59話 天空探索をします
「これは魔獣です、おったん。キオ。遠慮なく倒してください!」
私の霊帝アイがピピピと光り、敵の素性を暴きます。人間たちの中に紛れ込ませるとは、なかなか手の混んだことをしているようで、誰がやったのでしょうか。
「まぁ、こんな敵など」
「僕にお任せを!」
おったんの言葉に被せて、キオが前に出ます。強化服のパワーをフルスロットルにしたのか、鎧に光のラインが輝き装甲を駆け巡る。脚を床に踏み込み、その踏み込みだけで突風を巻き起こし、獣のように跳ねるとファンガスの懐に突進する。
「はぁぁっ、燃えよ僕の拳」
『熱拳』
キオの拳が真っ赤に赤熱するとファンガスの胴体に叩き込まれる。命中した箇所からファンガスの体から炎が吹き出すと、すぐに炎に覆われて、苦しみ藻掻きながらヨロヨロと力無く倒れ伏しました。
魔法ではありません。純粋な科学技術です。拳を赤熱させるとか、趣味武器以外の何者でもないですが、かなりの高熱を発しているのはわかりました。手を高熱から守らないといけないですし、無駄に高度な技術を使われてますね。
「油断しないほうが良さそうだぞ、檜野辺境伯代理。まだいるようだ!」
サタンブレードを構えて、おったんがドアを指差すと、ファンガスたちがよろよろとよろめきながら現れます。巨大な体躯の魔獣たちです。
「どうやら、かなりの数の魔獣が解き放たれている様子。皆さんは後ろに下がっていてください」
両手のひらを敵へと翳すキオ。手のひらの中心にはオーブが嵌め込まれており、何をするのかわかります。
「受けよ、辺境伯が嫡男、檜野キオの力を。この赤き熱は魔を許アダッ」
口上を述べている間に、その顔にキノコが投げつけられました。頭が爆発してよろめくキオ。蹌踉めくだけですむのはそれだけ強力な装甲、いえ不可視の障壁があるからみたいです。
ファンガスたちがキオのお株を奪う手から小さなキノコを弾丸のように撃ち出して攻撃してきています。
「くっ、やるな魔獣ファンガスよ! しかし僕のアダアダダ」
それでも少しは衝撃は受けるようで、キオは後ろへと仰け反りますがそれだけで元気そう。
「大変ですよ、皇女様。檜野様はこちらを見てかっこいいアピールをしているので、敵の攻撃にサンドバッグにされてますよ! もしかして混乱の魔法でも受けてるのでしょうか?」
ヒナギクさんが酷い体たらくぶりのキオを見て、ハラハラと心配した顔になり焦ります。
「きっと英雄譚を作って欲しいんですよ。少しだけ自己顕示欲強めですが、少年にはよくあることです。カッコをつけたい年頃なんですよ」
たしかにチラチラとこちらを見てきて、全然戦いに集中してませんからね。私は小首をわずかに傾げてニコリと微笑んで手を振ると、ますます挙動不審となり、ファンガスの接近を許した挙げ句にパンチを食らいました。
3メートルを超える体躯で、岩のような拳をファンガスは打ち付けているのにである。
それでも地面に打ち付けた柱のように多少揺れるだけで、ビクともしないので、強化服の圧倒的な力がわかります。
「あそこまで体を張ってボケられるのも困りますね、真面目に戦闘をしてほしいところです。こういうふうに!」
『第一命術:熱』
体内の生気を熱に変えて、ファンガスに向かい私は駆けます。床を一歩踏み出し、二歩進むだけでファンガスとの間合いは一気に詰まります。
「レイ皇女の戦闘をよく見てください。その目に焼きつけてくださいね」
ファンガスが大きく拳を振りかぶり、押し潰すように振り下ろしてくる。
私ら床に両手をつけて、くるりと前回転すると、その高まった身体能力でファンガスの頭上へと超えて、脚を引き戻し身体を回転させる。
「ていっ」
ドリルのように体を回転させながら、槍のように蹴りを繰り出す。足の爪先がファンガスの不気味な頭にめり込むと、そのまま回転を続ける。
「ドリルランサーァー」
ついでに演出も過剰気味に。ファンガスの柔らかいキノコの頭に生気が流れ込み、呪われた身体構成が破壊されて、ボロボロと崩れていく。
「くうがこーりゅーけーん」
そのまま体勢を切り替えし、落下しながら肘を叩きつける。よろりと蹌踉めくファンガスの身体に回転からの肘打ちの連打を繰り出し着地すると、ファンガスの体はマッチ棒のように燃えて崩れ落ちるのでした。
「負けていられないな」
おったんが中段の構えで摺り足にてファンガスたちの合間に滑り込むと、刀を振るう。袈裟斬りからの切返し。更に横薙ぎからの振り上げにて、全く抵抗感を見せずに切り裂いていく。
立ち並ぶ案山子を試し切りでもするように、サタンブレードは敵をバラバラにしていった。
「さすがはイザナミちゃんが設定を決めたサタンブレードですね。圧巻の攻撃力です。何でしたっけ、ばんのーぞくせい?」
「あー、はいはい、結局敵の弱点をつける属性効果の武器のほうがダメージが出るから万能属性は使わないとか、作った後に文句をつけていたな。自分で設定を決めやがったのに、あの幼女め」
ケッとやさぐれてサタンブレードを振るうおったん。
私はよく覚えてませんが、いかなる結界も切ることのできる強力な武器なのです。不満そうにするおったんの気持ちがよくわかりません。
