76話 ヒュドラと戦います
どう見てもヒュドラです。解釈の違いというやつでしょうか。たしかにサタンを想像で作るとヒュドラになるかもです。一気に悪魔王の評価ランクダウンですね。
「お前はサタンのことを知っているのか?」
「愚問だ。サタンというのは竜の頭を持ち、獣の身体、666と書かれたタトゥーをしている悪魔の中の悪魔だ。多分こんな形だと思う」
ヒュドラの人間部分、バラトの額にロクラクロクとタトゥーが彫られており、フンと誇るように鼻を鳴らします。変身に少し失敗したのか、ラクになってますけど。
「おい、666をタトゥー扱いするんじゃない。あとなんでカタカナなんだよ、お前サタンを舐めてるの? デジタルタトゥーで黒歴史になって残るからな?」
ふふふと、哄笑する余裕のあるバラトに、敵の強さを感じとり、怒ったおったんです。敵の強さは関係ないかもしれません。
「大変です、おったんがうまいことを言っています。座布団を用意しないといけません。イザナミちゃん、座布団一枚持ってきて〜」
私としては司会進行として、しっかりと指示を出すだけです。明朗会計な私だからこそ冷静に行動できるんです。明朗会計でいいんですよね?
「残念ながら、ティッシュしかないのですよ。はい、ティッシュ」
ポケットから石ころみたいなティッシュを取り出すイザナミちゃん。ポケットに入れたまま洗濯機にかけちゃいましたね。洗濯機は大丈夫でした? 洗濯機に散らばったティッシュを掃除するのは大変なんですよ。
「おい、話が進まないから、そこのアホの口を塞げ」
苛立ちを露わにするのに、まだ会話を続けようとは、バラトは寂しがり屋のロンリーウルフなんでしょうか。
私がイザナミちゃんの口を塞ぎ、バラトをまじまじと観察しながら首をコテンと傾げる。
「サタンはたしかに竜の頭を持っています。ですが、鶏冠を持っているはずです」
「ぬ、も、もちろんだ。我はサタンの加護を受けしものだからな」
恐ろしげな竜の頭に鶏みたいな鶏冠がニョインと生えてきました。ふむ………?
「それに体表は緑ではありません。虹色です」
「当然知っている。まだ変身が途中だったのだよ」
竜の鱗が緑色から、虹色になりました………。ふむむ? なんか面白くなってきましたよ? 次はなにを言いましょうか、もう少しふわふわしてて縫いぐるみに近いと━━━。
『おい、次で止めとけ。調子に乗ると絶対に失敗するだろ』
『はぁい』
豆粒に化けられますかと尋ねようと思いましたが、話の傾向的に違いますからね。やめておきましょう。
なら、最後の言葉はこれです。
「バラトさん、それでもサタンには程遠い。なぜならば━━━」
一拍おいて、ピシリと指を突きつけます。凛々しいレイちゃん。かっこいい。
「サタンは7本の竜の首を持っています。貴方は偽物です!」
「フハハハ、まだ変身途中と言ったであろう。これがサタン、我の真の姿だ!」
哄笑するサタンと自称するバラトです。
3本の竜の首だけだったのに、新たに7本の竜の首が胴体からまるで草木のように伸びてきて、こちらへと頭をもたげて、口を開く。二股に分かれた舌がチロリと蠢き、マンモスの角のような大きな牙がギラリと光ります。
岩山のような胴体、その胴体を支える巨木のような六本の脚。そして、胴体から伸びる7本の竜の首。虹色の竜の鱗に、鶏のような鶏冠。コケコッコー。その体躯は見上げるほどに巨大であり、内包する竜の魔力により、空気がビリビリと震えます。
「これがサタンの化身………恐ろしい魔力です」
「あぁ、見るだけで感じる。人の身では神器でもなければ、敵うまい」
私がゴクリとつばを飲み込み、おっさんも真剣な顔となる。敵の強さは本物です。
「ヤマタノオロ、ムブー」
イザナミちゃんの口を塞ぎ、雑草薙の剣を構えます。おったんもサタンブレードを突きつけて、皆もピコピコハンマーを掲げます。
「ふふふハハハ、さて、我の手に入れた力を魅せてやろう。悪魔王の力をな!」
竜の口から炎が漏れ出てきて、チラチラと火の粉を撒き散らす。
「さぁ、竜の炎を受けるが良い!」
『灼熱の炎』
ゴウッと炎が竜の口から放たれ━━。
「ミアキちゃん、竜の口をテレキネシスで塞いでください!」
鋭い声で私はお友だちに指示を出す。テレキネシスなら、竜の口を無理やり閉じることができます!
