70話 居候が増えました
「妾も霊帝の住むところに行くのです」
予想通りの発言をするイザナミちゃんです。
「でも、普段はこの部屋にいて、平和のために祈るのです。時限イベントが始まったので少し待っていてくださいです」
予想通りすぎる発言をするイザナミちゃんです。
まぁ、驚きはしませんが、それでも少し対処をしておきましょう。
「イザナミちゃん、私が落とした手鏡を見せてください」
「ん? こうなのです?」
「はい、オーケーです。パクリ」
手鏡を齧っちゃいます。ふむふむ、私の技の冴え。透き通るようなスッキリとした甘さが口内に広がり、あとを残さない上品な飴の味です。
「あーっ! 何をするのです、これでは地球に戻れないのです!」
目を見開いて、思い切り驚くイザナミちゃん。私はチッチと指を振って懸念を口にします。
「今戻ったら、確実に地球の神様に絡まれます。まだまだ力は取り戻していないので、それは困るんです」
なにせ、私を嵌めて異世界に落とそうとしたくらいです。ここぞとばかりに襲いかかってくるのは目に見えてます。なので、シャクリシャクリ。
この手鏡は入ってきた世界と繫がってます。次元の座標は食べたことにより記憶したので、これでいつでも地球に帰れると言うものです。力を取り戻したら遊びに行くのは決定ですね。
ファンタジーな世界になっているとか面白そうです。私も経験気を貯めることを頑張りましょう。
「あぁ……全部食べちゃったのです。なんでいつもいつも食べられるように作るです!? 妾はゲームのない世界でどうすればよいのです!?」
「罪ゲーが数百本ありますよね? それをすべてクリアする頃には力を取り戻していますよ」
膝をついてサメザメと泣くイザナミちゃんに慰めの言葉をかけてあげます。罪ゲー多すぎでしょう? それに食べられるようにするのは基本です。だって美味しく作ると気合いが入りますからね。人間に与えた天使鎧だって、悪魔鎧だって、ショートケーキやショコラケーキ味にしたのは秘密です。
「というわけで、この娘はイザナミちゃんです。皆さんよろしくお願いいたしますね」
「うむ。よろしくなのです。ねぇ、突然ネットが切れたのです。なんとか復旧させてほしいのですよ」
「もう扉は閉じたので無理です」
スマホを持って、おねだりしてくるイザナミちゃんにきっぱりと告げます。スマホゲームはしばらく我慢してくださいね。
「ガーン。か、神は死んだのです……」
自分が神であることを忘れて、よろよろと力なくテレビの前に座るとゲーム機の電源をいれるイザナミちゃん。今度は東に行ってみるのですとか呟いているので放置しておきましょう。
「あ、あの、神様なんですよね? 私はヒナギクと申します。神様のお力を得た皇女様に救っていただきました。ありがとうございます!」
「私もです。ありがとうございます!」
「あと少しで魔物に落ちるところでした」
「スライムとして地獄の日々を暮らす未来ばかり想像していたので嬉しかったです」
ヒナギクズは本当に良い子たちなので、その素直な善なる心に打たれて、イザナミちゃんを彼女たちの前に座り直させます。ちゃんとお礼を受けてください。ゲームは最初から始めるにしておきますから。オートセーブなので、安心ですね。
「助けた? 妾は何度も言うけど、皇女とやらに加護を与えたどころか、会ったこともないのですよ。皇女って誰です?」
素直すぎるイザナミちゃんは、やはりゲームをしていていいです。テレビの前にお座りください。
「えー、でも皇女様と親しげなご様子ですが」
ヒナギクさんが私を指差すと、ポカンと口を開けてショックで声を出せないイザナミちゃん。ふふふ、私が皇女となったことを驚いているのでしょう。わかります、わかりますよ。
「神の世界では身分は語られないのですよ、ヒナギクさん。イザナミちゃん、私が皇女なのです。加護をくれましたよね? お礼にこの手に集めたセーブデータのバックアップを捧げてもよろしいのですが?」
電子データなら、ネットケーブルに変身した霊帝の手に簡単に集められるのです。気を抜くと消えちゃいますけどね。
「思い出したのです。たしかに霊帝に加護を与えたのです。霊帝とは親友。対等な関係。バックアップデータの受け渡しもできる親友なのですよ」
「わぁ、やっぱり! それじゃこれからよろしくお願いいたします、イザナミ様!」
パンと手をうち、喜びを露わにしながらヒナギクズは頭を深々と下げます。良かった良かった。
親友発言に皆が感心して、私は敬われるのは良いものですと、バームクーヘンを食べながら、イザナミちゃんに尋ねます。
「実は今いる土地になにか隠された空間があるようなのです。イザナミちゃん、ちょっと手伝ってもらえませんか?」
「歩くのは無理です。飛ぶのも面倒くさいです。瞬間移動は精神を集中しないといけないから疲れるのです」
どんな人間よりも引き籠もりニートのイザナミちゃんです。ニートを司る神になった方が良いと思います。
ですが、それは予想通りです。この子が動くのはお賽銭がなくなって、人の財宝をかっぱらいに来るときだけなんです。あとは、今回のように動かないとますます面倒臭くなるときですね。
