62話 魔王戦です
イカではなく木の根だった檜野辺境伯あらため、魔王。名前はイカに?
「冗談をいう余裕はあるのだな」
『さっさと神術で浄化させて、観光しよう。ほら、エルフとかまだ会ってないしね。きっと正道の傲慢なエルフが住んでいると思うんだよ』
『正道でないエルフなんかいないと思うんですけど』
『最近のエルフの扱いはひどいんだよ。引きこもりだったり、無一文で食べ物を……まぁ、可愛らしい点では昔よりも勝っているかもしれんけど』
おったんと思念で軽口を叩きながら、私は元檜野辺境伯を観察します。まるで球根に木でできた不格好な顔がついているだけの魔物です。ちょっと不気味ですね。
木の根を球根の身体から伸ばして、どんどんこの木を侵食しているようですが………。魔王というのはわかります。瘴気を発してますから。でも、ノンアクティブっぽく、こちらを攻撃する様子はなし。
「そこのお爺さんを捕縛したあとにしましょう。そうしないと、なんか嫌な予感しますし」
「ふむ………たしかに攻撃中に変身アイテムとか、パワーアップアイテムとか使われても困るしな。わかった」
作戦変更。お爺さんを倒すことにしましょう。キオはもう倒しちゃいましたかね?
期待を込めてキオへと目を向けると、お爺さんとぶつかり合ってます。
「うぉぉぉ、僕の熱き正義の心を喰らえーっ!」
『熱線』
常に演出を考えるキオが手のひらから熱線を放ちます。あれは超高熱なので、全く容赦するつもりはなさそうです。
紅き熱線が空気を熱し、軌道上の床を燃やして、お爺さんに向かいます。お爺さんは冷笑を浮かべて、まともに命中。そのローブを燃やされて、身体も案山子のように炎に包まれますが━━━。
「ふふふ、ははは、愚かなだな、小僧。その程度の攻撃が効くとでも?」
炎に包まれながら、哄笑するお爺さん。
「なっ!? 僕の火之迦具土は二千万度の熱を持つ炎のはず!」
「わかっていないようだな、小僧。なぜ強化服を着た貴族たちが率先してダンジョンを攻略しないかを。元の世界を取り戻すべく、奥地に入らないかを!」
「どういう意味だっ!」
キオが動揺して、お爺さんに尋ねると、シワだらけの顔が溶けていき、溶けた皮膚の下に紫の肌が見えてきます。頭からは羊の巻角が生えて、弱々しそうな小柄な体躯が膨れ上がる。燃えカスとなったローブを剥ぎ取ると異形の身体を持つ若々しい偉丈夫が現れるのでした。
「我こそは叡智を求める悪魔サタンの力を宿せし者、バラト。強化服など時代遅れの武装では敵わぬよ」
「その姿は魔物! 魔に汚染されているのか。既に正気ではないんだな」
わかりやすい悪魔の姿にキオは動揺して、私はもう少し捻ってほしかったなぁと思い、おったんは俺の力を宿してるのと困惑してます。
「フッ、我は正気を保っている。貴様にはわかるまいが、これは異世界の悪魔という高位生命体の力を一部宿しているのだよ。そしてこの強靭なる肉体と、科学を上回る魔法の力を手に入れた我は魔物などという下等生物ではない。新たなる高位種族、魔族というのだ!」
「魔族! 戯言だな、魔に汚染され続ければ、意識はなくなり、魔物に堕ちる!」
「くくくく、たしかに貴様の言うとおりだ。普通ならば、魔に堕ちる。しかし、この『賢者の石』があれば別よ! 不要な瘴気はこの『賢者の石』が吸収してくれるのだ」
光を返さない真っ黒な正方形の石をバラトは私たちに見えるように天へと掲げます。
「えいっ」
ヒナギクさんの可愛らしい掛け声がして、賢者の石とやらに投擲した短剣が命中。カチンと乾いた音を立ててポロリと落ちてしまいました。
角から落ちて、ガチャンと音を立てると、角がかけてしまう賢者の石。カランコロンと転がる破片。
慌てて床にかがんで、破片を集めるバラト。気まずそうに、指を突き合わせて、ヒナギクさんがオロオロします。
「ぬぅぉぉぉおま、お前、なにしてくれてんの!? ここは息を呑んで、賢者の石という不可解で強大な力を持っていそうなものを見つめるところだろ! なんで賢者の石を狙って短剣を投げるんだよ! ああっ、これ壊れてないか、少しなら大丈夫だよな」
「えっと、当てて見ろって意味だと思いました」
「そんなわけないだろっ! だから平民は教養が」
バラトが文句言いつつ顔を上げようとすると、その頭上に影がかかります。
「隙だらけだからだ」
そこにはおったんが冷淡な瞳で、足を振り上げてます。そのまま踵落としをしてバラトの頭を砕こうとする。
「ぬぅ!」
バラトは慌てて腕を交差させて、踵落としを防ぐ。そのまま怪力なのだろう膂力を使って、強化服の力が加わった脚を弾き返す。
だが、おったんは弾かれた力をも利用して、きれいに体を縦回転すると床に着地し、腰をひねると左脚を爪先を立てて突き出す。
バラトが目を見開き、驚きを宿しつつも腕を振るい、突き出された脚を払う。おったんは横回転をして、遠心力を乗せた蹴りをバラトの脇腹に食い込ませる。
「こ、こいつ、おのれ!」
痛みに苦悶の表情となり、バラトが横蹴りを繰り出すと、左脚を引き戻し蹴り足に合わせて、円のように描き受け流す。バラトの身体が受け流されたことで泳ぐと、懐へと踏み込み左ストレートを腹にぶち込む。
