63話 魔王戦は続きます
なんてことでしょう。バラトは元辺境伯の魔王に攻撃して消えました。『瞬間移動』にて逃げるという小物っぷり。大物なら、余裕の笑みで悠々と去るので、ますます小物っぷりが際立ちましたね。
「お嬢様、小物のことは忘れて良いだろう。どうせ、誰かに唆されたに決まってる。なにせ、ろくに戦うこともできなかった研究肌の人間っぽかったからな」
「たしかに。『賢者の石』は他にもあるでしょうからね」
手の中にある賢者の石を見ながら、私も同意して微笑みながら齧ります。硬そうに見えて意外と柔らかい。
「これは石ではありませんね。複雑な術式を施されたエネルギーの塊。随分と面白い物を過去の人間は作ったものですね。闇の雷味です」
サクサクとシャクシャクのチョコレート味。お菓子として食べられるようにするなんて凝ってます。
「皇女様、それを食べて大丈夫なんですか? 身体に悪そうな物に見えるんだけど?」
「大丈夫ですよ。浄化すれば、私のエネルギーにしかなりません」
「それよりも、辺境伯魔王を倒さないとですよ」
ヒナギクさんが心配そうに裾を引っ張ってくるので、微笑み返して、残りは後で食べることにしておきます。
私達の前に、バラトの攻撃を受けてアクティブになった辺境伯魔王が蠢き始めています。木の根が部屋全体へと広がっていき、樹木の中に侵食していっているようです。
「うぉぉぉ、ぉ、お、お」
唸り声をあげて、辺境伯魔王がその目に赤い光を宿し攻撃的な眼差しを向けてくる。瘴気が一気に広がっていき、辺りを包み込み、シュルシュルと私が吸い込んじゃいます。
その様子を見て紅き光が瞬いて、困惑を見せる辺境伯魔王。
「私には瘴気は効かないのです。そして、キオ、これは重要なことなのですが、良いですか?」
「なんでしょう、レイ姫? 僕にできることならなんでもしますよ」
私の真剣極まる表情に、キオもただ事ではないと私を見詰め返す。とっても重要なことなんです。
「辺境伯魔王って、言いづらいので、私が名前をつけちゃいますが良いですか? イビルラシルと名付けました。よろしいですね?」
「もちろんです! イビルラシルにします。素敵な名前だと思いますよ」
良かった。キオも賛成してくれたようで嬉しいです。辺境伯魔王はイビルラシルに決定。
「ウォォ」
イビルラシルが壁に張り付く木の根の一部を鞭のように振り上げて、攻撃してくる。人の腕程の太さを持つ木の根が風切音を立てて迫る。
アクティブになったので、私たちを排除することに決めた模様。
強化服のエネルギーが切れたキオや、生身のヒナギクズがなんとか防いでいますが、少し厳しそう。
「なかなかのネーミングセンスだが、これはまずくないだろうか? 恐らくはこの木はイビルラシルに乗っ取られるぞ。さっさと神術で倒してもらえないだろうか?」
おったんが面倒くさそうに木の根を剣で切り裂いていき私を見てきますが、そう簡単にはいかないようです。
「……いえ、これはまずいです。どこが核かわからなくなってます。どうやら元々核はここにいなかったようですよ」
目を細めて霊視をするとわかります。イビルラシルの核はここにはない。熱センサーのように敵の霊気を観察すると万遍なく広がっており、塊がないのです。
「それはどういう意味ですか皇女様?」
「言葉の通りです。私たちはバラトに嵌められたようです。強化服を着込んだ兵士たちが魔王を退治しに最上階へ。いくらギミックがあっても、最上階へは辿り着けるはず」
小鳥のようにチッチッと舌打ちして苦い顔になります。
「あの人型が父上では?」
「ダミーです。本体の核は正常に見えた木の中に潜り込んでいます!」
私の言葉に皆が驚き、おったんも舌打ちして苦い顔になる。
「読めたぞ。この巨大な木を支配するには時間がかかる。だから、ダミーの核を最上階に設置して攻略に時間をかけている間に、密かに侵食していく予定だったのだな」
「そのとおりです。バラトは悪知恵だけは働いたようですね。というわけで神聖術での攻撃は止めておいたほうが良いでしょう。核を探して、もう一度降りますよ!」
おったんの言葉に頷き、キオが困惑した顔で声を上げる。
「でも、どうやって? 再び降りていくと時間がかかりすぎます!」
「大丈夫です。それはこの木の精霊さんに頼りましょう」
床に正座すると、神女の私は手を組んで祈り始める。神々しさを見せつつ、イベントっぽく。
「私にはわかります。まだ魔王に侵食されていない部分が残っているのが。この木に宿りし精霊よ。呼びかけに応え給え。結城レイにお力を貸し給え!」
『霊術:精霊ユグドラシル』
私が霊気を木に流し込むと、未だに残る……残っていないので、侵食された部分に侵食返し。どんどんこの木を侵食していきます。
核の周辺でなければ、魔物と化した部分を吸収するなんて簡単なことです。木もおっさんに侵食されるより、美少女に侵食された方が良いと思いますよ。
鞭のように動いていた木の根が動きを止めて、枯れていき、ダミーの核も崩れていき、正常な木の肌に戻っていく。
