたのを確認する。気配を消す魔術使いですか、姿を消すととかではなさそうですが、それでも厄介です。
「なにか対応を考えないといけないですね。まぁ……少し試したいこともありますし、後で考えましょう」
それよりもお皿です。なんと腸詰めが一個乗ってます。食べる気はなさそうなので、片付けさせられたのでしょうか。でも、腸詰めです!
「ふふふ、私の真の力を見せちゃう時が来たようですね」
手のひらに霊気を集めて形成する。
幽界のルールから逸脱する技。
私を『霊帝』に押し上げた秘術。
使いたい時に使える自由なる奥義。
人類発祥以来、私しか使えぬ神々すらも恐怖した力。
『第零霊術:霊帝の手』
「百グラムの物を持てる私の技を魅せちゃいましょう」
目の前に霊気の手が作られており、不敵なる笑みを銀髪の美少女は浮かべるのだった。