74話 植物の敵は厄介です
次なるフロアは植物園。こっそりと中を見て脱出するべく匍匐前進です。匍匐はいらないですか。さっさとここを出て、このダンジョンは封印します。
「私が先行しよう。皆は後からついてきてくれ」
勇気ある発言をして、ドアを開こうとするおったん。ですが、ドアに手をあてて、開かないことに眉をしかめます。
ふんぬと力を込めると、ドアが開かなかった理由がわかりました。ドアの反対側にびっしりと蔦が張り付いています。無理やり開けようとするとブチブチと蔦が切れて、とっても気持ち悪い。
「植物園はどうやら繁茂しすぎてるようですね」
「うわぁ〜、これ気持ち悪いですね、皇女様。切れた蔦がうにうに動いてますよ」
「それよりも、あの歩く枯れ木が気持ち悪いですよ姫様。帝都でも見たことありません」
「帝都は関係ないのではないかね?」
私たちは中を覗いて嫌な顔になっちゃいます。鬱蒼と繁茂する植物はもちろん動いていてモンスターですと全身で強調してます。
蔓が蠢くのは当たり前。ラフレシアみたいな花は花弁が牙へと変貌しているし、不気味に紫色の光を宿す花や、不自然にコンクリート床に生え揃っている芝生はよくよく見れば、風もないのにわさわさと蠢く。
トドメは人型の化け物です。人間の皮膚を剥ぎ取って、ピンク色の筋肉だけで形成された身体に手足がコンパスの針のように尖って、カツカツと音を立てて徘徊してます。
「やれやれだ。だが幸運であるな」
「ほとんどが動かない魔獣だからですね、おったん様?」
「そのとおりだ。これなら敵の攻撃範囲に入らなければ、問題はあるまい。あの徘徊している敵をさっさと片付けるぞ」
おったんの不敵な笑みを見て、ガーベラがうっとりとした顔になります。そしてちらりと私をおったんが見てくるので、二人で倒しに行くぞとのアイコンタクト。
ふむ……。少し気になりますね。
「イザナミちゃん、あの歩いている植物ゾンビの名前を名付けてみてください」
「妾がか? 任せておくです、イザナミアーイ! ピピピ」
両手を顔に向けてメガネのようにポーズをとり、擬音を口にするお子様イザナミちゃん。すぐにイザナミアイは終わり、エヘンと咳払いをして、むふふと得意げに胸を張ります。
「あの敵はカレキモーフと名付けるのです。頭を狙うと簡単に倒せるボーナスモンスターなのですよ!」
「さすがはイザナミちゃん。それならおったんが突撃して、首切りを披露してください」
素早く敵を解析する頼りになるイザナミちゃんです。それなら、おったんの剣術なら簡単に敵を駆逐できるはずです。
「任せましたよ、おったん」
「おい、ふざけんな、そのネーミングだと手足をバラさないと倒せない敵じゃないかね? ううん?」
「アイアンクローは禁止ですよ、おったん。私は皇女なんですから不敬となります。不敬だと怒っちゃいますよ。ギブギブ」
なせかアイアンクローをしてくるので、タップします。ギリギリと力を込めてくるので、少し痛いです。ネーミングになにか問題があったのでしょうか?
「そのくだりはイザナミに聞け。それよりも私が先頭で後ろから追撃をしてくれ。トドメは……誰でも良い。踏み潰せ」
「はぁい」
「わかりました」
なんだかよくわかりませんが、簡単には倒せない敵だとはわかりました。それなら二人で倒すだけです。
そーっと二人でドアを潜り抜けて、植物園エリアに入る。見る限り、通路には5体のカレキモーフが徘徊していて、こちらに気づいたような感じはしません。
「それじゃ私から行く」
「よしなに」
おったんがサタンブレードを横に構えると、腰をかがめて脚に力を溜める。その唇が薄く酷薄に嗤い、凶暴なる本性が瞳に露わになる。
「行くぞ!」
『第一悪魔術:魔熱』
身体能力を強化して、一言呟くと、カレキモーフへと猛然と駆けるおったん。蠢く蔦や人食い花の攻撃範囲を絶妙な動きで回避していき、一気に間合いを詰めていく。
初見の敵であるのに、敵の動きから攻撃範囲を予測する眼力は素晴らしいものです。
カレキモーフはおったんが餓狼のように向かってくるのに気づき、身体の向きを変えると、唇が存在せず歯茎のみの口を大きく開き、咆哮を上げる。
「いぃぃぃぃ」
まるでガラスを引っ掻くかのような、精神を削り取る叫び。常人がその咆哮を聞けば、恐怖でパニックになる威力です。
「残念、悪魔王は精神攻撃無効なのだよ」
だが、おったんの動きは鈍ることなく、冷笑で応えて、カレキモーフの懐に入る。カレキモーフは針のような尖った両手を持ち上げて、槍のように突きだし迎え撃つ。
突きの速さは一瞬の瞬きの時間。高速の攻撃だ。だが、おったんは左斜めにステップをして、高速の攻撃を躱し━━━。
「剣術を覚えるべきだな」
「ゲガッ!?」
傲慢なる笑みにてすれ違いざまに、クンと剣を振り上げて、カレキモーフの腕と合わせて、その肉体に刃を食い込ませ、トンと軽い抵抗だけで両腕を切り落とした。
そのままするすると敵を通り過ぎて、次の敵の胴体を真っ二つにし、さらに次の敵を袈裟斬りに切り倒す。