「おぉ、木が元に戻っていく!」
キオたちが驚き、周りを見て驚きの顔になる。
「見てください。あそこになにかが現れます!」
ヒナギクさんが指差す先。床の中心に神々しい光が集まると、優しげな少女の姿となる。白いワンピースを着て、神秘的な空気を纏っている。
少女は私たちを見ると、嬉しそうに口元を笑みに変える。
「助けていただきありがとうございます。世界一可愛くて賢い神の使徒たる神女結城レイよ。私の名前はユグドラシル。この木に宿りし精霊です。しゃららーん」
擬音まで口にして、スカートの裾を摘んでカーテシーをしてくるユグドラシルちゃん。ふふふ、精霊を呼び出す良い子なレイちゃんです。
「精霊? 精霊なんていたのか!?」
「そのとおりです、キオ。私はこの木の精霊ユグドラシル。檜野辺境伯領を見守ってきました。これからは年に一回盛大な祭りをして私を崇めるぜーたくな料理を」
「ゴホンゴホン。それは後回しにしてもらおう。敵のコアまで続く通路を作ってもらえないか?」
空気を読まないおったんに、むぅと口を尖らせます。これから月一の供物や年始年末の特別なご馳走も要求しようと思ってたのに。
『霊術:精霊ユグドラシル』は、巨木を媒体にして作る精霊です。これだけの巨大な木ならユグドラシルを作るのに充分な条件を満たしています。まぁ、作るというか私が演技するアバターなんですけどね。
「わかりました。魔の力は下へと向かっています。手早く追いかけるにはこちらから向かったほうが早いですよ?」
幹に人がくぐれる程の穴が空き、細い枝が木の周りを駆け巡る。ユグドラシルの能力は取り憑いた木を動物のように操るのですが、これほど大きいとインパクトがありますね。
「では私とおったんはこの枝を通って下へと向かいます。皆さんは後からついてきてくださいね」
「やれやれ、上に行ったり下に戻ったり忙しいものだ」
ぴょんと穴から飛び出て、木の枝の上を走ります。ここからは生身の人間ではついていけないでしょう。
「おぉ、下に雲が見えますよ。絶景ですね」
「怖いんだけど? お嬢様は怖くないのか? 下に落ちたら、即死だぞ?」
「ジェットコースターのようで面白そうですよ。風が吹いていないのがいまいちですが」
足を踏み外すと落ちそうですけど……。
「追いつくには落ちながら、です!」
枝から飛び降りて、次の枝へと落ちていく。風が銀髪を靡かせて、とっても気持ち良いです。
「ひょえー!」
おったんも楽しげな声を上げる中で、下へと高速で降りていく。壁の向こう、安全だったはずのまだ正常に見えた木が禍々しく歪み、木の根が人々を捕まえてファンガスへと変えていく。
「な、なんだこれは?」
「まさか瘴気なのか」
「た、たすけてくれ、」
阿鼻叫喚の光景です。ヘリポートまですぐに戻ると、爺やさんたちがヘリを起動させているのが見えます。
「ミハルパーンチ」
「ミナツビーム!」
「ミアキキック」
「ミフユ……なんて名前にしゅる?」
お友だちたちが迫る木の根をペシペシと叩いて近づけません。でも、敵の核が見えません。もっと下にいるようです。
その横を通り過ぎて、もっと下へと降りてゆくと、家のように大きな蕾が見えてきます。毒々しい紫色の蕾が開いていくと、今度こそ人間の上半身が姿を現す。老齢の男です。
「みろ、あれじゃないか?」
「イビルラシルの核のようですが、ちょっと厄介ですね」
花びらに金属の装甲がついてます。そして人間の部分も流体金属のように金属が覆うとその姿を花弁の中に隠す。
「金属の装甲をはがなさいと神剣でも通じない可能性があります。まずは装甲を剥がしましょう!」
「あー、めんどくせー。やれば良いんだろ、やれば」
サタンブレードを持つおったんと、氷雪の剣を持つ私は木の枝を足場として接近する。イビルラシルの方は、木の根を花びらから生み出してくる。
さっきの木の根とは違い、今度は太さが違う。その根の太さは人間大ほど。受け流すとか不可能なレベル。しかもその数は数十本。
「ジャマヲスルモノヲコロススス」
『テンタクルウィップ』
ミサイルのように木の根が蠢き飛来してくる。
「掠っただけで終わります。気をつけてくださいね」
「全部斬れば良いんだろう?」
「その通りです」
こちらも木の枝を操り、攻撃を躱します。木の根がまるで列車のような勢いで通り過ぎていくが、それに合わせて剣を食い込ませる。
「はぁぁぁっ!」
剣身を深く食い込ませると、木の根に飛び乗り駆けてゆく。木の根が凍りつき、氷柱となっていくのを見ながら、高くジャンプ。次の根が真下を過ぎてゆくが、トンと軽く蹴り躱すと、体を捻り、その次の根を切り裂く。
氷雪の剣は触れるものを全て凍らせる剣。たとえ巨木でも逃れることはできません。
「むぅん!」
おったんはといえば、剣を伸ばして強引に叩き切っています。
「良い調子です。どんどんいきましょう」
私たちの道となる凍った根を足場に私たちはイビルラシルへと迫るのでした。




