7話 小鬼と戦います
「だ、誰が小鬼だ、ゴラァッ!」
顔を真っ赤にして激昂する小鬼のおっさんです。
「ますます小物っぽく見えるので、顔を真っ赤にしないことをお勧めします。それとカルシウムを食べると良いかと。小魚を手に入れたら先に私にくださいね?」
ポリポリ食べるの夢なんです。まだ人の肉体を得てから食べたのは、泥水とアワのお粥だけなので。
「グッググ、役立たずの皇女がぁっ! その性根叩き直してやるぜ!」
「ヒナギクさん、ちょっと退いていてください」
折角の忠告を聞いてくれないので、ヒナギクさんの首元を掴んで横に退けます。
「うぉらっ!」
両腕を広げて、タックルしてくるおっさん。その腕は血管が浮き出て筋肉が膨張してパンパンです。手のひらを広げて迫ってきますので、掴んで投げ飛ばすとか考えていそうです。
殴ることを選択していないのは、少しは理性があるのでしょう。殴ったら痕が残りますからね。
「カーン、ゴングが鳴りました。言葉だけは勢いがあるこおにっさん」
「上手い具合にまとめようとするんじゃねぇっ!」
こおにっさんの両手へと私も手を出して組み合います。
「むっ? なかなか力が強いですね」
「はっ! 華奢なガキが力比べかぁ?」
せせら笑うこおにっさんですが、魔術により力が上乗せされているのでしょう。華奢でか弱い私は力負けして押されていきます。なにせ11歳の少女の筋力です。
驚くことに大人数人分はある筋力です。これは大人でもろくに抵抗はできません、
「まぁ、力比べをするつもりはありませんが」
トトッと床をステップし、組み合いながら2歩半下がります。力を込めていたこおにっさんはそのまま押してきますので、腕がまっすぐピンと伸ばされます。
さらに一歩、今度は大きく下がります。
「うおっ!?」
つんのめり、体勢を完全に崩すこおにっさんの両腕を支点に鉄棒です。こおにっさんの両手を掴んだまま縦回転。
「ぐがあっ!」
ふわりと浮いて、ぐんと伸びた腕を外側へと捻り回転すると、バキリとなにかが折れる音がします。気にせず私は回転した勢いを利用してそのまま飛翔すると、こおにっさんの頭上へと舞い上がり、無防備な後ろ頭へと体重を乗せて膝打ちです。
「ゴフッ」
ゴスンと良い音がして、こおにっさんは勢い良く頭から床に叩きつけられると倒れ伏すのでした。
トンと私は床につけて、細い銀糸のような銀髪をかきあげて、倒れ伏したこおにっさんを見下ろします。
「まさかのセリフ3行でのやられ役、お疲れ様でした。こおにっさんを倒した、てれってー」
拳を掲げて勝利宣言です。………でも、生気も霊気も吸収できませんね? 倒した相手から吸い取れる気配がありません。いつもならこれだけやれば手に入りました。
(やはり霊術を介さないと代価としては吸収できませんか)
雑魚戦をいくら繰り返しても手に入らない。人間の体の弱点ですね。以前は姿を感知されるだけでも代価を貰える条件は達成できたのですが残念です。オカルト見物させないと、見物料は貰えないシステムは変わらないようですね。
そうなのです。古くからのルールで、人から霊気を貰うには、オカルトチックな劇を見せないといけません。
代価というやつですね。ロリミカエル降臨しかり、呪い殺される怪談しかり。ちなみに見物客が死ぬ場合がいちばん代価を貰えます。
ちょっと残念ですが、早目に確認できて良かった、良かった。こおにっさん、それだけは感謝します。
「めでたしめでたしですね。さぁ、行きましょう、ヒナギクさん」
ニコリと微笑み、私は廊下を進もうとすると、ヒナギクさんが裾を握ってきました。
「えぇっ、この人はどうするんですか? き、気絶してますよ? と言いますか、あの、魔術はお使いにならないようにとお願いしましたのに」
「手応えから予想するに、こおにっさんは怪我は軽傷です。筋肉の塊みたいな手応えでした。これって魔術なんですか? それと、私は魔術は使っていません。あれは合気という技です」
肘の腱が切れている程度、軽傷の範囲です。
「あ、合気ですか? えっと、それひゃ?」
「簡単に説明しますと敵の力を利用して打ち倒す技です。こおにっさんのようなアホにはよく効く技ですね」
