72話 賢者の石を稼働します
とりあえずこの世界の秘密の一端に触れることができました。不思議な不思議なシステムです。
まぁ、そのからくりは私とおったん、そしてイザナミちゃんは既に推測してますが。
「な、なにか、このダンジョンは不気味ですね。人がついさっきまでいたような感じがします」
落ちているスマホをリュックサックに入れながら、ヒナギクさんが怯えた顔をします。たしかに、ロックシステムが働くスマホがまだ画面ロックされていなかったり、飲みかけのまだまだ熱々そうなコーヒーを見れば、その感想に至るでしょう。
「そうなのです、ここはなんだか不気味なのですよ」
棚にあるお菓子を片端からリュックサックに入れて、全然怯えていないイザナミちゃん。ここのお菓子は復活しませんから、採取しては駄目ですよと言ったのに………。
よくよく考えれば気にすることはないですか。どうせもはや持ち主はいないのですし、このままだと戻って来ることも……いえ、持ち主は既に死んでいるパターンなのでしょうか。
ここの物資を採取しても全然構いませんでした。
「そうですね、イザナミちゃんの行動は問題ないです。皆さん、リュックサックに高価な物から順に詰めて帰りましょう」
「は~い。それじゃどんどん詰めていきまーす」
私がパンパンと手を打ち指示を出すと、待ってましたと棚にある物を皆が素晴らしい勢いで詰めていきます。詰め放題のイベントっぽい。
こら、そこのおっさん。酒ばかり詰めておかないでください。
「コンビニでの高価な物は酒一択だ、単価が違うからな」
「お弁当は持って帰って良いのでしょうか?」
まだ賞味期限は過ぎてませんが、気分的に嫌なのでやめておきましょう。レトルト食品にしてください。
「下着やストッキングなどを採取していきましょう。帝都ではコンビニの下着を着ることが裕福の証でした」
安っぽい感じがしますが、所変われば品変わるというやつですね。この場合は世界ですけど。
「どれにしよっかな〜、このおいちーそなえのおかしにしよっかなぁ〜」
お友達は仕方ありませんね。ただミアキちゃんのは演技っぽいですよ。
少ししてコンビニ品物をリュックサックにパンパンに詰め終えて、全員満足気な顔となりました。私はバームクーヘンがあったので満足です。
「それでは、収穫もあったので、これより帰還します!」
「皇女様、どのように帰るのですか?」
私の指示に疑問顔のヒナギクさん。たしかに霧は消えちゃいましたからね。
でも、その対応は簡単です。チッチと人差し指を振って、むふふんと胸を張る。
「植物園の奥に設置されていると思われる『賢者の石』を再稼働します。そうしたらダンジョンとして再稼働して、元の世界に戻れるはずです」
「さすがは皇女様。もう賢者の石というものの力を解明なさったんですね。そのお知恵に感服いたします」
「ふふふ、もっと褒めてもいいですよ。たしかにあの賢者の石は複層式の霊術をこまめにかけていましたが、その内容は拙かったのです。量産したデメリットですね」
私には見えます。この霊帝の前で霊術を使う身の程知らずがいるとは思いませんでした。まぁ、相手は私のことは知らないと思いますけど。
この霊術は私が遥か昔に超えた技術を使用しています。頑張って作った感じはしますが、まだまだ遠く私には及びません。
重くなったリュックサックを担いで、えっちらおっちらと植物園に突入。
「なんだか冒険者らしいですね、こういうふうに戦果をリュックサックにパンパンに詰めて帰還するとか」
「誰もいない街の中を歩くのは、冒険というより、崩壊した世界の生き残りに見えるがね」
楽しいです。これぞファンタジー、剣と魔法と皇女様の冒険です。さぁ、ヒナギクさん、ガーベラ、頑張って進みますよ。そして、おったんは楽しみを削ぐようなことを言わないでください。
「おじしゃん、重いでりゅ」
「おじしゃん、だっこして、だっこして!」
「リュックサックもって、リュックサックもって!」
「やさしいおじしゃん! あたちにもおじしゃんがいたんだ!」
「可愛く言えば誤魔化せると思うなよ。お前ら、ふざけるなよ。重いんだよ、嵩張っても軽いやつにすれば良かっただろ。なんで羊羹とか菓子パンとか重いものばっかり持ってきてるんだね? おい、やめろ!」
お友だちが重いよと、おったんの身体にしがみついて、よじよじと登ろうとする。お菓子をリュックサックに詰めすぎたみたいです。おったんのリュックサックにお菓子を詰め替えようとしています。しっかりもののお友だちたちで、ほのぼのしちゃいます。
テテンテテンとスキップしながら、少し歩くと植物研究所に到着します。
『入館証を翳してください』
『霊帝の手、カードバージョン』
植物研究所の入口で自動音声が響き、改札口がカード式入館証を求めてくるので、すぐに霊帝の手をマスターカードに変形させて、入口を通過。
「冒険のぼの字も存在しない突破の仕方なのです。ここはカードを探して進むです? なんでいつもいつもそうやって苦労をしないで進むんですか」