くの字となり、蹌踉めくバラトを目を細めて小馬鹿にするように嗤うおったん。これ、怒ってます。サタンを名乗られたので怒ってます。きっと肖像権侵害とか思ってます。
「ふっ、たいした身のこなしだな、自称サタンの力を持つ者よ」
「ちいっ、格闘技の達人か!」
「達人なのは格闘技だけではない」
空にいつの間にか放っていたサタンブレードがタイミング良くおったんの真上に落ちてくるので、バシッと手に取り、おったんはサタンブレードを振るう。
「クアッ、サタンの力を見よ!」
『煉獄の魔剣』
バラトも負けじと魔剣をその手に生み出すとサタンブレードを受け止める。煉獄の炎を宿す魔剣。たしかにここから見ても、その炎が尋常ではないのはわかります。
でも、おったんは余裕の笑みを崩さない。
「よろしい。剣同士の力を比べようじゃないか」
「地獄の炎で燃やし尽くしてくれる! 強化服のシールドも貫き、敵を焼き尽くす炎を受けろっ!」
憎憎しげにバラトがサタンブレードを押し返すと、煉獄の炎を剣から吹き出して、おったんを斬ろうと振るう。
おったんはわずかに呼気を吐くと、鋭い踏み込みでサタンブレードを振るう。
「シッ」
輝線が奔り、お互いの剣が交差する。おったんがバラトの後ろへと通り過ぎると━━━。
煉獄の魔剣は半ばから剣身を斬られて刃が落ちる。刃は炎を失い灰へと変わって崩れてゆく。
「なっ! この我の魔剣が!?」
「自称サタンとやらに返品した方が良いのではないかね? それはなまくらだったと」
冷笑を崩さずにおったんがつまらなそうに、淡々と言う。その言い方には敵を打ち破った喜びなどはなく、当然の結果だという口調だった。
その態度こそが、耐えきれないのだろう。恐らくはプライドを傷つけたのか、憤怒の形相となり、バラトは身体から魔のオーラを吹き出す。
「何者かわからぬが……魔族の力を見たいようだ。ならば見せてやろう、賢者の石を用いし新たなる種族の力を。力を……ぬ、我の賢者の石は?」
ニヤリと嗤い、強者というか、小物の雰囲気を見せつつ、賢者の石とやらの力を使おうと、拾い上げた賢者の石を探すバラト。
賢者の石を手に持って、そろそろとその場を離れようとしていた私と目があいます。
「何してるのだ、貴様?」
「落ちていた賢者の石を拾ってました」
落ちている物は警察に届けないといけないんです。この世界は警察はないので、そのかわりに貴族が代行します。なので貴族の頂点たる皇族の私が貰います。
「ふ、ふざけるなよ、貴様ぁっ、それを返せ!」
「させるか、レイ姫は僕の後ろに! レイ姫は僕が守るっ!」
『熱線』
キオが私の前に出ると、十八番の熱線を放とうとして━━━。手のひらの光は点滅して、熱線は放たれません。
「しまった! エネルギーが尽きてしまったか!」
「強化服のエネルギーが尽きた雑魚などっ」
『閃焔』
憤怒のままにバラトは両手のひらに太陽のような光を放つ燃え盛る火炎球を生み出す。賢者の石がないからだろう、目が爬虫類のように縦に割れて、魔の汚染が進んだのだ。
そして、キオと後ろのおったんへと撃ち出す。燃え盛る焔は触れただけで灰になる高熱を宿し迫ってくる。
「レイ姫は僕が」
「そーゆーの良いので下がってください」
キオが私を守ろうと手を広げるので、首元を引っ張って後ろへと放る。
「私も少しは戦わないといけないようです」
『第三命術:気』
『第二命術:水』
『第一命術:血』
『融合命術:氷雪精霊剣創造』
『フェンリルブレード』
冷気を吹き出す極寒の剣を創り出し、迫る火球に叩き込む。火球は剣に触れると、萎むように一瞬で消えていく。
それどころか、火球の形の氷を創り出して、反対にバラトへと向かっていく。
「なっ、我の極大火炎魔法を! 消すだけでなく氷として跳ね返す!?」
「格が違うということだ。魔族ごっこ遊びもここまでだ」
サタンブレードで火球を切り裂いて、おったんは腰だめに剣を構えてバラトの懐へと入る。
『合気:一閃』
気を練り、瞬間的に筋力を増大させるとおったんはバラトへと閃光のような一撃をいれる。
サタンブレードの一撃は、バラトの胴体を分断させるかと思われたが、バラトの姿がぶれて消えてしまう。
『短距離瞬間移動』
氷球もサタンブレードも空を切り、バラトは離れた場所に現れる。
「がっ、何者だ? ここまで我を苦しめるとは………おのれ、が? がぁぁ、我の腕がっ!」
躱しきれなかったのか、バラトの片手が切断されて地に落ちている。鮮血が腕から流れて、バラトはうめき声をあげる。
「ググッ、ふざけおって」
『火球』
バラトが火球を生み出し、魔王辺境伯へと撃つ。小さな爆発が起こるのを見て、憎憎しげに嗤う。
「貴様らが死んだ後に、賢者の石を回収させてもらうっ」
『瞬間移動』
なんということでしょう。捨て台詞をはいて逃げちゃいました。
「ありふれたテンプレ展開になりましたね……」
「だな……」
魔王辺境伯が目を開き、木の根が蠢き始めるのを見て、嘆息しちゃうのでした。