コテリと首を傾けて、聞いたことがないと不思議な顔になるヒナギクさん。合気は便利な技なんです。
昔に女の子を攫う大山猿に変化した時に、女の子を助けに来た青年が使ってきました。3メートルは超える背丈と怪力の大山猿を前に、その攻撃をいなしてやり返す技には驚いたものです。
3割はいなされました。あとの7割は命中したので、ボコボコにしましたが。その後で助けに来た合気の達人お爺さんに負けました。青年が女の子を助けて、めでたしめでたしエンドでした。
女の子からはようやく青年が告白してくれたわと喜ばれて、取引の成功として、6割の霊気を対価として貰えましたしね。
えぇ、マッチポンプですが、なにか? 捕まったヒロインを助ける裏舞台はそんなもんです。そうしないとヒロインは捕まっている間に薄い本みたいな目にあっちゃうでしょ?
その後は興味が出て、お爺さんの道場の掛け軸に憑依して見物してました。なので、見様見真似で使えるんです。
「そんなことより魔術です。どういうことでしょうか?」
「えっと、はい、魔術です。こおにっさんは魔術を使いました。こおにっさんは鬼系統なので、恐らくは肉体強化の『筋力向上』だと思います」
ヒナギクさんも、警備のおっさんをこおにっさん呼びすることにした模様。
「使用したら、魔物に堕ちるのでは? さっき言ってたではないですか」
「えっと、はい、そうです。でも一回で魔物に堕ちることはありません。使えば使うほど、その魔術が強力であればあるほど、魔物に身体が堕ちていきます。それか、瘴気に晒されてしまうのも原因となります」
「あぁ、代償として堕ちてゆくと。なるほどです」
「魔物に近くなればなるほど、身体は変貌していきますが、その代わりに身体能力は強化されますし特殊能力も身につくので、兵士や冒険者はある程度は魔物化しているのが普通です」
「………それは恐ろしいシステムですね。いじめられっ子が簡単に力を得ることができてしまうじゃないですか」
「そ、そうなんでふ。ですが、強靭な精神や肉体を持たない人は簡単に魔物に堕ちるので、そんなことをする人はほとんどいません」
舌を噛みながら、おどおどとして教えてくれるヒナギクさん。その内容は恐ろしいものでした。
まさに『力が欲しいか、代価を出せばくれてやろう』がお手軽に入る世界です。このこおにっさんを見れば、少しの侵食でもかなり身体能力が強化されることがわかります。
まともに訓練せずとも力が手に入るが、その代わりに末路は魔物になる世界。有り体に言って地獄です。
あの四人の人間がこの世界に堕とされた理由もわかります。
「即ち、とっても面白い世界ですね。ワクワクしちゃいます」
なんて素晴らしい世界ですか。期待で胸がドキドキしちゃいますよ。胸の前で手をぎゅうと握りしめ恋する乙女のように頬を染めちゃいます。
「えっと、何を期待しているのかはわかりませんが、瘴気に晒される人は稀ですし、魔物に堕ちる人も滅多にいません。強力な騎士や冒険者はある程度堕ちて、魔物に堕ちそうだと悟ると引退しますから」
「まぁ、そこは人間です、仕方ないでしょう」
少ししょんぼりです。つまらないですね。
「それよりも、屋敷を案内してください。こおにっさんはここに寝かしておいても風邪を引く程度ですよ」
肘の腱を痛めていますが、バトルの結果、名誉ある負傷なので文句は言わないでしょう。
「わ、わかりました。では、どこに行きますか?」
あっさりと、こおにっさんは見捨てられました。
「そうですね。今日は屋敷を一回りします。さぁ、レッツゴーですよ、時間は有限、こおにっさんとの無駄な時間を費やしてしまいましたし」
「やっぱり魔に汚染されておりませんか? 基本知識がないと言いますか、常識なのですが」
「私は引き篭もって、いつも一人で紙のゲームをしてましたから、この世界のルールがわからないんです」
「紙のゲームですか?」
「5人のプレイヤーの役までやって、楽しかったです」
戸惑うヒナギクさんの背中をグイグイと押して、私たちは屋敷を進むのでした。
(ふむ………ということは、ヒナギクさんは魔術を頻繁に使ったからということですか。この優しい少女が?)