「大丈夫です、イザナミちゃん。その問題はとりあえずは明日にしましょうか。冷蔵庫で解凍しても食べられるのは明日でしょう。帰りますよ、皆さん」
バームクーヘンは持ちましたか? 調味料とかジュースとかも持って帰って大丈夫ですよ。
「神様はどういたしますか? 映画から離れないんですけど………」
「あれはゲームです。放っておいて良いですよ。どうせ徹夜で遊んでいるに違いありませんので」
心配気なヒナギクさんの肩を軽く叩くと、私たちはマイルームから出るのでした。
◇
━━━で、次の日。
「キャー、このデュラハンどうなってるです! 倒せないのですよ。バグ、バグなのです」
昨日と寸分変わらない様子で、ゲームをやってました。延々と死んだらロードを繰り返していたようです。
「諦めて他の土地に向かうといってませんでしたか?」
「ワンモアで倒せるかもと繰り返していたのです」
次こそ勝てるは、ゲーマーあるあるですね。まぁ、ここは必殺の━━。
「やめたのです! だからセーブデータに触るのは禁止!」
珍しく学習能力はあったようですね。慌ててゲームを止めると向き直ります。
「では、イザナミちゃんには少し手伝いをお願いしたいのです。自分でもできるのですが、イザナミちゃんの力を使えたほうが確実性を増すでしょう」
「何をすればよいのです?」
あぐらをかいて、頭をかしげるイザナミちゃん。とても簡単なことです。
「岩を置かれてこじ開けようとする演技をしてください。それだけで助かります」
「あぁ、黄泉比良坂の術を使うのですか。あんなの何に使うのですか? お化け屋敷でもするのです?」
私がやろうとしたことをあっさりと理解するイザナミちゃんです。あ、ゼリーを食べます?
「黄泉比良坂はたしかにお化け屋敷としてしか使えませんが、少しやりたいことがあるのです」
「ふむふむ……まぁ、良いのです。では、誰か岩の役をするのです」
「おったん、お願いします」
おったんとガーベラも今回はついてきました。たっぷりと報酬を手に入れたようです。
「ええっ! そこはイザナギだと思うが岩の役か………」
「とってもおったんに相応しい役だと思いますよ?」
木の役よりは良いかと思うんですけど。
「はーい! おじしゃんの代わりにやりまつ! あたちたちがやりまーつ!」
でも悩むおったんを他所に、楽しそうな匂いを嗅ぎ取ったお友だちがちっこい手をあげてアピールしてきました。
床に座ると膝を抱えて、くるりんと丸くなりました。
「岩!」
4つの可愛らしい岩ができました。エヘヘと笑って、顔を上げてチラチラと見てくるので、とっても可愛らしいです。
「ん〜、まぁ、良いです。霊帝、使うのですよ、さっさと終わらせて、またゲームを再開するのです」
ディテールにあまりこだわらないイザナミちゃんです。ちっこい幼女岩に手を付けると、準備オーケーと頷く。
「では、皆さん下がってください。おったんは浮気したイザナギ役で!」
「いきなり嫌な役を振るんじゃない! ったく、岩の前で立っているだけだぞ」
渋々ながらもおったんが幼女岩の前に立ちます。皆さんスタンバイオーケーですね。
「木に似せれば石も木へと変じ、鷹に似せれば羽も空を飛ぶ。これ即ち近似の法なり」
ヒナギクさんたちが、何をするんだろうかと、ワクワクして見ていますので、私もカッコつけます。それらしい詠唱をすると神秘性が倍増ドラドラどんとこいとなるのですよ。
私の身体から霊気が吹き出すと、部屋に充満していきます。暗闇の中に星が瞬き、満天の星空でもあるかのように美しい景色となる。
『第五霊術:黄泉比良坂』
手を軽く振って囁きます。
『アクション!』
この掛け声いりますかね?
「おぉのれぇー、この浮気者のイザナギめー、妾を封じて新しい奥さんと暮らすつもりだなぁ〜」
「申し訳ありません、イザナミ様。おったん様は私と新たなる生活を送ると誓っていただけました」
おどろおどろしい感じを見せて巫女服の幼女が幼女岩をペチペチたたき、ストーリーを予想して劇に入り込むガーベラ。
「ええっ! っと、ガーベラ君。なんで隣りにいるのかね? これ演技なんだぞ?」
「演技だからこそです。ここは本物っぽく私と結婚するとおっしゃってください」
「嫌だ! なんだかとても嫌な予感がするから嫌だ!」
二人の漫才を無視して、イザナミちゃんは演技を続けます。
「シクシク、心変わりをするとは、この恨みは慰謝料と毎月の教育費、不倫関係にあるのだから、賠償金もなのです」
「シクシク、ままぁ、あたちたちはママのもとで元気に暮らすのでつ」
幼女岩がメソメソと泣くふりをして劇に加わります。どうやら岩の役が飽きたようです。幼女だから、飽きっぽくても仕方ないですよね。
混沌として、もはや劇になっていない感じもしますが、それでも良いでしょう。
「開け、黄泉比良坂。狭間の世界へと道を作れ!」
私が手をかざすと、闇色の通路が部屋に生まれます。そして、その先に霧深き街が垣間見えて━━━。
瞬間、霧が吹き出して私たちを覆うのでした。