まさに達人の極み。剣士として完成された剣聖と呼ぶに相応しい力です。過去に様々な剣士に教えただけはあります。島での決闘の時は、敵の袴は海水に浸かると膨らむようにして動きにくくするとか、丸太を櫂だと言い張って二刀流で敵の長い刀をへし折るとか奥義を教えたものです。
「私も負けていられませんね」
雑草薙の剣を構えて、地を這うようにギリギリまで身体を傾けて、まるで豹のように両腕を切り落とされてよろけるカレキモーフへと間合いを詰める。
「ていてい」
そのまま、瞬速の一撃をカレキモーフの両脚に入れる。よろけた敵が両脚をも失い、動揺の表情となるのを横目に次のカレキモーフを唐竹割りに、その次の敵はおったんとは反対側から切り返しで肉体を分断する。
「あたちもやるでしゅ!」
『第四命術:特性解放』
今度はミアキちゃんがピコピコハンマーを振り上げると、その力を解放する。ミアキちゃんの周囲の空間が蜃気楼のように歪むと、突風が舞い上がり髪を吹き上げて、爆発的なエネルギーを伴う新たなる力が発現する。
「あたちのちからをみせるでしゅ!」
『テレキネシス』
驚くことにミアキちゃんの力は超能力のようです。切り飛ばした敵の腕が空中でピタリと停止すると、くるりと回転して尖った穂先を倒れ伏す敵へと向ける。念動力で、腕を支配下においたのです。
「テレキネシスぶんぶんドッカーン!」
停止していた腕が風の壁を突き破り、高速のジャベリンとなり敵の身体を貫く。床に刺さったその一撃で敵は縫い留められて、トドメとなる。
他の敵も敵の腕を投槍のように利用して、ミアキちゃんは次々と倒していくのでした。
苦戦するどころか、カップラーメンを作る程度の短時間でカレキモーフの駆逐終了です。
ふぅ~と息を吐き、剣を下げるとカレキモーフを観察します。既に動きは止めて、もはやただの死体と化してます。
「これ、バッテリーとか……ないですよねぇ」
「ストンプすればアイテムをドロップすると言いたいが、なにもないだろうな」
「ですよね~。つくづくお金にならない敵ですね。たとえドロップしても、この肉塊を踏み潰すなんて、気持ち悪い事できないですし。きっと服が返り血でグシャグシャになりますしね」
さすがにそれは嫌です。気持ち悪いことこの上ないですからね。
「だよなぁ。なんでこのエリアをダンジョン化したのかねぇ。意味がわからない」
「たぶん意図的ではなかったのですよ。推測するに、賢者の石をジェネレーターにしている所がダンジョン化したのでしょう」
「檜野スカイシティはどうだ? あれは意図的な物だ。ここが偶然だとは思えないがね」
私の推測に、おったんが反対意見を口にします。………たしかにその通りです。このダンジョンと檜野スカイシティに関連がないとは考えられません。
………とすると……。
「もしかして反対なのかもしれません。檜野スカイシティの居住可能な大木を生み出す幻想を現実にするために、この植物園が必要だったのかもしれませんね」
「あぁ、そういうことか。たしかにそのとおりかもな。………いや、その可能性が一番高いかもしれん」
私たちはカレキモーフの死体を前に考察を話し合う。あまりにも簡単に倒せたので、少し油断していたとも言います。
「すごいのです! 爪を武器にするのは妾はできなかったのですよ。だいたい敵に囲まれてパニックになって、コンテナとか瓦礫とかを操っちゃってタコなぐりにされてゲームオーバーだったのです!」
「よくわからないけど、かんばりまちた! テレキネシスでてきをたおしゅの!」
こうやってねと、腕を振って踊るミアキちゃん。他のお友だちもあたちたちも踊るのと、くねくねと身体を振って幼女ダンス開幕。
「ウムウム、妾へと奉じるダンス素晴らしいのです。褒美にわひゃー!」
満足げに幼女ダンスを眺めるイザナミちゃんですが、なぜか悲鳴をあげます。
「なんですか?」
「皇女様、あれを!」
慌てて振り向き、悲鳴の先を見ると━━━。
「ぎゃー! 捕まったのです! たーすーけーてー」
蔦に身体を絡みつかれて、空中に浮かぶイザナミちゃんの姿。短い手足をジタバタと振って暴れますが、大人の腕程の蔦を前に逃げることはできない模様。どうやら人面樹の蔦のようです。
「何だよ、もう植物のボスは倒したじゃねーか。なんでまた植物の敵なんだよ」
「たしかに。繰り返されるボスって面倒くさいですよね」
緊張感なく、私たちは捕まったイザナミちゃんを眺めますが━━━。
「ふふふ、どうしてだと思うかね?」
どこかで聞いたことがあるようなないような声が聞こえてきます。
「この声は!? えぇと………誰でしたっけ?」
「バラトだ。サタンの加護を受けし偉大なる魔法使いバラトだ」
人面樹の横に浮遊する黒ローブの男。━━━誰でしたっけ? なんか手に賢者の石を持ってます。
「バラトさん、また貴方ですか、しつこい男は嫌われますよ」
でも、とりあえずは適当に合わせておきます。うぬぬとか拳を握りしめます。
「ふっ、我の事を覚えていたか」
いえ、記憶にありません。
「さぁ、ならば教えてもらおうか。どうやってこの地を復活させたか? どのような力を使ったかを。さもなくば、この幼女が死ぬことになるだろう!」
「あ、別にいいです」
イザナミちゃんは不死だから大丈夫です。だからポカンと口を開いて驚かないでください。