「わかりまちた! あたちにまかせてくだしゃい」
ミアキちゃんはコクリと頷くと、ピコピコハンマーを振り上げるとテレキネシスを発動。
強力な念動力により、炎を吐く寸前の竜の口を塞ぎます。
「あっちゃー! 熱いのです!」
━━━その口にイザナミちゃんを放り込んで。
「テレキネシスぶんぶんあたっーく!」
ふくふくと頬を膨らませて、頑張るミアキちゃんです。私の予想とは違いましたが、結果的に防げたから良いでしょう。
「ナイスです、ミアキちゃん」
「えっへん、やりまちた! ほめてほめて〜」
「さすがはミアキちゃんです。いいこいいこ」
「えへへ〜、がんばりまちた」
幼女は一度褒められたら、同じことをして褒められようとするので仕方ないですよね。
「ヌガー、がんばりまちたじゃないのです! ギャー、がぶがぶ噛まないでなのですよ。うぬぉー!」
石ころでも噛んだかのように、竜が口をハムハムさせてイザナミちゃんを食べようとします。ですが、第二形態イザナミちゃんは金剛石よりも硬く、太陽の炎でも燃えない残念ニート神。よだれでベトべトになるだけ。たぶん大丈夫です。
「貴様ら、人の心がないのか!? よく幼女を竜の口に放り込めるな! だが、我が竜の頭はまだ6本ある!」
他の竜の頭が口にエネルギーを溜め始める。炎だけではなく、冷気や放電、毒と属性は様々。
「ふふん、サタンはあらゆる魔法を扱うのだよ。さぁ、残りの口は幼女で塞げまい!」
「なにか人聞きの悪い極悪人にされそうですが━━。こちらもまだお友だちはいるんです!」
「はっ、喰らえぇいい!」
『万色の息吹』
冷気が雷が石化ブレスが一斉に吐き出される。その膨大なエネルギーを内包するブレスが空間を埋め尽くし、私たちに襲い掛かる。
「あたちにまかせりゅの」
ポテポテとミフユちゃんが前に出ると、ピコピコハンマーを掲げる。
『第四命術:特性解放』
「ふせぐたーてー」
『パラディンシールド』
光り輝くハニカム構造の障壁が私たちを包み込み、竜のブレスを防ぐ。莫大なエネルギーが光の障壁にぶつかり弾けて消える。
「ぬうっ! 我のブレスを防ぐ!?」
驚きで目を剥くバラト。ムフームフーとミフユちゃんは胸を張り得意げです。お友だちの最後の一人、ミナツちゃんがあたちもやるのと、ポテリンとでんぐり返しをして、前に出ます。
「さいごはあたち!」
『第四命術:特性解放』
ミナツちゃんの周囲にプラズマが収束していくと、複数の輪っかへと形成され、むふーとミナツちゃんはピコピコハンマーを振り下ろす。
「てーいでつ」
『プラズマソーサー』
プラズマの輪っかは猛回転をすると、バラトへと向かう。空気が焦げる匂いと、プラズマの高熱、その威力は喰らわなくても簡単に想像できる。
空中でプラズマソーサーは鋭角に飛び、お互い交差して複雑な軌道でバラトの竜の身体に飛来する。
虹色の鱗にプラズマソーサーがぶつかると、バチリと放電し、金剛石よりも硬い鱗を切り裂こうとしていく。
「ぬぐぐ、その程度でやられるかぁっ!」
バラトが竜の首を暴れるように振るい、プラズマソーサーを跳ね返す。プラズマは消えることなく空中で円盤のように浮遊する。
「では、私たちの番といきましょう」
『第一命術:熱重ね』
フフと微笑み、チャキリと雑草薙の剣を構えて、駆け出します。
「幼女ばかりに任せてはおけないからな」
『第一悪魔術:魔熱重ね』
おったんもサタンブレードを構えて、飛翔する。
重ねがけにより身体能力を2倍に跳ね上げて、間合いを詰めるとします。
私が地を這うように地上を走り、おったんは空へと飛翔する。
「では、私から攻撃をしようか」
『合気:空渡り』
器用におったんはプラズマソーサーを足場にして、トントンと踏み台に間合いを詰める。
「舐めるなよ、このサタンを!」
ブレスが効かないと見て、6本の竜の首が大きく口を開く。そうして、攻撃の予兆を見せずに、一気に飛んでくる。3本の竜の首はおったんに、残りの3本は私に。
おったんが冷笑を浮かべて、迫る竜の口ギリギリにプラズマソーサーを蹴ると、その口から逃れて頭上へと超えると剣を振り下ろす。
その一撃は精妙にて強力。達人の一撃でしたが、竜の鱗に剣がぶつかると火花を散らし、食い込むことがない。
「ちっ、意外と硬いな」
「当たり前、当たり前、当たり前! 竜の鱗だぞ」
隙を見せたかと、バラトが嗤い、竜の首がサタンに迫る。おったんはバネのように足を弛ませて飛ぶと、浮遊するプラズマソーサーを蹴りなから、鋭角に素早く躱していった。竜の口はおったんの動きについていけず、ガチンガチンと虚しく閉じた口が鳴る。
「なるほど、伝説の竜の硬度を持っているのは確かな模様」
前傾姿勢となり、雌豹のように私はバラトに接近して、感心の声を上げちゃいます。
「よっと」
唸る竜巻のように竜の口が迫る中で、一瞬脚に力を込めると、瞬間的に爆発的な加速をして、その恐ろしげな口から逃れる。ズガガと床が砕けていき、破片が飛び散る中で、雑草薙の剣を横に構えて、ニヤリと微笑む。
「ですが、7本の竜の首とは、私の剣と相性が良過ぎます」
『第四命術:特性解放』
「我が剣は雑念を消し、真なる力を取り戻す」
雑草薙の剣が命術により光り輝く。そうしてその剣身がエメラルドのように美しい姿へと変わる。
「草薙の剣。有名すぎて、恥ずかしい程ですが」
強く踏み込むと全身に力を巡らせて、剣を振り絞り横薙ぎに振るう。
『合気:一閃』
キンと涼やかな鈴の音色を立てると、軌跡が竜の首を奔る。そうして巨木の如き竜の首がずり落ちると鮮血を撒き散らす。
「ぬおっ!? なぜに我の無敵の鱗が斬られる?」
「草薙伝説を知らないのですね」
ヒュヒュンと草薙の剣を舞うように振るい、残りの竜の首を分断する。
「八俣の大蛇から出てきた竜殺しの剣。それがこの草薙の剣なのです」
私は麗しき笑みにてバラトへと草薙の剣を向けるのでした。