繰り出されるファンガスの拳を一歩横にずれて躱すと私は指を揃えて手刀に変えて胴体にチョップをたたきこむ。パワーだけはありそうですが、トロイ動きではかすることも不可能ですよ。
「でも、どうなってるんでしょうか? まだまだ廊下から湧いてくるんですけど?」
「たしかにラッシュ時のホームのようだな。これほどの魔獣が運び込まれたのか? からくりがありそうだ」
扉の向こう、廊下から次々とファンガスたちが歩いてきていて、この数は数えることもめんどくさいほどです。
「僕にここは任せてください!」
敵を倒す私達を見て、正気に戻ったキオが今度こそ手のひらを通路で渋滞中のファンガスたちへと向けるとその手を光らせる。
「うぉぉぉ、受けろ正義の刃、善なる心、悪を打ち払う必殺!」
『熱線』
無意味そうなかっこいいだけの詠唱を語り、手のひらから赤き閃光が放たれる。目が眩む光線が押し合いへし合いして近づいてくるファンガスたちを貫く。光線が貫いた箇所から油が燃え広がるように炎が生まれると、ファンガスの肌を舐めていき、黒焦げへと変えるのであった。
瘴気の黒き灰が舞い散り、その只中でキオは天井を仰いで悲しげな瞳で呟く。
「こんな戦い……いつまで続ければいいんだ……」
「ポエミーキオたんですか。それ一子相伝のお笑いですか?」
「というか、森林の出身なのに、炎を得意として良いのか? すぐに山火事にならないか?」
「なんか? よく? わかりません皇女様?」
檜野辺境伯一族は厨ニ病なのかと私は半眼となり、おったんもヒナギクさんもそれとは別の疑問を持っているのでした。
「あ、なんか父上からはこういうセリフを戦闘後に女性の前で呟けば、その女性をいいいいい」
「人間を止めないでください、キオ」
ペチリとキオの頭を叩きます。もう耐えきれません。戦闘中なので、バグらないでください。壊れかけのアンドロイドですか、キオは。
◇
「それはそれとして、ファンガスの正体は松茸ですか………むむむ」
私とおったんが倒したファンガス。その呪いが解けて本来の姿になりましたが、松茸でした。毒キノコでもなさそうです。
本来は、高価な料理だ、ダンジョンで魔獣をご飯にとはしゃぐところでしょうが……。
私は微妙な顔でその場に放置することに決めました。
「あ〜、松茸よりも椎茸の方が美味いよな」
「香り松茸味しめじ。松茸ってそんなに美味しくないんですよね。個人的な感想ですけど」
少し前まではいくらでも取れて、松茸ってやすかったですしね。マグロのトロの部分、とれたてのサンマ、松茸と、今は高価な食材でも、ほんの昔はたいした価値はないのが多いのです。松茸なんか最たるものでたくさんとれたときは価値なんかありませんでした。
大量にとれても、美味しければそれなりに扱われたのに、ぞんざいな扱いだったのは、あんまり美味しくなかったからではないかなぁと思ってます。昔は椎茸の方が全然高価だったんですよ、本当ですよ。
「まぁ、放置でも良かろう。それよりもだ。どう考えてもこの魔獣の数は異常だ。これは現在進行系で作成されているに他ならない」
「素材がキノコですもんねぇ。簡単に作れそうです」
おったんは難しそうな顔で唸り、ヒナギクさんは地面に落ちている松茸をつつきながら、困った顔になります。
「………恐らくは瘴気を吐き出す魔王が生まれたかと思います。まさかとは思いますが、父上が………」
「簡単にきのこは増えますし、苗床はたくさんありますしね。これは急いで辺境伯のところに向かわないとこの街は全滅する可能性があります」
沈痛な表情のキオが拳を震わせますが、話の流れから、その可能性はあります。神術か霊術を使用すれば、片付くかもしれませんが敵を確認するまで、使用したくありません。落とし穴がどこに開いているかわかりませんからね。
「それならば、この先に進まないと行けないが……ほんとうにこの先に進むのか?」
ファンガスたちを倒して廊下を進む私達は階段で立ち止まってました。おったんが嫌そうな顔になってます。
「たしかに…なんか風景変わってますもんね」
私も少し嫌です。なぜならばそれまでは綺麗な廊下で近代的だったのに、階段から先が壁も床も天井もすべてがびっしりと木の根に覆われて、つるが天井から垂れてます。
「……てい」
半眼のおったんが木の根をサタンブレードで切ると、予想通りの光景となる。
「キシャァァ」
木の根が生き物のように悲鳴をあげて、苦しむように震えて、一部が枯れるとバラバラになって消えていく。
「……やっぱり魔獣ですよね……」
「ここを踏んで進むのは嫌ですね、皇女様」
枯れた部分に周りの木の根がワシャワシャと広がり埋めていく。これ、いっぺんに倒さないとだめなタイプです。
「仕方ありません。僕の熱線で全てを焼き払います。ただ熱線はエネルギーを食いますので……」
「敵のボスに辿り着く時には強化服がガラクタとなっている可能性があると」
ゲームあるある、役に立つNPCがボス戦前に離脱するご都合展開。イザナミちゃんが喜びそうですが、現実だと全然喜べません。
「キオ、ボスは私たちが相手をします。全て焼き払いながら進んでください」
「わかりました。申し訳ありませんが、もしものときはお任せします」
「よしなに」
さて、取り憑かれた人たちもいますし、このダンジョン、一筋縄ではいかなそうですね。