犬の姿のヒナギクさんをちらりと見て眉をひそめる。
進んで力を欲するタイプには見えません。ですが……犬の姿の理由はもう少し仲良くなってから聞くとしましょう。
◇
屋敷は広かった。十人が余裕で歩ける長い廊下。部屋へと繋がる扉がズラリと並んでおり、何部屋あるのかわからない。
部屋内は見ていないが、金縁の窓ガラスが嵌められているし、西洋鎧が置かれていたり、絵画が飾られている。もちろん、窓ガラスはまともに拭かれていないし、西洋鎧はところどころ錆びていて、絵画は埃に塗れていますが。
ですが、それだけでこの屋敷の豪華さがわかります。天井も高いですし、ここはベルサイユ宮殿でしょうか? 予想よりも遥かに大きいです。
キョロキョロと見ながら、顎に手をあてて考えます。
「もしかしなくても、ここは宮殿ですか?」
「は、はい。でも今更なんで? ここにいらっしゃった時に」
「まだ、バブーとハァイしか使えなかった時のことですね。その時は記憶がぼんやりとしていたので、覚えていないのです。なので、しっかりと教えて下さい。ハァイ」
食い気味に口を挟みます。余計なことを考えない。サポート役とは情報を教えてくれることが最重要なんですよ?
赤ん坊レイちゃんです。ここはどこ、私はだぁれ?
「皇族が代々ご領主様として就任なさる場所ですから、立派な宮殿なんです。私は幸運にも下女として雇用されましたので、懸命に頑張ります!」
目を煌めかせて、拳を強く握りしめて力説するヒナギクさん。だいぶ皇族に期待というか、夢を持っているようです。
そういえばそんなことを言ってましたね。えーと、なんでしたっけ? 瘴気の森から帝国を守るためでしたっけ?
そんな重要拠点を当時8歳の幼女に任せますかね?
窓の外を見ると、剪定されていないですが、かなりの敷地の庭園が広がっていますし、遠くに高い壁が建っています。
まだ廊下は続きますし、これ、13皇女が住むに適したレベルではなさそうなんですけど。
「あれ、皇女様が出歩いているわよ?」
「領主としての仕事もしないで良いご身分よね」
「こら、聞かれたらまずいわよ。まぁ、私たちを罰する権限のない皇女様だけどね」
「プー、くすくす、本当のことを言ったら駄目よ。もぉ〜」
一応掃除をしているメイドたちのそばを通り過ぎると、もれなく面白い会話が聞こえてきます。執事たちは、何も言わずにちらりと見て来るだけです。まだマシというところでしょうか。
「ねぇ、ヒナギクさん。領主としての仕事ってなんですか?」
「あ、はい。えぇと……すみません、難しいことはわかりません………」
ペコペコと頭を下げてくるヒナギクさん。元下女と話を聞いているので仕方ありませんね。
「まぁ、8歳でもできる簡単な仕事です。もう少し状況を把握してからにしましょう」
周りに聞こえるように、わざとらしく声をあげながらも、この件は放置する。今の状況で仕事なんかできません。できるようになっても、する気はありませんけど。
「今日は宮殿の内部を把握します。ヒナギクさん、ほら、どんどん案内してください」
これだけ広くて大きな宮殿です。オカルトチックなことが起きてもおかしくないですよね?
面白くなってきましたよと、フフフとほくそ笑んで私は宮殿を案内されるのでした。