69話 イザナミちゃんですよ
目の前にいるのはイザナミちゃんです。巫女服にお下げをリボンで纏めて、ソファに寝っ転がり足をぶらぶらと振って、ゲームをやっています。
本来はこのマイルームには絶対に何者も入れないはず。ですが、ここにイザナミちゃんがいる。皆もポカンと口を開けて、驚きに声も出ない様子ですが、天才名探偵レイちゃんはお見通しですよ。
「幻ですね! こんなところにイザナミちゃんがいるはずがありません。それにイザナミちゃんはジャージを着ていて、髪もボサボサ、眠そうでやる気のなさそうな幼女なんですよ。お下げにして巫女服をきっちりと着て、あざとかわいい格好なんかしてません!」
ビシッと指を突きつけて、名探偵レイちゃんは偽物の正体を見抜きます。ふふふ、正体を表しなさい、きっと暗がりに住むドッペルゲンガーですね、間違いない。一匹見つけたら十匹いると言われてます。
「そんなことないのです。封印されし神様のフリをするには、きっちりとした服装が必要だったのです。そんなことよりも、このデュラハン倒せないのです! コントローラー渡すので、兵士を操作してくださいなのです!」
ペイッとコントローラーを投げつけてくるので、ナイスキャッチでイザナミちゃんの隣に座ってゲーム開始。
「さぁ、ゴーなのです。デュラハンを倒すのですよ、私の兵士!」
「これ、レベル足りないんじゃないですか? 殴られたら一撃で3割もヒットポイント減るんですけど」
「むー、こいつ強すぎなのです。序盤に出現する敵じゃないんです?」
「橋を渡ったら敵は強くなるものですよ」
「いつの時代のゲームの話をしているのですか! これはオープンワールドゲームなのですよ。あんぎゃー、やられそうなのです。助けるのです、回復魔法を使えなのです」
「イザナミちゃん……これは無理です、無理ゲーです。なので必殺電源オーフッ!」
ギャンギャン子猫のようにうるさいので、面倒くさくなって、ポチリ。ぶちんと切れるテレビ画面。
「あばば〜、あと少しで倒せるところだったのに」
「まだ1割も敵のヒットポイントは減ってないのですが、しかもヒットポイントのスタックはまだ4本ありましたよ?」
「妾が倒せると思ったら倒せるのです。倒せるって言ったら倒せるのです〜!」
ジタバタジタバタと、駄々っ子モードで絨毯の上を転がるイザナミちゃん。ちゃんとした格好のイザナミちゃんはとても可愛らしいので、私も隣でコロコロ転がります。第二ラウンドはスマッシュゲームですかね。
「あの……この方は一体全体どこの御方なのでしょうか? ここにいらっしゃるとは、普通ではない御方のように思えますが?」
まったく話が進まないと見て、コロコロ転がりぶつかり合うのが楽しくなってきた私たちにヒナギクさんがおずおずと声をかけています。
そうですね、そろそろ真面目にしないといけませんか。
「ほら、イザナミちゃん。起きてください、そろそろ神様っぽく自己紹介をしてください」
イザナミちゃんを抱えて起き上がらせると、イザナミちゃんは口を尖らせてソファにより掛かると、脚を組む。
「仕方ないのです。それでは愚かなる人間どもに、妾の名前を告げてやろうなのですよ」
ゲームが終わった途端にやる気のなさを露わにしながら自己紹介を始めます。
「聞いて驚け、見て畏れよ、我こそは世界の半分を支配する神である偉大なる一柱イザナミちゃんなのです〜」
セリフ的には傲岸不遜な名乗りですが、眠そうにぐで~とソファに寄りかかり、欠伸を堪えながら名乗るので、威厳ゼロです。
「以前はもっと凝った名乗りをしていたのですがね、最近はやる気ゼロで、ゲーム三昧の引き籠もりニートと化した幼女神ですね。幼女は後付けで昔はしっかりとした女性でした」
前はもっと蠱惑的で、恐怖を齎す威厳もありました。死の女神としてしっかりとした存在だったのです。
でも、産業革命以来、戦争で生み出される死者の数が桁違いに増えたことにより、やる気をなくしました。なぜならば、なにもしなくても、ウハウハで死者が入りますからね。ドル箱というやつです。
ハデスや仏たちと死者を分かち合っても、大金ならぬ大死者を手に入れて、死者を扱う神様たちはサボることを覚えました。
その中でも、イザナミちゃんは人間の文化に触れて、その文化に汚染されてオタク化した筆頭です。まぁ、ハデスたちも料理オタクとかになっていましたけど。神様の仕事をやる気ゼロ。
「神様? 神様なんですか。えぇと………本当に? この御方が? レイ皇女様に加護を与えてくださった方ですか?」
「うむ。妾はイザナミ。偉大なる……。加護を与えたというのはなんです? 誰に加護を与えたなんて、誰にも妾は加護を与えたことはないのです。面倒くさいです。ムキュ」
「イザナミちゃんの加護は本人もわからないところであるんです。都合のよい神様なんですよ」
イザナミちゃんの口を押さえて、ニコリと微笑みながら、誤魔化します。ヒナギクズはわかりましたと胡乱げな顔で頷きます。良かった、納得してくれたようです。