「イザナミちゃんだって、破壊可能オブジェクトなら破壊して進むでしょう? ゲームでも壁とか破壊してましたよね」
「あれは運営が進めるようにわざと作ってあるから大丈夫なのです。進まれたくないなら、破壊不能オブジェクトにすれば良いんです」
「半歩ズレて壁にそって歩いて、ポリゴンの隙間を探すのが運営の意図?」
「あれはデバッグが甘いのです。プレイヤーはそういう手抜きは許さない。その姿勢を妾は率先して表しているのです」
イザナミちゃんと冒険についての高尚な会話をしながら進みます。時折セキュリティが高い区域がありますが問題ありません。鍵系統で私を止めることはできないのです。
「皇女様〜、なんだかとっても静かですね。モンスターも現れませんよ?」
金属の通路をカツンカツンと足音を立てて進みますが、足音が遠く突き当りまで響くのに、モンスターの影も形もない。蛍光灯の明かりが道路を照らし、人気のなさが不気味で物悲しく感じさせますが、それだけです。
ドアが開いてゾンビや化け物がよたよたと現れて、私たちを脅かす映画のようなパターンもないですし、ヒナギクさんたちは警戒はしていますが拍子抜けの顔をしています。
「植物園では、植物の魔物が襲いかかってくると思いましたが……来ないですね」
ガーベラたちも同じく拍子抜けの顔です。モンスターが出てくると考えていましたしね。
次の道を進むと開けた場所に入ります。柵の中には木々が聳え立ち、植物が繁茂していますが動くことはない。
「普通の植物園といった感じですね。少しへんてこな花や草もありますが、元々気持ち悪い植物で、魔に汚染されたというわけではなさそう」
ラフレシアや棘だらけの蔦もありますが、おかしなところはないですね。
結構な広さを通過していきます。動物がいないのでシーンとしてます。セキュリティも動かないですし、退屈です。
「この案内板によると、動力炉はこの奥にあるようだ。研究区画を通り過ぎるようだな」
「案内板があるとはダンジョンとして失格です。そろそろボスが出てきても良いと思うのですが」
植物園を通過して、最高レベルと看板に書かれているドアを通過。
研究区画に入ると、柱のように乱立するカプセルが並ぶ部屋に入ります。
カプセルの中には若木や植物が入ってます。薄暗くて夜のよう。天井の明かりは夜の星のようです。カプセル自体が緑色に仄かに光り、ちょっと不気味。
「わわっ、これ見てください。この木は穴が空いてて、中に家具が見えますよ皇女様」
「ふむ……本来はこの程度の大きさだったんですね」
ヒナギクさんが指差す先には、檜野スカイシティの大樹のミニチュアがあります。なんと幹の中がお屋敷になってます。3メートルほどで、遺伝子工学の粋を極めた植物のよう。
「………これが本来の大きさだと? あぁ、有り得る話だ。これがねぇ」
おったんもピンときて、ガラスケースの中身を見て感心する。
「よくわからないのですが、この奥が動力炉のようです。で、妾はこういうパターンを知っているのですよ。言って良いです?」
「わかりますよ。もう私も予想しています。でも、元の世界に戻るには仕方ありませんからね」
イザナミちゃんがジト目となりますが、私だってわかりますよ。
とはいえ嫌だと言って、賢者の石を稼働させないわけにはいかないですからね。
最後のドアを通過。結構な長さでした。最高レベルのセキュリティと金属製の分厚い扉。
「おぉ〜。これが賢者の石です?」
そして、奥にはケーブルに繋がった巨大な賢者の石が部屋の中心に鎮座していました。
光を吸い込む黒い光沢の正方形のモノリス。十メートルはある巨大な賢者の石。
「これ、霊術を使用してます。ふむふむ、ちょっと調べますね」
少々お待ちをと、賢者の石をペタペタ触って、その力を解析。霊帝の前にはこの程度の術は相手になりません。
「これはレプリカですね。元の賢者の石がどのようなものかはわかりませんが、霊気を集めてエネルギーを生み出すように改造されてます。水や電気、ガスとこれ一つで全て生み出せるように作られてますよ」
「なるほど、新聞では量産成功と書いてあったが、それは個人の話か。既に企業が使用できる賢者の石は量産化は行っていたのか」
人間というものは凄い者です。元は違う使い方をされていただろう賢者の石をエネルギーの動力炉にするんですから。
「まぁ、このシステムの設計は全て記憶…記憶?」
「ん? どうかしたのか?」
「この設計はなかなかのものだと感心していました、では起動させまーす」
ポチリとな。賢者の石に手を添えると、霊気を少しだけ流します。賢者の石から霧が出てきて、さっきまでの世界とは違う背筋が寒くなるような空気に変じる。
そして、なにかが這い回るガサガサとなる音。
「ほら、電源をいれると敵が動き出すパターンなのです」
「予想はしていました。最奥からの脱出と言うわけですね」
ここからはダンジョン探索となりそうですね。ワクワクしてきましたよ!