「さて、そんなことよりも、このマイルームにいる理由を聞かせてください、イザナミちゃん。どうしてここにいるのか、どうやって侵入したのか? どんな神様も侵入不可のはず」
「この間、鍵を忘れていったのです。妾が戸棚に仕舞ったお菓子を戸棚が足を生やして逃げていった時の話です」
「………おぉ、そ~いえば、そんなこともあったかもです。忘れた?」
「しがみついて、なんとか取り返そうとした時に、なんとか取り返すことができたと思ったら、この手鏡です」
ケロリとした顔で、盗んだことを忘れたと表現する酷い娘です。ここは怒っても良いところですよね。
「お菓子返すのです。三ヶ月先まで予約でいっぱいのチョコレートも入っていたのです!」
やっぱり怒らないで良いでしょう。私はおおらかで鷹揚ですからね。チョコレート美味しかったです。箱ごと食べたので、少し金属の味がしたのが失敗でしたけど。
「侵入できた理由はわかりました。でも、自分の神域にいれば良いじゃないですか? なんで、この部屋に来ているんですか?」
イザナミちゃんの神域はイザナミちゃんカスタマイズされた神域で、私のマイルームに似ています。テレビあり、ソファあり、ゲーミングチェアありと、引き籠もり用と言って良いでしょう。
滅多に自分の神域から出ることのないイザナミちゃんがどうしてここにいるのでしょうか。
私の問いかけに、イザナミちゃんは顔を顰めます。なんだか嫌そうです。
「今の地球は騒々しくて、ゆっくりと神域に籠もることもできないのです。なので、このマイルームに避難したのですよ」
「騒々しくて? あ、とりあえず、自己紹介をお互いにしたら、冷蔵庫にゼリーを入れて、ゆっくりと寛ぎましょう。ヒナギクさん、戸棚にお菓子とコーヒーがあるので用意して頂きますか?」
「あ、はい。えぇと、わわっ、冷蔵庫があります。この箱はなんですか? この丸っこい箱も」
台所に移動して、電子レンジや炊飯器を見て驚くヒナギクズ。とりあえずコンロの使い方を教えます。
正直、薪を燃やすよりも簡単です。使い方を教えればヒナギクさんたちは使い方をあっさりと覚えました。
「戸棚にお菓子入ってるのでしゅよ」
「バームクーヘンだらけなのでつ」
「色んな味ありゅ」
「全部もらって良いのでつか?」
お菓子を腕いっぱいに抱えて、お友だちたちがよちよちと歩いてくると、テーブルに置いてくれます。バームクーヘンだらけなのは私の趣味です。
「あの……お菓子をこんなにたくさん持ってきてよろしいのでしょうか?」
ドサドサとバームクーヘンを積むお友だち達を見て、ヒナギクさんが申し訳無さそうにします。ですが大丈夫です。
「この部屋に『固定概念化』された物は、いくら食べても、後程元に戻ります。なので、食べても大丈夫ですよ。といっても、たいした量はないのですが」
他の神様たちが神域で宴会をしているのを見て、羨ましく思ったのです。無限に沸く食べ物たち。不思議にもいくら鹿を狩っても、木に生っている果物をもいでも、復活しちゃうのです。驚きでした。
まぁ、人間の文明が進み、料理の質も良くなってからは、その価値は激減しましたが。単なる鹿の焼き肉程度では相手にならないのでした。
でも、当時の私は羨望と共に、同じ空間を作ろうと試行錯誤しては、頑張った結果が今のマイルームです。
少しの霊気でお菓子やジュースは復活するし、電気も使い放題、霊気の充電は千年程度貯めているので使用に問題なし! 段々と小さくしていき、今やコンパクト化。鍵すらも手鏡サイズにしたのです、えっへん。
なので、お菓子をバンバン食べてもよいですよ。
「わ~いでしゅ! いただきまーす」
お友だちたちが満面の笑顔でパクパクと食べ始めるのを横目に、イザナミちゃんに向き直ります。
「騒々しいとはなんでですか? 皆さんは宴会三昧では?」
「ふむふむ…それは人間たちに伝えると不味いのです。ちょっとこっちに来るのです」
「? わかりました」
イザナミちゃんが気を利かすとは、なんか面白いことがありそう。なんですかね?
皆をおいて、部屋の隅っこに二人で移動して、顔を寄せ合います。
「なにがあったのですか?」
「というか、ずいぶんと可愛らしい姿になったのです。人間になったとは聞きましたが、絶対に生きていると思ってました」
「まぁ、この体は合っていると思いますよ」
神様の目は誤魔化せません。腐って引きこもりでもイザナミちゃんは大神なのですから。
「で、騒々しいとは?」
「人間たちが『命術』を悪用して、霊も悪乗りして、悪魔や天使になったりして、バトっているのですよ。光と闇とかありがちで、今や使われないテンプレを大義に大っぴらに群衆の前で戦うのです」
「おぉ、ファンタジー。そんな面白いことになっていたのですか。それは楽しそうですね」
「神たちは止めさせようと右往左往、大忙し。妾も働けと言われたので緊急避難したのですよ」
地球も大変そうですね。
「なので、妾は本体を封印されたことにして、石の中に身体は隠して、このアバターで遊ぶことにしたのでよろしくです。ここで出会ったのは幸運でした」
ニッコリと微笑むイザナミちゃんに、なにか嫌な予感がするかもと思う私でした。




